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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第三章 「私は殺人鬼なの。殺人マシーンじゃないんだよ」
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第三章 5/8

 ティルミアは、は続く二、三撃で巨大な狼の胸に穴を穿ち、息の根を止めた。一瞬のことだった。



「凄い……」


 巨体が倒れた衝撃で舞った埃に咳き込みながら、俺もミレナに同意して頷く。


「なんつうか……。ホントに強いのな」


 ティルミアは、血を落とそうとするようにぶんぶんと腕を振った。


「巨闇狼を物理攻撃だけで倒すなんて……。よほど熟練の冒険者でも、なかなかいませんよ」


「えへへ。やだ、そんな褒めないで下さい。恥ずかしいな」


「殺人鬼という職は、やはり戦闘においては凄まじいのですね」


「おだてすぎです。人型の魔物だったから殺しやすかっただけで」


 ティルミアの基準がなんか怖い。


「それにしても、申し訳ありませんでした。索敵が甘かったです。岩鬼が守る洞窟にまさか別の魔物がいるなんて思いませんでした」


「いやいや俺達なんてそもそもそんな技能無いんで……。謝ることじゃない」


「そ、そうですよ。むしろ今回の旅はミレナさんのおかげですっごい楽です」


「そう言っていただけるとありがたいです……。まさか巨闇狼なんて。本来こんな南の方に生息する魔物ではないんです。岩鬼も大抵は洞窟の中にいるものですが、あの岩鬼はもしかしたら住処を乗っ取られていたのかもしれません」


 強者には逆らえない、か。魔物の住む世界も世知辛いな。


「それで、探していたものは?」


 俺は正直少し心細くなっていた。ミレナの灯りがあるとはいえ、とても暗いのだ。早く用を済ませて、出たい。


「あ、はい。これですね」


 ミレナは既にそれを見つけていたようだった。照らされたそこを見ると、あの巨大な狼がいた奥の窪みにそれはあった。


「野草というか……苔みたいな感じだな」


 壁にはりつくように生えている。背の低い葉と花。花は確かに青い。


「一輪あれば十分です。持って出ましょう」


 *


 日が暮れ始めていた。今日中に帰るのは厳しそうだ。

 俺の体力が無いせいでここまで来るのに必要以上の時間を要したせいだ。そのことを責めない二人には感謝するしかない。


「それじゃー、今日はここで野宿かなあ」


 幸い、洞窟のすぐそばに湧き水があり、血塗れになったティルミアはそこで顔や手の血を落とした。


「ならさっきの洞窟に戻って夜を明かすのがいいでしょうか」


「あ、大丈夫です! 私簡易住居陣持ってるんです」


「まあ」


 ティルミアは手早く慣れた動作で魔法陣を描き始める。

 来た。この時が来た。

 俺は咳払いをしてティルミアに言う。


「それじゃ前に言ったように、寝る時間をわけよう。ティルミア先に寝るか? 先が俺でもいいが……俺は三、四時間寝させてもらえれば十分だから」


「タケマサくん……何気を使ってるの? 時間もったいないよ。一緒に寝ようよ」


 ずごぉおおと音を立てて、簡易住居陣が発動した。


「できたよ。……ミレナさん、別に一緒でいいですよね。タケマサくんが一緒に寝るのくらい。タケマサくん気を使って、寝る時間をずらすとか言ってるんですよ?」


「え? ああ、いいのですよ、タケマサさん。そんなの私も気にしません。いちいち気にしていたら冒険者なんてできません」


「そうだよー。だいたいタケマサくんが万一変な気を起こしたって、私たち二人にかなうと思うの?」


「全く思わない」


 だから問題なんだろうが。俺にもう少しまともな戦闘能力があったならまだいいのだ。そういう浮いたことに気を使う余裕も生まれるのだろう。

 戦闘能力……いや防御能力だけでいい。あるいは回避能力だけでも。せめてティルミアの横で寝ていても一命を取り留めることができる程度のサバイバル能力があれば。


「あのな。また俺を寝不足にする気か。前回は寝られなかったんだぞ」


「ま……」


 口を手に当てて微笑むミレナ。


「あの……なんでしたら、私がお先に寝て、後でおふたりで使っていただくというのはどうでしょう」


「なんだそりゃ。何の解決にもならんじゃないか。俺を生け贄にする気か」


「な、何言ってるんですかミレナさん! わ、私たちまだそういう仲じゃ……」


 ティルミアが真っ赤な顔をしている。


「いいかミレナ、悪いことは言わないからあんたも俺と一緒に寝るんだ。ティルミアの寝る時間とはずらした方がいい。俺とミレナが先でもいいし、先にティルミアが寝て俺とミレナが後でもいい」


「ちょっ……何考えてんのタケマサくん! やらしい!」


「あら……出会ったばかりなのにもう夜のお誘いをいただくなんて。まだまだ私も捨てたものではないですか?」


「いやそういう意味じゃない……のはミレナさんわかってて悪ノリしてるだろ」


「うふふ。バレましたか。人間の方は性欲に関する冗談がお好きですよね」


「人間による」


「わ、私は邪魔ってこと!? あ、そう……ごめんね? タケマサくん、ミレナさんとふたりっきりになりたかったのに私みたいなお邪魔虫あた!」


「落ち着け。お前この手の話題に全く免疫なしか。しかも話がズレとる」


 ティルミアにデコピンをすると、俺を睨みながらようやく黙った。


「でもどうしてそんなにティルミアさんと一緒に寝るのを嫌がるのですか?」


 俺は真剣な顔で答える。


「寝相が酷いんだ。本当に。寝ながら近くの人間を攻撃してくる。隣に寝ていると殺されそうになる」


「大げさだよタケマサくん」


「ぜんっぜん大げさじゃない。寝返りを打って危うく俺の心臓をえぐるとこだったこと十数回。俺はお前の攻撃を避けるために夜通し起きてなきゃならなかったんだぞ」


 ティルミアは、むー、と口を尖らせて黙った。満更心当たりが無いわけでもないらしい。


「あら……それなら、私、ちょうどいい魔法を知っています」


 ミレナが、ポンと手をたたいた。


「ちょうどいい魔法?」


「はい。寝相を直す魔法です」


「な……なんだその「こんなこともあろうかと」みたいな魔法は」


 えらく都合がいい。


「正確には、軽い金縛り魔法なのですが、寝相の悪い人対策にも使えます」


「金縛り……。って、そんな使い方していいのか」


「体に害のあるものではないので。例えば子供を大人しくさせるとか、貧乏揺すりを押さえるとかにも使う人もいます」


 なんか悪用されるとまずそうな魔法だな。


「私こう見えて、結構長く冒険者生活をやっているので、結構寝相の悪い人と一緒になることもあるんですよ。経験者の知恵ですね」


 *


 ティルミアにかけられた魔法は、効果てきめんだった。寝息を立て始めたティルミアを、しばらく怖々と様子をうかがっていたのだが、小一時間たっても微動だにしない。


「凄いな……。この魔法、俺も習得したいぞ」


 まあ、蘇生師である以上それは無理なのだろうが。


「よし、俺も寝るか」


 ……。

 布団は2組しか無いので、適当に敷き詰めるように敷いてティルミア、俺、ミレナの順で並んで寝そべっている。

 まさか、女子二人と川の字になって寝ることになるとはな。これはラッキーというやつなのか、とふと思う。まあ二人とも俺を返り討ちにしてあまりある戦闘能力を持っているため変な気を起こす気には全くならなかったが。

 目を閉じると二人の息が聞こえてしまい、なんだか眠りにくい。

 四畳半くらいの大きさしかないのでどうしても距離が近い。


「タケマサさん、起きてますか?」


「お、おう」


 いきなり話しかけられてびっくりする。

 ミレナだった。


「……一つ伺いたいのですけれど」


「……なんだ」


「タケマサさんは蘇生師なのですよね」


「……まあな」


「これまで何人くらい蘇生を?」


「9人だ」


「その……成功率はどのくらいなのでしょう」


 難しい質問だった。


「あ、失礼なことを聞いていたらごめんなさい。蘇生はとても成功率の低い魔法だと聞きましたので……気になって」


「生き返ったかどうかだけで言えば、全員生き返ったよ」


「え、凄いですね。100パーセントじゃないですか」


「遺体の状態がどれも酷くなかったからだろうな。遺体修復魔法ってやつもあったし。ただ……」


「ただ?」


 俺は、ガルフや盗賊団の連中に起こったことを正直に話した。


「子供に……」


「ああ。つまりは記憶が中途半端にしか再現されなかったということらしい。生まれてからの記憶のうち、幼い頃のほうから途中までしか取り戻せなかったんだろう」


「やはり……そうなのですね。それは……何が原因なのですか」


 原因か。まず第一に、丸暗記しているだけの呪文なので間違った時に都度リカバリできてないことがある。あとは、ガルフの時は、防腐魔法がかかっていたとはいえ死んでから一週間も経過していたこと。盗賊団の時は魔法陣の大きさが適当だったこと。……複数の原因があるように思われたが、そもそも推測でしかない。


「結局のところ、はっきりとはわからない。デリケートな魔法らしいんでな、そもそも熟練の蘇生師でも100%成功するわけじゃないらしい」


「そうなのですか……。ただ、それでも蘇生自体は成功しているのですよね」


「俺の場合はな。たまたま運良くじゃないかと思っているが……。ああそうか、そもそも俺はズルをしている」


「ズル?」


「魔法の腕輪を使って精霊力の増強をしているんだ。それで8倍まで上げて、そこからさらに呪文と印術で十数倍上げて、もとの百倍くらい上げてようやく一人前の蘇生師レベルになっている」


「……大変なのですね」


「蘇生自体があり得ない奇跡だからな。むしろほとんど素人なのにこのくらいのことで起こせるなら冗談みたいに簡単だと俺は思うがな」


 本当にそう思う。

 人を生き返らせることができるのだ。過去多くの人間が望み、叶わなかった願い。


「タケマサさん……一つお願いがあります」


「なんだ」


「私が死んだら……タケマサさんに蘇生をお願いしますね」


「……は?」


 俺は思わずミレナのほうを見る。

 ミレナもこちらを見ていた。

 至近距離で目があっていることに気づき、俺は慌てて目を逸らす。


「すまん、どういう意味だ」


「言葉通りです」


「そりゃ……万一戦闘で命を落とすようなことがあればもちろん全力で蘇生をはかる。だがまず、死ぬな。この蘇生術は……「どうせ蘇生があるから大丈夫」なんて思うほど確実なものじゃないんだ。今まではたまたまうまくいっただけで、どんな落とし穴があるかわからない。次は息を吹き返さないかもしれない。リスクが高すぎる。だからまず……死なないようにしてくれ」


「ええ、わかりました」


 ミレナの返事は、素直にわかってくれたようにも聞こえる。だが、どこか、俺の言葉が素通りしてしまったような、そんな感覚を覚えた。



 むぎゅ



「……」


 突然。視界が塞がれた。


「……」


 顔に何か重いものが乗っている。そう思った。枕か? いや枕なんて無いぞ、という思考が一瞬駆け巡り。


「ぷっはっ……。な、何を……」


 ミレナが、俺の上に乗っていた。またがっている。今顔に触れていたのは胸か。体重を俺にあずけ、顔を俺の顔に寄せてきた。



「タケマサさん……じっとしていてください」



「な……」


 俺の胸にミレナの胸が接している。布団がいつの間にどけられていたのか、服の薄い布地ごしにぬくもりが伝わる。俺の早鐘のようになっている鼓動に、ミレナのゆっくりとした鼓動が混ざってくる。


「変な気を……。お、起こすな」


「女性にそれは失礼ですよ?」


「あんたのしていることのほうが失礼っちゃ失礼だ」


「うふふ。それもそうですね。でもこれは据え膳と言うものです。それとも、年上はお嫌ですか? 身体は人間で言えばまだ十代なのですけれど」


 耳元に息がかかる。反射的に避けようとして。

 そこで俺は気がつく。


「……俺の身体に何かしたか?」


 動かないのだ。顔以外が動かせない。


「ええ。ティルミアさんにかけたのと同じ魔法です。身動きを封じさせていただきました」


「何」


 いつの間に。

 完全な油断。

 信用しきっていた。


「いったい……何をする気だ」


 冷や汗が出た。

 ミレナに対して俺の戦闘能力じゃ例え動けても話にならないが、ティルミアの動きが封じられているのはまずすぎる。


「そんなに緊張なさらないで」


 ミレナは微笑んで俺の頬に両手を当てた。からかうような目。この表情……さっきまでのミレナはごく一面でしかなかったのだと知る。

 俺の足に足を絡めてくるのがわかった。


「くっ。やめろ……」


 どうにか首だけを動かせるのが救いだ。俺はティルミアのほうを向く。


「……」



 ティルミアは起きていた。



 凄い形相で。

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