第三章 3/8
もぐもぐ。
「それで、お二人はおいくつなのですか?」
「俺は23だ。こいつは17だったか」
もぐもぐ。
「異世界から来てまだ二週間と少ししか経ってないんでしたっけ? どうですか、お二人から見てこの世界は」
「ああ、意外と異世界感がなくて驚いている。あと俺は確かに異世界人だが、こいつはこの世界の人間だ」
もぐもぐ……。
頭をはたく。
「……おい、ティルミア。お前腹減ってたのか。無心に食いやがって」
「あはは、お肉が好きなのですね、ティルミアさん」
結局、盛大に行われていた焼肉は続行され、俺とティルミアも同席する形になってしまった。
ティルミアの隣に座って話していた、緑髪の細目の女性が、水をくんでティルミアに渡した。
「あ……ありがとう、あの……」
「ミレナって呼んでください」
嫋やかな女性だというのが第一印象だった。
俺がその長い耳を見ているのに気づいたのだろう、ミレナは細目をいっそう細くして笑った。
「私エルフなのです」
「エルフ!?」
「はい、なので結構年を取ってます。50を超えてるんです」
おばさんですね、と笑う。
……?
50……? まさか。とてもそうは見えない。
ティルミアもマジマジとミレナを見ている。こいつにとっても珍しいのだろうか。
「そうなんだ……。そうなんですか」
「やめてください。敬語なんて。おばさんってのは冗談です。私はハイエルフなので、50過ぎと言っても、人間で言えばまだ14、5くらいですよ?」
戸惑う俺らに、メイリが茶化すように言う。
「でも精神年齢は高いからな。ここじゃ年上役だ」
「やだもう、ボスったら」
「……??」
俺だけなのか。混乱しているのは。
「すまん話の腰を折るが……。50ってどういう意味だ? どう見ても20代だが」
「あらいやだ。もう、上手なんですから」
うふふ、と手を口に当てて笑う。確かにそういう仕草は淑女という感じだ。妙に大人びている。
「説明しよう」
突然テーブルの真向かいからダンディな声が響いた。
「見た目は24だが、実年齢は54。体力年齢は15歳だが、精神年齢は42。肌年齢は25歳で脳年齢は18歳。そして四十肩。一人で七つの年齢を持つ女、それがエルフの少女ミレナなのである!」
「……毎回それおやりになりますけど、やめてくださいな、ビルトさん」
重厚なテノールで説明してくれた男は向かいの席に座るダリのような髭が特徴的なナイスミドルだった。男の俺が言うのもなんだがナイスミドルだ。そんな単語を聞いたときに思い浮かぶ感じの風体をしている。ただ……今の台詞を聞く限り中身はあまりナイスではなさそうだが。
「……マジなのか?」
俺はメイリを見た。メイリは頷く。
「四十肩以外は本当だ」
「いや。実年齢以外は適当なのはわかるよ。見た目とか主観じゃねえか。肌年齢とか脳年齢って何だ」
「うむ。期待通りのツッコミだ。その調子で頑張ってくれ」
無視する。
「その……エルフってのは人間じゃないのか?」
そうだな、とメイリは頷いた。
「我々人間と子をなせるくらいには近いが、エルフという別の人種だよ。君のいた、日本……にはいないのだな」
「エルフ……言葉はあるが、おとぎ話の中の概念でしかない」
「それがこちらでは現実にいる。私や君のような人間と違う点は……そうだな。耳が長いことと、平均的に美しい容姿。あとは、彼女のように非常に長寿の個体が存在する。思春期を迎えて以降の年の取り方が非常に遅いそうだ。他にも色々と文化の違いはあるがな」
「私の場合、小さい頃に森を出て人間に交わって生活していますので、その点ではあまりエルフらしくありませんけれど」
うふふ、とミレナは笑った。確かに言われてみると、見た目の若々しさに対して所作が妙に落ち着いている。50年という人生経験のなせる業か。
「……タケマサくん、何見とれてるの?」
ん、ティルミアが俺をじっと見ている。
「ああ、失礼した。つい、珍しくてな。俺の世界にもエルフという言葉や概念はあるんだが、空想上の存在なんだ。物語の中に登場するような。それが現実にいるというのはなかなか驚きだ」
「なるほど……それは確かに驚きでしょうね」
ミレナは深くうなずいた。
「でも、タケマサくんの世界にも、こっちの世界じゃ伝説の魔物であるゴリラがいるんでしょ?」
「……ああ、まあそうだが」
そう、俺が元の世界で見たことがあると言ったらティルミアはえらく驚いていた。こちらでは姿を見たものがほぼいないらしい。
「まあ、ゴリラが……それは凄いですね」
「なんと。日本っておっかないところなんだな。知らなかったよ」
口々にゴリラへの恐れを口にする面々。
「……こっちの世界のゴリラって俺の知ってるゴリラであってるよな?」
もっとも、俺のその問いに答えられる人間は誰もいないのだが。
「それを言うならタケマサさんの世界で言うエルフが私と同じエルフなのかも私達にはわかりませんよ」
「……そりゃそうだな。まあだが少なくともあんたは俺の知っていたエルフのイメージからそう遠くはない」
「あらそうですか。光栄です」
なにが光栄なのかわからないが、ミレナはとても嬉しそうに微笑んだ。
「……タケマサくん、やっぱりミレナさんに見とれてるでしょ」
ティルミアって案外嫉妬深いのかもしれんな。
「一応言っておくが……こ」
「殺さないよ!」
*
なんとなく俺達の紹介が終わった後、俺は改めて尋ねた。
「この一団の目的は何なんだ?」
タレント事務所だのと言っても、何か目的があるはずだ。企業理念……と言うのかはわからんが。
メイリ……皆からは「ボス」と呼ばれているらしいこの長身のメガネの女は、数秒考えて言った。
「目的か。一言で言えば」
もったいつけて言葉を切る。
「死なないように生きるのではなく、生きたいように死ぬことだ」
「……いや、よくわからん」
「うむ。抽象的に過ぎたか」
メイリは苦笑した。
「まあ、目的などと言うものは、それを見失ったときにしか価値のないものだ。今の我々はそれをいちいち言語化する必要を感じていない」
「いや、俺は感じてるんだが」
「では言語化は君に任せよう。今君たちに伝えられるのは当座の目的だけだな。この街で他にも集めたい人間がいるのだ。今しばらくは仕事は無い。焼肉でも食べて過ごしていてくれればいい」
「……」
「不満そうだな。暇なのが嫌いか」
「まあダラダラするのも嫌いなわけじゃないが……」
不満というか、不審なだけだ。俺が疑り深いのかはわからんが、メイリはわざわざ俺達二人をピンポイントで召集した。その訳は聞きたかった。
「人を集めて何をする気だ? 目的が聞けないとやはり一緒に行動するのは慎重にならざるを得ん」
「そうなのか。君も強情だな。……なら、お試しということで、ミレナと一緒に、一つミッションをこなして来て貰おうか。どんな仕事をさせられるのかも、仲間とやっていけるのかの不安も、どっちも解消できるかもしれない」
「え……。私とですか?」
当のミレナは驚いたようだった。
「ああ、君が一人で行くと言ってた、あれだ。例の野草を取りに行く話。君は一人でも大丈夫だと言っていたが、二人を連れて行ってくれないか。なあに足手まといにはなるまい」
「は、はあ……。まあ、その……構いませんが」
ティルミアが口を挟んだ。
「野草って?」
「お肉と一緒に料理するとそれは驚くほど味がまろやかに変わると言われる、料理人たちの間では伝説になるほどの高級食材です。青い、小さな花をつける草なのですが……とても珍しいもので」
「説明しよう! それを取ってきて焼肉に華を添えようというのである!」
いやそれは説明されんでも予想がつくが。
「ということだ。その野草は、ここから西にある洞窟の中にある。しかしその洞窟には魔物がいる。それを倒して見事伝説の野草を手に入れるのだ」
「なんかいきなりRPGのクエストみたいなのになったな」
「何を言ってるのかわからんがやる気になってくれたようだな」
「待て。どんな魔物なんだ。どんな洞窟なんだ。まだやるとは言ってない」
「言ってないなら早く言え。……心配いらん。ミレナに同行するだけだ。たぶんほぼ出番は無いよ」
ミレナがうふふ、よろしくお願いしますね、と微笑んだ。
「……失礼だがどう見ても戦闘タイプって感じじゃないが、大丈夫なのか?」
「そもそもティルミアくんがいる時点で戦闘面では何も不安はないと思うがね」
メイリはティルミアの戦闘能力に関しても情報は得ていると言うことか。
「心配するな。こう見えてもミレナも戦闘能力は高い。森の民の肉体年齢15歳は伊達じゃないぞ」
「……まあ少なくとも肉体年齢52歳の俺に比べればずっと動けるんだろうが」
「え、タケマサくん」
前に暇だったからスポーツジムの体験入会で測ってもらったら驚きの結果だったのだ。
「実年齢の二倍以上になるとは俺も思わなかった」
ちなみにジムは体験だけで終わった。
「大丈夫なのか君は。歩いてて突然死んだりしないよな」
「……そんなに心配そうな顔をされると俺も不安になるが、たぶん大丈夫だ。そんな人間日本にはゴロゴロいる。将来病気とかで体を壊したりしやすいだろうが、いきなり死んだりはしない筈だ」
「そうか。ゴロゴロいるのか。大丈夫なのか日本は」
*
こうして、終始噛み合ってはいなかったがとりあえず意志の疎通には成功したらしい食事会は終了した。
ミレナとティルミアは、もうわりと仲良くなったようだった。何か話しながら笑いあっている。
「ああ、タケマサくん」
メイリが、俺にだけ聞こえるような小さな声で話しかけてきた。
「ん?」
「ミレナだが、彼女に妙なことを頼まれるかもしれない。君ならそんなことはないだろうが、安易に引き受けないで欲しい」
「……具体的に言ってもらわんとわからんが」
「いや、すまん忘れてくれ。私から言うようなことじゃあなかった」
俺の頭に疑問符を残して、メイリは会話を打ち切った。




