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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第二章 「殺人鬼の世界にようこそ」
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第二章 8/8

「タケマサくん」


「念のためだ」


「さすがにやりすぎなんじゃないかな」


 ……しょうがないだろ。お前が負けるような相手なんだぞ。これじゃまだ足りないくらいだ。

 とは言わなかったが。

 縄で全身ミイラのように縛り、口を布でグルグル巻いた。呪文を唱えられないようにだ。それから指が動かせると指だけで印を組んだり地面に魔法陣を描いたりされるかもしれないので、全ての指を内側に折ってグーの形にして糸で縛った。

 そして更に、細長く人が一人寝そべれるくらいの穴を掘った。そこにルードを横たわらせ、首から下を埋める。


「ねえ、タケマサくん、なんで埋葬してるの……?」


「念のためだ」


 ……ここまでやっておけば、大丈夫だろう。

 俺はふと、思った。


「……」


「タケマサくん、このまま生き返らせなくてもいいんじゃないかとか思ってない?」


 ぎく。


「馬鹿言うな。俺は蘇生師だ。どんな人間だって生き返らせるさ」



「せんせー……!」



 声がした。子どもたちだった。……ルードのわんぱくランドの子供たち、だ。さっきの二人の他にもう二人、四人いた。

 俺は舌打ちをした。


「ティルミア。その子達が近づかないように見張っててくれ。蘇生が失敗するといけない」


「あの子たちは?」


「……詳しくは後で説明するが、ルードが経営するわんぱくランドの子どもたちだ」


「わんぱくランド? あ、探してたとこ? え、それルード先生が!?」


「そうだよ。ふざけたことにな」


 全くふざけている。


「せんせぇ、どうしたの!?」


「なんで埋められてるの!?」


「せんせぇを放せ!」


「……坊や達! はいはい、いい子だから離れててね。ルード先生は、ちょっと寝てるだけだから。今このお兄ちゃんが起こすからね」


 どうしてこう……ガルフといいこいつといい、人を殺すくせに子供たちを……いや、逆か。子どもたちがいながら人を殺すようなことをやってるんだ。


 *


 ルードが目を覚ました時、まっさきに歓声をあげたのは子どもたちだった。

 俺がルードの周りに魔法陣を書き始めた時もさんざんやめてやめてと言われたのだが、これは先生を起こす儀式の一部だと言い張ってなだめた。

 俺にとっては厄介この上ない変態な殺人鬼だ。だが子どもたちにとっては、あるいは今のティルミアにとっても、慕う先生なのだ。

 まったくふざけている。


「さて、記憶はどこまで戻っているか」


 俺はつぶやく。

 万が一、ルードが幼児になってしまっていたらもう最悪だ。さすがにどうしたらいいのかわからん。なのでティルミアの時と同じくらい正確に、魔法陣を描くのには気を遣った。

 ルードは、自分の身に何が起きているのか把握したのか、首から上しか動けない体勢で、口も隠れた状態で目だけで俺を見た。そして……微笑んだ、ように見えた。


「……」


 次の瞬間。


 ごぼぁああぁっ


「の、のわわわわあああ!?!?」


 おい嘘だろ。


「……ふう」


 ルードは……まるで布団をはねのけるような軽い動作で……土を爆散させながら身を起こした。あれだけぐるぐると巻いていた縄もなぜか切断されている。口についていた布切れを煩わしそうに取りながら息をついた。


「ティルミア」


 俺はティルミアの後ろに隠れる。


「だいじょうぶだよ」


 ルードは、自分の身体についた土を見て不思議そうな顔をした。


「私、なんで地面の下で寝ていたのかしら」


 一体どういうからくりだ。

 ……よく見ると、ルードの両腕の形状が若干変化していた。筋肉の丸みがあるはずの側面が尖り、刃物のような形をしていた。

 なんていうか、こいつ人間か?

 つくづくこの世界のゲームバランスは悪すぎではないかと思う。出会う敵のレベルがいきなり高すぎる。勇者タケマサ一人じゃあっさり死んでるぞ何度も。


「先生! 私です! ティルミアです。わかりますか……!?」


 ルードは一瞬、ポカンとした表情でティルミアを見た。

 どうだ。

 ルードの記憶がどこまで戻っているのか。ティルミアとの戦いを、覚えているのか。もし覚えていたなら、きっとまた戦いになる。そうなるのを避けるために縛っておいたつもりだったが、甘かった。


「あら……もしかして、ティルミアちゃん!?」

 

 俺は、心の中でガッツポーズをする。

 どうやらルードもティルミアと同じように、俺達に出会ってからのところまでは記憶に残っていない。

 ひとまず、一安心だ。


「はい、ティルミアです! 覚えててくれたんですね!?」


「もちろんよ。まあ……あのティルミアちゃんがこんなに大きくなって……結婚相手まで連れてきて」


「け、けっこ……!? ち、違います、まだです!」


「そのくだり、二回目だからな」


 俺は急激に訪れたこの疲労感を誰かに共有したかった。


 *


「心配かけたわね、みんな。先生は大丈夫よ」


「せんせぇ……」


 四人の子どもたちはルードに取り付いた。泣いているのもいる。子どもたちを怖がらせ不安にしてしまったことは悪いことをしたと思った。まあルード自身が主要因なのだけれども。

 俺達はルードとティルミアの自己紹介をもう一度やり直した。ルードが殺人鬼にしてわんぱくランドの園長であること、俺が蘇生師であるということは明かしたが、ティルミアが殺人鬼になったということは伏せた。それから俺達の目的……中身が幼児になってしまった盗賊たちを引き取ってもらえないかという話をした。一回目に頼んだ時と同じようにルードは快諾してくれた。


「それにしてもあんたは……なんでそんなに子供には優しいのに、殺人鬼なんだ」


「あら、それは逆よ。殺人鬼だからこそ、私は子どもたちには優しいの。自由に生きているからこそ、人は人にやさしくなれるのよ」


 言ってることは分かる気もするが、何を言ってるのかさっぱりわからん。

 ……しかしもう俺はつっこむ元気もなかった。

 そして俺が突っ込まないのをいいことにルードは語り始める。


「私はね、子供たちには、人と関わることを恐れてほしくないの。学校に入れる年になったらここを追い出すのもそのためよ。日本から来たあなたのほうがよく知っているでしょうけれど、「人間」という言葉は「人の間」と書くわ。人は一人では人間になれない。人と人との関わりの中で人間になっていくのよ」


 どうしたらいいんだ。ついさっき元教え子を殺した殺人鬼がなんかいいことを言い始めたぞ。


「人と人との関わりというのは、互いに傷つけないように近づかないように腫れ物を触るように接することではないと、私は思っているのよ。触れ合い、抱きしめ、時に殴りあい、傷つけあい、殺し合ったりもする。それが本来あるべき関わりというものだわ」


 いや、最後一個変なのが混ざったぞ。


「殺人鬼というのは、最もまっすぐに人と関わる職なのよ。だから私は殺人鬼であることに誇りを持っているわ」


 なんでティルミアといいこいつといい、正論っぽい雰囲気を全力で出してくるんだよ。

 俺は……認めたわけじゃないが、一笑に伏す気にはならなかった。だから言った。


「わかったが……蘇生師として言っておく。人は死んだら、それで終わりなんだ。二度と取り戻せない」


「あら……面白いことを言うわね。それが「蘇生師として」の言葉だなんて」


「ああ。蘇生師という職の話を聞いた時は俺も思ったさ。そんな便利なものがあるなら、この世界では死ぬことは大したことじゃないのかもなって。だがなってみるとわかる。そんな便利なものじゃない。人が生き返るのは、本来起こり得ない筈のただの奇跡なんだ。あてにしていいものじゃない」


 そう。俺は死を無かったことにできたわけじゃないんだ。


「蘇生は……本来無理なことをやっているんだ。バカみたいに時間をかけて、それでも完全には戻らないことが多い。俺が未熟だってのを抜きにしてもな」


 ガルフの記憶は大きく失われた。あの野盗どももだ。ほとんど時間が経つことなく蘇生させたあのお婆ちゃんだって数時間の記憶がなくなっていたし、ティルミアだってルードだって同じだ。


「取り返しはつかないんだ」


 ルードは、口の端を曲げた。


「ふふっ。……ティルミアちゃん、いい男捕まえたじゃない。逃がしちゃだめよ」


 なんだと。


「はいっ。逃がさないようにしますっ」


 ……。怖い。


「でもね、タケマサくん」


「なんだ」


「……取り返しがつかないことを、恐れてはいけないわ」


「なんだと?」


「人生は、取り返しのつかないことの連続よ。だって、一度過ぎた時間は戻らないもの。……でもね、取り返しがつかないことを恐れて何もしなかったら、生きていても意味があるのかしら」


 ……。


「友達に嫌われたくないからって言いたいことを言わないのは本当の友達ではないでしょう? 言った結果、嫌われて絶交して、二度と話すことが無いかもしれない。そのまま死ぬまで会えなくなるかもしれない。取り返しがつかない。でも、それを恐れて言わないでいたら、いくら話せても意味が無いもの」


「人を殺すことと、友達にキツイことを言うことが、同じだってのか」


「本質は同じ。体を傷つけるか心を傷つけるかの違いはあってもね」


「全然違うだろ。自分勝手に命を奪うのと、相手のためを思って苦言を呈するのは」


「「相手のため」の行為なんて存在しないのよ。それは思い込み。常にあるのは「自分のため」の行為だけ」


「極論だ」


「極論って「言い方が極端だ」という意味でしょう? 理屈は正しいと認めちゃってるわよ?」


 ルードは笑った。

 くそ。ティルミアといい、どうして殺人鬼ってのはこう弁が立つんだ。


「……相手の意思を無視するのが間違ってるんだよ」


「無視をするもしないも無いわ。相手の意思なんて見えないもの。本当のところ他人がどう考えているかはわからない。わかった気になるかどうかだけ」


「人は誰だって死にたくないんだよ。そういう基本的なところは皆同じだろうが」


「とんでもないわ。死にたい人はたくさんいる」


「死にたくない人もたくさんいる。あんたは人を殺す時、相手が死にたくないと思ってるかもしれないとは考えないのか?」



「あら。ならタケマサくんは私を生き返らせる前に、私が生き返りたいと思っていたのかどうか、考えたの?」



「な……なんだと?」


 ルードは笑った。


「そういうことよ。はい、お話はおしまい。……さあさみんな、おうち入るわよ」


 ルードは子供たちを促して、家に戻っていく。


「おい、話は終わって……おい!」


 *


「……ティルミア」


「うん?」


「……お前にはわかるのか、ルードの言っていること」


 俺にはわからない。


「わからなくもないけど、賛成できるかどうかは別かな。先生は昔からそうだったよ。先生の言うことは全部正しいわけじゃない、賛成してもいいし反対してもいい。それは自分で決めなさいって言ってた」


「……帰るか。ボギー盗賊団をここに預ける件はOKもらったしな」


 俺は、肩の力を抜いた。

 ティルミアを見る。


「タケマサくん……ありがとう」


「何がだ」


「私と先生を生き返らせてくれて」


「……おう」


「私は生き返らせてもらって、嬉しいよ」


「そう思うんなら、人を殺すのはやめろ。命の大切さに気づいただろ」


「命の大切さは、知ってるよ。でも、それとこれとは別だよ。あったかい布団で眠る心地よさを知ったからって、起きるのをやめろとは言わないでしょ?」


「……なんだその例え」


 言いたいことはわからんでもないが。


「うーん……難しいっ。言葉で言うのって、難しいよね」


「難しくても、言葉を使え。殺人で解決しようとするな」


「聞いてくれる相手ならそうするよー」


 何がどうなればこいつを説得できるのかわからんが、とりあえず今は街に帰ろう。


「ところで、……ティルミア」


「ん? なぁに?」


「服の前のとこ……隠したほうがいいぞ」


「え?」


 ルードの黒蛇に貫かれたところだ。俺の遺体修復魔法は服までは元に戻せない。


「きゃっ……きゃああああ!!」


 甲高い声を出すな。思わず耳をふさいで顔をしかめる俺。


「み、見た!?」


「ん、何が」


「な……中身」


「中身? ……ああ、まあ仕方なくな」


 二度と見たいもんじゃないが、修復魔法を発動する時は手を当てるので見ざるを得なかった。

 そんな大けがをした経験が無い俺には結構ショッキングな映像だった。


「や……やだ、嘘……見られた……」


 ティルミアが真っ赤になっている。


「おい、勘違いするな。中身って言っても服の中身じゃなくてもっと奥だからな」


「……や……へ、変態!」


「いや確かに今のは聞きようによっちゃ変態的な台詞だが……」


「変態! 変態!」


「待て待て。あのな、医者が外科手術中に患者の体内を見るのと一緒だ。変なこと考える余裕ねえよ」


「こ……殺す!」


「照れ隠しも、殺人じゃなく言葉で頼む」


 *


「あら随分と……大変だったんですね」


 また一泊二日で街に帰ってきた俺達は、俺の額の傷を直してもらうためにサフィーを訪ねていた。傷自体は塞がり血も止まっていたが、サフィーの魔法で傷跡を目立たなくできるということだった。


「私初めてだったかも。死ぬの」


「かもじゃないだろ。確実に初めてだろ」


 ここに来る前に、シズカにも報告をしてきた。それから軍の牢屋に寄って、ばぶー盗賊団の引き取り手が見つかったと伝えてきた。またあの道中を連れて行かなくちゃならないのかと億劫だったのだが、話のわかる牢屋番で、軍のほうでそちらに送ってくれるよう手筈をつけてくれた。正直、助かった。


「それにしても、幼児化してしまった盗賊団を引き取ってくれるなんて……何者なんですか?」


「殺人鬼だ」


「保育園の先生なんです」


「……どっちですか」


 俺とティルミアが同時に答えたのでサフィーは混乱したようだ。さもありなん。


「恐ろしいことにどちらでもあるんだ」


「……子どもたちは大丈夫なんですか?」


 うむ。当然の疑問を聞けると安心する。


「ああ。子ども好きの殺人鬼なんだ。何を言ってるのかわからんだろうが、俺にもわからん」


 サフィーはまだ腑に落ちない様子だったが、俺だってそんなもの落ちてないのでどうしようもない。


「……額の傷、綺麗になりましたね。はい、もう大丈夫ですよ」


 鏡を見る。相変わらず大したものだ。跡形もない。


「ティルミアさんは大丈夫ですか? 怪我とか」


「あ、大丈夫です。タケマサくんが治してくれたので」


「ああ、丸暗記の遺体修復魔法だがどうにかうまくいった」


「……凄いですね、こんな短期間で身につけるなんて。タケマサさん、才能あるんじゃないですか」


「現代日本人は暗記は得意なんだ」


「蘇生魔法だって場所が教会でなくても成功するようになったんですよね。応用が効くようになってるんですから、凄いですよ」


「実践の機会が嫌というほどあるからな……。こいつといると」


「え……私、役に立ててるのかな」


「俺の蘇生魔法の訓練という意味ではな」


「う、嬉しいな……。殺人で人の役に立てるなんて」


「おい、わかってるよな。これは皮肉だからな」


 うふふ、とサフィーが笑った。笑ってる場合じゃないだろう。この人もティルミアに慣れ始めてないか。危険だ。


「あら、ティルミアさん……鎖骨の下のあたり、赤くなってますよ」


「……え、……あ、ほんとだ」


 ティルミアが鎖骨のあたりを撫でる。


あとが残ったのか」


 傷の修復魔法は、ほぼ完璧に成功していたのだが、ほとんど目立たないくらいの赤い痣ができていた。


「痕?」


 サフィーが怪訝な顔をしている。


「ちょっと色々あって……」


 ティルミアが口ごもりながら俺を見た。


「え、まさかタケマサさんが? そんな場所に」


 サフィーが口に手を当てる。


「痕が残ったのは俺のせいと言えばそうだが……」


「そんな、タケマサくんが悪いんじゃないよ。むしろ感謝してるんだから」


「……ずいぶん仲がおよろしいことで」


 *


「サフィーに何か誤解をされた気がするな……」


 俺とティルミアは、カフェで食事をしていた。


「それにしても、結果的に大事にならなくて良かったけど……赤柱陣でタケマサくんを守るの、やめたほうがいいかもね」


「……そうかもな」


「近くにいる味方を巻き込んじゃうんだと危険すぎるもん」


 実際のところ、ルードが明確に殺意を持って俺に近づいたから発動しただけなのだろうが。


「ルード先生には悪いことしたな……。ルード先生、全然変わってなかった。昔と変わらず、良い先生だった」


 本当のことは言わないでおこう。


「先生が帰り際に言ってた言葉はちょっと気になるんだけどね」


「ん……。なんか言われたのか」


「ティルミアちゃんが信じている可能性、私も興味があるわ。だから勝負はまた今度にしましょうって」



 ……。



 なんだと。



「お前、それ……」


 俺の言葉。

 覚えていたのか。


「……何でもない」


「え、何? タケマサくん」


「ふっ。……俺の蘇生魔法が最もうまくいったのは、ルードの時だったってことか」


「え?」


 俺は息をついた。


「さすがお前の先生だな。お前に輪をかけた恐ろしい殺人鬼だよ」


「え? えへへ……。凄いでしょ。先生」


「ああ。凄まじい」



 こうして、俺たちの最初の冒険は幕を閉じたのだった。

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