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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第二章 「殺人鬼の世界にようこそ」
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第二章 7/8

 ティルミアの胸を貫いていた蛇がずるずると戻っていき、ティルミアの身体を離れる瞬間。


「あ……」


 俯くような姿勢で立つティルミアの胸と背中から血が吹き出す。

 ルードが立ち上がった。


「殺し合いはいつも決着が一瞬だわ」


 恍惚の表情で立つルードの横で、ティルミアは膝をつき、前に倒れた。

 ティルミアはびくっと一瞬身体を震わせた後……動かなくなった。


「おい……嘘だろ」


 ルードが俺のほうを見た。


「本当よ。ティルミアちゃんは死んだわ」


「……嘘だろおい……」


 ルードはゆっくりと歩き始めた。

 俺に向かって。


「さぁて……次はタケマサくんの番ね」


「……」


 俺は、動かなかった。


「良い覚悟ね……。意外だわ」


「さすがに逃げられる気はしないんでな」


 それは本当だった。あの人間離れした運動能力を前に、この世界では標準を遥かに下回っているらしい俺の運動能力で太刀打ちできるとは到底思えない。

 しかし正直なところ、逃げるという選択肢など思い浮かんでいなかったというのが正しい気がする。

 この時の俺は、恐怖も焦りも感じていなかった。

 ただただ、そこには昏い喪失感。


「あと四歩、近づいたら貴方を殺すことになるけれど、何か遺言はあるかしら?」


「あったとしてもお前には託さないだろうな」


 残り三歩。


「あらそう。残念ね」


 全然残念そうな口調ではないルード。


「ああ、一つお前に言っておきたいことはあるな」


 残り二歩。


「何かしら」


「ティルミアとお前は違う」


 残り一歩。


「あら、何が違うの?」


「ティルミアは……あいつは自分の勝手で人を殺すってとこはお前と同じだが、お前と違って殺しが好きでやってるわけじゃない。あいつはもっと厄介だ。殺しで世の中が良くなると信じているんだ。お前よりもずっと……人を殺すことの「可能性」を信じてるんだよ」


 ルードは目を少し大きく開いた。


「残念ねえ……。それ……ティルミアちゃんが死ぬ前に聞きたかったわね」


 でも、もう終わり。

 そう、ルードは言って、

 最後の一歩。

 ルードの手刀が。


 ざしゅ。


 *


 俺の額から血が滴り落ちてくる。


「……あら……これは予想外」


 ルードはなぜか、嬉しそうだった。


「ティルミアちゃん……本当に良い殺人鬼になったわね」



 黒い槍がルードを貫いていた。



 ルードの手刀は俺の額を掠めていた。だがかすり傷だ。大したことはない。


「ぐふっ……。一体、いつかけたのかしら……。完全に裏をかかれたわ……」


 ルードはそう言って、言い終わるかどうかのうちに、その瞳に光を失った。絶命した。

 何が起こったのか、俺は理解した。



 赤柱陣バースデー・ケーキ



 そのふざけた名前の殺人魔法トラップが、俺を守っていた。

 俺の半径1メートルに敵意を持って近づいた者を貫く……。

 まだ効果が切れてなかったとはな。


 俺は、ティルミアに駆け寄る。


「間に合うか」


 横たわるティルミアは、まだ息があった。


「ティルミア……」


「タケ……」


「喋るな」


「私……先生に嫌われてたのかな」


「……たぶんそうじゃない。あいつはお前とは違う。気に入らないやつを殺すわけじゃないんだ。純粋に殺しが好きなんだよ。特に殺し甲斐のある強いやつが好きなんだろう」


「……」


「お前はあいつに気に入られてたんだよ。それは間違いない」


「そっか……。良かった」


「ティルミア……死ぬな」


「それは難しい……かな。……血が止まんない」


「……」


「ねえ、タケマサくん……」


「なんだ」


「タケマサくん、私のこと……」


「……」


「……ううん、何でもない」


 俺はティルミアの耳元に口を寄せた。


「……あはっ。ありがと」


「……」


「タケマサくん」


「……」


「泣かないで」


 それがティルミアの最期の言葉だった。

 既に事切れていた。息をしていない。もっとも、していたところで回復魔術が使えない俺にはどうしようもない。


「……」


 時間はない。俺は頭を振って行動に移す。


「まさかお前に使うことになるとはな」


 まずは遺体修復。

 俺は荷物から腕輪を取り出し、装着した。

 教本の最初のほうに書かれていた遺体修復術。蘇生そのものに比べれば呪文もずっと短く簡単だ。腕輪のブーストがあれば精霊力強化魔法も必要ない。


「頼むぜ」


 目を背けたくなる。ティルミアの胸に空いた穴は大きかった。これが本当に塞がるのか。サフィーの回復魔術をこの目で見ていなかったら、とても試す気にはならなかったかもしれない。

 呪文の詠唱を開始する。

 ティルミアは目を閉じていた。寝ているように見えるが、この距離に近づいていても攻撃されることがないところを見ると間違いなく死んでいるのだ。

 詠唱はすぐに終わった。

 ティルミアの胸に手を当て、効果を発動する。


「……」


 本当に冗談みたいに、傷が塞がっていく。逆再生を見ているようだ。


「よし」


 肉体の復元はうまくいったように見えた。


「……問題は蘇生術だ」


 たぶん、盗賊たちに起きたのと同じ結果になる。このままでは。


「考えろ……」


 盗賊たちの記憶は全員、ほとんど戻らなかった。ガルフと同じだ。レジンの言葉によれば、死んでから時間が経ちすぎているか、魔法が不完全だったりするとそれが起こる。

 死後経過時間……。確かに、あのお婆ちゃんの時は失った記憶は僅か数時間程度だった。ティルミアは今死んだばかりだ。すぐに蘇生をすれば時間の問題はない。

 だが、盗賊たちの時も死後経過時間はそれほど長くなかった。とすると、原因は場所の違いだろうか。教会と同じ安定した精霊場を作る魔法陣を使ったが……。

 昨日の夜読んだ魔法陣の教本の記述を思い出す。

 精霊の力を借りて魔法を使うには、精霊たちの五感を通じて言葉を交わす必要がある。聴覚に対して呪文。触覚に対していん。そして視覚に対して働きかけるのが魔法陣。

 特に精霊場のように、空間的に複雑な作用を起こす場合、視覚で伝える魔法陣が使われる。

 呪文、印、魔法陣、……これらの「術式」と呼ばれるものが、精霊たちとのコミニュケーション手段。精霊たちは、術式に忠実だ。人間が言葉を解釈するのと違い、術式を少しでも間違えると間違った効果を及ぼす……。


「……」


 魔法陣。そういえば、昨日ティルミアが簡易住居を出した時にも、魔法陣を描いていた。

 あの時、ティルミアはどうしていた?

 俺はハッとして、もう一度教本を開く。ページをめくる。それから、ティルミアの荷物をあさり、あの簡易住居魔法陣の小箱を取り出した。小箱の中には確か説明書があった筈だ。


「やはり……これが原因か……?」


 かもしれない、という程度だった。

 だが、やるしかない。

 蘇生術を使うのはこれで何度目だろう。

 生き返らせるのは後ろ向きな行為……か。


「人生に前も後ろもねえんだよ。向いてる方が前だ」


 呟いた。誰にも聞こえちゃいなかっただろうが、誰に言ったわけでもない。


「子供になったら俺を恨むなよ、ティルミア」


 *


 ティルミアの顔に赤みが戻ってきた。だが、すぐに目を覚まさなかった。


「……手は尽くした、か」


 俺は、後ろを振り向く。

 そこには、赤柱陣……の消えた後、胸を貫かれて倒れたままのルードがいた。


「……」


 俺の線引から行くと。

 こいつも生き返らせるべきなんだろうか。


「……う……」


 かすかに、漏れる声。


「ティルミア!? 目が覚めたか」


「……ばぶー」


 ……。

 …………。

 ………………。


「なんちゃって」


 俺はティルミアにビンタした。


「痛いっ」


「馬鹿野郎。たちの悪い冗談はやめろ」


「本当の赤ちゃんが、こんなクリアに「ばぶー」なんて言うわけないでしょ」


 ティルミアは身体を起こした。


「あれ。……タケマサくん。おでこ、血出てるよ」


 俺は苦笑する。

 赤ん坊のフリをする冗談をかますってことは……成功か。最近までの記憶がちゃんとあるということだ。少なくとも、俺が盗賊団を幼児化させたあたりまでの記憶がある。子供には戻っていない。

 ……俺は、自分の仮説が正しかったことを確信する。

 盗賊団の時に失敗していたのは、魔法陣の大きさだ。サフィーに協力して習得した魔法陣自体は正確に再現していたが、その大きさを正確に再現していなかった。魔法陣というものは地面にさっさかさっさか描いていくイメージがあるが、本当は紐で長さを測ったりしながら正確に描かなければならないものなのだろう。昨日の住居魔法陣でさえ説明書には図形の正確なサイズが細部まで記されていた。デリケートな魔法である蘇生に使うなら、図形の正確さはより要求されるのだろう。


「大丈夫か。どこもおかしくないか」


「うん。たぶん。生き返らせてくれて、ありがとう……。ねえ、血が」


「大丈夫だ。かすり傷だ。それより……ちゃんと記憶もあるんだな」


「私……えっと……」



 ティルミアは、記憶をたどるように頭を振りながら、身を起こした。


「……って……え!? あれ……ル、ルード先生!?」


 ティルミアが飛び起きた。

 ルードの……死体にかけよる。



「どうして!? どうしてルード先生がここにいるの!?」



 ……なんだと?


 …………ルードとのことを……覚えていない? まさか。


「おい、ティルミア、そいつを覚えてないのか?」


「覚えて……? 覚えてるけど。私がほら、さっき話した、ルード先生。殺人鬼の」


 ……さっき、か。


「森を歩きながら話をしていたのは覚えているのか」


「え、うん……」


「その後は」


「……えっと……」


 ティルミアはしばらく目を閉じた後、首を横に振った。


「覚えてない……。私の昔の話をした後は何も……。ここ、まだあの森なの?」


「そうだ」


 ルードと戦ったことを……覚えていない、だと。


「タケマサくん! 先生、どうして死んでるの!?」


「え」


「まさか……私が」


 …………。


「ある意味イエス、ある意味ノーだ」


「どういうこと?」


「事故だったんだよ。この森にこのルードって殺人鬼の先生がいたのは偶然だ。だが、俺にかかっていた赤柱陣バースデー・ケーキが発動しちまって……お前とルードが運悪く巻き込まれた」


「え……嘘!? 赤柱陣バースデー・ケーキって……一昨日の夜にかけたやつ?」


「そうだ。効果時間長いんだなあれ」


「でもあれは……敵意を向けた相手にしか反応しない筈じゃ」


「運悪く、三人でいる時にその……敵に……えーと、野生のゴリラが現れてな」


「ゴリラ!? あの伝説上の魔物の? そんなのいるのこの森」


 おっと……。この世界ではゴリラはメジャーじゃないのか。……しまった、狼とか蝙蝠とかにしておけば良かったのか。


「まあいたんだ。そいつの敵意を誤解したのか近くにいたお前と先生が巻き込まれた」


「でも赤柱陣バースデー・ケーキは人間にしか反応しない筈なのに……」


「その……進化して人間になりかけているゴリラだったんじゃないか」


「そうなんだ……。あれ、だけどそのゴリラさんは?」


「うまく柱を避けて逃げていった。運のいいやつめ」


赤柱陣バースデー・ケーキを避けられるなんて、相当強い魔物だね」


「さ、さすがは伝説の魔物だな」


「でも周りの人が巻き込まれたりなんて普通はしないのに……」


「えーと、ゴリラが避けようとしてあちこち動き回ったんで柱だらけになって大変だったんだ。お前たちはそれに巻き込まれたんだよ」


 ええい、嘘をつくのがいい加減苦しくなってきた。


「そんなことより……ルードを生き返らせるぞ」


「……あ、そうだね! お願い。……先生、ごめんなさい、いきなり死なせちゃったりして」


 その謝罪は……間違っているが、あっている。


「ティルミア。一つ提案がある」


「何?」


「お前が殺人鬼になったってことは……言わないでおこう。先生には」


「え、どうして?」


「自分の教え子が殺人鬼になったって聞いたら、悲しむだろう」


「……でも、先生自身が殺人鬼だよ?」


「それでも、だ。自分と同じ道を歩んでほしくないと、思ってるかもしれないだろ」


「……うん、わかった」


 俺は荷物から縄を取り出した。


「……?」


 ルードの手足を縛っていく。


「……何してるの? タケマサくん」


「ん? まあ念のためだ。気にするな」


「気にするよ。なんで先生の身動きが取れないように手足を縛ってるの?」


「殺人鬼だからな。……安全は全てに優先する」


「大丈夫だよタケマサくん! ルード先生は誰彼構わず殺すような殺人鬼じゃないよ」



 ……でもお前は殺されたんだぞ。そう言いそうになるのをこらえた。

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