第二章 5/8
「る、ルード……? え、まさかさっきの話に出てきた、お前の「先生」……か?」
「うん。信じられない。まさかこんなところで再会するなんて……!」
改めて目の前の変態をうわあ直視できない。
「え、ちょっと待て。女教師じゃないじゃないか」
「女なんて言ってないよ。女らしいって言っただけで」
……紛らわしい言い方しやがって。
「くせっ毛ってレベルじゃないぞ」
アフロだろうが。モジャ子というあだ名自体は非常に的を射ているが。
「先生全然変わってないなぁ……」
「変わってないのかよ。そりゃ残念だ」
てことはさっきのシリアスな話はこのビジュアルで想像しないといけないってことか。……俺はすぐに諦めた。
くねくね歩く全身紫のアフロはゆっくりと近づいてきた。
「何の用かしらぁ? あら可愛いカップルね」
「る、ルード先生……! 私です、ティルミアです!」
ティルミアは目の前の変態……ルードに全く怯えることなくむしろキラキラした目で近づく。
「……ティルミア……? え、あらやだ、まさかあのティルミアちゃん!?」
「覚えててくれたんですか?」
「もちろんよぅ! 私は教え子の顔は忘れたことないのよぉう!」
アフロの乗っかったその顔は……近くで見ると、なかなかのゴリラだった。太い眉の乗った眼窩上隆起は人類の限界を越えて張り出し、たくましい顎はどんな武器でも太刀打ちできないだろう。我々のちっぽけな常識でこの生き物に対抗しようなどとは甘い考えだ。さすが異世界、こんな凶悪な魔物がいるとは……。
「先生、こんなところで何してるんですか!? 突然いなくなっちゃった先生を随分探したんですよ!」
「ちょっとねぇ。私あの後、懸賞金かけられちゃったのよ。やぁよねえ。追っかけてくる子が後を絶たないもんだから、ここに隠れてるようなものなの」
「そうなんですか。先生も大変ですねっ」
ティルミアが敵を「子」呼ばわりするのもこの人の影響か。
「ティルミアちゃんこそどうしたのこんなところで。……あらそちらの彼は? 格好いいじゃない」
悪寒。殺人鬼であり、変態でもあるルードに見られた俺は完全にすくみあがっていた。いやまあ、変態かどうかは俺の偏見でしかないが。
「……こっちはタケマサくんです。二人で旅をしてるんです」
旅をしてるというかし始めたばかりだが。
「よ、よろしく」
改めて見ると……オーラが物凄い。この世界に来てから、最も恐ろしい人間に出会ったような気がする。ラスボスかもしれない。
「言いにくい名前ねぇ……。タマサ」
「タケマサです」
流行ってんのかその言い間違い。
「タケマサくんね。……あらそうなのぉ。一緒に旅をねえ。私はルード。はじめまして。よろしくね?」
巨大な手が俺のほうに差し出される。俺はおっかなびっくり右手を差し出し返した。掴まれる。幸いにも右手はくだかれることなく、握手は完了した。
「でも時が経つのは早いわねえ。まさか、あの小さかったティルミアちゃんがもう結婚してるなんて」
ごほっ。
俺はむせる。ティルミアは慌てて高速に首を左右に振って否定した。
「ま、まだです!」
おい。否定の仕方が違う。
「……そんな予定はない」
「え、違うの? 二人で旅してるって言うから、私てっきり……」
「よく見てくれ。俺とこいつじゃ大人と子供だぞ。お守りみたいなもんだ」
「守られてるのタケマサくんのほうじゃん」
「確かに一見そう見えるが……」
実際もそうなのだが。
「あら年の差なんて関係ないでしょ。それに私の年から見れば貴方達たいして変わらないわよ」
まあ確かにルードはティルミアが小さい頃に十年前の教え子がいたとするとそこそこいい年なのか。こう見えて……こう見えて……どうも見えん。年齢がわからんなこの人。
「そ、そんなことよりも! どうして先生。こんな森の奥に?」
「……あら、ということは貴女たち、私を尋ねて来たってわけじゃないのね」
「はい。私達、この森に先生がいるなんて知らなくて」
「まあ……それは凄い偶然ねぇ。さあ、とりあえず入って入って。色んな話を聞かせてちょうだい」
*
「わぁ、可愛いおうち」
森の中のその開けた場所の奥に、その丸太小屋はあった。小じんまりとしている雰囲気だが、意外に大きく窓の位置からすると2階もあるらしい。
「どうぞ入って入って。ちょっと騒がしいけど」
「「せんせーい! おかえりなさーい!」」
どたどたと走り出てきた二人の子供がいた。
そういえば子供好きの先生だったと言っていたが……。
まさかそうすると、ここは……。
「はーい、良い子たち。お客様が来たわよ。ちゃんとご挨拶なさい」
俺とティルミアの姿を見つけたその男の子と女の子は、びっくりした顔をして、慌ててルードの後ろに隠れた。
「あらあら恥ずかしがって。どうしたの? ご挨拶は?」
「……こんには」
「……にちは」
まだ小学校に上がるより前の年だろうと思われる二人の子供は俺たちを見てたどたどしく言った。
「お、おう……よろしく」
「こんにちはぁ!」
ティルミアの元気な挨拶にビックリしたのか、二人はぺこりと頭を下げ、それから奥に引っ込んでしまった。
「あらあら。照れちゃって。ここだとねー。どうしても外の人と慣れる機会が無いのよね」
「あの子たちは……?」
ルードは微笑んで答えた。
「私ね、わんぱくランドっていう保育園をやってるの」
俺らの探していた保育園の園長はこの変態……ティルミアのもと先生でもある、殺人鬼ルードだった。
*
「保育園というより孤児院みたいなものね。細々とだけどね。色々あって街だと引き取り手が見つからない子供を引き取って育ててるのよ」
まさか殺人鬼が保育士をしているとは……。いやまあ、学校の先生をしていたくらいだし、この世界ではよくあることなのか……?
「あの子たちは、どういう子たちなんだ?」
俺は尋ねた。
「孤児よ。普通であれば街の孤児院で引き取ってくれるのだけれど、あの子達はちょっと、それが難しくてね」
「……難しい?」
「色んな理由があるのよ。親が敵国の人間だったとかね……」
ルードは微笑んだだけでそれ以上言おうとしなかった。まあ、それこそ色々な理由、ということなのだろう。
「あの子達二人だけですか?」
「いいえ。他に、上で寝てる子がもう二人いるわ。年は似たようなものだけど。小さい子が四人もいるともう大変よ。もう少し大きくなってくれば、引き取ってくれるような全寮制の学校とか訓練所とか、あるんだけどね。この年だとまだ無理なのよ」
……なんとなくしかわからないが、要するにこの保育園で預かるのは普通の子供ではない、ということか。だとすると……とりあえずダメ元でお願いしてみる価値はあるかもしれない。
「俺達がここを尋ねてきたのは、この保育園に用があってきたんだ」
「あら? どういうこと? まさか貴方達……できちゃったの?」
ティルミアがまた顔を真赤にしているので誤解を招くようなことを言う前に俺は否定する。
「俺たちの子とかって訳じゃないんだが、預かって欲しい子供がいる。街じゃ引き取ってくれなくてな」
「あらそうなの。いいわよ。どんな子なのかしら」
「……。まあ正直に全部話しておくと……」
どうせ隠したってしょうがないので、俺はあの面白盗賊団のことを正直に話した。
「……あらあら。身体は大人だけれど心が子供に戻ってしまっている……」
ルードは大きく頷いた。
「かまわないわ。連れていらっしゃい。力仕事が出来そうな子達なら、むしろこっちも助かるしね」
「本当か。すまない、助かる」
「ありがとうございます! 先生!」
「それにしても珍しいわね。蘇生師なんて」
「まあ、俺ももともとそのつもりがあったわけじゃないんだが、ティルミアのせいでな……」
「そういえば、ティルミアちゃんはもう17だったわよね。何か職にはついたの?」
ティルミアはそうだ、という明るい顔になって言った。
「そう私、殺人鬼になったんです! 先生と同じ」
ルードは目を丸くした。
*
「殺人鬼……。あら、そう」
「……先生、私、あの時先生に教えてもらって」
「教えていないわ。私は殺人鬼だけど、貴女に殺人鬼を目指せなんて一言も」
「……はい。言われてません。だから私が自分の意志で決めたんです」
「そう」
ルードは、ふっと顔をゆるめた。
「ごめんなさいね。怖い顔しちゃって。意外だったのよ。ティルミアちゃんは凄く優しい子だったから」
「意外、ですか……。確かに私じゃまだ力不足で……まだ、てんで未熟者です」
あれで力不足なのか。どういう業界なのだろう。
「ああ、そうじゃないの。ティルミアちゃんは運動神経も良かったし、地道な努力を続けられる真面目な子だということは知ってたわ。そういう意味では先生の目には狂いはなかったかもね」
地道な努力を、もう少しマシな方向に続けていたら良かったのだが。
「ただねえ、殺人鬼という職は……けして楽ではないわよ」
「知ってます! でも、楽じゃないからやめろなんて、先生言いませんよね」
「そうね、言わないわ。何の職を選ぶかは、ティルミアちゃんが自分で決めることだもの」
「はい! 先生ならそう言ってくれると思ってました」
「……でも複雑ねえ。私、ティルミアちゃんなら良いお嫁さんになると思っていたのよ」
「殺人鬼でも良いお嫁さんにはなれますよ?」
「あら、そうよね。ごめんなさい」
「……いや、どうかな」
鬼嫁の数段レベルが上のやつみたいな感じがする。
それにしても。
ルード……というこの男は、殺人鬼なんだよな。
ティルミアが殺人鬼を選んだことを素直に喜んでいるようには見えなかった。
なぜだろうか。
「先生の影響は確かに受けたかもしれないですけど、でも選んだのは私です」
ルードは、そう迷いなく言う、かつての教え子の姿を、何か俺には理解できない感情の入り混じったような、複雑な表情で見ていた。
そして、立ち上がる。
「ティルミアちゃん……。外に、出ましょうか」
*
ルードの保育園から森の中の広場を抜け、俺たちは少し歩いた。
「ここよ」
そしてたどり着いた場所。
どこにも看板など無かったし、石や木等で何かそういう目印になるようなものが建てられていたわけでもない。
それでも、地面のあちこちにこんもりともられた土があれば、……それを連想する。
「ここは……まさか墓場か?」
ルードが首を横に振った。
「いいえ。ちょっと違うわ」
そして、言った。
「ここは、戦場」
どういう意味か……そう尋ねようとした俺は、しかしルードの持っているものを見て黙らざるを得なかった。
その手には、小ぶりのナイフ。
「こんな森の奥でも、時々は私を狙ってやってくる人間がいるのよ。昔の汚名というものはなかなかすすげないものね」
ルードはそう呟いて、俺達の方を向いた。足音がしない……。ティルミアと同じだ。
「ティルミアちゃん、私は殺人鬼だけれど……誰でも殺すわけじゃない」
「……はい」
ティルミアの横顔に木々の合間から光がそそぐ。
「私はあの時、あなた達の前で、彼らを殺したわね。覚えてる?」
「はい、あの卒業生の男と……その仲間たちを」
ティルミアは答える。
「なんで殺したか、わかる?」
「私達を守るためにです」
ティルミアははっきりとそう答えた。
だが、ルードは言った。
「いいえ。……「殺してもいい相手」だったからよ」
俺は思わずティルミアを見てしまう。
ティルミアは……いつも明るい顔をしているこの女が……見たことのない表情をしていた。
まるでドアを開けたら壁だった、というような。本を開いたら全ページ白紙だった、というような。
「たとえ愛する子どもたちを守るためでも、殺す必要はないのよ。彼らくらいなら殺さずに止めるのも簡単だったのよ。彼らを匿ったのは、脅されたからじゃない。どんなに彼らが悪い子達でも、救わなきゃと思ったから。教え子だもの。だから、最後まで言葉で説得しようとしていたのよ。……でも」
「相手が殺人鬼だったら話は別よね」
ルードのその表情は……凍っていた。そう見えた。素敵な笑顔。これがそうなのだろうか。
「彼らはもう、守るべき子供達じゃなかったわ。殺人鬼とその仲間達。私と同じ。命の奪いあいをする場所に来ていたのね」
ルードはニコリと笑った。
「私はね、あなたたちのことは守るつもりだったわ。でも彼らを殺したのは、あなたたちを守るためじゃない。私ね……」
ルードは、一言一言、ティルミアに染みこませるようにゆっくりと言った。
「好きなのよね。人を殺すのが」
俺はティルミアの腕をつかんだ。
「逃げるぞ。ティルミア。あいつは……」
おまえの憧れ続けてきた先生じゃない。そう言おうとして。
ティルミアの表情に何も言えなくなった。
「離してよ。タケマサ君」
ティルミアは、その長い髪を後ろで縛った。
「タケマサ君と、同じ」
「な……何がだ」
「殺すかどうかに、線を引いてるんだよ。先生は。タケマサ君は、人間か動物かで線を引いた。先生は、人を殺す人間かどうかで、線を引いた。……そういうことですよね」
ルードは頷いた。
「そうよ。線を引かないと、私、誰を殺してしまうかわからないもの」
ぞくり。
ルードのまとう空気が変わった気がした。
ルードは、にこりと笑った。それは素敵な、おぞましい、殺人鬼の笑顔。
「ティルミアちゃんは殺人鬼になった。タケマサくんはそのティルミアちゃんと一緒にいる。二人とももう、その覚悟はできているということよね」
ぞわり。
「殺人鬼の世界にようこそ」




