第二章 4/8
「ま、まあタケマサくんなら何もしてこないと信じてるけど……」
上目遣いに俺を見るティルミア。俺は頭をはたく。
「ちがーう。なんでお前が身の心配をするんだ立場をわきまえろこの殺人鬼が。俺だよ俺。か弱い俺はどうやってお前から身を守ったらいいんだ!?」
「え。あの……私、一応女の子」
「関係あるか。なぁにを今更。おまえ、前に言ってただろうが、一緒に寝ている人の寝首をかくとかなんとか」
「い、言ってないよ! そんなこと言ってない! 違うよ、襲われても反撃できるって言っただけで……」
「俺は絶対にお前を襲わないと断言できるが、お前寝ぼけたりしないよな? 寝相とか大丈夫だよな?」
「寝相……は、まあその」
悪いんかい。
「よし決めた、布団はお前が使え。俺は外で寝る」
「だ……だめだよ! 夜は特に魔物が活発になるんだよ!? タケマサくん一人で外にいたんじゃ殺されちゃう!」
「じゃあお前が外で寝ろ。お前なら危険を察知して起きられるんだろ」
「ひどい! 寒いよ! おふとんで寝たい!」
「布団はやるから」
「外に布団しいてたら夜露でしめっちゃうよ……。大丈夫だって。お互い部屋の隅に寄って離れてれば」
前門の狼、後門のティルミア。いったいどうしたらいいんだ。中にいるのと外にいるのと、どちらが生存確率が高いのか。
「……だ、大丈夫なんだろうな」
「大丈夫だって」
「お前……今まで誰かと一緒に寝た経験は?」
「ちょっ……なんで今そんなことっ。は、恥ずかしいなもう……。な、無い、よ……タケマサくんが初めて」
「いやそういう意味で聞いてるんじゃないから赤くなるな。……てことは、実績は無いわけか」
俺が初めての……被害者になってしまう可能性がある。
「うーん、念のためお前を縄でぐるぐる巻きに縛っておくっていうのはどうだ」
「普通に言ってることひどくない?」
「お前なら縄で縛られてようとものともせず攻撃してきそうで怖いが……」
「私を何だと思ってるの?」
「殺人鬼」
「そ…………そうよ。ありがと」
何のお礼だ。だから褒めてない。
「でも、私縛ってたら、やっぱり危ないよ。このテントだって万能じゃないから、万一ちょっと強めの魔物が来ると破られるかもだし。いざという時私が起きて反撃できたほうがいいと思う」
「……万事休す、か」
しかたがない。
ティルミアの寝相が、実はそれほど酷くはない、という可能性に賭けよう。
*
そして俺は賭に負けた。
結局、その晩、二回ほどティルミアの手刀で頭蓋骨を割られかけた。わかったのは、寝ぼけて攻撃してくる人間を、気配で察して避けるのは難しいということだった。寝ながら攻撃する、これは一つの有効な戦闘法かもしれない。睡拳とでも名付けよう。
……などとくだらないことを考えるほど疲れているのは結果的に俺が一睡もしなかったからだ。おかげで全ての攻撃をかわすことができ、こうして無事に朝を迎えている。
「生きてる……。生きてるんだな、俺」
「ふぁあ……っ。あ、タケマサくん、おはようー。早いんだね、起きるの」
「……お……起きたか……」
「どうしたの? すごいクマだけど」
「ずっと起きていたからな」
「何してたの?」
「教本を読んでいた……。お前が最初に寝返りを打つまでは、な」
その寝返りで繰り出された手刀を運良く避けることができなかったら今こうして言葉を交わすことはできなかっただろう。
「寝返り?」
「その後はお前から目を離す訳にいかなかったから大変だったぞ」
「……え、え!? な……ずっと見てたの? 寝てる私を?」
「ああ」
「な……な……」
真っ赤な顔をしているティルミアに、俺は首を横に振る。もう、そういうのはいい。そういうのはいいんだ。
「提案がある」
「何?」
「俺とお前で、寝る時間をずらそう。俺の睡眠時間は多少削ってもいいから」
「……え?」
「結果的には何もなかった。俺は無事に今日も生きている。そのことに今はただただ感謝している」
「ど……どうしたの本当に」
*
寝不足のせいかその後の足取りは重く、結局目的の森についた頃には午後になっていた。
「……ここが、その森か。その、わんぱくなんとかがある……」
「やっとついたね」
俺がこの世界で目覚めた時にいたのも森だったが、こっちの森のほうが深い気がした。
「……暗いな」
陽の光が入ってこないのか、まだ昼間だと言うのに月夜くらいの明るさな気がした。
「んー、いざとなったら暗視するかなあ」
「暗視?」
「暗いところでも視力が効くようにする魔法」
「そんなのも使えるのか」
「殺人鬼だもん。夜間戦闘ができなきゃ始まらないよ」
「闇討ちってやつか……」
つくづく人を殺すことに関しては出し惜しみの無い職だ。
「さ、行こうか」
苔むした枯れ木や岩が転がった道を歩く。いや、道というほど歩きやすくはなかった。旅支度をしてきて正解だったと思う。
さく。さく。パキッ。パキッ。
「……?」
俺は立ち止まる。
一つ、気がついた。ティルミアの歩く音が、ほとんど聞こえないことに。すぐ前を歩いている筈なのに、俺の立てる音ばかりでティルミアの立てる音がしないなと思った。こうして立ち止まってみれば少しは聞こえるのだが、まるで獣のように物音をほとんど立てずに歩く。
「どうしたの?」
普通に話しかけてきたところを見ると別に気配を消そうとしているわけでもないらしい。それなのに、ああした歩き方が身についているというのは……やはり殺人鬼としての訓練をかなり積んだということなのだろう。方向性はともかく、努力は大したものだ。
「お前、どうして殺人鬼を目指すことにしたんだ?」
俺は前に問いかけたことをもう一度尋ねた。
「自由のためだとか言っていたが」
「……聞きたい?」
「話したくなければ無理にとは言わないがな。軽い気持ちじゃないみたいだから気になった」
理由がわかれば改心させる糸口も見つかるかもしれないしな。
「……気になってくれたのは嬉しいかも」
ティルミアがぴょんぴょんと跳ねるような足取りで俺の隣にやってきた。歩きながら話そうということか。
「前にも言ったけど、自分の意思で自由に人を殺せることの大切さを知ったから」
「……色々ツッコミたいのは今は抑えよう。話を続けてくれ」
「うん。それを私に教えてくれた人がいたの。ルードって言う殺人鬼の人なんだけど」
「……色々ツッコミたいのは今は抑えよう。話を続けてくれ」
「うん。私の生まれた村で、ちょっとした大量殺人事件があったんだけど」
ぶほっ。
「……な、なんだって?」
ダメだ。こいつの話にツッコミを抑えようなんて俺が甘かった。
「うん、だからあの、ちょっとした大量殺人があったのね」
「ちょっとした大量殺人なんて日本語はねえよ。……な、なんだそりゃ。それ、かなり重い話じゃないのか」
「そうなのかな。人に話したことないんだけど……」
ティルミアは語り始めた。
*
「学校に通ってたのね。あれはまだ初等精霊術学級に上がる前で、えーと、十歳くらいだったかなぁ」
日本で言うと小学五年生ということか。
「田舎だったし、そんなに大きな学校じゃなかったから二十人くらいしか子供達はいなかったのね。先生も一人で。でも凄く優しくて笑顔の素敵な、女らしい先生だった。子供達のことが本当に好きみたいで。頭がちょっとくせっ毛だったから、モジャ子ちゃん先生ってあだ名で呼んでたなあ」
「お前にも……そんな普通の子供時代があったんだな」
「失礼なんだからもう。私、先生のこと大好きだったもん。子供達もみんな仲良くてね、いつも笑ってて……笑顔がいっぱいの学校だったの」
……俺は嫌な予感がしていた。こいつ、さっき大量殺人があったって……。俺は嫌な想像を頭から追い出す。
「そんな平和な学校にね、ある日、あいつがやってきたの」
「あいつ? まさか……殺人鬼の」
「うん」
殺人鬼。
「お、おう……。いきなりだな」
その……ルードってやつか。
「あいつは、十年前の卒業生だったんだ。この学校の出身だったの。何年か前に村を出ていってどこで何をしてたのか誰も知らない間に……殺人鬼になって戻ってきた」
「殺人鬼ってのはその……職業のほうの、か」
「うん。でも実際あちこちで強盗を働いてたりもしたみたい。追っ手がかかって、逃げ延びてこの村に帰ってきたんだ」
「……やっかいなやつだな」
「あいつが突然学校に現れたのは、先生に会いに来たの。先生、優しいからあいつをかくまったの。学校の一室にあいつを住まわせて。私たち、言ったのよ。先生やめて、あいつ悪いやつだよって。でも先生、昔の教え子だもの、みすみす追っ手に引き渡すことはしないわって言った」
「昔の教え子か……優しい先生だったんだな」
「うん、先生言ってた。いくつになっても教え子は教え子。教え子を守るのが教師のつとめなのよって。私、その時はそれを聞いて感動したのを覚えてる」
「本当にいい先生だったんじゃないか……」
……。
「でもあいつは、そんな先生の気持ちを踏みにじったの。学校に匿われてる間に先生に対してどんどん図々しい要求をするようになった。もっと美味い食べ物を持ってこい、から始まって、服、酒、そしてある日、仲間を呼び込んだの。どうやって連絡を取ったのか、悪い仲間を村に呼んだのね。先生に、そいつらも学校に一緒に匿うことを要求したの。先生すごく困ってたけど、それでも教え子の頼みだからって聞いてあげて……」
「悪い仲間……」
そのルードってやつの仲間。強盗仲間、犯罪者集団ということだろう。
「そんな連中が学校に集まって……子供達は大丈夫だったのか」
「大丈夫じゃなかったよ。だから先生、危険を察して子供達にはしばらく学校に来ないように言ったの。私たち、最初は従ってたけど、それでも先生のことが好きだったから気になって。すぐにこっそりみんなで学校に行っちゃったの。そこで見ちゃったの……。先生があいつらに殴られたり蹴られたりしてるのを」
……。
「あいつら、先生が抵抗しないのをいいことに顔が説教くさくて気に入らないとか難癖付けて先生を殴って……。私たち、我慢できなくて飛び出した。あいつらと先生の間に割って入って、先生をいじめないで! って」
「……」
「今考えればそれはバカな行動だったんだけどね」
やめろ。やめてくれ……。
「そしたらあいつら、私たち子供を全員教室に閉じこめて、縄で縛って、床に座らせたの。そして大きなギザギザした刃のついた剣を取り出して……」
やめろ……。
「先生は、泣きながらやめてちょうだい、やめてちょうだいって叫んでた。私は何でもするから子供達には危害を加えないでって。でもあいつは聞こうとしなくて……。言ったの、「先生、俺が何になったのか知らないのかい?」って」
やめろ……。
「私が覚えてるのは、あいつが先生の首に剣を当てて、「殺人鬼だよ」って言ったところ……。次の瞬間、私の視界が血に……」
「や……やめろ! もうわかった! 聞きたくない」
俺はそう叫んだが、ティルミアはにこりと笑って信じられないことを言った。
「もう、ここからがいいところなんだから」
「な……何を」
「いい? 続けるね」
そしてティルミアは惨劇を語り始めた。
「あいつの剣を持った腕をルード先生が手刀で切り飛ばしたの」
……。
え。
「今、ルード……先生って言ったか?」
「うん。先生はそのまま、あいつの剣を奪って、あいつの首につきつけた。で、言ったの。殺人鬼になったのなら、こうなる覚悟はできてるのよねって」
「え、ちょっと待て。ルードって殺人鬼はその強盗をはたらいてた卒業生のほうじゃなくて? 先生のほうがルードなのか?」
「そうだよ? あいつのほうは名前なんて知らないよ。殺人鬼のライセンス取ったとか言ってたけど、ルード先生に比べればヒヨッコ」
「お……俺の理解が今追いついてないんだが、その優しくて笑顔が素敵な……先生が、殺人鬼ルードなのか?」
「そうだよ」
「先生も、殺人鬼のライセンスを持ってたのか? 教師のライセンスとかじゃなく?」
「教師になるのにライセンスは必要無いよ。先生がどうして持ってたのかは知らないけど……殺人鬼のライセンスを持ってたのは確か」
お……。お前の学校はどうなっとるんだ。
「ルード先生は笑って、あいつの首を落としたの。素敵な笑顔だったよ」
お、落としたとかそんなスルッと言うな。
俺は、血だらけの刃物と教え子の首を手に微笑む美人教師を想像しかけてすぐに頭を振って打ち消した。夢に出そうだ。
「その後、先生はあいつの仲間も皆殺しにしたんだ」
皆殺しの下りが、まさかそんなついでみたいに話されるとは思わなかったが、ツッコむ気力もなくなっていた。
「で……お前はそのルード先生を見て」
「うん。あいつらを皆殺しにしたルード先生を見て、思ったの。あ、なぁんだ、殺せば良かったんだって」
「殺せば? どういう意味だ?」
「あいつが学校に匿われてる間、先生は何度も何度もあいつを説得しようとしたの。改心させようとしたの。でも聞く耳を持たなかった。私、子供心に、そういう人の考えを変えるにはどうしたらいいのかってずっと悩んでたの。どうしたらあいつに困らされてる先生を助けられるのかなって。でも、先生が教えてくれた。自分の教え子だからって、殺しちゃいけないなんてことはないんだって。殺すべきだと思ったら、迷わず殺すべきなんだって」
「……」
「先生、格好良かったなぁ……」
俺はわかった。
その女教師……ルード先生とかいうのが、こいつが道を間違えた原因だ。
「ルード先生は残念ながらそのあとすぐに村を追い出されたの」
「そりゃあ……まあ、そうだろうな」
正当防衛っぽい気もするが、子供達の前で大量殺人を犯したわけだしな。
「私、悲しかったなあ。先生には色んなことを教えて貰ったのに。村の外の世界のこととか、勉強とか、十七歳になったら正式なライセンスが取れるってこととか」
「……人の殺し方もか」
ティルミアは首を振った。
「先生は殺人術は教えてくれなかったよ。殺人鬼は人に教えられてなるものじゃないんだって」
「……そうなのか」
それは正しいが、できれば人に教えられなくても殺人鬼にならないように言ってほしかったものだ。
「先生は子供が好きだったの」
「殺人鬼なのにか」
「殺人鬼なのに?」
「そういう殺人鬼もいるのか……」
「私も好きだよ? 子供」
ティルミアはにこりと笑った。
「俺は殺人鬼じゃないけど、子供は嫌いなんだよな」
「そうなんだ?」
子供好きに悪い人間はいないというのはあやしいもんだな、と俺は思った。
*
森を抜けた、と思ったが違った。陽の光がさす空間に出たが、そこは森のなかの開けた場所だったらしい。
「……なんというか……幻想的な雰囲気の場所だな」
「ふふっ。こういう場所は日本には無いの?」
「日本も自然の多いとこではあるからな……あるんだろうが、出不精の俺はそういうところに行ったことがない」
「もったいない」
「そうだな、と今思った」
日本の観光地ではよく見かける、空き缶やペットボトルが落ちていたりといったことは無い。街じゃ自動販売機なんてものは見かけなかったし、缶ジュースなんてものがそもそも無いのだろうが。
「エルフとかいそうな雰囲気だな」
「この森にはいないんじゃないかな」
「……えっ」
じゃあ他の森にはいるのか、そう尋ねようとした時。
「あら~? お客様かしら~? どぉなた?」
変態が、現れた。
……野太い、声。
「なんでこの世界にオネエがいるんだ」
いや、それ自体はいてもいいんだが。
なぜアフロなんだ。
なぜ全身筋肉ムキムキなんだ。
なぜ全身を覆うぴっちりしたスーツを着ているのだ。
なぜそれが明るい紫色なんだ。
なぜスーツから胸毛が出ているのだ。
「こんな森の奥にまで来たってことはぁ、迷子かしらぁ? それとも私を狙って来たのかしら?」
くねくねとモデル歩きのような歩き方をする奇妙な生き物は俺たち二人にまっすぐ向かってくる。
「逃げよう。あれは控えめに言っても変態だ」
しかしティルミアは衝撃的な言葉を発した。
「う、嘘!? どうしてここにルード先生が!?」




