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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第二章 「殺人鬼の世界にようこそ」
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第二章 3/8

 がるるる、というのどを鳴らすような音がして、それを合図にしたかのように三頭の狼が迫ってくる。

 俺はあわてて頭を抱えて地面に伏せる。うつ伏せから首だけ横にしてティルミアを視界に入れた。

 戦いは一瞬だった。


 一匹目。

 飛びかかってきたのを無造作にティルミアが右手で薙ぎ払った。……薙ぎ払っただけと見えたが、その瞬間狼の身体から炎が上がった。ぼぅ、という音とともに明るい火だるまと化して地面に横たわる。


 二匹目。

 仲間が焼かれたのを警戒してか、様子を窺うように距離をとるそいつを、ティルミアは指さした。

 その瞬間、キャインという鳴き声をあげて二匹目も倒れた。何が起こったのかすぐにわからなかった。が、よく見るとティルミアの指先から細いワイヤーのようなものが伸びている。どうやらそれが狼を刺し貫いたらしい。


 三匹目。

 あっと言う間にやられた仲間二匹の姿にすっかり恐れをなしたらしく逃げに転じる最後の一匹。さすが野生動物というべきか反応は速く、一瞬でかなりの距離まで逃げたそいつにも、ティルミアの指先が向けられていた。遠くで鳴き声が聞こえる。

 あっさりと三匹とも倒されていた。


「……もういいよー」


 俺は頭を起こす。


「すさまじいな……。なんだ今の。お前あんな魔法も使えるのか。殺人鬼ってのは人を殺すだけじゃないんだな」


「でも魔物相手は結構疲れるよ。得意なのは人間殺すほうかな、やっぱり」


 得意とか言うな。


「……そう言うわりにあっさりだったじゃないか」


「あれはまあ……どっちかっていうと雑魚だもん」


 マジか。あれが雑魚って、この世界の難易度高すぎないか。


「あいつらは動きはちょっと速いけど魔法に弱いしね。普通は範囲攻撃系の魔法で戦うのがセオリーだよね」


「よく知ってるな……」


「一応、結構遠くの村からこの街まで一人で旅してきたんだよ、私。一通り魔物との戦いも経験してるんだから」


 えっへん、と胸を張るティルミア。


「それが普通のレベルなのか……? 俺この世界で生き残っていける自信が無くなってきたな」


「あはは。まあ、雑魚とは言っても、パーティに近接戦闘系しかいないとかだと確かにキツいよ」


 まあ、そんなバランスの悪いパーティで出かける人いないけどね、とティルミアは笑った。


「パーティのバランスは俺らもどうこう言えないけどな……」


 殺人鬼と蘇生師。

 戦闘面では俺は何の役にも立たないので、実質ティルミアの一人パーティだ。


「バランスいいじゃん。私殺す人、君生き返らせる人」


 それバランスいいって言うのか。すごくマッチポンプ感のある役割分担だな。


「……よし、じゃあ行くか」


 俺がそう言うとティルミアは不思議そうな顔をした。


「あれ? 生き返らせないの?」


「生き返らせる? この、狼たちを?」


「うん。あ、いや別に生き返らせなくてもいいんだけど」


 妙なことを言う。


「こいつら、魔物だろ? 倒していいんじゃないのか」


「……そうだけど。……ふーん、おもしろいね。タケマサくんの中では、魔物は殺してよくて人間はダメなんだ」


「まあ無意味に殺すのもどうかとは思うが……魔物と人間は違うしな。それにこいつら、ただの狼じゃないんだろ?」


「ただの狼って何?」


「いないのか? 魔物じゃない、普通の狼」


「魔物じゃない狼? そんなのいないんじゃないかな。狼はみんな魔物だよ」


「……えっと、この世界の「魔物」ってそもそもどういう定義なんだ?」


「え、なんだろ。人間に害になる、攻撃的な生き物……かな」


「……なるほど。無茶苦茶広いな」


 なんとなく俺は「魔物」という言葉から、それが普通の動物とは違うものだと思いこんでいた。でも厳密な違いは無いらしい。そうなのか。この狼たちは、種が同じなのかどうかは別として俺の世界にいたあの狼と同じなのだ。


「そうか魔物を倒すってのは動物を殺すってのとおなじ意味か。そう考えると可哀想な気もしてくるな」


「タケマサくんの世界……日本では、魔物とは言わないんだ」


「言わないな。まあたまに異常に大きい野生動物を魔物だモンスターだと言うことはあるがあくまで比喩だな。人間に害をなす動物を指す言葉は……なんだろう、害獣とか」


「ガイジュー……」


「ああ。そういうのは駆除することもある。こっちと同じだ」


 今ティルミアが狼を殺したのもそれと同じと考えればいいのか。


「狼もいるの? 日本に」


「いる。というか、いた、だな。絶滅したんだよ」


「絶滅っ!?」


「もういないんだよ。こいつらの仲間は俺の国にはな」


「え……凄い。全部倒したってこと? そんなの、こっちの軍隊総掛かりでもできないよ」


「……」


 ティルミアの反応は、二つの世界で狼の位置付けが全く違うことを感じさせた。


「違うんだ。倒したっていうか……」


 自然に滅んだんだ。そう言おうとして。

 ……それも違うのか。

 自然に滅んだわけじゃない。原因は、人間ではあるのだ。


「倒すつもりはなかったんだが、人間の暮らしが発展していくうちに、結果的に倒してしまったというか」


「す、凄いね。どんだけ強いの、タケマサくんの世界の人」


「いや、そんなに強くない。むしろこっちの世界のほうが平均的な人間の戦闘能力ははるかに上だと思うぞ。俺だって、こっちじゃ最弱の男だが、向こうじゃわりと普通の男だ」


「そうなの!? タケマサくんが普通!? ……みんなどうやって生きてるの?」


 そこまでか。俺、そこまで弱く見えるのか。実際ティルミアに比べればミジンコレベルに弱いんだろうが。


「でもならなおさら、この子たち、生き返らせないの?」


 こいつはなぜたった今自分が殺した動物を「この子」なんて呼べるんだろうか。


「生き返らせ……ない、だな。人間じゃないからな」


「不思議。私にとっては人間も魔物も殺すかどうかに大した違いはないけど、タケマサくんにとっては全く違うんだね」


「いや俺も動物が嫌いってわけじゃないんだ。ただまあ、その辺は考え始めると悩ましいところでな。人間の命と同じに扱うには色々無理があるだろ? 動物を食べることも必要だしな。だから一応、俺は人間かどうか、で線を引くことにしてるんだよ。でないと極端に言えば歩くたびに踏み殺したアリを生き返らせなきゃならなくなるだろ」


「そっか。それがタケマサくんの「殺すかどうか」なんだね」


 ……。


「殺すかどうか?」



「うん。殺すかどうかの、基準。私は、言葉が通じるかどうか。タケマサくんは、人間かどうか。……案外似てるかもしれないよね」



 ……。


「い……いやいやいやいや。待て待て待て」


 俺はかなり、慌てた。


「俺は殺人鬼じゃないぞ」


「知ってるよ。蘇生師でしょ」


「そ、そうだけど。そうじゃなくて。あのなあ、俺は人は殺さない」


「わかってるって。今そう言ったじゃん。タケマサくんの基準は、人間かどうか、なんでしょ」


「ええと、そうだけどそうじゃなくてだな……。俺は積極的に殺そうとなんてしてないんだよ。動物も。わざわざ生き返らせないって言っただけで」


「どう違うの?」


「……」


「積極的か消極的かってこと? それ、大事なの?」


「大事……なんだと思うが」


 でもよく考えるとティルミアも積極的に殺そうとしているかというと違う気もする。ガルフにしろ盗賊団にしろ、降り掛かってきた火の粉みたいなものではある。


「わかったよ。タケマサくんは積極的には殺そうとしてないけど、消極的に殺そうとしているんだね」


 いやなんかそういう言い方をされると違う気が。違わないのか? どうなんだ。俺は混乱する。


「……そもそも俺の蘇生魔法は未熟で、人間以外を生き返らせられないんだよ。焼けた死体の修復もできない」


「あ、そっか」


 俺の苦し紛れの反論に、ティルミアは納得したようだった。

 だがこれは詭弁。何の反論にもなっていない。ただの逃げだ。

 ……もし俺が人間以外も生き返らせられるとしたら。

 ……焼けた死体の修復もできたとしたら。

 この狼たちを生き返らせようとも考えてたんだろうか。

 ティルミアはこいつらも人間も同じように殺す。

 俺は人間だけを生き返らせる。

 ある意味、ティルミアのほうが命に対して平等と言えなくもない。

 ええい。俺は頭を振った。


「おまえって、時々難しい問いをつきつけてくるよな」


「そ……そう?」


「ああ、悩ませてくれるよ」


 俺は歩き始めた。

 ティルミアが追いついてきた。横に並ぶ。


「あの、私、もしかして面倒くさい女の子って思われてる?」


「面倒くさいどころじゃ済まない」


「あれ……。え、嘘……」


「さっさと歩かないとな。丸一日かかるんだろ」


「ちょ、ちょっとタケマサくん! 済まなかったらなんなの!?」


 *


 丸一日歩く、とシズカは言っていた。だが俺はその言葉を甘く見ていたことに気づく。丸一日というのはこの世界の人間の足で、だ。現代日本の足腰の弱い若者が歩いたのでは一日では済むわけがなかった。


「まだ……つかないのか」


 距離も時間もわからないが、太陽の位置からしてもうじき日が暮れる。つまり丸一日歩き通しだ。途中魔物に襲われたのが十数回。狼が多かったが、一度巨大なコウモリのようなものが現れた時は死ぬかと思った。思っただけで、実際にはティルミアが蹴り一発ではたき落としたが……。


「タケマサくんって、もしかして、体弱かったりする?」


「いいや、いたって健康優良だよ。俺の世界では」


「そうなんだ……。うふふ」


 今にも死にそうな俺に対して、ティルミアは妙に上機嫌だ。


「なんだ。楽しそうだな」


「なんか、お姫様みたいだなって思って。こんなにゆっくりしたペースで歩いて、たくさん休憩も挟んで、魔物との戦闘は全部私に任せて……」


「おい、イヤミか。おまえがこんなにストレートにイヤミを言うやつだとは知らなかった」


「ごめんごめん、イヤミなんかじゃないって。ただ面白かっただけ」


 常々不思議なのだが、こいつは見た目にはそれほど筋肉がついているようには見えない。小柄だから印象としては「痩せている」というより「小さい」だが、服の上からでも手足が細いのはわかる。

 それでどうしてこれだけ体力があり、あれだけ腕力があるのか。


「おまえ……もしかして魔法で筋力強化とかしてるのか?」


「え? 今? してないよ?」


「……今?」


「うん、戦闘中はしてることもあるよ。戦闘職の基本みたいなものだし」


「なるほど……。今度俺にも教えてくれ。それがあればもう少しマシになるだろ」


「筋力増強しても疲れは変わらないよ」


「持久力増強みたいなの、ないのか」


「ないこともないけど……どっちにせよ蘇生師だと無理だよ。ライセンス上、精霊契約が蘇生術のみに限定されてるから」


「俺が蘇生師だからか! 俺が蘇生師だからいけないのかぁ!」


「まぁ、うん」


 わかってはいたつもりだったが、蘇生師は不便だな……。


「大丈夫、体力なんてほっといてもつくよ。別に何のライセンスも持ってなくても、街から街に旅したり野良仕事する人だっていっぱいいるんだから。心配ないって」


 そんなことでいちいち精霊の力を借りちゃダメだよ、とティルミアは笑った。


「そういえばお前、ライセンス取得は俺と出会った日だからついこないだだよな。それまではライセンス無かったんだろ? 戦闘とかどうしてたんだ?」


「正式なライセンスは未取得だったけど、訓練用の仮のライセンスみたいなのがあってね……」


「仮免か」


「カリメン?」


「日本にも似たようなシステムがある。路上に出るための仮のライセンスだ」


「路上? 道に出るのにもライセンスがいるの?」


「ああ。道路は危険がいっぱいだからな。歩いてるだけで死んだりする」


「……タケマサくんの世界の人、いったいどうやって生きてるの? 本当に」


 魔物だらけの世界の住人から心配された。 


「さ、今日はここで野宿! あの大きな木の下で休もっ」


「おい、まだ日はあるぞ。暮れるまで歩こうぜ。もうちょっとで着くんじゃないか」


「うーん、かなりゆっくり歩いてたから、まだ半分ちょいってとこだと思う。明日早く出発して、明るい時に歩いたほうがいいと思うよ」


 ハイキングすらしたことの無い、サバイバル経験ゼロの俺はおとなしくティルミアに従うことにする。


「座ってて。テントの準備しちゃうから」


 ……ティルミアはポケットからゴソゴソと何か取り出した。


「じゃーん、簡易住居魔法陣。知らないでしょ」


「簡易住居……魔法陣?」


「ふふっまあ見てて」


 それは手の平サイズの緑色の小箱だった。開けると中には四つの小さな白い杭が入っていた。


「この杭を四隅に立てまーす」


 ティルミアは足幅を使って正確に距離を測りながら、地面に杭を打ち込む。ちょうど四畳半くらいの大きさで、四方に杭が打ち込まれた。地面はそれほど柔らかいわけではないのだが、こうして軽々打ち込むあたり感心する。


「さすがティルミアは馬鹿力だな」


「……なんでいきなりそういう失礼なこと言うかな」


「褒めてるんだぞ」


「褒め言葉に馬鹿はつけないで欲しいな」


 次にティルミアは、落ちていた木の枝で地面に模様を描き始めた。小箱に入っていた説明書を見ながら、四隅の杭の間を歩き回って、複雑な図形を描いていく。


「魔法陣……か」


「まあね。これは術者の精霊力を使わないからライセンス持ってなくても使えるの」


「魔法具というやつだな」


「そ。高いけどね。これは奮発したからまだあと十数回は使えるよ」


 ティルミアが立ち上がった。どうやら魔法陣を描き終わったらしい。ぴょん、と図形の中心から杭の外にジャンプした。


「さあ……見ててねー」


 ティルミアが杭の一つに指を当て、つぶやいた。


「ソリオトール、リマ」


 ず。

 ずずずずずず。


「ぬぉおおおおお!?」


 ティルミアのその呪文? を合図に、「家が生えてきた」。……いや、まさにそう表現するしかなかったのだ。

 まず打ち込まれた杭がずずずずずと地面から伸びていき、俺の身長くらいまでの高さになった。そして、それを追いかけるように、四本の柱の間を壁が伸びてくる。そのまま伸びた壁が柱を追い越して、段ボール箱が閉じられるようにパタンと屋根を作った。巨大な白い直方体。


「よしっ。成功。……あ、入り口が逆だ。向き間違えちゃった」


 ティルミアが舌を出した。確かに、入り口が大木の真ん前に開いていて、ちょっと開けづらい。


「これ……なんだ。マジか。家か」


「家っていうか……まあテントのもうちょっとマシなやつ、くらいのものだよ。壁もほら、押すと揺れるでしょ、脆いから気をつけてね」


 ティルミアが壁をパンと叩くと建物全体が揺れた。


「まるで……豆腐だな」


 その揺れる様はまさに。


「トウフ?」


「食べたことないか?」


「食べ物なんだ」


「ああ。こっちには無いのかな。手のひらに乗るくらいの大きさだが形が似てる。凄く柔らかいんだ」


「……へえ、食べてみたい」


「その角に頭をぶつけて死ぬ人が多い危険な食べ物だがな」


「そ、そんなことで死ぬの!? ねえ本当に大丈夫なの、タケマサくんの世界の人」


「いやしかしこれ……テントというにはかなり豪華だと思うぞ」


「へへっ。ありがと。高かったからね。さ、入って入って」


 ティルミアがドアにまわり、ドアマンのようにドアを開けておじぎをした。


「入ろうぞ」


 中に入る。特に家具等があるわけではなかったが、布団が転がっていた。


「……布団まであるのか」


 そして俺は大変なことに気がついた。


「しまったっ……ティ、ティルミア」


「うん? 何?」


「この簡易なんとかかんとか、一個だけか?」


「……え、うん、一個だよ。でも大丈夫だよ、だいたい二十回くらい使えるんだけど、まだ二、三回しか使ってないし」


「そ、そうじゃなくてだな……。ここで寝るのか俺たち」


「うん……。あ。」


 ティルミアも気づいた。


「ど、どうしよ……布団が一個しかない」


 顔を赤くしている。

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