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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第一章 「え、私? 殺人鬼」
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第一章 1/8

「うわわあ! 殺人鬼だあああ! 殺さないでくれえええ!」



 自分の叫び声で目が覚めた。

 普通、こんなセリフで飛び起きたら悪夢だと思うだろう。

 だが良い夢だったように感じたのである。奇妙なことに俺は笑っていた。めっちゃ笑顔だった。あろうことか、こうつぶやいたほどだ。


「なあんだ、夢か……。残念」


 そこで我に返って首をひねる。


「って、なんでだよ。殺人鬼に殺されそうになるいい夢ってどんなのだよ……」


 どんな夢なのか覚えていなかったのが悔やまれる。すごくいい夢だった……という感覚だけはあるのだが、台詞が謎だ。


「あれ……ここ、どこだ」


 そして俺は、自分の身に起きている大変な事態に気がついた。


 なぜか森の中にいた。


 木々に囲まれた草むらで寝ていた。

 鳥のさえずりだけが聞こえる静かな森。その心地よさを感じながら、まだ夢の中なのだと思った。いや本当、昨日ベッドで寝たはずなのに起きたら森の中にいたとなるとこれは夢でなくちゃ困る。でなけりゃ夢遊病だ。夢でお願いしますここはひとつ。

 だが夢か現実かはともかく、一向に醒める気配がなかった。実を言うとどうも現実のような気もした。パジャマを着ていたからだ。夢ならパジャマである必要がない。


 仕方なく起きて歩き出す。

 この時はまだ寝ぼけていたのかあまり覚えていないが、少し歩くと森を抜け、さらに少し歩くとすぐに街に着いた。


 そこにあった風景は俺の知っている街並みではなかった。

 建築物が和風ではない。現代的でもない。どこかのテーマパークのようだと思った。写真で見ただけの、ヨーロッパ風の街並みに似ていた。にも関わらず、歩いている人間の顔立ちは日本人が多いように見えた。髪の色は色々だし、明らかに日本人でない者もいる。あと、たまに、たてがみを生やしていたり角を生やしている人間がいる。

 ああ、夢だなやはり、と思った。

 これはなんというかあれだ、早い話が異世界というやつだ。ゲームとか映画とかの中で見た、ファンタジー世界だ。

 街を歩く人間が皆日本語を喋っていたりするあたりが実に夢らしかったが、とはいえやけにリアルな夢だった。


「あの、すいません、変なこと聞きますがここどこですかね」


 おっかなびっくり通行人に話しかけてみる。


「ああ、その様子からするとあれだな、どっか別の世界から来た人だろ。服も変だし。この世界に新しくやってくる人間はたまにいるよ。この街だけで月に三、四人は来る」


 結構親切なおっちゃんだった。良かった。


「とりあえずどうしたらいいですかね」


「そうだなあとりあえず、」


 次に俺は聞きたくない言葉を聞いてしまった。


「まず就職することだな」


 ああ、絶望。


 なんだよ夢じゃなくて現実かよ、と思った。


 夢だと自覚している夢、つまり明晰夢というやつなのだから、なんでも都合よく運ぶ異世界なのかと思っていたが、そうではなかったらしい。

 俺は就職浪人中だ。気に入った会社がなくわずかに貰えた内定も蹴り、かといって大学に残ろうにも学費も出してもらえなかった結果、無職になってしまった。


 おっと危ない。現実の話はいい。


 ともあれこの夢の中では就職するのに就職相談所ではなく神殿に行くべきらしい。よくわからないが、どんな職につくにしろその神殿で許可を……「ライセンス」とかいうものを受けないと話にならないと。そう、おっちゃんは言った。

 正直どこに行くあてもなかったし、そもそもこの世界で何をしたらいいのかわからなかったので、夢の世界とは言え時間を持て余すのもなんだ、そう思って神殿に足を運んだ。


 *


 神殿。

 石造りの無骨な門の中にこざっぱりした豆腐のような建物が並んでいて、大学の工学部とかそんな感じだなと思った。受付と書かれた建物で俺が右も左もわからないこの世界の初心者だと告げると、親切に手続き方法を案内してくれた。色々と優しい世界だ。

 俺が受付でもらった転職用紙を片手に座るところがないかとうろうろしていると、声をかけられた。


「おはよう」


 女の子だった。

 にこやかに微笑んでくれた。

 なにせ所詮夢とは言っても、自分だけが異邦人、この世界の仕組みもルールも自分がここにいる意味も目的も何もわかっていない、そんな心細さの中でにこやかに微笑まれれば誰だってほっとする。

 そして異性。しかもわりと可愛い。自慢じゃないが女性と会話をするのが家族を除けば月に一回あるかないかの俺からすると微笑まれただけで安易に恋に落ちる危険性がある。


「おう、おはよう」


「あなたは何の職につきに来たの?」


「まだ決めてない。というか、何の職があるのかわからない。とりあえず就職しろと言われて来ただけだ。この世界に来たの自体、ついさっきのことで勝手がわからない」


 まぁ、もしかして、と彼女は口に手を当てて驚いた仕草を見せた。そんなポーズをリアルにとる人を初めて見た。わざとらしくも思えるが恋しかけている俺には素直に可愛く見えてしまう。


「異世界から来た人なんだね。じゃあじっくり考えるといいと思う。一回ライセンス受けると次に転職できるのは最短でも一ヶ月後だから」


「そうなのか。そのライセンスってのが無いと何か困るのか?」


「困るよ。どんな職業も、そのライセンスが無い限り能力が何も使えない。魔法使いはライセンスが無いと魔法を使えないし、占い師だってライセンスが無きゃ占うことができない」


「……魔法……。魔法があるのか。この世界には」


「うん、魔法って言ってもいろいろだけど。人気があるのは回復魔術師かな。人の傷を治したり病気を治癒したりできるの」


「お医者さんみたいなもんだな」


 何となく、この女の子は回復魔術師になりたいのかな、と思った。


「お医者さん……。ああ、君、あそこの世界出身だね。ニホン、だっけ。科学が発達してるっていう……」


「何だ、日本を知ってるのか」


「この街にはあそこからはよく来るから。言葉も同じでしょ。たぶん所縁があるの。……そう、回復魔術師は君の世界にいたお医者さんに近いかもね。でも魔法はそれだけじゃない。逆もあるんだよ」


「逆? ……人を傷つける魔法ってことか」


「そう。例えば……」


「ティルミアさーん!」


 神殿のスタッフが名前を呼んだ。彼女の名前がティルミアだったらしい。ごめんねこれから試験だから、じゃあと言って建物のほうへ去って行った。後で聞いた話だが試験を受けてつきたい職業の素質を審査され、合格すればライセンスが授与されるということらしい。


「うーん、俺は何にしようかな」


 とりあえず相談窓口と書かれた建物を見つけたのでそこに行く。


「初めての方ですか? どちらからいらっしゃいました?」


「に、日本だ。その……何の職についたらいいかわからないんだが」


「とりあえず魔術師はオススメですね」


「おすすめ? そうなのか? 魔法なんて俺のいた世界にはなかったから、どう使うのか想像もつかないが」


「でもあなた、見たところ力もそうあるわけじゃないですよね。ここの世界には亜人を含めた力持ちの他種族がたくさんいますから、戦士や格闘家だとそれなりに修行しないとなかなか太刀打ちできないですよ」


「魔術師に戦士に格闘家……なんか魔物と戦ったりとかする系なのか、この世界は」


「それはそうしたいかどうかですが……。もちろん料理人とかお笑い芸人といった選択肢もありますよ。それはそれで競争の厳しい世界なんで、いきなり素人の方がつくのはオススメしませんが」


 やれやれ。世知辛い。どうして非現実世界でまで社会の厳しさを味わわなくちゃならないんだ。


「……少し考えさせてくれ」


 どんな職業があるかのリストがあるかと言ったら、くれた。それを見ながら考えることにする。


 *


「あ、さっきの」


 神殿内の階段に腰掛けて職業リストを眺めていると、さっきの女の子が声をかけてきた。


「早かったな。確か、ティルミアか」


「あ、覚えてくれたんだ。嬉しい」


 嬉しい、なんて素で出てくるのが凄いなと思った。なんて素直に育ったお嬢さんだ。


「俺はタケマサだ。覚えなくていいが」


「覚えるよ。タマサケくんは何の職業にしたの?」


 さっそく名前が違う。


「そんな痛そうな名前で呼ぶのはやめてくれ。タケマサだ。……俺はまだ職業を決めてないんだ。お勧めは魔術師だと言われたが、ピンと来ない。俺のいた世界じゃあ魔術師なんて名乗るのは手品師か詐欺師しかいなかったからな」


「そっかー。どんな感じのがいいのかな」


「簿記持ってるからな。経理とかで雇ってくれるとこがないかと思ったんだがな」


「ケイリ? なあにそれ」


 どうやらそういう職種はこの世界には無いらしい。

 俺は学校じゃあ数学が得意だったし、昔からよく数字に強いねと言われていた。なんとかそれを活かせればと思ったんだが、なかなか難しいようだ。


「そういえばあんたは何の職業にしたんだ? やっぱりさっき言ってた、回復魔術師か?」


 だが彼女の口から聞こえてきた単語は俺の予想をあらぬ方向に裏切ったものだった。



「え、私? 殺人鬼」

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