第1話
本日、2話目です。
あざと可愛いというのは、実際に成立させるには、かなり難しいキャラだと思います。
朝。
二度寝防止用の連続アラームに叩き起こされて、後ろ髪を引かれつつもベッドから脱出。洗顔、歯磨き、朝食の朝のルーティーン3コンボをこなした後に、今日1日ゲームをしていられる様に諸々を済ませ終わった。
その頃には丁度午前9時。我ながら良く予定通りに動けたものだ。
すぐにヘルメット型のゲーム本機を被り、ベッドに横になる。後頭部が痛くならないか心配だったが、全く問題はなかった。
横になって数秒後、「ピー」という音がなり響き、脳波認証が終了した事を告げられる、後はゲームを起動させるだけだ。
軽く深呼吸をしてから目を閉じて……よし。
「……Tree Diagram Online」
その瞬間、多少の浮遊感を覚えた後に足裏から反発を感じた俺はゆっくりと目を開ける。視界に入って来たのは自宅の天井などでは無く、不思議な空間だった。
「すごっ……」
上下左右何処までも続いていそうな灰色の空間が広がっており、空中では分厚い本が勝手に開いたり閉じたりしながら漂っている。
そんな非現実的な光景に目を奪われ、落ち着き無く辺りを見回していると、唐突に前方から抑揚の少ない声がかけられた。
「【Tree Diagram Online】へようこそ」
「えっ?」
先程までは誰も居なかったはずの前方からした声に少々驚いて、反射的にそちらへと視線を移す。
そこにいたのは現実離れした雰囲気を持つ少女だった。
未来的なデザインのぴっちりとしたスーツにふわふわモコモコな毛があしらわれており、背中からは透明な誰もがイメージする様な妖精の羽が一対生えていた。
空色の透き通るような髪をツインテールにした頭から犬耳らしきものが生え、ピコピコと動いている。
そんな属性を盛り過ぎなあざと可愛い見た目とは裏腹に、真面目そうで無表情な少女の整った顔は此方を向いており、ライムグリーンの綺麗な瞳が俺の事を射抜いていた。
「おはようございます」
「えっと……おはようございます?」
「はい、初めまして。私は結月さんのアバタークリエイトを行います、”AI”のペリドットです。普段はイベントやクエスト、治安維持にロリ属性を主に担当しています。」
「あっ、これはご丁寧にどうも……ん?」
「如何なさいましたか?」
「い、いや……なんでもないです」
無表情なまま、こてりと首を傾げる少女。……天然なのか、それとも実は真面目ではないのか。
「質問があれば聞いて下さい。対応可能な範囲内で答えさせてもらいます。後、敬語は不要です」
「わかりまし……わかった。質問かぁ……ペリドットさんはAIって言ってたけど」
「はい。私は【Tree Diagram Online】……この世界のある程度の管理や観察、調整を行うAI、その一人です。私達は人工知能と言われる部類ですが、個々に別々の感性や思考、好き嫌いや冗談を交えた会話など、基本人間と変わりませんので、人間の女性と同じ様に接して頂ければ」
「な、成る程」
確かに目の前の少女がAIだということの方が信じられない。運営の人が操るアバターだと言われた方が納得できるくらいだ。
正直この少女を機械扱いする方が違和感があるし、俺の良心が耐えられないので、ペリドットに言われた通りにするとしよう。
「えっと、因みにNPC達もペリドットさんと同じと考えて良いのかな?」
「はい、是非そうしてください。彼ら彼女らにも結月さんと同じ様に、それぞれの感性があり、思考があります。ゲームと考えずに海外に旅行に来たと思い行動すれば、トラブル無く楽しめるかと」
「……凄いな」
「はい。結月さん達プレイヤーの皆さんからしたら仮想異世界ですが、私達からすればこの世界が生きていく場所なので」
そう言ったペリドットは無表情だったが何処と無く誇らしげだ。感情があるのは本当なんだなぁと改めて実感した。
「では、他に質問はありますか?」
「んー……ない事は無いけど、アバタークリエイトとかが終わってからで良いかな」
「わかりました。ではまずはアバタークリエイトから始めます」
ペリドットがそう言うと同時に俺の目の前に急に人が現れた。
いきなりの事に驚愕し飛び退いてしまったが、視界に映っているのは恐らく男性と思われる人だった。
身長は俺と同じくらいなので178㎝くらいだろう。特徴的な部分は無いが、見ていると妙に落ち着くというか、親しみが湧いてくる。
なんと言うか様々な人達の顔のパーツをパソコンに取り入れて平均化すると親しみの湧く整った顔立ちになるというあれだ。そんな感じの人物が目の前に立っていた。
成る程、アバタークリエイトと言っていたし初期のアバターか何かだろう。この人物を元に作っていく的な。
「はい。今、結月さんの目の前現れたのはインプットして頂いた”結月さん自身”です。此れを元にアバターを……どうしました?」
「いえ……大丈夫……ちょっと羞恥で死にたくなってるだけです」
「?」
おい、誰だ初期アバターだとか言ったやつ。昨日カメラまで使って身体データインプットしたのに気付かないで初期アバターだとか言った奴……うん、俺だったな。
とりあえず、今の事は封印した黒歴史な記憶と共に葬っておこう。
少しして立ち直った俺が視線をペリドットに戻すと、其処には首を傾げたペリドットがいた。暫し無言で此方を見つめてきたペリドットは急に得心したかの様に顔の位置を戻し、掌をポンっと叩いた。
「私個人の意見ですが、異性同性共に好印象を持たれる顔立ちだと思いますよ。安心してください」
「…………」
なんと言うか、悪意の欠片もない言葉だからこそ治そうとしていた傷にクリティカルヒットした気がする。
まぁ、今回のは完全なる自爆だし、自分の顔にすら気付かないアホな俺の一人相撲だ。うん、何もなかった。
「ではアバタークリエイトの説明ですが、身長や顔のパーツ、体型など、基本的に何でも変えられます。しかし、余り極端にアバターを弄るのはオススメしません」
「身長とか体型を変え過ぎると、現実との差で動き辛くなるんでしたっけ?」
これは事前情報で知っていたので確認を取ると、ペリドットは首を縦に振り肯定してくれた。
「はい、その通りです。極端な例をあげれば、身長180㎝の男性が身長130㎝になったとしたら……身体の差があり過ぎて、最悪の場合現実の身体そのものが上手く扱えなくなる場合があります。他にも女性の場合ですと胸、男性の場合ですとお腹の大きさを変えすぎて身体のバランスが全く違うものになり、アバターを動かす時に違和感が出過ぎるなど……何事も程々にすることをオススメします」
「は、はぁ……」
理想の身体というものを追い求め過ぎても違和感が出ると……世の中そう上手い話はないってことか、世知辛い。
「顔のパーツも同様です。此方は動かす自身には違和感が余り無いのですが、他の人から見ると、如何しても表情に違和感が出てしまいます。」
「成る程……中々バランスを取るのは難しいのか」
「はい。ですから私のオススメとしましては《髪型》《髪色》《瞳の色》だけを変えて、他は弄らない事ですね。髪と目の色が変わるだけで印象はガラリと変わるので素顔バレも気にしなくて大丈夫ですし、何よりも身体の違和感は全く無いと私が保証します」
「成る程……ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。アバターの前に立てばウィンドウが出ますので、それを使用して下さい」
そう言って一歩後ろに下がったペリドットから視線を外し、アバターへと視線を移した。
□ □ □ □
「……よし」
アバターは然程時間をかけずに出来上がった。ペリドットの助言通りにしたため当然とも言えるが。
髪型は、現実では髪が目に入りそうだったのでした事の無かった”ウルフカット”という左右の髪の長さが違う髪型だ。現実よりも髪自体を長めにして印象を変えるのにも一役かっている。
髪色は”藤色”で瞳の色は”アメジスト”にした。ペリドットさんの瞳が、宝石のペリドットの様に綺麗なライムグリーンだったので、自分も真似させてもらい、宝石の色で良さげなものを選んだ。髪色は瞳の色に合わせた形になる。
「完了しましたか?」
俺が一息ついたタイミングで、ペリドットが声を掛けてきたので頷く事で肯定した。
「お疲れ様です。ではこのアバターに意識を移しますので目を閉じて下さい」
「わかった」
言われた通りに目を閉じる。
「はい、完了しました。目を開けて大丈夫ですよ」
「はやっ!?」
驚愕と共にすぐに目を開けてしまった。
事実、目を瞑っていたのは瞬き2回分位の時間だった、本当に早い。
「無事に完了しましたよ、ご覧の通りです。」
そう言ってペリドットは何処からともなく姿鏡を取り出すと俺の目の前に置いてくれた。
其処には確かに驚愕の表情を浮かべた俺のアバターが写っている。
それにしても少しウェーブのかかったウルフカットの髪型にしただけで、顔立ちは一緒なのにまるで別人の様だ。
その上、瞳と髪色も違うのだから……確かにこれならば親しい知人でもない限り結月真尋とは気付かないだろう。
「まだ作り直しも可能ですが、大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ないです」
「わかりました。では次にアバター名を決めて下さい。漢字を使う場合はローマ字で振り仮名をお願いします」
「はい」
これはもう決めていたので悩むこと無く、目の前に現れたウィンドウに打ち込んでいく。
「できました」
「はい……アバター名【結月】《yuzuki》ですか……本名ですが大丈夫ですか?」
「あぁ、アバター名としても違和感がないと思って」
知り合いでもない限りは、まさか本名だとは思わないだろうし問題ないと判断したまでだ。
逆にアバター名に違う名前を付けてTDO内で反応できなかったり、現実でアバター名で反応してしまうのを防ぐ為にこうすることにした。
その様にペリドットに説明すれば、納得したと頷いてもらえ、了承してもらえた。
「次は【ブランチ】の選択です。詳細の説明をしようと思うのですが必要ですか?」
「お願いします」
「わかりました。ではまず【ブランチ】ですが、これはプレイヤーの才能、及び能力の事です。基本的に【ブランチ】はブランチレベルが上昇した時に会得出来る【BP】を消費して習得可能です。また、【ブランチ】のメインセット枠は最大15枠までで、それ以外は全て控えになります。メイン【ブランチ】と、控え【ブランチ】の付け替えは何時でもメニュー画面から可能です。此処までは大丈夫ですか?」
「はい」
要するに、他のゲームでいうスキルの事だろう。で、メイン15枠を使って己のプレイスタイルを確立してねといった具合か。控えにするとスキルは機能しないけど幾らでも保存可能と。
「そして【ブランチ】を成長させると、〖リーフ〗という技能を会得する場合があります。ブランチに【片手剣】をセットすると近接強攻撃である〖スラッシュ〗というリーフを覚えるといった具合です。〖リーフ〗の習得や使用には、【ブランチ】のレベルやプレイヤーステータスが関わってきます。次はステータスについて説明しますね」
「わかりました」
リーフというのはスキルごとの技のことだろう。魔法なら”フレイム”とか、剣技なら”スラッシュ”とか。スキルレベルが上がると新しい技を覚えると。
「この世界ではプレイヤーレベルは存在しません。しかしプレイヤーステータスは存在します。見ることが可能な【HP】【MP】【SP】。見ることが不可能な【筋力】【身体力】【理力】【精神力】【素早さ】【器用さ】です。ステータスの詳細も必要ですか?」
「はい、お願いします」
この様な情報は面倒だが、知っているのとないのでは大違いだ。それを丁寧に教えてくれるのなら聞くべきだろう。
「わかりました。では、此方をご覧ください」
その言葉と共に出現したのはステータスの詳細がのったウィンドウだった。そこに書かれていた事を要約するとこうなる。
□ □ □ □
【HP】:プレイヤーのヒットポイント。0になると死亡する。【ブランチ】の種類やレベルが数値に影響。
【MP】:プレイヤーのマジックポイント。主に魔法関連のリーフを使用すると減少する。
【SP】:プレイヤーのスタミナポイント。主に近接攻撃関連のリーフを使用すると減少する。
【筋力】:主に物理攻撃力に影響。多少【SP】の数値や装備重量の上限にも影響する。
【身体力】:主に装備重量の上限と【SP】の数値に影響。多少、物理攻撃力にも影響。毒や麻痺などの身体的状態異常の抵抗値にも影響。
【理力】:主に魔法攻撃力に影響。多少【MP】の数値やアクセサリーの装備数上限にも影響。
【精神力】:主に魔法行使速度と【MP】の数値に影響。多少、魔法攻撃力やアクセサリーの装備数上限にも影響。魅了や混乱などの精神的状態異常の抵抗値にも影響。
【素早さ】:主に素早さに影響。それにより近接武器の手数の上昇、移動速度の上昇など様々な恩恵あり。
【器用さ】:主に器用さに影響。それにより生産系リーフの成功率上昇など様々な恩恵あり。
□ □ □ □
「……理解しました。続きをお願いします」
「はい。先程も言いましたがこの世界ではプレイヤーレベルは存在しません。けれどもプレイヤーステータスは存在する。此処まではいいですか?」
無言で頷いて肯定すると、ペリドットはそのまま続きを話し始める。
「では、ステータスをどの様に成長させるかと言いますと、様々な方法があります。基本的な方法としては【ブランチ】をセットする事。これにより各ブランチごとにステータス補正が掛かります。ブランチレベルが上昇するごとに補正も上昇しますので頑張って下さい」
「【ブランチ】のレベルや種類がプレイヤーレベルの代わりというわけか」
「そうですね。後は【称号】や装備やアクセサリー、その他にもステータス上昇の方法が無いわけではないのですが、基本的には以上です」
「成る程……因みに今から選ぶ初期ブランチに関しての注意はありますか?」
そう尋ねると、ペリドットは頷いて口を開いた。
「結月さんには10個の初期ブランチを選んで貰うのですが……初期ブランチは【適性】や【基礎ステータス】に大分関わってきます」
「適性に基礎ステータス?」
「はい。”基礎ステータス”というのは【ブランチ】などによって補正のかかる大元となる数値。”適性”というのは習得可能な【ブランチ】や〖リーフ〗に他者と違いが出たり、効率的にステータス補正がかかるかなどの結月さんの才能といったところでしょうか」
「……それって、とても重要なのでは?」
「確かに影響は大きいですが、【基礎ステータス】と【適性】は結月さんの言動や心情、経験やPSなど、様々な要因によって変化しますので、結月さんの思うがままに選択するのが良いと思いますよ?」
そう俺に言ったペリドットは相変わらず無表情だったが、雰囲気的に微笑んでくれているらしかった。
確かに大切なのは楽しむ事なので、ここで戸惑っていても仕方がないのかもしれない。
□ □ □ □
「決まりました」
結局【ブランチ】は昨日選んだものと変わらない構成を選び、決定する。
それを見たペリドットは頷くと共に此方へと手をかざしてきた。
「……はい、完了しました。習得した【ブランチ】の詳細が分からなくなったらメニューから確認出来ます。それとブランチに応じた初期アイテムはアイテムストレージに入れておいたので後で確認して下さい」
そう言うとペリドットは、ぺこりと頭を下げた状態になり俺へと話を続けてきた。
「以上で準備は終了です。今度、私と会う事があるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
「あぁ、色々とありがとう。此方こそ宜しく頼みます」
その俺の言葉と同時に、俺の身体が光に包まれ始める。その様子を顔を上げたペリドットが相変わらずの無表情で見つめてきた。
「結月さんのブランチは少々扱いが難しいかも知れませんが、良く考えて誠意を持って正面から向き合えばきっと応えてくれます。焦らず色々と挑戦してみて下さい」
ペリドットの意味深げな発言が終わると共に、俺の視界は光に包まれた。
ーーーーようこそ、【Tree Diagram Online】へ。
読了、ありがとうございます。