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儚い独り舞台  作者: 茨原鮮絖
4/4

3 :初夏

 暗い。冷たい。寂しい。ここはそんな空気を漂わせていた。

 霊安室。ベッドには冷たくなった兄が置かれていた。顔は隠れていて、どんな表情をしているのか分からなかった。

 弟であろう、少年は彼をただ眺めていた。

 突然、真っ暗になる。辺り一面暗闇に包まれる。進んでも、進んでも、歩いても、止まっても、真っ暗。少年は座り込んだ。

 少しすると、黒髪の清楚な少女が少年の前に急に現れ、手を差し伸べた。少年がその手を掴もうとするが、掴めない。少女の姿がだんだん小さくなっていく。離れていっていると、少年が気づいた時にはもう、少女は見えなくなっていた。


「ハッ」


 生助は、ぱちっと目を開いた。夢だ。

「またこんな夢か。嫌な夢ばっかりだ。」

 そう呟き、起き上がった。ふと、昨日のことがフラッシュバックする。明音が生助の仕事を手伝った件だ。

 なんで手伝ってくれたのだろう。

 好意があるのか……?

 いや、それはないな。あの人は優しいんだ。

 そんなことを考えながら、今日の支度を始めた。



 今日も平和に登校。何事もなく、1日が始まる、はずだった。


「ガタン」


 机を軽く蹴られた。またか、と思いながら生助は蹴り主を見上げると、

「オイ、お前。昨日なにしてた」

 低い、少し力のこもった声だった。

「……え?」

「昨日何してたっつってンだよ」

「き、昨日?いや、特に、何も……」

「ンな訳あるか。放課後だよ。お前、明音と何してたんだ」

 ドキッとした。なぜそんなことを聞くのか理解は出来なかったが、生助は正直に答えた。

「そうか。ならいい。」

 茶髪の細目はそういって生助を横目で軽く睨み、振り返り自席に戻っていった。

 生助は困惑した。

 どういうことだ……?なんでそんなことを訊いたんだ?ひょっとして……いや、まさか……な。

 幸い、明音は教室にはおらず、そんなに他の生徒も多くなく、一瞬の出来事だったので、話題になることは無かった。

 午前中の授業は朝の一件で頭がいっぱいになって、全く集中することは出来なかった。

 昼休み。劉斗に相談しようと生助は決意した。

「なあ、劉斗。ちょっと相談があるんだが。」

「ん?なんだ?」

「ここじゃ話しにくい。屋上に行こう。」

「は?どんだけ重要なことなん、ここじゃだめなんか?」

「うん、ちょっと、な。」

「分かったよ。仕方ねぇな。」

 そうして生助と劉斗は教室から出て、少し離れた場所にある階段を上っていった。その階段は普段あまり人が通らないためか、薄汚れていた。

「やっぱ汚ねぇ」

 劉斗が渋い顔をして呟いた。

「ここ誰も来ないしな」

「そうなのか?」

「多分……」

 そういって生助は、ほこりがついたドアノブをひねり屋上のドアを開けた。

 そこにはやはり誰もいなく、閑散とした空と町が見える、ただの屋上だった。

「で、ここまで俺を連れてきてしたい話ってなんだ?告白か?」

「な、なわけないだろ。相談だよ」

「やっぱりな。あれだろ、朝あいつに絡まれた時のことだろ」

 生助は内心驚いた。劉斗はあの場にいて、あの一件を目撃したことを。

「劉斗、お前見てたのか」

「まぁそりゃあ、俺以外にもあの場にいた数人は見てたと思うぞ。あの茶髪が半ギレなんだし。教室の空気が少しピリッとなってたぜ。で、だ。俺にそのことについて、なんの相談があるんだ?」

「それは……な。あの茶髪が俺にいってきたんだが……」

「ん?なんだ、何を言ってきたんだ?」

「あの……井波さんのことだよ」

「は?」

「あ、言ってなかったっけ。昨日俺がプリントを職員室に持っていくときに井波さんが手伝ってくれたんだよ」

 生助の口元が若干緩む。

「そのことで、何故か茶髪野郎が俺に昨日あいつと何してたって聞いてきたんだよ。何でそんなことを聞くのかってのが気になるんだ」

「そんなの簡単じゃねぇか。茶髪と井波が付き合ってんだろ」

 劉斗が淡々と答える。生助は劉斗が放った言葉を理解出来なかった。

「え?なんだって?」

「いや、普通に考えたらそうじゃね?彼女が別の男と放課後過ごしてるってことだけで彼氏は嫉妬するだろうし不満だろ。まあもしそうならあの茶髪、独占欲が強いタイプだな。ハハッ」

 生助は笑えなかった。笑えない冗談だった。一気に奈落の底へと落ちていくような感覚に陥りそうになった。

「ん、生助、ぼーっとして。どした?」

「あ、お、おう。いや、なんでもない。で、でもさ、付き合ってるとは限らないよ……な?」

「おー?お前、まさか井波のこと狙ってたのか、意外だな?」

「い、い、いや、狙ってなんかないけど……」

 生助は体が暑くなるのを感じた。

 屋上は日陰が少ないために、6月の暑い太陽の光をまともに浴びてしまう。いや、それだけが理由で暑いわけではないだろう。

 どうでもいいことが頭をよぎっていく。

 少しの間沈黙が流れた。


「キーンコーンカーンコーン」


「おし、教室に戻るぞ」

「な、なあ劉斗。さっきのこと言いふらすなよ」

「分かってるって」

 そう言って、2人は屋上を後にした。

 その後、午後の授業はやはり全然頭に入らず、気力の抜けた表情で生助は放課後まで過ごした。

 そして、ぼけっとしたまま自分の席に座っていると、教室の窓から夕陽が差した。オレンジの眩しい光で生助は我に帰り、教室を後にした。

 校門を出ると、数メートル先に幹太の姿が見えた。

 教室には自分以外誰も居なく、生助の通った廊下や階段では一度も遭遇しなかったのに、彼がすぐそこにいることを生助は不思議に思った。しかも幹太は生助の数少ない友達と呼べる人だ。

 生助は早足で追いかけ、幹太に話しかけた。

「よ、幹太。お前も今帰り?」

 すると幹太はいつも通りの真面目な表情をした面を生助に向け、頷いた。

「そっか。幹太、どこにいたんだ?廊下で一度も会わなかったけど」

「入れ違い」

「そ、そうか」

 いつも通りの冷たい返事。基本幹太は無口でクールなのだ。

 そんな幹太にも生助は朝のことを聞いた。

 しかし、

「そんなこと興味ない。じゃ、俺こっちだから。」

 そう言って分かれ道でさっさと行ってしまった。

「はぁー。井波さんは……あの茶髪と……いや、そんな訳ないだろ……多分」

 生助は下を向きながら唸っていた。



 それから数日。またこれまで通り、なにも起こらずにただの怠惰で繰り返しのような日々が過ぎていった。

 今日もまた繰り返し、そう思いながら生助が教室のドアを開けると、そこには昨日までの紺色のブレザーの色は無く、白いブラウス姿になった女子生徒達数名の姿が煌びやかに生助の目に焼きついた。

 さらに、すぐ目の前には、ブラウスの袖から白い腕が伸び、清楚に清涼感が追加されて、より可憐な明音の姿が見えた。

 生助は動揺した。目のやり場に困った生助は、下を向いてすぐ自分の席へと向かった。すると、明音がすれ違い様に、

「おはようっ」

「お、おはよ」

 生助は、いつも通りの反応ながら、顔を赤くしていた。












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