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儚い独り舞台  作者: 茨原鮮絖
3/4

2:明暗

「ハッ」


 パチッと目を覚ました。豆電球が薄く光る照明のついた天井が見えた。


「嫌な夢を見た。」

 生助はそう呟きながら、いつもの冴えない顔で起き上がり、役割を果たせなかった目覚まし時計のアラームを切って、リビングへと向かった。

 昨日は災難だった。朝から目つきの悪いやつに睨まれるわ、放課後はチャラいやつにうざったらしい事言われるわ……。でもなによりも昨日はいつも以上に悪口ばっか呟いてたな。もう少し冷静にならないと……。こんな姿他の人に、特に井波さんに見られたら生きていけない……。

 そう昨日の自分の行動を反省し、朝なのに何故か薄暗い我が家のリビングに着いた。


「おはよう、しょーちゃん。」

 と、優しくもか細い声が聞こえた。生助の母だ。

「おはよう、母さん。」

「あさごはん、出来てるわよ。」

「うん……。」

 ぎこちない会話。兄の件からずっとこの調子だ。空気が重い。それはまるで、呪いにかけられたようだった。母親はしわが増え、父親は白髪が増えた。老化とともに、生気が奪われていくようだった。二人とも、やせ細っていた。生助は、この空気に耐えきれなくなっていた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 当時、生助は中学生だった。学校の昼休みに急に先生に呼ばれた、あの頃の事はよく覚えていた。

「生助くんいますか!?」

「あ、はい?」

「大変なの!お兄さんが――」

 生助はすぐに車に乗せられ、訳も分からないまま病院に着いた。

 そこで病院の地下まで連れられ、言われたところにいくと、「霊安室」の文字が。生助がその部屋の中に入ると、そこには仰向けに寝かせられ、顔に紙が貼ってある、誰か、がいた。その、誰か、の横には泣き叫ぶ母親と、黙り込み下を向いた父親がいた。

 もう、生助は勘づいていた。そこにいる人のことを。


「兄ちゃん……。」


 その時、生助は泣くでもなく落ち込むのでもなく、ただ呆然としていた。頭の中が真っ白になった。

 その日から、高崎家から笑顔が消えたのだった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 朝食を済ますと生助は足早に自室に支度をしに戻った。

 昨日寝るときに放り投げて、そのまま床に置かれてヨレヨレになってしまった制服を拾い上げそのまま着て、同じくヨレヨレなズボンを履いた。生助の部屋は少し散らかっていた。

 生助の部屋には、壁に栗色の髪の美少女のポスターが貼ってあり、棚にはポスターとは違い、黒髪の幼女のフィギュアと金髪の美少女のフィギュアが飾ってあった。飾る、といってもケースに入れて綺麗保存しているわけではなく、ただポンと置かれているだけであった。

 生助はその美少女達に目もくれず、足早に玄関へと向かい、

「行ってきます。」


 家族の返事が聞こえる前にさっさと出ていった。

 時刻は7時半。生助の家から学校までは10分程度なので余裕で学校に着く。部活もやってないのにかなり早めの登校なのだが、生助はあの暗い家に極力居たくないので早く出るようにしてるのだ。



 いつも通りの見飽きた風景をぼんやりと眺めながらゆっくりと歩いていく。生助の近所にはあの友達二人は住んでいないのだ。というか方面が違うので、生助は基本一人で登校する。当たり前かつ日常であった。

 学校についた。

 いつも通りの時間帯。部活連中の朝練の声が聞こえてくる。朝から熱心なご様子で。

 生助はまっすぐ教室に向かう。3階の教室が生助のクラスの場所だ。


「ガラガラ」


 とたてつけの悪い音が聞こえてくる戸をあけ、廊下側の一番前である自分の席に向かう。

 教室の中には今入ってきた生助の他に、数名の女子生徒と、あの黒髪の清廉潔白な美少女が。

 ——今日は早いな。

 そう生助は思いながら自分の席についた。

 やはりヘタレな根暗くんはまともに明音の方を見ることすらせずに自分の席で今日の授業の準備を始める。

 一方の明音は他の数名の女子と喋る訳ではなく、朝から勉強をしているようであった。

 何も起きない。怠惰な一日がまた始まった。と生助はぼんやりと思った。



 放課後になった。


「面倒なことになった……。」


 と生助は呟いた。なぜなら、担任の教師の理不尽で放課後の時間を削る羽目になったからだ。

 廊下側の一番前の席という理由だけで大量のプリントを職員室まで持っていかなくてはいけないのだ。一人で持つにはあまりにも多すぎる量だ。

 しかし、そこで強く断れない生助。仕方なく、運ぶことにした。


「でも、どうやって運ぶんだこんな沢山……。2回に分けて運ぶ……か。」

と思い、プリントの束を二分割して運ぼうとしたそのとき、 


「ねえ、大丈夫?手伝おっか?」


 天使のような透き通った甘い声が聞こえた。

 生助が振り向くと、そこには特徴的な黒髪のロングヘアーに、大人になりきれていない、若干のあどけなさを残した瞳。肌は純白の雪を想像させる。また、女の子独特のあの匂いが鼻をくすぐる。

 明音だ。

「沢山あって大変そうだし……半分持つね。」

「い、い、イヤ、大丈夫だっよ。。悪いし、さっ。」

「遠慮しなくていいよ。私手伝うから。ほら、行くよ」

 突然の天使の登場で生助はカチコチになってしまった。

「ほら、行こっ」

「お、お、おう……」

 カチコチのまま生助は、明音とプリントを運ぶこととなった。


「あ、高崎くん、このプリント何処に運べばいいの?」

「それは、職員室まで、です……」

 緊張がほぐれない生助は、つい敬語っぽくなってしまう。


「そっか、結構距離あるね。」

 この高校の職員室は1階。しかも生助達のいるクラスの反対方向に位置している。

「だ、だから悪いって思って」

「大丈夫だってば。にしても先生も非情だね、高崎くん1人に任せるだなんて。学級委員は私なんだから任せるなら私にすればいいのにね。」

「アハハ……」

 生助は苦笑いで返した。

 2人は大量のプリントの束を抱えながら並んで職員室の前の廊下辺りまで歩いた。

「着いたね。で、このプリントは先生の机に置いとけばいいんだよね?」

「お、おう。あ、あとは俺がやるよ。」

「そう?分かったよ。」

「あ、ありがとう、運んでくれて、プリント。」

「気にしなくていいよ、困った時はお互い様だよっ」

 明音は軽くニコッと笑いながら言った。

「じゃっ私はもう行くね。じゃああと頑張ってね。じゃあね〜」

「お、おう、じゃっ。」


 結局生助は詰まりながら受け答えるだけであった。しかし、明音の笑みに魅了されてしまったのであった。

 生助は二分割されたプリントの束をまとめ、職員室の担任の机にどかっと置いた。


 ––––面倒なことを任せられたと思ってたけど、結果オーライだな。井波さんと話せて良かった。でももう少しまともに喋りたかったな……

 そう思いながら、いつもより上機嫌な表情をし、職員室を後にした。



 帰り道の途中まで、生助は上機嫌に歩いていたが、ふとあることに気づいた。

 それは、自分の不甲斐なさだった。

「よくよく考えたら俺ほとんど会話できてなかった……。苦笑いしたり返事するくらいしかしてないじゃないか。井波さんはどう思ってるのだろう……。はぁ……」

 結局生助は自分を責め、落ち込んで感傷に浸り、トボトボと帰り道を歩いていった。

 家が近づく。生助はどんどん落ち込んでいった。まるで生助の家が生助の精気を吸い取っているかのように。

 空の色は徐々に暗くなっていった。



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