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儚い独り舞台  作者: 茨原鮮絖
2/4

1:ある1日

 朝。教室の窓から朝日の日差しが差し込む。その光は、目が眩むほど眩しかった。

 高崎生助は高校生、2年だ。1年の時はそれなりに目立たないように過ごし、何の障害もないまま無事進級でき、クラス替えをして今のクラスになってから3ヶ月が経った。


「よー。生助。」

「おはよ。」

「昨日の宿題やったか?俺すっかり忘れちゃっててさー。」


 ……何事もない、いつも通りだ。友達も何人かできた。まあ、静かなグループではあるんだが、俺はそれでいいんだ。目立ちたくない。範囲外の人達とは関わりたくない。

 生助は、他人と関わることが少し苦手だ。それ故、似たような人達が集まり友達になった。っていっても集まるというほど数はいないのだが……。

 なので、コミュニケーション能力の高い人達とはあまり合わないし、そもそも話すことすらままならないかもしれない。要約すると、生助は軽いコミュ障なのだ。馴れた友達とは普通に接することができるのだが……。


「生助、おはよう。」


 そう言ってすぐ自分の席についた眼鏡の彼は鈴木幹太。静かな少年だ。


「あ、ああ。おはよ。」

「よー幹太ー。お前は昨日の宿題やった?」


 宿題を忘れた彼は森島劉斗。幹太とは違い、それなりに喋る。でも、我の強さはなく、生助にとって喋りやすい存在である。

 生助が友達と呼べるのはこの2人だ。ボッチにならなかっただけマシと思っているだろう。

 その2人と喋っていると(正確には生助と喋っているのは劉斗だけだが)、静かに教室のドアを開け、黒髪で長髪の美少女が入ってきた。

 その瞳は、彼女のサラサラの長髪同様に黒い瞳が煌めいていた。

 その黒髪美少女が生助の前を通る。

 ふわっと、トリートメントと女の子の匂いが生助の嗅覚を刺激する。通り過ぎる瞬間、友人が話していることなど見向きもせず、ただ彼女の行く先を目で追いかけていた。


「おい生助、聞いてんの?」


 生助はハッと我に返った。


「お、おう、聞いてたぞ、宿題やらないのは自己責任だぞ」

「その話は幹太に見せてもらうことでもう終わってるわ!」


 生助は、劉斗の話を適当に流しながら、黒髪美少女のことが気になっていた。しかし、嫌われるのが怖かったので彼女を直視することは出来なかった。

 彼女の名は、井波明音。成績優秀、学級委員を務める。黒髪の正統派美少女。そして、八方美人なところがある。誰にでも優しいのだ。それは、たとえ彼女自身が全く好いてない人であっても。


「ドンッ」

 

 いきなり生助の机に何か、がぶつかった。

 正確にはそれは人の足であり、故意にぶつけたもののようであった。机の足を蹴られたのだ。

 その足をぶつけてきた本人の方を生助が見上げると、


「チッ」


 と舌打ちが聞こえてきた。彼は、茶髪の細目な、いかにもスクールカースト上位のような風貌だった。

 その茶髪の後ろから数人のチャラついた生徒が教室に入ってきた。彼らはイケイケグループとでもいうべきか、目立つ存在で、リア充な人達だった。

 当然、生助はそのイケイケ達には馴染めるはずもなく、関わりを絶っていた。のだが、茶髪の彼にはなぜか嫌われているらしい。生助が彼に特に何かしたというわけでもないのに。



 そうして、彼の学校生活の日常が始まった。

 生助は基本、まじめに授業を受けている。あまり目立たない、弱気な性格なので授業中に居眠りをしててもバレないのだろうが、居眠りもしない。

 昼休みも自分の席にいる。そこで毎日家から持ってくる菓子パンを食べて過ごすのだ。幹太も自席で黙々と昼食を食べている。ちなみに彼の昼食は、毎日ちゃんとした弁当だ。

 一方、劉斗は、彼ら以外にも友達がいるので、その人たちと食堂で基本昼食を済ましている。まあまあコミュ力はあるので、ほかの人達ともすぐ友達になれたのだろう。

 そうして午後も真面目に授業を受け、放課後になった。

 夕日が窓から射し込む。赤い空の下に、住宅街やマンション、ショッピングモールなどが鮮やかに映える。都会ではないが、田舎でもない、ちょっとした地方都市という風景だ。


 そんな中、生助が帰ろうと、教室のドアを開けて出ようとすると、いきなり後ろから


「ドンッ」


 今度は机ではなく人と人がぶつかった。正確にはぶつかった、というより後ろから一方的に当てられたようなぶつかり方だった。さらに、その相手はさっきの茶髪ではなく、明らかに彼よりチャラい、金髪で長髪のチャラ男だった。


「いてっ」

「あたっ!あ、ごめーん気づかなかったわ〜!影薄いね。ってか、君誰?」


 生助は唖然とした。この金髪は嫌うどころか自分の存在を知りもしなかったのだ。


「俺は、こ、このクラスの高崎生助です」


 噛んでしまった。


「何で敬語?てかマジ噛みすぎっしょ!ま、どうでもいいわ〜。」


 そう言って金髪野郎はスタスタとどこかへ行ってしまった。


 生助は金髪の後ろ姿を眺めながら、強い憤りを感じていた。


「今朝といい、さっきといい、なんなんだよ。俺にぶつかってきやがって。チャラいし、なんだよいっつも数人で固まりやがって。リア充アピールか?クソッ。馬鹿丸出しの外見に内面もクズかよ。いきがってるくせに一人じゃなんにもできねえんだろどうせ。」


 そんな無意味で訳の分からない独り言の暴言を呟きながら。



 帰り道、生助は一人でとぼとぼと今日のことを考えながら歩いていた。


 なんであの茶髪は俺を睨んでくるんだ?何故そんな毛嫌いする必要があるんだ。俺はアイツを含むあのグループとは関わりたくないのに。どうせ嫌っているのなら関わらないで欲しい。どうせ俺なんて、何の取り柄もなくて、コミュ障で、根暗ぼっちなのだから。これ以上俺の底辺日常の底を広げないでくれ。俺は、あの娘を、井波さんを横目で見るだけの日常でもう満足だから。お前らが変に俺に関わるせいで俺のささやかな幸福が消えるかもしれないのだから。あの金髪のチャラ男もよく分からない。そこまで俺は影が薄いのか。いや、根暗で静かに生きてきたのは肯定するんだけど……。


 そう否定的で自虐的に考え、何も結論が出ないまま自宅に辿りついた。夕日はほとんど沈んでいた。



「ただいま」

 しかし、返事はない。

 玄関をはじめ、部屋すべてが真っ暗だった。

 聞こえるのはアナログ時計の針の音と、時々走ってくる車の音だけだ。

 そう、生助の家は誰もいないのだ。といってもただ両親が共働きなだけなのだが。

 にしても暗すぎる。

 生助は、靴を脱ぎ揃えて、真っ暗な玄関を進み、リビングまで行き照明をやっとつけた。カバンはリビングの薄汚いソファに放り投げ、リビングに併設している小さな台所の照明をつけ、冷蔵庫に入っている残り物をレンジで温めた。


 生助の家族はごく普通の家庭だ。父親母親は共働きで、父親はサラリーマン、母親はパートをしている。

 昔から共働きも、職種も変わらないのだが、ある時急にこの家庭は暗くなってしまった。


 それは、二年前、兄が死んだ時からだ。


 死因は事故死。オートバイでスピードを出しすぎ、カーブを曲がりきれずに電柱にぶつかり、即死。そのオートバイは、ちょうどその日に父親が兄の誕生日に買ってあげたプレゼントだった。


 その日を境に、生助の家庭は、重く、暗い空気に包まれてしまったのだ。

 父親も、母親も、その日から表情には光がない。一応、仕事は真面目にこなしてはいるのだが。


「チン」


 どうやら、今日の夕飯が温まったようだ。

 こんな状態でもご飯を作り置きしておいてくれる、それだけで生助は満足だった。



 箸と食器が擦れる音がやけに響いた。






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