プロローグ:ぶら下がる縄
「俺は……なにやってんだろう。」
見慣れた壁、天井、床、窓、扉、ベッド、机、棚、押入れ。ただひとつ見慣れないのは、縄だ。ベッドに近い天井に釘で打ち付けられている。窓はカーテンで遮光されて、照明も付けないので薄暗い。しかも、夕暮れという時間がそれをさらに闇に染めていく。
光なんて、無くていい。どうせ陰になるんだから。
そんなことを呟きながら、勉強机をちらっと見た。教科書や参考書で散らかっている。いや、正確には自分自身で散乱させたのだろう。壁には、友達だった人と撮った写真と、自分の好きなアニメのキャラクターのポスターが貼り付けてある。
なにもかも、どうでもいい。もう壊してしまったんだから。
ベッドの上に立ち、垂れ下がる縄の輪にそっと首をかけていた。
「ああ、そうだ。俺は死ぬんだ。逝くんだった。」
引き攣った笑みを浮かべながら自分に言い聞かせるように言った。
ーーそうして、高崎生助は、首を吊った。
日本のどこかの地方都市の郊外のアパートにて、高校生という若い芽が、命の灯火が、自らの手によって摘まれようとしている。なぜ彼は命を落とさなければいけないのか。人生を捨てなければいけないのか。それは、当人でなければ分からないのだ。
周りは彼の死の理由を理解出来ないだろう。そんなことで命まで落とすことはないだろう、と思ってしまうだろう。だが、それは世間一般のただの常識であり、彼自身の考えとは相反するだろう。
彼の自害への道までの経緯、そしてその後の彼の末路を語る物語の幕が、開いた。