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不完全ラズライト  作者: 深海船隻
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第八話 それは優しき革命


 雪景色は後方へ流れ行く。柏邸からそれほど離れていない通りで柏恵美は息を荒げながら疾走していた。浅いとはいえ雪は雪、足を取られて無駄に体力を奪われる。慣れない運動に相当参っているがその瞳はきりりと引き締まり緩むことを知らない。


 黛くんは上手く騙せたな。


 騙すと言ってもタネなんて言うほどのことでもない。彼女が私の家に住み込み始める前、トイレにペンとメモを隠しておき用を足すふりをして二人へのメッセージをしたためる。あとはそれを登校中に気付かれないようそれとなく放れば、後で樫添くんが回収してくれる。いやはや黛くんが排泄中でも構わずに監視するような変態ではなくて本当に助かった。


 至極単純な手だが、これで黛くんの目をぬって二人に計画の細かい日程、目的、手順を伝えることはできた。しかし我ながら詰めが甘いことに最後のメモを記す先日になってペンのインクが切れてしまい、急遽黛くんが持ってきたわけの分からないペン立てから一本拝借することになってしまった。バレない……というのは希望的観測だろう、いくら根が回ってるとはいえ相手は黛くんなのである。


 角を曲がり神楽坂くんとの集合地を目指して表の道をまっすぐと行くと、ふと周りの景色が見慣れたものに変わっていることに気付く。この辺りはたしか、と思い出しているうちに因縁深い一つの建物が視界の向こうから現れた。


 県立M高校。


 何の皮肉だと思わず笑みがこぼれる。もし神様というヤツが実在するとするなら中々気がきくではないか。

 一歩、そしてまた一歩近づくたびに歩は緩む。校門の前に差し掛かると、体力が尽きかけていたのもあって思わず立ち止まってしまう。


 見慣れた校舎に慣れ親しんだ校庭。屋上での二度の出来事を忘れた日は一度もない。そうここが私が香車くんと、そしてルリと過ごした思い出の場所。


 沸き立つ感情を抑えきれず塀に手をかけ体を持ち上げると例の中庭がかすかに見えた。失ったものを懐かしむように私たちの原点の地に過去の情景を重ねる。


〜私がここで何してようが、アンタに関係ないでしょ〜

〜ふむ、答える気はなしか。君がここで何をしているのか興味があったのだが〜


 彼女との運命の出会いに思いをはせる。そうここで私と黛くん、いやルリは出会ったのだ。

 まさかあのときはあの平凡な少女が私を支配する存在にまで昇華するなどと思ってもいなかった。全く末恐ろしい人である。


 今の彼女も勿論好きだが、昔の彼女はもっと御し易くて可愛らしかった。私が妄想の話をする度に驚いたり気絶したり表情がコロコロ変わる、ルリには悪いが正直中々面白かった。エミ、エミと嬉しそうに私に駆け寄ってきたかつてのルリの姿が思い浮かび、つい頬が緩む。

 もうあれからどれほどの月日が経ったのだろうか。

 

 人は一定ではない。良くも悪くも変わっていく。迷い悩みながら成長し、時には後退し同じ顔をすることは二度とない。凡ゆるものに影響を受けながら毎日少しずつ新しい自分に生まれ変わっていく。別にそれは構わないのだ。寧ろ素晴らしいことだと思う。毎日新しいルリに触れられる。黛瑠璃子が黛瑠璃子の範疇からブレない限り、私は全ての彼女を受け入れ、想い、愛すことができる。


 輝き続けるのであれば「ラズライト」は何色でもいい。


 だからこそ、だからこそ今のルリだけは許容することはできない。彼女を、たった一人の私の支配者を砕け散らせてなるものか。


「ルリ……」


 両の拳に力を込める。柏恵美は戦わなくてはならない。圧倒的な絶望を持って殺されたいと自分の為に動いていた私が、今度は信念の為、そして何よりも大切な人のために戦わなくてはならないのだ。

 その為なら再びルリの敵となることも、どんな手段も厭わない。全ては本来の彼女を取り戻すため。


「かつてのルリはこんな面持ちだったのか。なるほどあれだけ必死になるのも今ならよくわかる」


 空を見上げた。彼女も同じ空を見ているのだろうか。再び彼女と同じ景色を見たい。


「今度は私の番だ」


 支配者への革命宣告。詰みとなった将棋盤をひっくり返し、ルリとの最後の決着をつける。


 愉快だった二人の思い出に後ろ髪を引かれるも、柏恵美はもう立ち止まらない。優しく甘い感傷を振り払いM高に背を向け歩みだす。


––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––





 しばらく道を行くと携帯電話から淡白な着信音が鳴り響く。自分のものは黛くんにとられてしまっているが、樫添くんが事前に自宅の軒下に仕込んでおいたものを家を出る際に回収した。

 それは黛陣営と柏陣営の激突、その開戦を告げる法螺貝といったところだろうか。しかし彼女に一切の迷いはない、覚悟などとうの昔に決めている。


『もしもし何かあったかい』

『萱愛が神楽坂さんを抑えに動き出したの』


 予想に違わずそれは樫添保奈美からのものであった。その声は多少の不安気を帯びていたが、私としてはあくまで想定の範疇だ。フリーの駒はきちんと用意してある。


『腕力のある男にいられては厄介だな』


 まるで独り言のような呟き。言葉はない、画面の向こうからはただただ肯定の沈黙が返ってきた。黛くんの言う通り実に察しがいい。


『やってくれるかい?』

『わかった。さっさと片付けてくる』


 革命の火蓋は切って落とされた。




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