表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不完全ラズライト  作者: 深海船隻
7/28

第六話 樫添保奈美は厭わない


 深夜一一時、心地の良い夜の静けさをけたたましくかき乱したのは一つの女からの着信であった。正直に言えば出たくはない。この電話に出れば全てが始まってしまう。

 致し方ないこととはいえ友人を裏切ることになってしまうのだから。


 心では仕方ないことだと、それが最善なのだとわかっていてもやはり気は進まない。あれほど私を信頼してくれている彼女に嘘と演技で騙し続けるだけでも胸が痛んで仕方ないというのに、その上絶望を叩きつけ破滅に追いやらなくてはならない。

 だがそれは間違いなく彼女を救う唯一の道だ。そしてこの一番辛い役をやれるのはこの私しかいない。大切な友人の為、傷付け傷付くことになったとしても逃げるわけにはいかないのだ。


 喧しい催促を無視して数度深呼吸をする。覚悟を決め、ベッドに放り投げてあった携帯電話を掴み取りそのまま座り込んだ。


「もしもし」

「もしもしこんばんは」


 電話の向こう側にいるのは柏恵美その人である。顔が見えない分、その薄気味悪い声色は余計不気味に感じる。


「こんばんは」

「黛くんはどうしたんだい?」


 単刀直入に彼女は問う。黛くん。随分と懐かしい響きだが、その呼び方が意味することを考えれば気分は沈んだ。


「ルリ〜、はもうやめたの?」

「あぁ、ルリではないものをルリと呼ぶのはおかしいだろう」


 その言葉に何とも言えない居心地の悪さを感じた。そう黛瑠璃子は既にルリではない。一見どうでもいいことのようだが、彼女が呼称を変えたということは既にそれだけ事態が深刻化しているということの証でもある。思わず生唾が喉を鳴らした。


「もしかして、もう発芽しているの?」

「それは君の報告次第だな」

「そう……うん、黛センパイは確かに揺らいでいる。神楽坂さんを【成香】ではないかと恐れながらもまだそうでないことをどこかで願っている感じ。悪く言えば甘い希望にすがっている。多分柏ちゃんを失いたくないあまり不安定になっているんだと思う。口では過激なことを言ってても心は追いついてないってとこかな」

「ふむ、深層心理のうちで殺意に抗っているうちに甘い部分が逆に表層化しているのか。なるほど本番までに一度つついた方が良いだろう、仕上げも想定していたものより派手にする必要があるな」


 長々と推測を述べると、柏恵美はじっくりとそれを嚙み砕いていく。己の策を反芻するように何なら小声でぶつぶつ呟いているが、彼女が何をどこまで考えているのかは私にはわからない。

 だが確実に、そして完璧に柏恵美は黛センパイを救う為の策略を組み立ててつつあるということはわかる。私の言葉、そして実際に見た黛センパイの姿から的確に問題点を抽出し、適切なピースを当てはめ、一つの救いの道を編み上げていく。

 悔しいが私にはそんな芸当はできない。それは黛センパイのことを隅から隅まで完全に知り尽くし、そして何よりも彼女に執着する柏のみに許されることなのだ。

 ならば私は影に徹するのみ。例え直接手を差し伸べることが出来なくとも、彼女の為に私には私の出来ることがあるのだから。黛センパイを助けたいという気持ちでは柏に少しでも負けているとは思ってはいない。


「何かこちらに対して具体的に手は打ったのかい?」

「一先ずは萱愛に神楽坂さん近辺の詮索と監視を頼んでた。彼丁度学級閉鎖と土日が重なってまるまる一週間はフリーらしいの。黛センパイ自身は【成香】に殺す機会を与えない為に柏ちゃんの家にベッタリ住み込むつもりらしい。」

「それはぬるいな」


 不服を孕んだ声が遮った。不満が漂い、不安に揺れる。


「ぬるい、黛くんにしてはぬるすぎるよ。発芽すらしていないのにこの体たらくか。やはり黛くんでは私の支配者には足り得ない……」


 悔しげに混ざる歯ぎしりの音に思わずぎょっとする。柏恵美が動揺するところなど、あのM高の屋上で棗が死んだ時と柳端が倒された時を除けば今まで見たことがない。それだけ彼女にとっては支配者である黛センパイの存在が重要であるということなのか。


 柏恵美は暫く押し黙っていたが、やがて落ち着いたのかふっとため息をつく。


「……で君はなにをするんだい?」

「手が離せない黛センパイの代わりにクリスマス会の買い出しを頼まれた。なんであそこまでこだわるのかよくわからないけど、黛センパイ柏ちゃんのことを守りたいのは勿論、クリスマス会の方もちゃんと成功させたいみたい」


 柏の反応は先程の真逆であった。彼女は笑っていた。普段の鼻で笑うような含笑いではない、心の底から嬉しく思っているようなはっきりとした人間らしい笑いだ。


「クリスマス会、か……ふふっ、黛くんは強欲だな。これはますますルリを早々に取り戻さなくてはならなくなった。よし分かった、指示があるまでは暫く待機していてくれ給え。いやぁ本当に助かったよ」

「いえいえそれではまた」


 用件は済んだ。何故あそこまで馬鹿笑いをしているのかはよくわからないが、とにかく私が役に立てるのはここまで。後のことは柏に任せるしかない。通話を終えようと指を伸ばす。


「ありがとう樫添くん」


 直後、ツー、ツーという無機質な音だけが部屋にこだました。携帯を握る手には力が入り、やり場のない怒りに弱々しくへたり込む。こんな時に限って空を見上げれば雲ひとつない満天の星空と純白の満月が広がる、なんの嫌味かと文句の一つも言いたくなった。

 

「ははっ、ありがとう。ね……」


 これから友人を騙す自分にその言葉はあまりかけて欲しくなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ