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不完全ラズライト  作者: 深海船隻
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聖夜の乙女のエピローグ 後編


 ほんのりと藺草の香りが漂う六畳間。

 食事を終えた後、途中にシャワーを挟んで、会の場は既にリビングから寝室用の和室へと移動している。


 勿論今日二人には我が家に泊まっていってもらう腹積りである。樫添さんには前以て着替えを持ってくる様に言っておいたし、エミには私の服を着せるから何の問題もない。

 本当は私の部屋にでも招待したかったのだが、全員女とはいえ流石に三人は窮屈だったので諦めた。

 一般階級らしくどの部屋も狭い我が家なのだが、この和室は応接間を兼ねている事もありそこそこ広い。今日の為に用意した三人分の布団も問題なく収まり切った。


 そして、現在当六畳間では、三人の乙女による仁義なき戦いが繰り広げられている真っ最中であった––––––––––––。


「なぁルリ……」

「もう一回」

「いや流石にもう夜も遅––––––––––」

「もう一回」


 私の頑なな態度に流石のエミも諦めたのだろう。

 彼女はしぶしぶ足元に散らばったトランプを搔き集めると、呆れたように深い溜息をついた。

 上目遣いで私を見上げるその瞳には、若干の憐れみが含まれている。


「なぁルリ、幾ら何でも弱すぎやしないか」

「アンタが強すぎるのよ。なんなのその変則ポーカーフェース。いっつもニヤニヤしてるから逆に違いがわからないわ」


 勝負に負けたのが悔しくて、ついつい声が不機嫌を孕んでしまう。


 仁義なき戦いとは称したが、やっているのはただのトランプゲームである。部屋に好きなだけ菓子と飲み物を持ち込み、既にかれこれ一時間半ほどプレイに興じていた。


 大富豪にポーカー、真剣衰弱にダウト。

 どれも昔は退屈な遊びだと思っていたのだが、いざやってみるとこれが中々面白い。

 勝負に一喜一憂しながら、エミや樫添さんとわいわい騒いでいると飛ぶ様に時間が過ぎていく。

 大学生にもなって何を言っているのかと思われるかもしれないが、こんな青春感のある遊びを経験するのは初めてなのだから仕方が無い。

 私は勿論、残りの二人も思った以上に楽しんでくれたようで、既に企画としては大成功であった。


 ––––––––––だが全く不満が無いのかと聞かれて、うんと答えれば嘘になる。


 それもそのはず、なにしろこの黛瑠璃子、あのエミが思わず憐れむレベルで負けに負けまくっているのだ。


 大富豪では延々と強いカードを奪われ続け、ダウトでは抱えきれない程の膨大な手札を押し付けられetc.(エトセトラ)

 たかが遊びとはいえ、ここまでボコボコにされると正直精神的にキツい。

 これまでの経験上、駆け引きには割と自信があったのだが、残念ながらゲームの世界では毛程も役に立たないようである。


「もうこれだけか……」


 重く長い溜息をつきながら、少なくなった足元のコインを物悲しく見つめる。


 『ただ遊ぶだけじゃつまらないわ、どうせならなんか賭けた方が盛り上がると思うの』とか言い出した過去の自分を殴ってやりたい気分であった。

 コイン一枚百円というお子様設定だったのだが、塵も積もればなんとやら。最初は二十枚あったそれらも今ではたったの二枚しかない。

 正真正銘のボロ負け、これぞ見るも無残な素寒貧という奴である。


「次こそは負けないわ」

「そのセリフ、もう聞き飽きたのだよ」


 こうなった以上はさっさと諦めて、傷が浅いうちに撤退するのが得策である。だが元来の負けず嫌いな性格がこれを良しとはしなかった。

 樫添さんならともかくエミに負けたまま終わるのは、個人的に納得がいかないのである。


「ほら樫添さん、次行くわよ次」

「……」


 先の大富豪で最初に上がり、一人でゴロゴロしていた後輩に声をかける……が、返事は返ってこなかった。

 仕方なく顔を覗き込んでみると、既に彼女は両目を瞑り、すぴすぴと気持ち良さそうに寝息を立ててしまっている。


「ほら樫添くんも寝てしまったではないか」

「いや絶対起きてるわ。あんだけボロ勝ちした後寝落ちとかいくらなんでも不自然すぎるでしょ」


 嫌みたらしく毒吐いてみるが、返ってくるのは、先程と変わらぬ態とらしい寝息のみ。うちの腹黒お姫様はあくまで勝ち逃げを決め込むご様子である。


「まぁいいわ」


 もう用はないとばかりに彼女から眼を逸らすと、私はエミの顔を正面から真っ直ぐに見据える。その真剣な眼差しにようやく彼女も折れた様であった。


「これで最後なのだよ」

「わかってるわ」


 とにかく、何としてでも一回ぐらいはこいつに勝ちたい。

 真剣に見つめ合う二人の少女、そこから生じる膠着状態を打ち破ったのは、黛の手より繰り出された起死回生の一手であった。


「私はこの勝負に全てを賭ける」


 そう宣言し、手元のチップを勢い良くエミの足元に叩きつける。


 ここでまさかの全額投入。これこそ正しく引くことの許されない背水の陣という奴だ。どうだ柏恵美、やけになった死兵の恐ろしさ篤と思い知るがいい。


 しかし無駄に意気込む私とは対照的に、エミの反応は冷ややかなものであった。いや寧ろそれを通り越して若干引いてるまである。


「いやたったの二枚でそんなキメ顔されても困るんだが……」

「悪いけど、アンタにだけは言われたくないわね。あと最後の勝負は王道でババ抜きにするわ。これなら最悪運だけで勝てるし」

「ううむ……。まぁルリがそう言うなら、私は黙って従うのみだ」

 

 そう言いながらエミから献上されるように差し出された手札を手に取る。互いに黙々と被ったカードを場に捨てていくと、残った枚数は四枚であった。


「このゲーム勝ったわね」

「ん?どうしてだい?」

「私とエミのカードを足せば全部で八枚。八は末広がりで縁起が良いの」

「それでは私も同じような気がするのだが」

「別に良いのよ。こういうのは気持ちの問題だから、信じる方が報われるの。まぁ最後は私が気持ち良く勝者になるから、そこんとこ覚悟しといてね」


 謳うように言いながら挑発的にエミの顔を睨みつけると、彼女は面白いとばかりにふっと鼻で笑う。


 こうして第三次エミルリ大戦の火蓋は、切って落とされたのであった。



 –––––––––––––––––––その、およそ十分後。



「はいっ、これで上がりだ」

「なんなのよ本当……」


 負けた。

 特に盛り上がることもなく普通に負けた。


 どうしようもない敗北感に打ちのめされ、まるで萎びた白菜のようにげんなりしてしまう。


 対してエミは非常に上機嫌であった。

 彼女らしい高らかな笑い声を以って勝利宣言とすると、慰めるように私の肩にそっとその掌を置く。


「はっはっは、そう気に病むことはない。明日は今日の勝ち分で何かおごってあげようではないか」

「……私エミのそういうところ好きよ」


 友人の優しさに胸を打たれつつ、ごろりと後ろへ倒れ込む。必然的に目に入った時計によると、時刻は丁度十二時を回ったところであった。


「はぁ……もうこんな時間か」


 日付を跨いだという事実に、会の終焉が殊更に意識させられる。


 哀愁というか、それとも喪失感というか。

 秋の夕暮れを思わせるなんとも物寂しい気分が、心の一番繊細な部分を圧迫するように胸一杯に満ちていくのだ。


「あーなんか気付けばあっという間だったわね。残念」

「まぁそう残念がる必要もないだろう。楽しかったならまた何度だってやればいい」

「……それもそうね」


 珍しくエミがまともなことを言う。

 確かに失った時間を取り戻すことは出来ないけれど、これからの思い出ならこの先いくらでも作ることができる。

 これで終わるわけじゃない、そう思うと途端に気が楽になってきた。

 折角の初お泊まり会なのだ、うじうじせず最後まで楽しく過ごした方がいいに決まっている。


「それじゃ、明日に備えてそろそろ寝ましょうか」

「あぁ、そうだな」


 トランプと空になったお盆を部屋の隅に片付け、自分の布団に戻ろうとする。

 しかし生憎そこには既に先客が居座っていた。堂々と人の布団を占拠するその根性には、ある意味大物の風格を感じずにはいらない。


「ねぇ、樫添さん起きてる?」


 どうせ寝たふりだろうが、彼女の建前を尊重して一応聞いてみてあげる。しかし彼女は幸せそうな寝顔を浮かべたまま、ウンともスンとも言わない。


 もしかして、この子本当に寝ているのではないだろうか。


「樫添さーんおーい。そこ私の布団ー。」

「ううん……」


 呼びかけながら肩を優しく揺さぶると、そこでようやく彼女は目を覚ましたようであった。


「あー……すみません。どこの私が誰でしたっけ」

「もう、なによそれ」


 どうやら寝起き少女は絶賛日本語崩壊中のようである。そんな彼女の姿が可笑しくてつい吹き出してしまった。

 寝た振りのつもりが本当に寝てしまうとは、まあ確かに樫添さんらしいと言えばらしいと言える。彼女は基本しっかりしているが、見た目同様少々子供っぽいところがあるのだ。


「左よ、そっちそっち」

「ふぁい……」


 部屋の隅の布団を指差すと、彼女はそこへ向かってまるで芋虫のようにずるずると這いずっていく––––––––––––––が、また寝落ちしたようで、すぐにまたすぴすぴと寝息を立て始めてしまった。


「もう、風邪引いたらどうすんのよ」

「なんだかお母さんみたいだな」


 横から茶々を入れてくる変人は勿論無視だ。

 仕方ないので樫添さんの体をゴロゴロと彼女の布団まで転がし、そっと布団をかけてやる。

 まぁ彼女には色々と迷惑をかけてしまっているので、これくらいは喜んでやるべきなんだとは思うのだが。


「さあて、灯り消すわよ」

「了解した」


 エミが布団に潜ったのを確認すると、立ち上がりついでにストーブと照明を消し、そのまま布団の中へと直行する。

 入った瞬間はヒヤリとしたが、直ぐに程よい熱が全身を包み込んでいく。頃合いを見てエミの方へ寝返りを打つと、彼女もいつも通りの不気味な笑みを浮かべながらこちらを見つめていた。


 二人は同時に口を開き、そして同時に同じ言葉を口にした。



「おやすみ、エミ《ルリ》」



 なんだか気恥ずかしくなって、思わず視線を逸らしてしまう。


 おやすみ、そう一言言っただけなのに、なんだか心が通じ合ったような気がして、胸の中へ安堵に近い充足感が満ちていくのだ。

 チラリと再びエミの方に目をやると、彼女は既に目を閉じて寝静まっていた。


「……ふっ、エミらしいわね」


 私も早くそうしたいところだったが、残念ながら今夜は中々眠れそうにはなかった。


 見慣れた天井を眺めながら、ふと今日一日を振り返ってみる。


 一月をかけて準備してきたクリスマスパーティー。百パーセント完璧とは言えなくとも、我ながら中々成功したんじゃないかと思っている。

 今までの人生の中でもトップクラスに楽しい一日だったし、改めてエミと樫添さんとの絆を深め合うことも出来た。


 そして、何より平和な毎日をこの手に取り戻すことが出来たのだと実感した。


 エミの変人っぷりに振り回され、樫添さんにはおもちゃの様に弄ばれる、黛瑠璃子の望んだ日常がここにはある。


 そう、いつも通りの私達の日々が戻ってきたのだ。

 いつも通りの変わらない私たちが––––––––––––––。



 –––––––––このままこの居心地の良いぬるま湯に浸かり、立ち止まっていてもいいのだろうか。



 ふと、そんな事を思ってしまう。


 確かに今のエミとの関係も楽しいが、私は更にその先のステップに進みたいとも思っている。

 エミの事をもっと知り、理解し、彼女の為に何か出来る事があるならばしてあげたい。その思いはM高の屋上で彼女を成香から奪い去ったその瞬間から、一度も揺らいだことはない。


 二日前の夜、神楽坂さんの能力を介して見せられたエミの過去を思い出す。

 あそこには私が知らないエミがたくさんいた。今の殺されたがりの柏恵美を形作ったであろう何かがそこには隠されている。彼女を知るためには、まずその根本を知らなくてはならない。

 

 しかし、その事を怖がっている自分がいるのもまた事実なのだ。

 また今回の様にエミへの執着に取り憑かれてしまうのではないか、そもそも彼女の繊細な領域に私なんかが勝手に踏み込んではいけないんじゃないか、と。

 私の余計な詮索と干渉によって、この尊い関係が壊れてしまったらどうしよう。

 そう思うと、どうしてもあと一歩を踏み出すことが出来ないのだ。


「はぁ……」


 胸の内に漂うもやもやとした気分に、思わず溜息をついてしまう。

 

 –––––––––––––そんな時であった。


「ルリ、起きているか」

「うん」


 問われたので、答える。

 特に驚きはしない。なんとなく彼女も起きているような気がしていた。


「君に聞きたいことがある」

「……どーぞ」


 エミの方から私に何かを尋ねるとは珍しい。

 彼女は少し間をおくと、天井を見つめたまま、まるで独り言のようにそっと呟いた。


「君は、私のことをどう思う?」

「……」


 あまりにも率直な質問であった。

 そんな事をエミが気にするのかと少し意外に思う。だが彼女が真っ直ぐに尋ねてくれたならば、私も自分の気持ちを素直に伝えるだけだ。


「エミはエミよ。最高に意味が分からない殺されたがりの変人、でもそれ以上に最高に大切な私の友達でもある」

「そうか、君にとっての私とはそうなのか」


 そう言うと彼女は愉快そうに声を上げてカラカラと笑う。しかし直ぐにその笑顔を引っ込めると、彼女は悲しそうにぼそりと呟いた。


「すまなかった、ルリ」

「えっ……」


 エミらしくない真面目な物言いに、思わず戸惑ってしまう。だかそんな私に構わず、彼女はそのままこう続けた。


「どうやら私は君の強さに甘えてしまっていたのかもしれない。ルリの気持ちにはとっくの昔から気付いていたのに、ルリなら大丈夫だ、ルリなら問題ないと、そうやって自分の理想を押し付けてしまっていた」

「エミ……」


 今回の事件でエミなりに感じるところがあったのだろう。

 まるでこちらの想いが見透かされているようで、なんだか顔の周りが熱くなってくる。

 彼女のその平坦な口調も、気持ちが昂っているのか、話すにつれてだんだんと高揚していっているように聞こえた。


「だがこれだけは分かってくれ。私もルリには私のことをもっと知ってもらいたいと、そう思っている」

「ッ……!!」


 その瞬間、突き上げるような衝撃が全身を駆け抜けた。


 –––––––––もっと知ってもらいたい。

 

 彼女のその言葉に、私は声を失ってしまっていた。途端に熱いものが喉の奥から込み上げ、鼻を通って顔全体に広がっていく。


 私と、エミの想いは同じであった。そのことが堪らなく嬉しくて、今にも彼女に飛びつきそうになってしまう。

 だが、すんでのところで堪えた。彼女の話はまだ終わってはいないのだ。


 私が落ち着くのを確認し次第、エミは申し訳なさそうに眉を顰めてこう続けた。


「だが、まだどうしても昔の事を話す気にはなれないんだ。こんな事を言われても困るかもしれないが、どうかわかってほしい」


 何となく予想はついていたが、やはりエミにも色々とあるのだろう。誰でも人に言いたくないことの一つ、二つあって当たり前だ。

 彼女がいつか自分の事を話してくれるその日まで、私はいつまでも待ち続けよう。そう、心に決めた。


「うん、わかった。待ってる」

「ありがとう、ルリ」


 私がそう優しく笑いかけると、エミもホッとしたような安堵の表情を浮かべ、最後の一言とばかりに徐にその口を開く。


「だが、もし君に全てを打ち明ける時が来たならば––––––––––」



 そして、エミは彼女らしくない爽やかな笑みを浮かべてこう言った。



「私の過去も、支配してくれる?」

「……ッ!!」



 その衝撃に、心臓がまるで生き物の様に跳ね回る。

 いつもの芝居がかった独特な口調ではない。それはまるで、共有を通して出会った獲物を自称する前の彼女のようであった。


「エミッ、今の……」

「話は以上だ、それではおやすみ。ほら君もさっさと寝たまえ」

「ちょっ、逃げるな!」


 そうやってエミは一方的に話を切り上げると、頭からすっぽりと布団を被り、態とらしく寝息を立てて寝たふりに徹してしまう。

 この変人は意外と頑固だし、こうなってしまったら私はどうすることもできない。


「もう……」


 嬉しいような、恥ずかしいような不思議な溜息が漏れる。


 結局、エミには何もかもお見通しというわけなのだ。

 四年近くも一緒にいて、彼女の意図がわからない私ではない。謝りたかったのも勿論あるだろうが、大方私の葛藤を知ったうえで安心させようと、あんな話を切り出したのだろう。

 まどろっこしいようにも思えるが、柏恵美とはそういう人間なのである。


「エミも樫添さんも、みんな優しすぎるのよ」


 随分嬉しそうにそっと呟くと、そのままゆっくりと両の瞳を閉じる。

 胸の内の蟠りは既にエミが晴らしてくれた。もう何も心配することはない。

 ゆっくり、ゆっくりでいいのだ。私たちのことなんだから、私たちのペースでゆっくり歩んでいけば、それでいいのだ。 


 そんな清々しい気分で床についたからだろう。私の頭はあっという間に凄まじい眠気に包み込まれ、意識も段々と薄くなっていく。

 一度瞳を閉じてしまえばそれまで、次の瞬間には寝息が立ち、朝まで途切れることは無かった––––––––––––––––と、そう思っている時期が私にもありました。



「もー、なに二人だけで盛り上ってるの!」



 暗闇の中から突如湧いた不機嫌な声。

 何事かと慌てて声の方を振り向くが、時は既に遅かった。


「ちょっと何ッ……ぶっ!!」


 次の瞬間、私の顔面に誰かの枕が猛スピードで激突した。


「なんなのよいきなり……」


 赤くなった鼻を擦りながら、暗闇の向こうへ目を凝らすと敵はそこにいた。


 樫添保奈美。


 彼女は眠そうに瞳を半開きにしながら、次弾装填とばかりに部屋の隅にあった座布団を引っ張り出している。

 その動きは非常に拙く、今にもごろりと倒れこんでしまいそうであった。


 そんな彼女の姿を見て黛瑠璃子は確信した。

 コイツ完全に寝ぼけている。


「なんなの、柏ちゃんばっかり!」

「ちょっと待ってって!」


 布団から跳ね起き、雨霰と飛んでくる座布団の山をなんとかかわす。

 すると次の瞬間、首の後ろにずしりと柔らかい衝撃が走った。


「あのさぁ……」


 振り返ると、大体予想通りであった。

 

 エミがそこら中に投げられまくった座布団を拾い集めながら、こちらをニヤニヤと見つめている。いつも通りの不気味な笑顔が非常に眩しい。


「はっはっは、私も混ぜたまえ」

「だからちょっと待ちなさいってば!」


 しかしそんな必死の抗議も功を奏さず、左からも右からも次々に座布団と枕の群れが飛んでくる。


「もうっ」


 突然始まった余興に思わず口角が釣り上がってしまう。

 随分酷い目にあっているというのに、それでも私は笑っていた。

 よく考えなくても当たり前のことだ。だってありのままの自分を受け入れてくれ、ありのままの自分を曝け出してくれる彼女達のことが、私は大好きなのだから。


 私はニヤリと微笑むと、足元に落ちている枕を拾いあげ、心底楽しそうに真正面へと投げつけた。


「くらえっ腹黒!」

「マズい遂にルリがジャックナイフ化してしまったぞ」

「よしじゃあ私がセンパイの攻撃を引きつけるから、柏ちゃんが後ろから攻撃するの!」

「ちょっとアンタ絶対起きてるわよね!」


 本当、彼女達といると退屈しない。

 深夜テンションによる枕投げ合戦はしばらく続き、その間六畳間から三人の笑い声が絶えることはなかった





––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––










 かつて黛瑠璃子にとって世界とは、全てが無味乾燥なつまらないモノでしかなかった。

 しかし、それはもう遠い昔の話。

 モノクロの世界は二人の少女によって鮮やかに彩られ、くすんだラズライトもまた光り輝いていく。

 より華麗に、そしてより一層鮮やかに。

 

 その輝きの先に一体何を見るか。光射す向こう側に何が広がっているかはわからないけれど、それはきっともっと綺麗な瑠璃色をしているのだと思う。


 ようやくこの手で掴めたのも、不完全な原石に過ぎないけれど、これだけは言える。これだけは確信できる。




 私は幸せだ––––––––。










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