9話
「ハアッ!」
俺は掛け声とともにサーベルを思いっきり振り抜くと、再び羊との距離をとる。
ベッド入手クエストの要求アイテム《ふわふわとした羊毛》をドロップする《ホワイトシープ》との戦い方は、昨日戦った赤牛と大きくは変わらない。
遠距離に立ち、突進を誘発し、回避して切りかかる。
先の2回の攻撃を耐えた羊は、さらに激昂したかのように突進のプレモーションを起こす。
それを見た俺は最小限の動きで突進を避け、三度後ろから切りかかる。
その斬撃を受けた羊は今度こそ派手なエフェクトとともにその命を散らした。
この羊からのドロップによって、羊毛は要求数集まったが、ついに強化結晶は出なかった。
「ふー…… 疲れたぁぁぁー…… とりあえず狩り終了……」
時計を見れば、午後1時に近づいている。
街から牧場までの移動で2時間はかかるので、すでに2時間近く狩りをしていた計算になる。
「うちのほうも羊毛はいるだけ集まったし、そろそろお昼にしよかー」
レイさんはそういうと昨日と同じように牧場主の小屋へと向かう。
昨日のように台所を借りてレイさんが作ったのは、たくさんドロップした羊肉を使ったジンギスカンモドキだった。
「ジンギスカン食うのなんていつぶりだろ…… 中学の修学旅行で食った以来か……」
肉を頬張りながら漏らした言葉にレイさんが反応する。
「コウ君、できるだけ向こうのこと考えちゃだめよ? 今はこの世界こそが現実、そう考えて前向きに行動しないと。向こうでは辛くなったら自殺すれば終わるけど、この世界じゃそれもできないんだから。ひたすらに自分を強化していかないとどんどんみじめになっていくわ」
俺のほうを見つめてレイさんは続ける。
「他のゲームでもいるでしょ? レベルのわりに装備が貧弱な人PSが伴ってない人、いわゆる地雷。ウチは最初にやったMMOで何も調べずやっていたら、多くの人から地雷呼ばわりされた。だけど私はあきらめなかった、攻略サイトや仲間からの情報をもとに装備を整えた。そうして私はギルドマスターを任されるまでになったんよ。でも、情報が無ければあれほど強くなることなんてできなかった。でも、このゲームでは私たちはもう攻略サイトを見ることができないの、ベータで到達した地点よりも奥のフィールドでは何が起こるかわからないし、プレイヤーによる情報の独占が起こるかもしれない。情報が無ければ、どんなプレイヤーも地雷たりうるの。私はそうやって心無い言葉をかけられるプレイヤーをいろんなゲームでたくさん見て来たからわかる。このゲームでも絶対にそんなことをいう連中は出てくる。普通のゲームならいやなこと言われたら引退できる。けどね? もううちらはFWOからログアウトできん。地雷へのイジメは地雷から脱しない限り半永久的に続く。ウチが言いたいんはね、ログアウトすることがどうやってもできないこの世界でイジメが始まると逃げることすらできずに絶対に心が壊れてしまうってこと。もしいつか現実に戻れたとしても心が壊れてしまってたらもうどうしようもないから…… コウ君にはそうなってほしくないから、何があってもこの世界こそが現実だと思って行動してほしいんよ」
真面目な表情でそう語ったレイさんは、コップの水を飲みほした。
「っと、ちょっと真面目に語りすぎちゃったな。ま、あんまり気にせずに最低でも人並みの装備を整えていこうねってことよ」
「えーっと…… まあ、とりあえず人並みに頑張ればいいんですよね?」
「せやねー……っと、もう2時近いなぁ……。今日はここで解散にしといて鉄インゴットはまた明日集めよっか」
「わかりました。それじゃあまた夜お部屋にお邪魔します」
そんなやり取りをして、俺はレイさんと別れた。