8話
夜のとばりが下りた《ファーストキャピタル》旧市街。
その片隅にレイさんの部屋はあった。表通りの雑踏も弱まる裏路地のさらに奥、隠れ家的な建物のドアをコンコンとノックをすると、「はーいちょいまってなー」という声が響き、数瞬遅れてドアが開く。
「なんやコウ君か。意外と遅かったなー、なんもないけどゴハンは準備できとるしまあゆっくりしてな」
レイさんは俺をリビングへと案内しながら続ける。
「まあなんや? 今朝とった牛の肉と適当に買ってきたパンくらいしかないけど、まあそれでも昨日のレストランよかましなゴハンにはなったと思う……っとゴハン出してくるからちょい待ってな」
レイさんに続いてリビングへと入ると、そこには自分の部屋とさして変わらない粗雑な家具で構成された部屋があった。
「どこの部屋もこんな感じなんですね……」
「逆にもっといい部屋があるならウチが教えてほしいわ! キッチンがあるこの部屋以上にまともな部屋ほとんど知らんよウチ」
などと喋っているうちに夕ご飯の用意ができたようで、俺はレイさんに促されて窓際の椅子に座る。
「さてと……いただきます!」
「いただきまーす」
仮想世界の仮想の食事であり現実の自分は食事をしていないとわかっていても、こればかりは気持ちの問題である。
昨日と比べて格段にまともな夜ごはんを頬張りながら、俺はベッド入手クエストの話題を出す。
「そういえば、掲示板にベッド入手クエストのことが貼ってあったんですけど、明日あたりやりませんか? 俺の借りてる部屋のベッド固くて寝れないんですよ……」
「あー、あのクエストね。うちもちょっとずつでいいから家具良い物にしないとなーって思ってたんよ。特にベッドはね…… この世界は基本的にすべての行動は仮想のものだけど、睡眠だけは現実の自分の脳も休んでるわけだから」
意外と乗り気な反応を返したレイさんはさらに続ける。
「やけどね…… あのクエで行かなきゃいけない《ミツバチの森》なんだけど、流石に初期武器じゃそろそろ厳しいかなーって感じなんよね…… あのクエで要求されるのは確かに木材だけなんだけど、ハチとかクマみたいなmob湧く上にあいつらアクティブだし牛とかに比べるとそこそこ強いし……」
そう言ってレイさんは俺のサーベルを眺める。
「無理に新調しなくても強化すればいいか、初期武器を+1にするくらいなら失敗まずありえないし…… あ、強化システムについてちゃんと理解できてる?」
レイさんのその問いに俺は否定で答える。
「そっか、じゃあ説明しとくね。 FWOの装備強化は二つあって通常強化と能力強化って言うんだけど、能力強化はまだやれないから置いとくよ。通常強化は名前の通り普通の強化、強化結晶と武器ごとに決められた素材を一定数集めて鍛冶屋に持っていって成功するとプラス値が上がって攻撃力が増加する。失敗すると素材は失われて、+2以上の場合強化値が下がる。コウ君のサーベル《アイアンサーベル》だと強化結晶と鉄インゴット二つね。+1に限って言えばデメリットは素材消失くらいだから+1はやったほうが良いんだけど、この序盤だと正直強化結晶と素材を集めるよりもクエ進めて武器取りに行く方が速いんだよね…… けどサーベルのクエは森より奥にしかないし…… コウ君がどうしたいかにもよるけどね」
レイさんは俺の考えを尊重すると言い、残りの夕ご飯を食べる。
俺はしばし考え、とりあえず+1にするという結論をレイさんに伝えた。
「ほな、明日はコウ君の武器の強化とベッド入手クエの両方を兼ねて、まず牧場で羊狩りやな、羊からも結晶出るし肉も出るしベッドクエの羊毛も出るしな。ほんじゃ朝9時に中央広場で」
そう決まったところで今夜はお開きとなった。
レイさんの部屋を出た俺は、部屋に戻ると即ベッドに入り眠りに落ちてしまった。
次に目を開けた時、視界の隅に表示されている時刻は午前8時50分であった。それを見た俺は速攻で装備を整え、中央広場に向かって駆けるのだった。