7話
情報収集のためレイさんと別れた俺は、一度《ファーストキャピタル》へ戻ることにした。あの街にはいまだ多くのプレイヤーたちがおり、NPCも数え切れないほどに存在しているので、まだ知らない情報があっても全くおかしくないからだ。
「改めてみると、相当でかい都市だよなぁ……」
そう呟く俺の視線の先には、《ファーストキャピタル》新市街の摩天楼がある。中央広場や復活の大聖堂は旧市街側にあったので街にいるときはほとんど気づかなかったが、遠くから眺めてみると確かに大きいビルが目立つ。
そんなふうに風景を楽しみながら歩いていると、ゲームの中だということを忘れてしまいそうになる。昨日の今日で忘れてしまいそうになるのは何とも現実に未練が無いものだと自分でも思う。
澄んだ青い空、広がる草原、吹き抜ける風、それらはすべて仮想のものだと理屈ではわかっているのに、今の自分はそれこそを現実だと考え始めているということに若干の不安を覚えつつも心地よさを感じている。
不思議な感情になりながら歩き続けていると、いつの間にか旧市街に入っていたようだ。
雑多な旧市街の下町にNPC達の喧騒が響く。
他のプレイヤーたちも徐々に行動する余裕が出てきたようで、東の方に走っていくプレイヤーや数人で集まって話し込んでいる集団をちょこちょこ目にする。これからの方針について相談しているのだろう。
そんな集団を尻目に、新市街のほうへと歩く。高層ビルと言えばオフィスやホテルなどが入っているとあたりをつけて、柔らかいベッドで眠れる部屋を探すためだ。
高級ホテル感あふれる建物の前に来た俺は入り口のドアに手をかけようとしたが、入ることは叶わなかった。
警告音とともに表示されたメッセージには、「名声値が足りません」との表示によって、俺は高級ホテルから拒絶された。
「門前払いかよ…… 名声値って何だっけ、チュートリアルで見たような……」
そう呟きながら、ベンチに座りヘルプを参照していると確かにそこには名声値という項目が存在した。
「えーっと……? 名声値は、クエストなどをこなすことで上昇し、上昇度合いによってNPCからより良いサービスを受けられます……って何だよこのクソシステム!宿くらい自由に泊めさせろよ!」
そんな毒を吐きながら、高級ホテル前をあとにする。
「名声値……名声値かぁ…… 普通に金稼いで良いベッド買うのとどっちが安上がりだろな……」
見れば、周囲はスーツやドレスの見るからに高そうな装いのNPCだらけで、そんな中カウボーイ風の初期装備の俺はいかにも目立つ。
居心地の悪さを感じた俺は逃げるように新市街を去った。
中央広場へと逃げてくると、そこには朝には存在しなかったはずの掲示板が設置されていた。周囲にいたプレイヤーに聞くと、一部の奇特なプレイヤーたちが情報交換掲示板と銘打って設置したそうだ。
木の板と棒を雑に組み合わせて作られた粗雑な掲示板には、すでにいくつかのメモが貼られていた。中でも一番大きく目立つように貼られているのは、ゲーム内で死んでも復活できるという情報だ。おそらく昨日レイさんが言った、「可能な限り多くの人に伝えてほしい」という言葉を聞いていたプレイヤーが情報を伝え、さらに情報を多くの人から集め、それをまた多くの人に伝える目的で設置したのだろう。
「『誰でもどんな情報でもどんどん貼り付けてください。真偽を調べてからまとめます』……か。そううまくいくかな……?」
一部のプレイヤーが悪質な嘘情報を流さないとは断言できないし……といやな想像が頭をよぎる。それによって善良なプレイヤーから装備やシルバー、アイテムなどを巻き上げる輩がいないとも限らない。
そう考えながらもめぼしい情報が無いか掲示板を読んでいると、「ベッド入手クエスト」というタイトルとともにクエを受けれる場所や必要な材料などが書いてあるのを見つけた。
「ベッド入手か……買うわけでも部屋変えるわけでもないから金かからないしこれで行くか……」
近くの道具屋で小さいノートとペンを買って、クエストに関する情報を一通りメモした。
「とりあえずこのくらいでいいか。っと……もう夜じゃねーか。レイさんの部屋は確か……」
そう呟きながら俺は黄昏の《ファーストキャピタル》を駆けるのだった。