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ぷりまステラ  作者: 季水東吾
ぷりまステラ1
8/10

 エピローグ



「四條虹二さんの口から聞きたいんです。貴方の名前を教えてください」

 全て知っている旨を話して、それでも虹二の口から聞きたかったリズはそう言った。

 祝勝会の日。

 ショッピングに向かう前。

 大きな本屋さんに行く前。

 星空を見に行く前に。

 虹二の部屋を訪ねたリズは言う。

 名前を教えて、と。

「……」

 数秒。あるいは数十秒沈黙した虹二は緩やかに口を開いて言った。

「俺は紛れもなく、四條虹二だよ。地球生まれの日本人だ」

「虹二さんっ」

 非難するように叫ぶリズを手で制して、続けた。

「でも、魔法名がある。親が片方魔法使いなんだ。だから、俺の名前は――」

 決心するように名乗る。

 重い、言葉だ。


「四條虹二・アリウス。……なんだ」


 彼はアリウスだった。でも、四條虹二でもあった。

「どうして、」

 長年の疑問を伝える。

「どうして一緒にいてあげなかったんですかっ」

 セルシウスと。

 彼女は欲していたのに。

 死ぬ間際まで。

「俺だって一緒にいたかったよっ!」

 顔を伏せて、泣きそうな声で彼は言った。

「大切な人だった。たった一人の家族だった。大好きな姉だ」

「なら、」

「助けたかったんだっ」

「たす、け?」

 それはリズにとって予想外な言葉だった。

「探してた。姉さんの病を治す方法を」

 故に魔導司書を目指した。

 あそこには世界中の魔法が集う。何せ魔法を管理する組織だ。

 その閲覧禁止エリアの魔導書にならば、彼女を助ける魔法があると信じた。

「余命は三年だって、聞いたんだ」

 だから三年間は会わずに、一秒も無駄にしないで生きることを誓った。

「他は何もいらなかった。だから捨てた。姉さんを救うのはあまりにも難しかったから、その代わり全てを差し出した。俺の時間も、幸せも、楽しみも、喜びも、全て代償にして、走り続けたんだっ」

「でも、手紙くらいっ」

「書いたら止まらない。絶対に会いたくなる。会ったらもう、戻れない。そう思った。だから限界まで我慢した。俺は姉さんを救いたかったんだ。……でも、まさか余命より半年も早く逝っちゃうなんて、思わないだろっ!」

 捧げて生きた。

 人生を。

 その全てを姉に。

「それでも、……救えなかったんだっ!」

 その絶望は想像さえも出来ない。

 全てを捨てて生きた少年は、文字通り望むものまで全て捨ててしまったのだ。

 捨てる他なかった。

 悲しすぎる空回りだ。姉は弟を想うが故に会いたいと言えず、弟は姉を想うが故に姉に会いに行けなかった。

 互いにどこまでも互いを思っていたのにも関わらず。

「恨まれているだろうさ、姉さんは俺を憎んでる。でも、もう謝ることさえも出来ないんだ。……死んだ人間には会えないんだよっ、もう会えないんだっ!」

「会えますっ!」

 リズは泣いていた。

 虹二も泣いていた。

「いま……、なんて?」

「会えます。セルシウス先生はここにいます。少なくとも、魂はここにっ」

 差し出す。

 古びた。手紙を。

 百枚を越える。

 想いの結晶を。

「駄目だ。俺には読めない……」

「逃げないでっ」

 リズは虹二に抱きつく。全力でしがみつく。

「セルシウス先生から、逃げないで」

 虹二の体が震える。

「私じゃダメなんです。この想いを受け取れるのは、世界中で貴方しかいないんですっ」

 手紙を押し付けるようにその手にぶつけた。

「四條虹二・アリウスさん、貴方しかいないんですっ!」

 虹二は真っ直ぐにその手紙を見る。

 震える手で受け取った。

 四條一海・セルシウス。

 差出人にそうあった。

 それだけでさらに涙が溢れてきた。

 開ける。

 読む。

 汚さないよう最新の注意を払っても。涙が手紙を汚した。


 お隣のおばあさんの作るアップルパイがとても美味しいの。コツを教えてもらって、アリウスにも食べさせてあげるね。

 今日は体調がいいんだ。ちょっと遠くまで散歩しちゃった。綺麗なお花畑を見つけたの、アリウスにも見せたいな。

 聞いて、お姉ちゃん魔法の先生を始めたの。信じられる? もう子供たちが可愛くって。きっともうアリウスは凄い魔法使いなのよね、今度は私に魔法を教えてね。

 アップルパイを作りました。失敗です。お姉ちゃん料理の才能ないのかな? ちょっと落ち込んでいます。


 どこにも、会いたいなんて書かれていなかった。

 どこにも、寂しいなんて書かれていなかった。

 どこにも、恨み言なんて書かれていなかった。

 あるのは幸せそうな毎日。

 私は幸せですよ。そうアリウスに伝える優しい言の葉の数々。

 暖かさに溢れていた。

 視界がにじんで手紙が読めない。

 嗚咽が、声にならない。

 最後の手紙。を、手にとった。


 ごめんね。

 寂しくさせて、ごめんね。

 我慢させて、ごめんね。

 こんな姉で、ごめんね。

 どうかせめて弟に幸あらん事を。心より祈ります。

 大好きです。

 世界で一番大好きです。

 天国から見守っています。

 ね、アリウス。お姉ちゃん天国に行けると思う?


「あ、ああ……、うああっ――」

 次の瞬間。

 嗚咽が、叫びに。

 言葉にならない。

 獣のような叫びが、部屋を震わせる。

 離れない。姉の笑顔が。優しい声が。その温もりも。感触も。

 馬鹿だった。

 どうしようもなく愚かだった。

 書けるわけがないだろう。

 書くはずがないだろう。

 会いたい。寂しいだなんて。あの、姉が。

 書かなくても分かる。

 弟だから。

 たった一人の家族だから。

 会いたかったに決まっている。寂しかったに決まっている。

 それでも、一番は弟の幸せで。死期が迫っても、変わらず。

 その幸せだけを一途に願って。

 逝ったのだ。

 一緒にいたかった。ずっと一緒にいたかった。それだけだった。

 言葉にならない。思いが溢れすぎて、言葉として処理できない。

 生きたいなんて、思っても言わなかった。彼女は受け入れていた。

 不治の病を治したい。それは虹二の勝手な願いだった。

 セルシウスは、一海は、姉は違った。最後がすぐそこまで迫っていても。それが永遠の別れでも。

 一緒にいて欲しかったのだ。

 弟に。最愛の存在に。

 それを、

 裏切った。

 気付けなかった。

 簡単なことだったのに。

 懺悔するように、吐き出した。

 十年以上も抱え続けたものを全て吐き出した。

 やっと、四條虹二・アリウスは。姉の死を受け入れられた気が、した。

「俺は、間違ってたのかな……」

「分かりません。もしも、あと半年セルシウス先生が長く生きていて、アリウスさんが病を治す方法を見つけていれば、それは最高の結末でしょうから」

 そう、だ。何度夢想したか分からない程に渇望した。唯一それだけを。

 病が治り。虹二は姉の傍に。

 一緒に生きるのだ。

 何れ、セルシウスには夫が出来て子供も出来るだろう。虹二もだ。それでも繋がりは消えずに、心は寄り添って生きていく。

 そんな幸せな未来に、どうしても届かなかった。手を伸ばしても、どれだけ走ってもその手に掴むことは叶わなかった。

「人の道は前にしか通じていない。今を精一杯笑えない人に、その先、笑うことは出来ない。だから、私は笑うの。前を見て笑うの。辛くても、悲しくても、それ以上の喜びはどこにだって隠れているから」

 諳んじる。セルシウスの言葉を、リズが。

「姉さんが、言ってたのか?」

「はい」

「無理だよ、俺には笑えない。後ろしか見えない。後悔しか、ないんだ。七年経っても、何も変わっちゃいない」

「変えましょうよ」

「な、に……?」

「七年がなんですか。十年でも、二十年でも。時間は沢山あります」

 笑って、言う。頬を濡らしながら、それでも笑顔で言う。

 それはまるでセルシウスのように。


「だって、私たちは不治の病じゃないじゃないですか」


「一緒に探しましょうよ。セルシウス先生に胸張って笑えるような。そんな答えを」

 虹二は手紙を見る。

 大切な、姉の想いの欠片が詰まっていた。

 それらが、俯くな。後ろを向くな。前を向け。踏み出せ。歩き出せ。笑え。戦え。逃げるな。幸せになれ。と、うるさい程に訴えているような気がした。

 死しても尚、弟のケツを叩くとは笑えるほどに姉らしい。

「今度、姉の墓参りに行こう」

 逃げ続けて恐れ続けて。行ったこともなかった。

 まだ、姉の墓さえも見てはいない。

「それから、ゆっくり考えよう」

 右手を差し出す。リズに。

「へ?」

 反射的にリズはそれを握る。

「よろしくね、可愛い相棒さん」


   1


 クレス・シルバラルディアは三十後半の独身男性だ。

 魔導大図書館の魔導司書をしている。

 七年前まで、四條虹二・アリウスの直属の上司をしていた。

 彼は優秀な魔法使いだった。

 天才では生ぬるい。天才はびこる魔導大図書館でさえも際立つ天才だった。

 初めて会ったとき、その獣のような瞳に心底震え上がった。

 追い詰められた獣のように、研ぎ澄まされて。生き急いでいた。

 普通でない子だと直感で気付いた。

 彼の直感通りアリウスはなかなかのトラブルメーカーだった。しかし、手の掛かる子供程可愛いとは言うが、クレスは長く付き合ううちに彼を気に入った。

 だからか、アリウスもクレスには僅かながら心を開いていた。

 信頼関係のようなものが、出来ていた。

 彼は死に急ぐように戦争に参加していた。だが死なない。生き延びる度に驚く程の成長をし、クレスを追い抜くのも速かった。

 そして鬼神討伐後、クレスが渡した手紙で彼は一度心を殺した。

 多少の事情を知っていたクレスは手紙の内容をおおよそ予測していた。

 アリウスにあれだけの影響を与えるのは姉だけだろう。そしてあの魂が抜けたかのような状態、姉が病で亡くなったと考えるのは自然だった。

 故に、アリウスが魔導司書を辞めると言っても驚きはしなかった。

 引き止めはした。しかし、止まる気もしなかった。

 クレスは、鬼神討伐失敗の積を追って退社。そういう話をでっち上げて、上司に頭を下げ続けてどうにか、アリウスを無期限の休職状態にすることに成功した。

 代わりの職を見つける。

 日本がいいだろう。平和だ。彼が心を休めるのには丁度良い。

 管理員の日本地区担当として登録し、アリウスを送り出した。

 それから暫くして、一人の少女が魔導大図書館を訪ねた。

 リズ・シーランドだ。

 彼はまだ会わすべきではないと判断し、彼女に言葉を残した。

「君が彼に出会うことを望むのならば、魔法学校に入学して魔道司書を目指しなさい」

 その言葉通り彼女は数年後に魔法学校を卒業する。

 七年間だ。

 そろそろ心は癒えただろう。進む時だ。

 そう判断したクレスは手紙を書いた。

 立場を利用してリズの師匠を選ぶ手筈は終えている。

 この手紙が彼の運命を少しでも幸あるものに導くことを、切に願う。


   2


 少年は求めた。

 手に入れることは叶わなかった。

 羽を休める数年を経て、また歩き出す。

 何故再び羽ばたけたのか、それは絶望の淵から希望の光が差し込んだからだ。


 青年は歩き出す。

 星屑を三つ引き連れて。

 彼は輝くことを諦めた。それでも、彼女らを輝かせる手伝いは出来る。


 プリマステラは頭上で輝く。

 ――一番星が幾つあったって、困らないだろう?


 だってきっと、夜空が輝かしいのはいいことの筈だ。


とりあえずの完結となります。最後まで読んでくれた方、本当にありがとうございます。どんな些細な事でもいいので、感想等頂けたら嬉しいです。反応が多ければ、続きも書きたいと思います。ではでは。

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