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ぷりまステラ  作者: 季水東吾
ぷりまステラ1
6/10

 第五章 星からの手紙



 長い旅をしてきたのだろう。

 靴はとてもボロボロだった。

 いったいどれだけの距離を歩いてきたのだろうか。

 とても裕福な家庭の子供とは思えない。衣服からそう判断できた。

 全身や雰囲気からこの少女が田舎からはるばるやってきたのだと分かる。何を隠そう彼もまた、幼い頃は田舎で育ったのだ。

 ここは大都市だ。

 中心都市であり。全ての奇跡が集まる場所でもある。

 この子もまた、奇跡を追い求めてここまでたどり着いたのだろうか。

 しかし彼女は違った。

 差し出されるのは紐で括られた大量の手紙。十や二十では足りない、軽く見ても百は余裕で超えていた。

 人を探している。少女はそう答えた。

 どうやら彼女の探し人はここにいるらしい。

 名前を聞く。聞いて彼は表情に困った。

 その人物は既にここにはいない。行き先を告げることも出来ない。

 手紙の差出人を聞いて尚の事確信した。

 彼女を彼に会わせるべきではないと。少なくとも、今は。

 しかし彼には必要な人物だ。

 そして必要な手紙だ。

 問題はタイミングだった。

 今はいけない。現状彼に何かを受け止める余裕はない。

 ゆっくりと心を休めるべきなのだ。

 何しろ彼は現実と戦うことを誓ってから、三年近くも戦い続けたのだから。

 少々思案してから、男はゆっくりと言葉を紡いだ。


「君が彼に出会うことを望むのならば――」


   1


 リズは痛みから目を覚ました。

「ぅう……いたたた」

 自分の魔法の爆発により気絶したことを思い出す。

 どうやら今は自分の部屋のベッドに寝かされているらしい。すぐ傍に虹二もいた。

「っ、すみません。すぐに修行の続きを……っ」

「いやいや、暫く休んでなよ。直撃だったでしょ?」

「自爆です。なんてことありません」

「自爆だからこそだよ、あんなの障壁じゃ防ぎきれない」

 体を起こそうとするリズの肩を掴んで、虹二が強引にベッドに押さえつけた。

「でもっ」

「でもはなし、頑張るのはいい。でも無謀は駄目だ、君の体が持たない」

 言い返せない。

 そんな辛そうな顔で優しく言う虹二を見ては、わがままを押し通せなかった。

「あの……」

「なに?」

 優しい表情の虹二の顔が近くにあった。

「近いです」

 しかし、近すぎた。

 見ようによっては虹二が押し倒しているような体勢にも見える。

「ご、ごめんっ」

 慌てて離れる虹二がどこか面白いらしく、リズは穏やかに笑う。

「ねぇ……、君はどうしてそんなに頑張れるの?」

 そんな疑問を虹二は発した。

 興味本位ではない。心配して、聞いてくれていることが分かった。

 だからだろう。リズがその理由を話そうと思ったのは。

「四條さんには、……話さなければいけないことなのかもしれませんね」

「いいの?」

「はい。四條さんになら、話したい。……です」

 そうしてリズは語りだした。

 彼女の全てを。

「戦争がありましたよね。とても大きな」

「そうだね」

「私の生まれ故郷はその影響で焼かれました」

 とても平和な田舎町だった。

 都会から切り離されたその空間は少ない人々が住んでいて、穏やかに自然と共に生きていた。

 そこで生まれたリズは親子三人で仲良く暮らしていた。

 それを圧倒的な赤が蹂躙した。

 赤に染まる。

 血と炎と悪意の色は赤い色で、視界はそれに埋め尽くされていた。

 燃える森。

 遊んだ樹も川も湖も呆気なく赤に染まる。それは炎の赤だ。

 死に絶える人。

 村長も友人も友人の家族も、そして自分の家族も赤に染まる。それは死の赤だ。

「野党だったのだと思います。戦場から生き延びて、偶然見つけた私の故郷を焼いた」

 そう、それは不運だった。

 あの時代には有り触れた不運だった。

「何故私だけ生き延びているのか、今でも思い出せません」

「………………」

「私はそこから離れた町に預けられました。山の奥、森の奥にある戦場とは程遠い田舎町です」

 そこでリズは出会った。

 彼女の運命を変えた存在。

 セルシウスに。

 出会わなければ壊れていた。

 いや、出会った時には既にリズは壊れていた。

「私おかしかったんです。記憶が錯乱してて、誰とも知らない人を両親だと思ったり。人を見かけては野党と間違えて絶叫して気絶したり。高い木に登って頭から落ちて死のうとしたり。……夜中に泣き叫んで喚き散らして、本当に迷惑な子供だったと思います」

「仕方がないよ、そんなに幼いのに。心に深い傷を負って」

「仕方ないんですかね……。でも町の人は優しくて、そんな私の面倒を見てくれて。血も繋がってないのに、他人なのに、得なんて無いのに」

 それでも諦めず彼女を生かせようと必死だった。

 特にセルシウスという少女は親身になって世話を焼いてくれた。

 奇跡なんて起きない。劇的な回復なんて見込めない。でも確かにセルシウスや町の人の優しさで、一日ごとに本当にごく僅かにリズは人としての何かを取り戻していった。

「私が今も生きているのは誇張でもなんでもなく、あの町の人たちのお蔭で。なにより、セルシウス先生が私を生かせてくれたんです」

 セルシウスは体の弱い人だった。

 日によってはベッドから一歩も出られないことさえもある。

 しかし、明るく朗らかで誰からも愛されるような人だった。

 氷を溶かすように、リズの心を解してくれた人だった。

「時折思い出すように発作が起きる事がありました。でも誰もそれを面倒だと思うような素振りも見せないで、優しくしてくれるんです。正直優しすぎてここが天国じゃないのかと、疑うことも少なくありませんでした」

 セルシウスは先生をしていた。

 先生と言っても町の子供を集めて魔法の勉強を行う、小さな魔法学校だ。

 先生は彼女一人で校舎は彼女の家というごく小規模なものである。

「セルシウス先生には沢山のことを教わりました。魔法だけでなく、礼儀作法、道徳や常識、一般的な知識に地球のこと。あ、セルシウス先生も日本の生まれなんですよ。あ、話が逸れましたね。……ごほん、遊び方なんてものまで先生に教わりました」

「全てにおいての先生だったんだね」

「はい。私の憧れで、目標で、大切な人です」

「でもそれだと君がなりたいのは魔導司書ではなく、魔法学校の教師じゃないの?」

「この話には続きがあるんです」

 セルシウスの教える遊びは楽しく友達と遊べて、かつ勉強や運動にもなる有意義なものばかりだった。

「とくに魔力相撲では負けなしだったんですよ、私」

「魔力相撲?」

「魔力を物理エネルギーに変換させて、押し合いをする凄くシンプルな遊びです」

「へー、そいつはやったことないよ」

 魔力相撲は魔力量や瞬間魔力生成量の多さを競う遊びのようだ。

 そんな彼女を見てセルシウスは口癖のようにその言葉を言う。

『リズはきっと凄腕の魔法使いになるわね』

「でもその頃から魔法は苦手だったんですけどね。私」

 リズはその頃から魔法陣を展開しては爆発させて友達に笑われていた。

 それでもセルシウスは言う。

『リズはきっと凄腕の魔法使いになるわね』

 励ましの言葉でもお世辞でも、口癖のように言われれば本気にもなる。何せリズは子供だったのだ。

 何よりその言葉はリズにだけ言われていた。他の子供にそんなことを言うセルシウスを見たことがない。

 それが密かなリズの自慢だった。

「君は本当にセルシウスって人が好きなんだね」

「はい。大好きです」

 セルシウスには弟がいた。

 名前をアリウスと言う。

 弟のことを話すセルシウスはとても誇らしく幸せそうだった。思わずリズが嫉妬してしまう程に。

 魔法学校を入学してたった一年で卒業した。

 弟子入り半年で師匠を打ち負かして一人前になった。

 そのまま魔導大図書館の魔道司書になった。

 そんな嘘みたいな経歴を嬉しそうに自慢していた。

 ただ、弟が戦争に参加していることには怒っていた。私の弟は優しいからそんなところにいてはいけない。というかあの子は何考えてるんだばかやろーっと、何度も言っていた。

「セルシウス先生は寂しかったんだと思います。町を出てから連絡一つ寄越さない弟のことを心配して、一人で寂しかったんだと思います」

「………………」

 リズがそれを見たのは本当に偶然だった。

 机に積まれた大量の手紙。百を超える想いの束。

 机に置かれた白い紙に向かって感情を零すセルシウス。

 それは決して届くことのない、セルシウスの心の結晶だった。

 差出人はもちろん弟のアリウスだった。

 遠く離れた場所で戦う弟に向けた愛溢れる感情の吐き場所を知らない彼女は、出すことのない手紙に書き留めていたのだ。

 届けない理由を聞いたことがある。

「セルシウス先生はその時は本当に悲しい顔で言うんです。弟の負担になりたくないって」

「…………………………」

「意味が分かりません。どうして弟に手紙を送るのが負担になるのか。そして何故アリウスさんは手紙を送らないのか。私には本当に意味が分かりませんでした。でも、セルシウス先生の理由の方はすぐに分りました」

 それは本当に次第に多くなっていった。

 もともと体の弱かったセルシウスだが、徐々にベッドから出られない日が増えてきたのだ。

 そしてリズは知る。

 彼女が不治の病で、先が長くないと。

「これから死にゆくものの言葉は、これから輝かしい未来を歩む弟には不要だ。きっとそういう意味なのでしょう。理解はできます。でも、意味が分かりません」

 叫ぶようにリズは言う。

「本当に意味が分かりません。会いたいなら、会いたいって、寂しいって手紙を送ればいいじゃないですか。誰がそんな行為を責められますか? 責められる筈もありませんよね? 例え国の英雄を戦場から引き戻す行為でも、誰がそれを責められるものですかっ!」

 長年ため込んでいた想いを吐き出すように、リズは続ける。

「国を救ったからなんなんですかっ! 大切な人一人救えないで何が英雄ですかっ、あんなに素敵なお姉さんを寂しがらせたまま死なせて、国を救って偉いんですかっ? 私はそうは思いませんっ!」

 そう、死んだのだ。

 奇跡は起こらず。

 呆気なく、寂しさを抱えたまま。

 セルシウスは息を引き取った。

 戦争が終結してから暫くしてのことだったと記憶している。

 リズは怨念を込めるように。殺意さえも抱いて、セルシウスの死の事実を綴った手紙をアリウス宛に出した。

 それでも怒りと恨みが収まりきらなかった彼女は首都に出向くことを決意する。

 魔導大図書館。そこにアリウスはいるはずだ。

 長い旅になるだろう。

 途方もなく遠いのだろう。

 それでも決意が鈍ることはなかった。

「本当に長い旅でした。僅かなお金を工面して、先に旅立った手紙を追いかけるように私は旅を続けました。ただ一言、どうしてお姉さんに会いに来てくれなかったんですか、そう言うために。そして彼女の心の結晶を届けるために」

 鞄に百通以上の手紙を詰め込んで、リズは歩く。

 靴はボロボロになり。

 服もボロボロになり。

 それでも意志だけは折れることはなく。

 ついにそこにたどり着いた。

「あの頃の私はお馬鹿で……、今でもですけど。とにかく着けば何とかなるって思ってました」

 それは大きな間違いだった。

 魔導大図書館に入るにはそれなりの準備と手続きと身分がいた。

 そしてリズは当然入ることは出来なかった。

 門前払いどころか門にまで近付けない。首都のど真ん中、巨大な魔導大図書館を前に立ち尽くすリズに話しかける変り者がいなければ、彼女はいつまでもそこで立ち往生していたことだろう。

 その男の名前はクレスといった。

 クレスは魔導大図書館の魔道司書だった。

「可愛いお嬢さん、迷子かい? なんて聞くんですよ、みすぼらしい身なりの私に、本当に変り者ですよね」

 クレスは三十代後半のとても優しい男だった。

 故にリズもすぐに警戒心を解いた。そして目的を話す。

「人を探しています。手紙を差し出しながら、そう言ったと覚えています」

 当然クレスはその名前を聞いた。

 リズがアリウスという名前を出した途端、彼は苦虫を噛み潰したような表情をした。

「アリウスはもうここにはいない。と言われました。次いで、手紙の差し出し主も聞かれたので、私はセルシウスと答えました」

 それを聞いたクレスはさらに複雑な言葉にできない表情を見せた後、唸るように十秒程考え込んでから言う。

『君が彼に出会うことを望むのならば、魔法学校に入学して魔道司書を目指しなさい』

 そう、クレスは言った。

 故にリズは魔道司書を目指すのだ。

 アリウスに出会うために。

 出会って手紙を渡し、文句を言うために。

「これが、私の全てです」

 語り終わったリズは疲れたように大きく息を吐いた。

「そうか……」

 言葉が見つからない。ただ、彼女の悲壮なまでの覚悟と必死の理由は理解できた。

「実は俺もアリウスは嫌いなんだ。……憎んでいる、と言ってもいい」

「理由を聞いてもいいですか?」

「大切な人を見殺しにしたからだよ」

「それはセルシウス先生のことですか?」

「似たようなことを沢山しているのかもね、アリウスは全てを切り捨てて置き去りにして、自分の目的以外の全てを犠牲にして生きてきた男だから」

 死にそうな顔で虹二はそう言う。

 消えそうな顔で虹二はそう言う。

「四條さん?」

「俺は絶対に君を魔道司書に導く、導いて見せる。命に代えても」

「そんな大げさな……」

「俺を信じてほしい」

 そう言って虹二は彼女の部屋を出た。

 その日から、虹二は自室に籠って出なくなる。


   2


 虹二の姿を見なくなってから三日が過ぎた。

「何を考えていますのっ、あの男はっ!」

 アーリアは非常に不機嫌だった。怒り心頭と言っても過言ではない。

「……一応、やるこ、とは決まっているけ、ど」

 チュリアの言うとおり、修行のメニューは決まっているし勉強用の資料もある。

 が、問題のリズの面倒を見る人がいない。

「逃げましたわね」

「私もそ、う、思う」

「目が死んでなかった。それに、信じてほしい。とも言ってた」

 誰にも聞こえないようにリズは呟く。

 四日が過ぎた。

「師匠失格ですわ」

「最っ、低……」

「……信じてます」

 五日が過ぎた。

「……少しは見所のあるお方だと思っていましたのに」

「私、は私が、やれ、ることを精一杯やる、だけ」

「…………」

 二人の修行は一応進んでいた。

 しかし、リズは毎日魔法陣を爆破しているだけだ。

 鬼紗羅は語らない。ただ狭間の世界への扉を開けて、三人が修行している間護衛しているだけだ。

 虹二に会えないからか、どこか寂しそうな雰囲気だった。

 六日が過ぎた。

「ちゃんと食事は取っているのか少し心配ですわ」

 虹二の部屋の前に毎食置いているが、手を付けた様子はない。

「虹二の部屋には非常食(カップ麺)があるし、大丈夫」

 鬼紗羅はそう言うが、アーリアの不安は消えない。

「……私達、捨てられ、ちゃった、の、かな?」

 チュリアも泣きそうな声で言う。つられてアーリアの瞳も潤んでいた。

 それでもリズだけは心を動かさない。

 信じると決めた以上。裏切られて身を引き裂かれても尚信じ続ける。

 それが本当の信じることだとセルシウスは教えてくれた。

 七日が過ぎた。この日で試験まで残り二週間を切ってしまった。

「時間がありませんわ」

 そう言ってアーリアは必死に基礎力を上げる。虹二に言われたそれを愚直に信じて、鍛え続ける。

 何を言ってもやはり、彼女も虹二を信じているのだ。

「まだ、私の魔法って、こんなに速く、鋭く、なる、んだね。基礎、力に限界はない、って言うけ、れ、ど。本当なんだ……」

 チュリアは早くも修行の成果を感じているようだ。

 黙々とリズは魔法陣を爆破させる。

 意味はなくとも、結果はなくとも。

 続ける。

 信じて、続ける。

 筆記試験も忘れてはいない。

 模擬試験をしてみた。

 リズは六割。アーリアとチュリアは九割だ。

 自分の不出来に嘆いている場合ではない。逆だ、あと一割で合格できる。そう考えた。

 八日が過ぎた。

「模擬戦闘しようよ」

 鬼紗羅の提案で始まったそれはアーリアとチュリアの成長を存分に見せ付けた。

 リズは役に立てなかった。

 九日が過ぎた。

 虹二の部屋から夜な夜な叫び声が聞こえるようになった。

 心配した鬼紗羅が部屋に入ろうとして、断られたらしい。彼女はとても落ち込んでいた。

 十日が過ぎた。

 たまに虹二の部屋から暴れる音が聞こえる。その度に少女達は怯えた。

 純粋な恐怖と。あの優しかった虹二が何に怒りを抱いているのか、それを想像して恐怖したのだ。

 十一日が過ぎた。

 変化はない。

 ただ、彼女らの不安は高まっていた。

「私達、何かしたのでしょうか。……だとしたら、謝りたいですわ」

「謝るより、結、果、を出す」

「そうだね。それが一番だよね」

「うぅうぅっ、寂しいよぅ……。虹二ぃぃ……」

 十二日が過ぎた。

 会話が少ない。

 空気が死んでいるようだ。

 遂に虹二の部屋からは何も聞こえなくなった。

 それが逆にたまらなく怖かった。

 十三日が過ぎた。

 試験はもうすぐに迫っている。

 リズ。

 アーリア。

 チュリア。

 鬼紗羅。

 彼女らの精神は限界だった。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんさい……」

「………………っ、いやだ。こ、んなの、いや、なのに」

「私、虹二の部屋の扉ぶち破ってくるっ」

 そう言い出した鬼紗羅の袖を強く握った。

 握ったのはリズだ。

「なによっ」

「ダメです」

「なんで」

「私が信じているからです」

「うう……、うぅっ、あーもうっ、そうだよね、ごめんっ」

 限界だった。

 でも、リズは信じた。

 十四日目。

 試験まで一週間を切った。

 誰もが思考せずに体を動かしている感じだった。

 与えられた役割を無意識に行う。機械のように。

「え? ……えっ?」

 見たものが理解出来なかった。

 目を疑った。

 しかしそこに確かにいた。

 四條虹二がそこにいた。

「なんとか、間に合った……」

 右手に紙を一枚握って。

 左手に少しお洒落なブレスレッドを握って。

 憔悴しきった顔で。

 疲労しきった体で。

 そこに立っていた。

「うおっ」

 まずアーリアが抱きついた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさぅうぅ……」

「な、なに、どうしたの、なんで泣いてるの?」

「謝りますから、もういなくならないでほしいのですわ」

「え? なんか超ごめんっ」

「それと、臭いですわっ! うわぁああぁあぁあぁあぁあんっ」

 虹二に抱きつきながらお腹に涙と鼻汁を擦り付けていた。

 そして背中から服をしっかりと握りしめているチュリアがいた。

「こんなの、卑怯だ、と。思いま、す」

「うえぇ? 何が、なんなのさっ?」

「い、な、くなったら、悲し、いです。気付かされ、ました」

 顔を赤く染めていじらしく言う。

 なにやら恥ずかしがりつつ泣くのを我慢しているらしい。

 虹二には状況が全然飲み込めていない。

 そんな虹二に向かって鬼紗羅が叫ぶ。

「ばかっ、次やったらあたし全裸で突入するからねっ!」

「いや意味わからないし、脱ぎ出すなよっ!」

 抱きつきながら泣くアーリア、背中ですすり泣くチュリア、下着姿で泣き喚く鬼紗羅。

 それとは対照的に笑顔でリズは言った。

「信じてました」

「ごめん、待たせたね。切り札を用意してきた」

 とびっきりの笑顔で虹二は続けた。

「これでメルティアに一泡吹かそう」

 ブレスレッドと紙を一枚差し出して。

「俺が君を勝たせる」

 虹二は静かに宣言した。


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