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ぷりまステラ  作者: 季水東吾
ぷりまステラ1
5/10

 第四章 星との約束



 赤に染まる。

 血と炎と悪意の色は赤い色で、視界はそれに埋め尽くされていた。

 燃える森。

 遊んだ樹も川も湖も呆気なく赤に染まる。それは炎の赤だ。

 死に絶える人。

 村長も友人も友人の家族も、そして自分の家族も赤に染まる。それは死の赤だ。

 蹂躙するのは鎧を身に纏った野党。きっと戦争で戦場から逃げてきたのだろう。

 逃げる。

 逃げる、逃げる、逃げる。

 悪夢を振り払うように。

 現実を受け入れてはいけない。受け入れればもう体は動かない。

 生きるために、走るためにこれは悪夢だと信じるしかない。

 網膜に焼き付いた親の死に際を必死に振り払う。思い出してはいけない。思い出したらきっと自分は壊れてしまう確信があった。

 吐き気が収まらない。

 頭痛がいつまでも終わらない。

 覚めろ、覚めろ、覚めろ。

 覚めない夢と理解しつつ、藁にもすがる思いで願わずにはいられない。

 目を覚ましたら温かいベッドで、母親が優しい声色で言うのだ。「どうしたの? 怖い夢でも見たの?」と。

 それで自分は安心するのだ。

 よかった、夢だったんだ。

 そう、心から安心するのだ。

 そして絶望は舞い降りた。

 野党の一人に目の前を塞がれたのだ。

 そこでこの夢はいつも途切れる。

 どう助かったのか、それは思い出せない。


 ――何故か、見覚えのある背中だけが記憶に引っかかった。


   1


 今日も安定した大爆発が虹二の鼓膜を叩いた。

 威力も申し分ない。

「また、失敗してしまいました」

「いいとこ成功率二割、爆発率は八割以上だね……」

 狭間の世界。延々と続く路地裏の一角で虹二とリズは魔法の修行をしていた。

 修行というよりも、リズの致命的欠陥の調査と言ったほうが正しいが。

 ちなみにアーリアとチュリアは少し離れた位置で基礎力の向上を目標に、虹二の用意したメニューをこなしていた。

「魔法発動前に魔法陣が瓦解して爆発する。構築式には問題ないし、魔力循環陣もしっかり描かれている。……となると体質か、特殊な魔法資質が絡んでいるのか」

「今まで色々な先生が見てくれましたけど、誰も爆発の原因は分からなかったんです」

「いや無理もないよ。発動前の爆発なのに魔法陣自体に問題はない。これはとてつもなく不思議な現象なんだ」

 虹二は彼女の欠陥を知ってから、どうやったら魔法陣完成から発動までの間に魔法陣を瓦解させて爆発を起こせるのか検証した。

 結果分かったことは不可能。むしろ爆発させるほうが難しいというものだった。

 そこから導き出される答えは、彼女の魔法資質の問題という可能性が高いことだ。

「君の魔法資質になにか特殊なものがあって、それが意図せずに作用している可能性が一番高いね」

「魔法資質ですか?」

「そう、掻い摘んで説明すると」

 虹二は魔法陣を展開する。

「いいかい、魔法陣は構築式と魔力循環陣から成り立っている。この円が循環陣で、数式や文字が構築式だ。魔力は循環陣を通って構築式に従って組み立てられる。その結果起きる現象が魔法という訳だ」

 魔法学校で最初に習う魔法の基礎だ。リズでも知っている。

「だから本来魔法の失敗って、構築式の書き込みミスや計算式のミスが大半で、残りは循環陣に魔力を上手く流し込めていない。とか、集中力が足りないとかなんだ」

 虹二は魔法陣を解除して詠唱を止めた。

「つまり魔法陣が完成し、その構築式に問題がない。循環陣に魔力が通った後でも魔法に干渉できるのは個人の魔法資質しかない」

 魔法資質とは個人に発言する特殊な体質のようなもので、魔法に特別な影響力を与えることもできる。

 例えば遠隔発動や長距離遠隔操作等がある。それらは魔法発動直前に作用するため、リズの爆発はその影響を受けていると考えれば色々と辻褄が合うのだ。

「もし原因がそうだったとして、どうすれば爆発させずに魔法を成功させられるんですかね?」

「魔法資質を掌握して自分で制御するしかないだろうね」

 結局のところ、彼女の爆発は本当に魔法資質が原因か分からない以上、何かが進展したわけではない。

「君の資質を調べてあげたいところだけど、俺じゃろくな検査魔法も使えないし」

「鬼紗羅さんはどうですか?」

「駄目だよ。鬼紗羅の魔法は戦闘特化、あいつそれ以外の魔法を教えても覚えないんだよ」

「……? ――っ! 鬼紗羅さんに魔法を教えたのは四條さんなんですかっ?」

「他に誰がいるのさ」

 言われて見れば確かにそうだが、リズとしては意外だった。

 虹二が鬼紗羅に魔法を教える姿が全然想像出来ないのである。

「今失礼なこと考えたでしょ?」

「いえいえ、そんなことはっ」

「別にいいよ。俺より鬼紗羅が強いのは事実だし」

 苦笑しながら虹二は言う。笑顔の下でどうやってリズを諦めさせるか、どんな方法で君には無理だと伝えるか。そんなことばかり考えている。

 そして今日もリズの爆発の原因は分からなかった。

 アーリアとチュリアの修行は順調に進んでいる。

 彼女らの基礎は確実に向上し、より実践向きの魔法戦闘も身に付いている。筆記も勿論合格に不安は感じられない。

 筆記も実技も可能性すら感じられないリズとは大違いだった。

 修行を終えた三人と一緒に家に戻った虹二はそのまま自室に駆け込んだ。

「お帰りー」

 メイド服で会釈する鬼紗羅が何故かいた。

「ただいま」

 虹二は自分の部屋の本を切り崩す。本棚に入りきらない本が平済みされたその光景は、チュリアを笑うことなど全く出来ないほどに本で埋め尽くされていた。

 自分の記憶を頼りに目的の本を探す。

「あれ、リアクションそれだけ?」

「可愛いよ、似合ってるよ。邪魔だから出てって」

「そう可愛い? 可愛い? えへへ、襲いたい?」

「都合の良い言葉しか耳に入らないのか、お前はっ」

 ない。目的の本がない。

 そして鬼紗羅が鬱陶しい。

「よく見てよ、この可愛いデザイン。奉仕に溢れるデザイン。卑猥なデザイン」

「最後のだけ共感しかねるね」

 確か読んでここら辺に投げた筈なのだが。

「そしてガーターベルトも着用してますっ! ショーツも従順で無垢で清楚な純白です。そそる、いきり勃つ?」

「いきり勃つ言うなっ!」

 今度は隣の山を切り崩す。きりがない、今この瞬間だけは普段本を整理しない自分を呪いたかった。

「メルちゃんに貰ったのっ」

「あいつ来たのか……」

「伝言を預かってます」

「聞きたかない」

「メイド服を貰ったので伝える義務があります」

「買収されたのか、お前……」

 メルティア・レーベルヒルデ。隣の地区を担当している管理員だ。

 つまり虹二の同僚である。

「メルに内緒で弟子を取るなんてプンスカだよっ」

「お前に相談する必要性なんて皆無だがっ」

「あたしに言われても、伝言だし」

「あ、ごめん……」

 つい、反射的に言い返してしまった。伝言でも苛つく話し方なのだ。

「という訳でメルは試験官に立候補したのでよろぴこ」

「はっ? なに考えてるの、あの鳥頭っ!」

「あたしに怒鳴られても」

 虹二は携帯電話を取り出すとメルティアの番号をコールする。

『もっし~、愛しのメルです。愛を囁いてからでないと要件を聞きません』

「脳味噌抉るよ?」

『愛が猟奇的で困るよぅ。受け入れちゃうけど』

「受け入れるなよ。全力で拒否ってよ、逆に怖いわ」

 相変わらず意味不明な考えの女である。

 なるべくかかわり合いになりたくはないが、彼女の伝言が気に掛かる。

「どういう意味だ」

『試験官のこと? そのままの意味だよぉ? 分かるでしょ、メルが立候補すれば確実に採用される』

「……だろうね」

『でね、いるんでしょ? 問題児』

 どこまで話した。そういった意味の視線を鬼紗羅に向ける。

 鬼紗羅はスカートをたくし上げて扇情的なポーズを決めている。

 無視した。

「合格させてくれるってこと?」

『うん。虹二君がメルのお願いを聞いてくれたらね』

「一応、聞こう」

『復帰して?』

「断る」

『じゃあ勃起して』

「電話切るよ」

『冗談だよぅ……。じゃあ、デートして』

「――何を企んでいる?」

『ひっどい。デートに誘ってくれる可愛い女の子に言う台詞じゃないよ、それ……』

 破格の条件だ。

 メルティアと一度デートするだけでリズの合格は確定する。少なくとも実技は。

 手段を選ばずに結果だけを求めればそれは正しい選択だろう。

 それはアリウスの考え方だ。

 そして虹二はあくまでも四條虹二だった。

 リズの真っ直ぐな瞳が思い起こされる。

「気持ちだけ受け取っておく。お前の提案は受け入れられない」

『いいのぉ……? メル真剣に試験官やっちゃうよ?』

 彼女がやるというからには真剣に厳正に実力を見るのだろう。アーリアやチュリアにとっては都合の良いことだ。

 しかし、リズはどうだろう。考えるまでもなく不利だ。

 メルティア相手に小細工が通用するとは思えない。

 虹二の額にはいつの間に汗が滴り落ちていた。

「お前が立候補を取りやめる気はないの?」

『交渉する気ある? メルはメルに不利な提案は受け付けておりませーん』

「お前さぁ……」

 虹二は空気を肺に送り込んでから全力で叫んだ。

「もう二度と家に来んなっ!」

 その勢いのまま電話を切る。

「おー、お怒りだね。珍しく」

「お前も原因の一つだぞ」

「ごめん、良かれと思って」

 項垂れながらもスカートを握っている手は離さない。

「とりあえずお前パンツ隠せよ」

「ここまで露骨に誘って、コスプレまでしてなんで襲ってくれないかなぁ……。メイドじゃダメ? ナース? 婦警? チャイナ服? 虹二の好みはどれなの?」

「どれでもない」

「えいっ」

 間抜けな掛け声と同時に虹二の視界は暗闇に染まった。

 肩を掴まれて無理やり屈まされた感じだ。

 甘い香りが鼻腔をくすぐる。眉間ぐらいにフリルが少し触れた。

 彼女の体温を顔面で感じられる。

 どうやら、虹二は鬼紗羅のスカートの中。それもショーツの真ん前にいるらしい。

 理解した瞬間全力で後方に飛び出した。

「痛っ」

 お蔭でスカートの中から脱出は出来たものの、後頭部を強かに打ち付けてしまった。

「な、に考えてんだ。お前っ」

「虹二のこと。厳密に言うと虹二とベッドで揉んだり揉まれたり、突いたり抜いたり……」

「っ……、ストップ。具体的には言わんでいいからっ」

 と、言いながら虹二の視線はとある一箇所に釘付けだった。

 床にぶちまけられた一冊の本だ。

 どうやら虹二が暴れた衝撃で偶然本の海から投げ出されたらしい。これが探していた一冊だった。

 タイトルは【魔法資質図鑑】だ。

「……えー、女の子より本に夢中ってどうなの? 男の子的に」

「ごめん、これ読み直すから出てって。ちょっとメルティアに一泡吹かせたくなってきた」

「ふーん」

 詰まらなさそうに鬼紗羅は虹二の部屋を出て行く。

 虹二は気付かない。メルティアに対抗意識を燃やしている彼の姿を見て、とても嬉しそうに微笑んでいる彼女の姿を。

 何しろ彼はもう既に本の世界に入りきってしまっているからだ。

 その晩、虹二は図鑑を読み続けた。

 が、詠唱後魔法発動直前に魔法陣が瓦解し、爆発する資質に結びつくような情報は一切得られなかった。

 彼女の欠陥は本当に魔法資質なのだろうか。

 疑問は深まるばかりだ。


   2


 彼女らが弟子入りして一番大きく変わったのは家事のことだった。

 基本的に四條家の家事は虹二が行なっていた。

 鬼紗羅は家事などしないし出来ない。虹二だって得意な訳ではないので、最低限のことしかしてはいなかった。

 それが彼女らのお蔭で一変した。

 どうやらアーリアとリズは家事が得意らしく、チュリアも人並みに家事をこなせるらしい。そんなこともあって、現在四條家の家事は三人の弟子がローテーションで行っているのだ。

 それによって激的に変化したのは食生活だ。

 もともと食にこだわりのない二人だったので、食事の質は最底辺と言っても過言ではなかった。

 しかし、今夜の食卓。今、虹二の目の前に並んでいるそれは信じられないほどに豪勢だった。少なくとも虹二からして見れば。

「凄いな、これ全部二人で作ったのか?」

「当然ですわ」

「これくらいしか、出来ないので」

 リズは謙遜しているが、謙遜するような出来ではない。和食がないことが残念でならないが、こちらの食材で作った魔法世界の料理も悪くはない。

 肉に野菜と香辛料を挟んで煮込んだ料理に、コーンとかぼちゃのスープ。近所のパン屋で買ってきたフランスパンがスライスされて並べられている。

 そしてレタスにプチトマトが添えられたサラダ。

 栄養バランスもしっかりと考えられた品々だ。

「日本の食材も興味深かったですし、楽しいですわ」

「そうだね。日本の料理も勉強したいね」

 リズは意外と器用だ。

 こと、勉強と魔法以外に関しては。

 箸だってアーリアよりもチュリアよりも早く使えるようになった。

「「「「「いただきます」」」」」

 五人の声が重なる。

 この食事前の挨拶も虹二が三人に教えたことだった。

 虹二は一口また一口と料理を口に運ぶたびに箸の動きが加速した。

 食にこだわりはないが、それでも飯が美味ければ普段より箸が進むのは道理だった。

「そういえば、三人は行きたいところとかあるか?」

「……行きたい、とこ、ろ?」

「そうそう、折角日本に来たのに毎日修行ばかりでも気が滅入るでしょ?」

 同意を求めるように虹二は三人に視線を向ける。

「そうでもありませんわ。試験まで時間もありませんし、何より四條虹二さんは指導者としては優れていらっしゃるようなので、充実した毎日ですわ」

 としては。の部分に引っ掛かりを覚えるが、どうやらアーリアの評価は最近マシになってきているらしい。その事実に虹二はそっと胸を撫で下ろした。

「私、は、リズが行きたい、な、ら」

「え、私? うーん、でも一番修行が進んでないし」

「この際修行のことと試験のことは忘れていいよ、そんな日があってもバチは当たらないでしょ。遊びに行こうよ、気分転換に」

 虹二がこんなことを提案したのには理由がある。彼自身も行き詰っていたのだ。

 他ならぬ、魔法陣爆発の原因解明に。

「はい、はーいっ、あたし、遊園地に行きたい」

「お前の意見は聞いてないから」

 鬼紗羅の提案をバッサリと切り捨てる。

「ショッピングには行きたいですが、手持ちもありませんわ」

「おいおい、気にしないでよ。そのくらい出すよ、これだけ大所帯でも生活に不便しないくらいの収入はあるから」

 管理員としての給料に弟子を引き取ったことによる月々の補助金。おまけに副収入がそれなりに。

 お金は意外に余る程あった。

 もともと鬼紗羅と二人暮らしの頃から金はあまり使わない生活だった。故に貯蓄も十分にある。

「いえ、申し訳ないですわ」

「遠慮しないでくれ、弟子入り祝いみたいなものだよ」

「では、ショッピングという候補を提案しますわ」

「リアちゃんはショッピングだね、チェリーは?」

「私は、リズがい、ればどこ、でも……」

「ダメだよ、そんなの、ちゃんと行きたいところを言わないと」

 リズに促されたチュリアは渋々といった様子でその場所を口に出す。

「大き、な本屋さんに、行、き、たいです」

「本好きなチュリアらしいね。……リズは?」

 流れで虹二はリズに尋ねる。

 すると彼女は恥ずかしそうに答える。

「星が、見たいです」

 首を傾げてしまう。

 ただ言葉の意味は理解できたので思ったことをそのまま口にした。

「なんだ、全部行けそうじゃないか」

 その一言で明日はショッピングと本屋と星を見に行くことに決まった。

 休日だ。羽を伸ばそう。

 気分転換という奴はなかなかに侮れない奴で、行き詰ったり迷ったりした時に丁度良い分岐点になる。

 明日のそれがそうなることを虹二は静かに願った。

 ――どうか、今日は夢をみませんように。

 自室に戻った虹二は糸が切れた人形のようにベッドに倒れ込んで眠りに落ちた。


   3


 実績、経験、実力、名声、信頼、地位。その全てが必要なアリウスが戦争に参加したのは自然な流れであった。

 全てを奪った忌むべき戦争に自分が参加しているのは気の利いた皮肉だろう。

 それでも手段を選ばない彼は欲しいものを手にするために戦場に自ら赴いた。

 魔導司書は魔導大図書館を管理する仕事であると同時に、魔法世界における最大戦力だ。

 故に戦争があれば魔道司書の一部は最高戦力として駆り出される。

 拒否権はあった。が、アリウスは自らの手を赤く染めることを受け入れた。

 手っ取り早く上層部の信頼を勝ち取る必要がある。

 一番重要なのは閲覧禁止エリアに侵入すること。そのためならば人さえも殺せる。

 だから戦争で活躍し、名を売るのが彼の思い描く理想の展開だった。

 彼が参加した戦争は魔導大図書館を首都に構え魔法を管理する国と、武具に魔法陣を刻み込み魔法を誰でも使えるように発展した国との戦いだった。

 思想の違い。領土が近いことから決して仲が良いとは言えなかった両国の関係は、とあるささいな出来事で爆発して戦争に発展した。

 それは酷い戦争だった。

 酷い戦場で躊躇うことなく彼はその手を汚した。

 アリウスのいる部隊が担当した地域は劣勢だった。言われなくても部隊の役割は簡単に想像できる。いわゆる捨て駒だ。

 戦力も戦況も最悪の過酷な状況が、皮肉なことにアリウスの才能を加速させる。

 一戦を辛くも生き残るたびに彼は成長し、全体の戦局も徐々に好転した。

 この頃にはアリウスは敵兵にこう呼ばれていた。

 死を運ぶ者。と。


   4


 珍しく身だしなみを整える。

 今日は昨日計画したように、ショッピングと大きい本屋と星を見る予定だ。

 外出用の少し高い服で自分を着飾る。

 無地のTシャツに薄桃色のパーカー、紺色のジーンズ。そしてシルバーのネックレス。

 どれも鬼紗羅が以前選んでくれた物だ。

「よしっ」

 自分の部屋を出てリビングに向かう。確か今日の朝食当番はリズの筈だ。

「おはようございますわ」

「おは、よう」

「おはようございます」

 弟子三人に挨拶される。心なしか三人とも明るくそわそわしている雰囲気だった。

「おはよう」

 おまけに着ている服も気合が入っている。

 リズは春らしさを感じさせる花柄のチュニックにハイウエストパンツを合わせていた。

 全体的にフリフリの装飾が施された可愛い印象だ。

 アーリアはTシャツにジャケット、ナイロンのパンツと少し背伸びをした大人っぽい雰囲気の服装でまとめていた。

 チュリアはレースのブラウスとスカートを淡い色で合わせており、その上から水色のカーディガンを羽織っている。

 三人とも共通しているのはとても似合っていて可愛いということだ。

「遅いよー、虹二」

 ちなみに鬼紗羅は黒色のブラウスにデニムのパンツと普段に比べて大人しい服装だ。

「今日のメニューはサンドイッチです。もちろん四條さんの好きな紅茶も淹れました」

 どうやら虹二が教えたサンドイッチを早くも実践してくれたらしい。

「ありがとね」

 そう言いながら虹二も席に着く。香ばしい香りに食欲が刺激された。

 相変わらず料理の腕前は素晴らしい。

 残り一ヶ月を切っている。アーリアとチュリアは安心していいだろう、だがリズの問題は解決の目処が立っていない。

 それらを全て今日一日は忘れることにする。

 朝食を平らげて洗い物を任せた虹二は先に玄関を出て待っていた。

 最初に出てきたのは鬼紗羅だ。

「ねぇ虹二……、諦めた訳じゃないんだよね?」

「もちろんだよ。メルティアに一泡吹かせたいしね」

「ということは今日のは……」

「ああ、純粋に気分転換と彼女らを楽しませてやりたいからだ。息抜きってやつは必要だろ?」

 暫くすると三人もやってきて、家に鍵をかけて出かける。

 目的地は電車に乗って数駅離れた隣街だ。

 そこに結構栄えた場所がある。といっても基本ここいらは田舎なので、栄えているのは駅前だけなのだが。それでもアーリアの言うショッピングを楽しむ程度には楽しむことができる。

 なにせ田舎には不釣合なほどに大きいショッピングモールがあるのだ。

「凄くっ、大きいですね」

「リズちゃん、それ虹二の股に向かって言ってみぶへっ」

「なにアホなこと口走ってるのさ」

 鬼紗羅の通常運転に素早く頭を叩いて阻止する。

 これが通常運転なのだから本当に迷惑な女だった。

「どこいく? まずはどこから行っちゃう?」

「……鬼紗羅さん、が、一番……、楽しそう」

「ですわね」

 呆れるアーリアとチュリアの視線を尻目に、普段よりも三割増の賑やかさで鬼紗羅は先頭を歩いていく。いや、これは賑やかしいというよりは騒がしい部類だろう。

 それにしても鬼紗羅は人の目を引く。

 高い身長。メリハリのある体。文句のつけようのない程に整った顔。美しく艶のある黒髪。そして屈託のない笑顔。

 そのどれもが彼女を美しく着飾っていた。

 そしてそれを見ているアーリアが少し凹んでいた。

「どうした? 元気がないな」

「……同じレディとして、心折られるスタイルですわ、あれは」

「何言っての、君はまだ成長途中でしょうに」

「それでも、ですわ」

 そう言いながらアーリアは自分の胸を見る。そこは可愛らしい膨らみがあるだけで、お世辞にも年相応に成長しているとは言い難い。

 それでもリズよりは成長しているように見受けられるが。

「あまりっ、ジロジロ見ないで下さるっ?」

「ご、ごめん。会話の流れでつい」

「貴方は、会話の流れで女性の胸を凝視するのですかっ」

 怒鳴った勢いで足をもつれさせたアーリアはそのまま盛大に転んだ。幸い、今日はスカートを履いてなかったため、下着は見えなかった。

 そのまま数秒固まったアーリアは何事もなかったかのように立ち上がって歩き出した。

 ので、虹二も見なかった振りをして何事もなかったかのように後に続く。

 すると凄い形相でアーリアが振り向いた。

「なんで罵りませんのっ?」

「はっ?」

 彼女は罵られたいのだろうか。

「見事に何もないところで盛大に転んだ私を笑いたければ笑えばいいのですわ」

「笑いはしないけど、しっかりしてそうで実は意外にドジなのは確信したよ」

「ドジはあんまりですわっ!」

「あ、そうだね。ドジではないよね、誰にもありえることだよね。転ぶことくらい」

「その優しい眼で侮辱しないで下さるっ?」

「俺にどうしろとっ!」

 お手上げだった。この意外なドジっ子は存外面倒くさい。

「……遺伝なのですわ」

「何が?」

 虹二の顔を見ないようにしながらアーリアは独り言のように呟いた。

「フローリア家は代々優秀な魔法使いの一族ですが、何故か皆ドジなのです」

「ドジって遺伝するんだね。まずそこに驚くよ」

「私だって好きでドジな訳ではありませんわっ!」

 怒ったアーリアは歩く速度を速めて少し離されてしまった鬼紗羅たちの方に合流する。

 それを遠目に眺めながら穏やかな気持ちになれた。

 次の瞬間青ざめた。

 鬼紗羅達が絡まれている。三人組の男に。

 恐らくナンパだろう。

 その先の光景を想像して虹二は恐怖した。

 走る。一刻も早く助けなければ。

「やめろっ」

「……? なんだこいつ」

「冷静になれ、まだ間に合う」

「いきなり何言っての?」

「それよりお姉さん俺らと一緒にお茶しません?」

「そいつらは俺の連れだっ!」

「なにこいつ、冴えない奴だな全然お姉さんに釣り合わない……。ねぇ、俺らと一緒の方が楽しいよ?」

 虹二の必死の叫びも虚しく男どもは鬼紗羅に声をかけ続ける。

 リズは驚いて固まっているし、アーリアは不快そうに苛立っている。チュリアは無表情で分かりづらいが少し怯えているようにも見えた。

 しかし、今はそれもどうでもいい。

 彼らの命が危ない。

「誰が冴えないって?」

 どこまでも不機嫌な声で鬼紗羅が呟いた。最終警告だ、虹二にだけは分かる。

「誰ってもちろん、この眼鏡のキモイ男――」

 次の瞬間男の前髪が数本消え去った。

 鬼紗羅の蹴りが眼前を通り過ぎたからだ。速すぎて視界にすら入らない。

 男の頭が吹っ飛ばなかったのは虹二が直前に男の襟首を引っ張ったからだ。そうでなければ彼は今頃生きてはいない。

 冗談抜きで鬼紗羅は殺しにかかっていた。

「ひっ……」

 ようやく状況を飲み込めた男が悲鳴をあげようと試みる。が、鬼紗羅が拳を掲げたのを見て悲鳴すら上げられないらしい。

 その拳を虹二は見事に受け流した。

「突っ立てないで速く逃げろ、その歳で死にたかないだろっ」

「どいて虹二、こいつ等肉片にするから」

「発想が怖いわっ」

 鬼紗羅の目にも止まらない蹴りや拳をいなしつつ、いつまでも逃げようとしない三人を蹴っ飛ばして安全圏まで吹き飛ばす。

 何人か足を止め始めた。

 このまま続けば野次馬が増え警備員がやってくる。警察でも呼ばれれば最悪だ。

「虹二を馬鹿にする人は基本的に殺す」

「もう少し穏やかに解決してくれっ」

 そう叫ぶと虹二は隙を見て鬼紗羅の懐に潜り込むと彼女を抱えて全力で走り出す。

「付いて来てっ!」

 三人にそう言うのも忘れない。

 人気のない場所まで走ってからようやく一息ついた。

「このっ、歩く危険物っ! 少しは常識を覚えたかと思ってたけど、全然変わってないよっ!」

「だって、あいつらが虹二の悪口言うし」

「だからって殺しちゃダメだろ」

「パパの教えでは――」

「お前の父親は過激なの、とにかく人を殺したらダメ。絶対ダメ。オーケー?」

「……ぶーっ」

 呆然としていた三人のうち、アーリアが恐る恐る聞く。

「鬼紗羅さんは本当に殺そうと……?」

「もちろんだよ」

「自信満々に答えんなバカ。……鬼紗羅は人じゃないし、親が過激だから本質的に考え方が人間と違うんだよ。俺が色々教えてまともになったけど、俺のことになるとどうにも枷が外れるらしい」

「そう、な、んですか」

「ちょっとぉー、メルの担当区域で問題起こさないでよぅ」

 突然不自然に高い女の子の声が聞こえた。

 アニメ声と言われるような声だ。そして虹二には聞き覚えがある声だった。

 つい最近電話越しに聞いている。

「さーてと、気を取りなおして行くか」

「おーい。四條虹二さぁーん。お隣の街の管理員の四條虹二さぁん。使い魔相手に欲情しちゃうような色慾魔の四條虹二さぁぁぁぁん?」

「事実無根だっ!」

 つい、言い返してしまう。ツッコミ体質が恨めしい。

「なんの用だ、メルティア」

 そこにいたのはメルティア・レーベルヒルデだった。

 年甲斐もなく装飾過多で必要以上にフリルやレースがあしらわれて、基本的に白とピンクで統一されたドレスのような服を着ている。

 いわゆるロリータファッションと呼ばれる服装だった。

 身長は低くリズといい勝負だ。

 胸も小さく顔も童顔という虹二と同い年とは思えない容姿をしている。

 赤茶の色の長い髪の毛は癖があり、遊ぶように波を描いている。そんなご自慢の髪を手で遊びながら彼女は言う。

「ここに偶然遊びに来たら、騒ぎがあって。駆け付けてみれば虹二君がいてびっくり。走り去る君を追いかけてきたんだよぉ」

「は? 死ねばいいのに」

「わおっ、相変わらず冷たいなぁ……もぅ」

 必要以上に体をくねらせながら言う。そういう動き、態度の全てが虹二には気に食わなかった。

「ほうほう……、彼女らが君の弟子なの?」

「そうだよ。要件がないなら消えてくれる?」

 虹二の言葉を聞き流して、メルティアは不躾に三人の少女を見比べる。

 まずアーリアを見て「ぎり合格」

 次にチュリアを見て「君は普通に合格」

 最後にリズを見て「不合格」

 と言った。

 意味不明といった表情をしている三人にメルティアは真実を告げる。

「メルは『中級魔法α4種許可資格』の試験官になりましたぁ」

 そして甘い声で残酷な言葉を投げかけた。

「その試験結果、面倒だから今言っちゃった」

 メルティアの言葉に驚愕したのは虹二だけだった。彼だけは彼女の資質を知っている。

 残りの四人は彼女の言葉が理解できなく、動揺しているようだった。

 仕方なく虹二は説明する。

「メルティアは元魔導司書で、とある事情で止めて今は管理員をしているが、元々は第一線級の魔法使いだ。そして稀有な魔法資質【解理の瞳】を持つ魔法使いでもある」

「【解理の瞳】ってなんですか?」

「見えないものを視る事が出来る解析の資質だよ。応用すればその目で視た者の実力くらいは簡単に測れる」

 つまり、メルティアはその特殊な資質で三人の実力を計測して試験の結果を告げたのだ。

 これを覆すのは並大抵のことではない。

「虹二君、分かるよね。メルの眼は確かだよ? どうする、取引はまだ有効ですよぉ?」

 正直、心が揺れた。

 あと少しで彼女の甘く優しい提案に乗りかけるところだ。

「……取引、ってな、んですか?」

「メルとデートしてくれたらそこの問題児を合格にしてあげるって取引だよぉ」

「私……、ですか?」

 問題児と言われたリズは傷ついた様子で項垂れた。

 見ていられない。虹二は思わずメルティアの提案を飲みかけた。


「冗談ではありませんわ」


 それを凛々しい一言が打ち砕いた。

「私の知るリズ・シーランドはそんな方法で望むものを手に入れるような人ではありませし、そんなことをしなくても合格して見せるでしょう。そんな汚い方法で好きな人をデートに誘う貴女のような汚い人には理解出来ないでしょうけど」

「へー、言うね。……言っとくけど、君の合格も怪しいんだよ?」

「だからなんだと言うのですか。全力を尽くし、恥のない自分をさらけ出すだけですわ。結果など後で付いてきますし、合格か不合格かなど対して意味も持ちません。結果がどうであろうと努力する、諦めない。それを続けることに変わりはありませんもの」

 どこまでも堂々と誠実な言葉をアーリアは紡ぐ。

 その真っ直ぐな尊さが虹二には眩しかった。同じ日陰者のメルティアもそう感じたことだろう。

「うっ……メルには眩しい……っ」

 というか、口に出していた。

「貴方が試験官と言うならば結構。独断と偏見で見て頂いても構いませんわ。私は誰が見ても納得する結果を残すだけですので」

「……アーリアの言う、とお、り」

「ほら、貴女もっ」

 アーリアはリズの肩を掴んでメルティアの目の前に押し出した。

 最初は不安げだった顔が、アーリアとチュリアの顔を一度見てからひと呼吸おいて別人のように引き締まった。

 覚悟を決めた者の眼をしていた。

「メルティアさん、私は必ず合格してみせます。私自身の力で」

「おぉ……う、澄み切った瞳で見るなよぅ、メルそういうの苦手なのぅ」

 よろめくメルティアの肩に鬼紗羅が手を置いて、満面の笑みで言う。

「メルちゃん。負けたねっ」

「うみゅうぅぅぅ。悔しいぃっ」

 そう言い捨てながらメルティアは逃げるように去っていった。

 好きではないが面白い奴ではあると思う。少なくとも虹二は感謝している。

 これからの指針が決まった上に、彼女らのモチベーションは信じられないほどに上がっていたからだ。

「ごめんなさい、四條さん」

「?」

 静かな闘士を胸に秘めたリズはどこまでも真っ直ぐな瞳で虹二を見つめる。

「私、今日も修行したいです」

「私もですわ、ぎり合格。合格が怪しいと言われて黙ってられませんわ」

「リズを馬、鹿にした、以上……。試験で、泣かす」

 どうやら三人の意思は固まっているらしい。

「えー、やだぁ。あたしまだ楽しんでないぃっ!」

 一人だけ空気を読まずに喚いていたが、それは効かない振りをして虹二は言う。

「ショッピングと大きな本屋と星を見るのは合格祝いにとっておこう」

「「「はい」」」

 そして五人は四條家に戻る。

 その日からの修行は三人の取り組みに鬼気迫るものがあるほどに積極的であった。


   5


 鬼神討伐。

 その話を聞いた時、アリウスは全力でその作戦の危険性を訴えた。

 魔法世界における国同士の戦争、それはアリウスの所属する国が勝利して収束したがそれに反比例して魔族による被害は爆発的に増加した。

 戦争の次は魔族の討伐。休まる暇のない闘争の日々、しかしそれらは確実にアリウスの名前を世に知らしめて、故に上層部の覚えもよかった。

 ある程度の名声と地位を手に入れたアリウスでも、その作戦を覆すことは出来なく渋々とアリウスもその討伐に参加したのだ。

 結果は最悪と言えるほどのものだった。

 討伐に向かった魔法使いはただ一人を残して死亡。死体は肉片すら残らず、何より鬼神は殺すことが出来なかった。

 生還者の名前はアリウス。

 唯一の生き残りとして彼はさらにその強さとしぶとさを世に知らしめた。

 その数週間後、公式で彼が魔道司書を辞めたことが明かされた。

 公表された理由は鬼神討伐の失敗の責任を負って、というものだ。

 多くの人がその理由に怒り狂い反発した。優秀な魔道司書が一人消える、その事実に泣き叫んだ人もいた。

 以来、彼の消息は明らかになっていない。



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