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ぷりまステラ  作者: 季水東吾
ぷりまステラ1
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 第一章 星屑三つ

プロローグの続きです。

もう少し三人娘の個性を爆発させて尚且つテンポよく出来ればな、とか個人的には思います。



 四條虹二、二十歳。男。は、空いた口が塞がらなかった。

 目の前には幼い少女。

 そして虹二の真横には半裸のセクシーなお姉さん。

 それも絡みつくように虹二にしなだれかかっている。

 場所は玄関。

 終わった。と、虹二は思った。

 初対面の印象も糞もない。考えられる限り最悪の出会いと言えるだろう。

「は、……初めまして。リズ・シーランドです。今日から、よろしくお願いします」

 目の前の光景を理解出来ないのか、それとも理解したくないのか。

 あるいは見なかったことにしたのか。もしくは最初から気にしていないのか。

 彼女がどう考えたのかは分からないが、どうやらとりあえず用意していた言葉を言うことにしたらしい。

「初めまして、四條虹二です。こちらこそ、よろしくね」

「初めまして、妻の鬼紗羅です」

「違うだろっ!」

 虹二は鬼紗羅の頭を掴むと容赦なく床に叩きつけた。

「いぃーたぁーいっ、ばかぁっ、いたーぁっいっ」

 痛む素振りなど微塵も見せずに鬼紗羅は喚く。

「この馬鹿は無視していいから。えっと、とりあえず上がってよ」

 そんな虹二の言葉を聞き流しながらリズは視線を鬼紗羅に向ける。

 そこにはこの世の者とは思えないほどの美人がいた。

 艶があり枝毛などあるとは思えない程に綺麗な黒髪は、とても長いストレートで床に座っている為に花のように床に開いていた。

 整った顔立ちは芸術的ですらあり、服を半分脱いでいる為に見える肌は透き通るように白い。

 胸は大きく腰はくびれていて、お尻も蠱惑的に大きい。それでも下品には感じず、どこか上品ささえも漂わせるような雰囲気だった。

 長いまつ毛にパッチリとした二重の目、小顔で肌はきめ細かく、どこをどう見ても完璧すぎる美しさだった。

「どうしたの?」

 そんな完成された体を持ちながらも、純粋さを忘れない子供のような瞳。

 それがリズから見た鬼紗羅の第一位印象だった。

 どうして唯一羽織っている少し大きめのワイシャツを半分脱いでいるのかは分からないが、そんな際どい格好をしているため、可愛い系のブラジャーとショーツが丸見えであった。

 それに対して四條虹二と名乗った青年はとても地味だった。

 そこにあるのは冴えない顔に覇気のない表情。平均的な身長とやややせ形の体つき、そして少し真新しい洋服に着られている男の姿だった。

 シンプルなカッターシャツにブルージーンズ。そして水色に白いラインが添えられたネクタイ。銀色のフレームの眼鏡。

 地味だが清潔感はある。悪印象は受けない。

 唯一、右目は茶色で左目は青という印象的なオッドアイが特徴的だった。

「えっと、もしかしてお邪魔ですか?」

 現在の状況を整理したらしいリズからそんな言葉が口に出される。

 玄関に立ったまま上がる素振りを見せないリズはどうやら、色々考えて自分なりにこの状況を判断したのだろう。しかし、それは大きな勘違いである。

「ご、誤解だっ」

「誤解じゃないよ? これからあたしと彼は、甘くて濃密でとろけるようなアダルティな時間を過ごすから」

「過ごさないよっ」

 甘えるような声で、さらに上目遣いで鬼紗羅は続ける。

「ベッドの上で、天国まで連れてって欲しいな」

「一人で行ってろっ」

「え、……なぁに、虹二ってそう言うシュミ?」

「そういう趣味もどういう趣味もあるかっ、初対面の女の子の前で何を言い出してんのさ、冗談でも正気を疑うわっ!」

 平手で鬼紗羅の頭を叩く。

「いたぁーぃっ、またぶったぁ。あんまり酷い事すると、……全部脱ぐよ?」

「なにその斬新な脅しっ!」

 言葉通り脱ぎ始めた鬼紗羅を強引に止めながら、虹二は玄関で呆然とことを傍観している少女に視線を移す。

 リズはとても身長の低い少女だ。

 魔法学校は普通六歳で入学し、六年間で卒業するため現在彼女は今年で十二歳の筈だ。

 それにしては身長が低すぎる。童顔な顔も相まって年齢相応には見えない。

 彼女の頭を見る。癖の強いウェーブのかかったショートカットに、花飾りを付けていた。

 失礼とは思いつつ、そこから徐々に下へと特徴を観察していく。

 顔は先ほど言ったように幼い。が、可愛い顔をしている。きっとあと数年すればどんどん美しくなるのだろう。

 服装は淡い桃色のワンピースにカーディガンを羽織っていた。暦ではもう春とはいえ、やはりまだ寒さの残るこの季節らしい服装だった。

 そんな少女が反応を決めかねているかのように固まっていた。いや、ただ単純に目の前の出来事が理解出来る範疇を超えすぎて思考停止しているのかもしれない。

「えーっと、こいつはただの居候で、頭がおかしくてたまに……、いや常に変なことを言うから基本聞き流していいからね」

「は、はぁ……」

 要領を得ないといった感じで曖昧にリズは肯く。

「ほら、そんなとこいないで中入ってよ」

「それでは失礼します」

 そう言いながらリズはパンプスを脱ぐ。その間に自然な流れで彼女が置いた荷物を虹二は持ってあげた。

「はっ、自然な紳士アピール。これで彼女も虹二の毒牙にっ……」

「そんなこと言ったらこの子が警戒するだろうがっ!」

「警戒させないで落とすのね?」

「落とさないよっ、なんでお前の中の俺、そんなアグレッシブなのっ?」

 頬を染めて鬼紗羅は掻き消えそうな声で呟く。

「だって毎晩毎晩獣のように求めてくるから……」

「ないよっ。とんでもない言い掛かりだよっ」

 虹二と鬼紗羅のやりとりを見ていたリズがほのかに微笑んだ。

「え? 面白いの」

「は、はい。……あの、ダメですか?」

「いや、全然構わないけど。よく引かないねぇ」

 言っている意味が分からないらしく、リズは可愛く首を傾げた。

 どうやら随分と純粋な子らしい。

「荷物はこれだけ?」

「いえ、残りは後で宅配されます」

「だよね、女の子にしては荷物が少ないと思ったんだ」

 彼女の荷物を軽々と持って虹二は言う。

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ」

「ポイントを稼いでこの子をどうするつもりなの?」

「普通に育てるつもりだよっ」

 鬼紗羅の絡みを冷静に切り返して廊下を進む。

「玄関入って廊下を真っ直ぐ抜ければリビング。あ、玄関入って右にあった扉が水場ね、トイレと風呂がある。トイレは二階にもあるからね」

「そして水場はあたしと虹二の濡れ場になるから「はいはい、さっさとリビング行こう」気をつけてね」

 手馴れた対応で虹二は鬼紗羅をあしらう。

「この扉を開ければ目の前がリビングだよ」

 そう言って扉を開けると、そこには広々とした空間と温かい陽の光を部屋に注ぎ込む大きな窓があった。

「扉開けて左がキッチン。右が階段。ま、とりあえずは適当にソファーにでも座ってよ」

「はい、分かりました」

 リズの荷物を脇に置き、ソファーに座らせるとキッチンに向かう。

「可愛い子だね」

「お前より遥かにね」

 苦笑しながらおもてなしのために虹二は紅茶の準備を始める。

「こっちの世界まで遠かったでしょ? ルートは? 日本にはゲートはないはずだよね?」

 キッチンからリビングに向かって問いかける。

「えっと、私の場合寮に住んでいたので魔法学校のゲートを利用して、グレートブリテン及び北アイルランド連合国の、ウェールズにあるゲートから飛行機で日本まで」

「イギリスね。いちいちその名前で呼ぶ人、いないよ?」

「そうなんですか、道理で長いと思いました」

 苦笑しつつ自動湯沸かし器のスイッチを入れる。

「日本は始めて?」

「はい。というよりも、こっちの世界が初めてです。噂だけは色々知っていますけど」

「そっか、じゃあ少しずつ慣れていかないといけないね」

 ティーカップを準備してティーパックと砂糖を添える。

「砂糖はどのくらい? ミルクはいる?」

「えっと、……砂糖は二杯ほど。ミルクはいらないです」

「了解」

 おおよそ準備は出来たので、お湯が沸くのを待つ間にお茶菓子を準備する。

「鬼紗羅、お茶菓子準備して」

「はーい」

 鬼紗羅に任せると虹二は再びリズに問いかける。

「他の二人は同じ学校の卒業生みたいだけど、知り合いなのかい?」

「はい、同じクラスでした」

「一緒には来なかったんだ?」

「そうですね。二人は実家から来るそうなので」

「成程。……実は今日中には来るって連絡はもらっているんだけどね」

 そもそもの発端は一通の手紙であった。

 その手紙が送られてきたのは三日前のことだった。

 手紙の差出人はひとつ前の職場の直属の上司だ。

 かなりお世話になった恩師である。

 内容は弟子をとらないか。というもので、どういう気紛れか虹二はそれを了承してしまったのだ。

 そしてなんの冗談か、三人もの少女が今日弟子入りしにこの家にやってくるらしい。

 その一人目がリズなのだ。

「準備出来たよ?」

「了解。それじゃ、持っていこう」

 鬼紗羅はお茶菓子のクッキーを。虹二は紅茶を持ってリビングに運んでいく。

「お待たせ、どうぞ」

 そう言って虹二はテーブルにそれらを並べる。勿論紅茶は三人分だ。

「ありがとうございます」

「いっただっきまーす」

 ソファーに飛び込むように座ると、我先にと鬼紗羅は紅茶に口を付ける。

「こうやって遠慮の『え』の字も知らない輩がいるからシーランドさんもどうぞ」

「はい。……あと、私のことはリズでいいです」

「ダメよ、そんなに簡単に心を許したりして、一気にがぶって食われちゃうから」

「お前は黙ってクッキーでも食ってろ」

 虹二は乱雑にクッキーを掴み取ると強引に鬼紗羅の口にねじり込む。

「ふがっ、ほがっ、ほぃしぃーよ」

「だろうね、それなりに高い茶菓子だし」

「お二人共仲がよろしいんですね」

「リズ、君はよく分かってる。お姉さん後でご褒美あげよう」

「激しい誤解だよ、それ……」

 肩を落としながら虹二は鬼紗羅を睨みつける。

「いつにも増して今日は滅茶苦茶だよね、いったいどうしたのさ?」

「いやぁ、この子が虹二に惚れる前に虹二が誰のものなのかはっきりさせようとね」

「少なくともお前のものではないよ」

 クッキーと紅茶を楽しむと、頃合を見て虹二がこう言った。

「三人の部屋はそれぞれ用意してあるんだけど、とりあえず君だけ先に案内しようかな」

「はい、お任せします」

「じゃ、ついて来て」

 そう言って虹二は立ち上がる。

「あたし、ここで待機―っ」

 鬼紗羅は無駄に元気よくそう言う。どうやらもう少しクッキーを食べたいらしい。

「お好きに。……じゃ、行こうかリズ」

 そう言いながら虹二は彼女の荷物を持つと歩き始める。

「はい」

 彼女らに用意した部屋は二階にある。

「階段を上がってすぐ左がトイレだね。その先の廊下の突き当たりが俺の部屋で、君たちの部屋は階段上がってすぐ右側」

 そう言って虹二が指差す先には三つの扉が見えた。

「一応間取りは三つともほぼ同じで、全部クローゼットがある。ただ廊下の突き当たりの部屋二つと、廊下右側にある部屋には違いがある」

「違いですか?」

「そう。奥の二つの部屋は隣同士なんだけど、バルコニーで繋がっているんだ。だからこの二つの部屋は窓も多いし大きい。それに比べて残り一つの部屋は窓が少し小さい」

 そう言いながら虹二はその窓の小さい部屋の扉を開ける。

「その代わり、この部屋にはこの部屋だけの特典がある」

「わあ……」

 リズが簡単の声をあげた。それだけの景色がそこにはあったのだ。

「家の位置と部屋の間取りが絶妙でね、この部屋の窓からは富士山が一望できる。俺の部屋のバルコニーや他二つの部屋のバルコニーからも頑張れば見られるけど、ここほど綺麗には見えないね」

「……あのぉ、どうしてこの部屋を使わないんですか?」

「俺? 俺にはちょっと狭いかなぁ……」

 虹二はそう言うと今度は廊下奥の部屋に案内する。

「あ、本当ですね。間取りは殆ど一緒です」

「ただバルコニーに出られるのが強みだね。窓も大きいし、ま、バルコニーは隣の人と共用だけど」

「それでも素敵な部屋です」

「どうする? 最初だし、気に入った部屋を選んでいいよ」

「いえ、残りの二人に申し訳ないので全員揃ってから決めたいと思います」

「おー、偉いねぇ。無欲な子だぁ」

 次の瞬間、激しい炸裂音と共にバルコニーに繋がる窓が破砕した。

 爆音にガラスの破片が飛び散る音、そして部屋を蹂躙する暴風。

 それらが全て非日常を演出していた。

「な、何事っ」

 虹二呟きに答える者はいない。隣のリズも呆然としている。

「ごめんあそばせっ」

 凛とした声がガラスの破片まみれの部屋に響く。

 その声の主は堂々とした振る舞いでバルコニーに降り立った。

「アーリア・シェル・フローリスですわっ」

 名乗りをあげる。

 パンツまる見せで。

 荒れ狂う風の所為で彼女の長いスカートがまくれ上がっているためだ。

 それでも堂々と彼女は前を見据えていた。恥ずかしくないのだろうか。

 まさか、見せているのだろうか。

「パンツ丸見えだけど……」

「へ? きゃっ」

 可愛らしい悲鳴を上げて、少女は慌ててスカートを抑える。どうやら恥ずかしいと思う常識は備えているようだ。

 しかし、もう遅い。彼女の可愛いリボンのあしらわれた、淡い水色のショーツは網膜に焼き付けられている。

 覚えようとしなくても、あれだけ堂々と見せられては覚えてしまう。

「初対面の淑女の下着を見るなんて、貴方それでも人間ですのっ?」

「まさかの逆ギレっ」

 酷い言い掛かりである。別に虹二は見たくて見たわけではない。

「それよりも貴方、私が名乗ったのだからふぎゃっ」

 壊れた窓の窓枠に足を引っ掛けて、顔面を床に強かに打ち付けた彼女の声だった。

「だ、大丈夫?」

「誰ですの、こんな危ない窓枠を設置したのはっ!」

「いや、壊したのも勝手に足引っ掛けたのも君だけれど」

「揚げ足を取るとはそれでも人間ですのっ!」

「うわっ、濃いのがきたなぁ……」

 そう言いながら隣のリズに視線でこの子が君の元クラスメイトなのか聞く。そうすると意図が分かったのか、苦笑しながら彼女は頷いた。

「初めまして、四條虹二です。よろしくね」

「よろしくお願いしますわ」

「それとどうしてくれるんだ、この惨状」

「こんなもの……」

 アーリアと名乗った少女は瞳を閉じると、足元に魔法陣を展開した。

 幾何学模様と構築式の描かれ始めた円形のそれは淡く光り輝き、徐々に彼女の想像する形に近付いていく。

 そして数十秒後、彼女の魔法は完成した。

「プリオット」

 その言葉と同時にまるで逆再生映像を見ているかのように、窓とガラスは壊れる前の状態に戻されていた。

「軽いデモンストレーションですわ」

「君が優秀な魔法使いなのは分かったから、今度は玄関から入ってね」

「善処しますわ」

「確約しろよ。なんで含みを持たすんだよ」

 アーリアは『ですわ』なんて言うだけあって見事なお嬢様ヘアーだった。この髪型がお嬢様ヘアーと言うのかは謎だが、少なくとも虹二には一見してお嬢様だと感じさせられた。

 基本的にはストレートなのだが、側頭部から後頭部に向かって三つ編みがしており、また後頭部で少しだけ髪を纏めているという複雑な髪型をしている。

 よく見たらもみあげの一部も三つ編みされており、それにはリボンまであしらわれていた。

 毎朝の髪型のセットに何時間かかるのだろうと首を傾げてしまう。

 髪型以上に目を引くのがその鮮やかな銀髪だ。

 マリンブルーの美しい瞳とも相性が良く、妖精を連想させるような子だった。

 体型はこの年頃の女の子としては平均的だろう。身長もそれなりにあり、胸もつつましくも膨らみ始めている。

 ジャケットにロングスカートというとてもキッチリとした服装で、それが彼女のどこか凛とした雰囲気に似合っていた。

「リアちゃん、どうしてそんなとこから入ってきたの?」

「目立つためですわ。無論私ほどになると普通に過ごしていても、その溢れんばかりのオーラで目立ってしまいますけど。……それよりも。リア『ちゃん』はやめて下さいます? もう学生ではないのですよ?」

 同級生らしく仲睦まじく二人は話している。

「リアって?」

「私の愛称ですわ。アーリアなので、リア。親しい人はリアと呼びますの」

 アーリアが話し終えるとインターホンの音が部屋に鳴り響いた。

 恐らく三人目の弟子だろう。

「とりあえず下に行こう。フローリスさんの荷物は?」

「アーリアで結構です。私の荷物は後で届く手配になっていますの」

「分かった」

 二人を連れて虹二は一階に降りる。

「虹二、鳴ってるよ?」

「聞こえてる」

「あと、上うるさいね。何あったの?」

「色々」

 うるさいと言いながら、落ち着いた様子でクッキーを食べるところは流石鬼紗羅といった感じだ。

 二人をリビングに待たせて虹二は玄関に歩いて行ってその扉を開けた。

「……初め、ま、して、チュリア・シリンディです」

「君がシリンディさんだね。よろしく」

「チュリア、でいい、です」

 独特なイントネーションというか、珍しい箇所でアクセントを置く話し方をする少女だった。

 彼女の淡い栗色の髪の毛はセミロング程度の長さで、前髪が可愛らしいデザインのヘアピンでとめられていた。

 服装はシンプルなデザインのTシャツにキャミソールを合わせて、デニムのショートパンツを履いていた。

 胸も身長も平均的であまり特徴的な子ではない。

 しかし彼女の持っている本には興味を惹かれた。

 それは少女が持つには似つかわしくない、とても分厚くて難しい本だった。

「へー、君アダルシアなんて読むのか」

「知って、いるんですか?」

「いやいや、それはこっちの台詞だよ。彼って小難しい魔法運用の効率化の話ばかり書く魔導司書だよ? よくその歳で読めるね」

「……本が、好き。なんです」

 虹二も一昔前は貪るように本を読んでいた。その影響もあって今も継続して日に一冊以上は必ず読んでいる。

 彼女とは話題に困らないかもしれない。

「とりあえず上がってよ」

 チュリアをリビングに連れて行くと、リズとアーリアが反応する。

「あ、チェリー、卒業式以来だね」

「あら、お久しぶりですわね」

「久しぶりリズ、アーリア。……元気に、してた?」

 どうやら魔法学校の卒業式以来らしいようで、仲睦まじく挨拶を交わしている。見たところ三人の仲は良いようだ。

「ところでチェリーも愛称?」

「チュリアだから、チェリー。リズが名付けてくれました」

「失礼ですが、そこにいらっしゃる方は?」

 アーリアが聞いているのは鬼紗羅のことだろう。

 虹二が答える前に鬼紗羅は勢い良く立ち上がった。

「四條鬼紗羅です。虹二の妻ですっ」

「違うっ」

「はい? 四條様はご婚約されているのですか?」

 首を傾げつつ当然の疑問を口にするアーリア。

「違う、こいつが勝手に言っているだけだよ。実際はただの居候」

「そして家賃は体で請求されているの」

「デタラメな嘘をつくなっ」

 怒鳴りつつ皿に残ったクッキーを全て鬼紗羅の口にブチ込む。

「ふがっ、ふがが、……」

「聞かなかったことにしてくれ」

「は、はぁ……」

 要領を得ないといった表情でアーリアは苦笑する。最悪の第一印象だ。

 それもこれもクッキーを頬張っているアホのせいである。

「俺は四條虹二、今日から君たちの師匠になる。よろしくね」

「は、はい。よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますわ」

「……よろしくお願い、します」

 三者三様の返事を受け取ってから、虹二は笑顔で言い放った。

「俺ちょっとアホを黙らせるから待っていてね」

「ほがぁっ!」

 危険を察知した鬼紗羅は逃げ出そうとするが、それを許すほど虹二は甘くはない。

 手早く捕まえて彼女らからは見えない場所に連れて行き、紐と鎖で限界まで縛った。

「な、なにをする気なの? ……ぽっ」

「いいか、頼むからじっとしていてくれよ? 初対面の初日くらい悪印象は与えたくない」

「これが噂の放置プレイ? やばっ、火照ってきちゃった」

「勝手に一人で盛り上がっててね?」

 辛辣な言葉を投げ捨てて虹二は三人のもとに戻る。

「いやぁ……。ごめんね、アホの言葉は気にしなくていいから。いきなりで悪いけど、とりあえず部屋割りをしよう」

 そういってとりあえず荷物はリビングに置かせて、虹二は三人を二階に案内する。

 そしてリズにした説明をもう一度二人にも行う。

「どう、誰がこの部屋を使う?」

「私でしょう。リズとチュリアはベランダが繋がっていたほうが嬉しいのではなくて?」

「って、リアちゃんが言ってるけど。どう、チェリー?」

「私は……。そう、したい」

「なら決まりだねっ」

 どうやら部屋割りは簡単に決まったらしい。

「ところでアーリアはチェリーって呼ばないの?」

「ええ、――ライバルですもの」

 アーリアはとても鋭く、しかし純粋な瞳でチュリアを見ていた。

「それじゃ、アーリアが富士山の見えるこの部屋で、リズとチュリアがベランダの繋がったあの部屋だね」

「そしてあたしと虹二の愛の巣が奥の部屋なわけね」

「そうそぅ、あの奥の部屋が――って、お前どうやって抜けてきたのっ?」

 突然現れた鬼紗羅に驚愕を隠せない。

 あれだけ厳重に縛ってきたのに一体どのようにして脱出したのだろうか。

「あの程度の縛り、あたしの愛を前にしては無意味なのよ……」

「お前……、腕力でぶちきって来たな?」

「ええ、愛という名の力でね」

「それただの怪力だよっ!」

 呆れを通り越して感心する。どこまでアホなのだろうか、この娘は。

「分かった、もう無駄だと悟った。だが、頼むから発言はなるべく控えてくれっ、な?」

「そこまで言うなら、分かったわよぅ」

「あの、聞いてもよろしいかしら?」

「いいよ、アーリア」

「お二人はどのようなご関係なのでしょう?」

「どのような関係も何も、ただの居「夫婦」候だけど」

 虹二の台詞の間に強引に鬼紗羅が己の願望を挟み込む。

「おい、今さっき分かったって言ったよねぇ? その舌の根も乾かぬうちに何ほざいてんの?」

「こわぁーい、ダーリンこわいっ」

「誰がダーリンだよっ!」

 虹二と鬼紗羅に聞かれない程度の声で三人は話し合う。

「なんですのあの怪しい関係は」

「……変、な人?」

「えーと、悪い人じゃなさそうなんだけどね」

 三人の第一印象はあまり良くはなさそうである。

「と、とりあえず荷物も後で届くようだし、一度リビングに戻ろうか」

 鬼紗羅の耳を引っ張りながら虹二は言う。

 それにしても今日はいつも以上に鬼紗羅が暴走している気がする。虹二の気のせいなのだろうか。

 リビングに戻って虹二は再びキッチンで人数分の紅茶と茶菓子を準備する。

「えーと、一応資料は事前にもらっているんだけど。詳しい自己紹介をお願いしてもいいかな?」

 テーブルに紅茶を並べながら、自然な感じで虹二は切り出す。実を言うと事前に渡された資料にはまだ目をとしていない。

 興味がない訳ではないのだが、目を通せば彼女たちが本当に弟子としてくることを実感してしまうからだろう。無駄な悪あがきだ。

 三人はそれぞれお茶の礼を言って、一人ずつ自己紹介を始めた。

「では、私からよろしいですか?」

 堂々とした声で凛と言い放つのはアーリアだ。

「うん、魔法学校の成績とか自分の使える魔法とか教えてくれないか?」

「分かりました。魔法学校では首席で卒業しました。自慢ではありませんが、入学してから一度も次席未満を取ったことがありませんわ」

「へー、それは凄い。優秀だったんだね」

 魔法学校の成績は知識だけではなく実技も含まれるし、高学年になれば開発や考察といった科目も増える。

 それを全て含めて六年間常に次席以上の成績を保ち続けたならば、彼女の才能や努力のほどは疑いようがないだろう。

「属性変換ですが、一応基本属性は全て会得しています。特殊な属性でしたら光も習得していますわ」

「流石首席だね。得意な属性は?」

「氷属性ですわ」

 基本属性の中では難しい部類に入る属性だ。

 魔法も扱いに技量を要するものが非常に多い。しかし効果や威力もその分高い。

 それを得意と自ら明言するのだからそれだけの自信と自負があるのだろう。

「最後に一番重要なんだけど、君の進路を……、目標を聞かせてくれないか」

「勿論魔法使い最高の目標にて、至高の名誉職でもある魔導大図書館の魔導司書になることですわ」

 予想通りだった。

 故に驚く顔は我慢できた。事前に知っているはずの虹二はその振りをしなければならない。

 それでも驚く顔を我慢するのにそれなりの努力を必要とした。彼女の掲げた目標はそれだけ無理難題なのだ。

 しかし主席という優秀な成績で卒業した才能ある若者なら、それを目標に掲げることは珍しいことでない。

 だが一筋縄ではいかない進路だ。例えるならばそう、こっちの世界では中学入学の時点で進路調査票にNASAの宇宙飛行士と書くようなものだろう。

「難しい進路だけど、覚悟はある?」

「勿論ですわ、家名の誇りにかけて」

「家名? ……ああ、フローリスって魔導司書を何人も輩出しているあのフローリスか」

「その通りです。私の母も、祖父も、従姉妹も魔導司書に就職しています。その他の方々も魔導司書こそ無理でしたが、立派な経歴の持ち主ばかりです。己の家名に恥じぬよう、私は誇りある魔法使いになるつもりですわ」

「成程分かった。ありがとう……。次は――」

 すると弱々しくもはっきりと手を上げたのは、意外にもチュリアだった。

「……次、は、私がします」

「うん、お願い」

「魔法学校は、次席で卒業、しました」

 最初から気になってはいたのだが、随分と独特なリズムで話す子である。

 息継ぎや句読点の置き位置が安定しない。それに声も少し小さく、話すテンポもゆっくりだ。

「ああ、だからアーリアがライバルって言っていたのか」

「そうですわ。私が何度か首席を落としたのはほぼ彼女が原因です」

 どうやら競い合う優秀な見習いが二人も送られてきたらしい。

 責任重大だ。

 それはもう逃げ出したいくらいである。

「属性変換は、風、と雷のみです」

「速さに特化した属性だね。特に雷は威力もある」

 たった二つの属性で次席それもアーリアの成績を揺るがすほどなのだから、きっと彼女は自分に得意な魔法をしっかりと把握して、それのみを重点的に鍛えているのだろう。

「得意な属性、もこの、二つです」

「進路は?」

「リズとい――、いいえ、あの……、そ、その。魔導大図書館、の、魔導司書です」

「あー、やっぱり」

 思わず口から溢れてしまった。

 まさか受け持つ弟子のうち二人もがそんな無理難題な進路を抱えているとは思いもよらなかった。

 これならば最初から資料を読んで断っておけばよかったと深く反省する。しても、もう遅いのだが。

「最後になるけど、君は?」

「は、はい。私は――」

 この時の彼女の自己紹介を、四條虹二が忘れることは一生ないだろう。

 それ程までにそれは奇天烈だったのだ。


   1


 不安。アーリアが抱える感情はそれに尽きた。

 自己紹介を終えてそれぞれの荷物も届いたということで、一度荷ほどきのために部屋に戻った彼女は魔法で器用に家具や荷物を配置していた。

 足元には見慣れた魔法陣。魔法学校低学年で習う基礎魔法フロウトだ。

 魔力を浮力に変換し、無機物を浮遊させて自由に動かす魔法である。

「四條虹二様、怪しすぎますわ」

 どこか覇気のない雰囲気に頼りない姿、そして鬼紗羅に振り回される情けなさ。

 おまけに多分あの様子だと、事前に渡されているはずの資料に目を通してはいないのだろう。

 成績優秀な上、目標も高いアーリアとチュリアが送られた魔法使いなのだから優秀な師であることは疑いようない筈なのだが、どうにもあの男にはその雰囲気が一切感じられない。

「いいえ、見た目で判断してはいけませんわ」

 そう、魔法学校で厳選された魔法使いから選ばれた師なのだから師としては優秀なのだろう。

 魔法世界の魔法使い見習いは、六歳の誕生日を迎える年に魔法学校に入学する。

 入学した見習いは六年間勉強し、そして卒業後はそれぞれの進路と成績に見合った師匠のもとに弟子入りにしに行く。

 そこでさらに修行を重ね、師匠から認められた者は一人前の魔法使いとして認められて就職活動を始めるのだ。

 故に優秀な生徒には間違いなく優秀な師が付く。その理論が正しければアーリアとチュリアという二つもの才能を受け持った四條虹二は素晴らしい指導者であるはずなのだ。

「こんな感じですわね」

 アーリアは魔法で自分が寮で過ごしていた部屋のような雰囲気の配置を再現し、満足したところで着替えを用意した。

 これも全てフロウトによる魔法である。

 外行の服を脱いで下着姿になり、部屋着に着替えようとしたまさにその時だった。

「どう、はかどってる? 手伝おうか?」

 ノックもなしに部屋に虹二が飛び込んできたのは。

「…………………………」

「…………………………」

 沈黙したまま見つめ合うふたり。

 一方は顔を青ざめさせており、そして一方は下着姿だった。

 可愛いフリルの付いたブラジャーと、可愛いリボンのあしらわれたショーツ。上下お揃いの水色の下着を見せつけていた。

「――ひっ、……いやっ」

 顔に熱がこもる。

 恥ずかしさと恐怖と怒りが同居した言葉に形容しがたい感情が脳内を走り回る。

 そして爆発した。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっいっっ!」

 少女の悲鳴と虹二の絶叫混ざりの謝罪は同時に響き渡った。

「いや、やめて、見ないで、来ないで、触らないで、記憶から抹消してぇぇぇぇぇっ!」

 身の危険を感じたアーリアは魔法陣を展開すると氷系の攻撃魔法をしっちゃかめっちゃかにぶっぱなしまくる。

「変態、変質者、猥褻物、汚物、ゴキブリ、蛆虫、ゴミぃぃぃぃぃぃっ!」

「痛い、いて、あいだた、いだ、ちょ……、やめっ、死ぬっ!」

 その氷の魔法に全て直撃する虹二は数秒で満身創痍に追いやられていく。

「はいはーい、変態さんはこっちよーぅ」

 そんな間の抜けた声と共に虹二を誰かの腕が掴むと、廊下に投げ飛ばされる。

 そして魔法を打ち疲れたアーリアの目の前に現れたのは鬼紗羅だった。

「あー、ごめんね。うちの旦那が迷惑かけて。怖かったでしょ?」

「え、あの……っ、その……」

「大丈夫君は悪くない。全部あたしの夫が悪い」

「おい、俺はお前の夫じゃないっ!」

「変質者に発言権はありませんよぉー」

 鬼紗羅の辛辣な一言に虹二は返す言葉を失う。

「も、もう大丈夫ですわ。ありがとうございます」

「無理しないでね。ま、悪気はないだろうから一度目は目をつぶってあげて?」

「分かりましたわ」

 確かにショックではあったが、同居生活なのだ、このような事故はあるだろう。そう自分に言い聞かせてアーリアは納得する。

「ですが、次からはノックをして返事があってから入室をお願いします」

「そうだよね。無神経だよね。あたしから言っとくわ」

「お願いします」

「任せて」

 そう言うと鬼紗羅は部屋から颯爽と去っていく。

「それにしても……」

 冷静に考えてみるとおかしい。

 見習い魔法使いのアーリアの魔法を直撃して満身創痍とはどういうことだろうか。

「魔法障壁を張っていない? そして魔法戦闘の技量が恐ろしく低い?」

 恐ろしい推測がアーリアの頭によぎる。

「まさか、魔法使いとしての実力が……、低い?」

 いや、そんなことは無いはずだ。

 事情があって魔法障壁を展開していないか、もしくは己の罰のために障壁を瞬時に解除して、わざと魔法を全て受けたか。

 きっとそうなのだろう。

 そうでなければ、アーリアの魔導司書になるという夢は絶望的だった。


   2


「ちょっと、ノックくらい常識でしょ? お年頃の少女相手に無用心じゃない?」

 着替えてシャツの下にロングスカートを履いた鬼紗羅がそう言う。

 虹二に注意されてようやく半裸の格好を改めたのだ。

「面目ない。返す言葉もない」

 本気で凹んでいた。

 珍しく鬼紗羅に言うことに何も言い返さない。

「そんなに女の子の下着に興味あるなら、あたしの見る? 着ているのも着ていないのもご自由にしていいよ? 触る? 嗅ぐ? 舐める?」

「触りもしないし、嗅ぎもしないし、舐めもしないよっ!」

「……ま、まさか食べちゃうのっ?」

「ちょっと嬉しそうに聞くんじゃないよっ、どうなってんのお前の思考回路っ!」

 俯き姿勢だった虹二は思わず鬼紗羅の方を向いて叫ぶ。が、次の瞬間にはその光景に驚いて言葉を失う。

「どう、嬉しい?」

 ロングスカートをたくし上げて恥ずかしそうに、それでもどこか嬉しそうに下着を見せつけていた。

 彼女が履いていたショーツは、純白のヒラヒラした可愛いデザインだった。

「な、お、……おお、おっ、お前っ!」

「虹二、好きでしょ? こういう下着……」

「な、なんで」

「本棚の上級魔導書辞典第七巻のカバーの中」

 それは年頃の男性ならば誰もが興味を持つ聖典の隠された場所に他ならない。

「何故お前その場所を知って……」

「何しているんですか?」

 若干引き気味の少女の声がした。

 声の発生源に目を向けるとそこには怯えた目をしたリズがいた。

 脊髄反射で虹二は鬼紗羅のロングスカートを掴んで下に引っ張る。

 もう何もかもが遅い気がしたが。

「あーっ! うん、鬼紗羅安心していいぞ、怪我はない。お前の太腿はとても健康だぁっ!」

 思いついた言葉を並べて誤魔化してみたが、何をどう頑張っても誤魔化し切れる気がしない。

 もう変態野郎というレッテルを貼られる未来しか想像できなかった。

「えっと……、その、わ、私、秘密にしますからっ、見なかったことにしますからぁっ!」

 そう叫ぶと走り出して廊下突き当りの彼女の部屋まで去ってしまう。

 まるで、逃げるように。

「おい、気を使われたぞ。十二歳の少女に」

「ね、感想。聞かせて?」

「揺るがねぇーっ。断固として揺るがねぇっ。凄いよ、一周回って尊敬するよ。この状況でその言葉をチョイスするお前の神経に尊敬するよぉぉぉぉぉっ!」

 崩れ落ちるように虹二は頭を垂れた。

「もう、やだ……」

「嫌われちゃったね、リズに」

「主にお前の所為でなっ」

「さ、切り替えて行こう。次はチュリアの様子を見に行くんでしょ?」

「何をどう切り替えたらいいのか分からないよ」

 床に顔をくっつけたまま、沈んだ声で虹二は答える。

「さっきのさ」

「ん?」

「励ましてくれたんだろ? タイミングは悪かったけど。………………方法もな」

 あくまでも鬼紗羅と顔を合わせないようにして、静かに虹二は呟いた。

「ありがとな」

「ん」

 どこか嬉しそうな声色で鬼紗羅は頷いた。

 立ち直るのには五分ほどの時間を要したが、なんとか虹二はチュリアの部屋を尋ねるまでに回復していた。

 勿論今度はノックを忘れない。

「……どう、ぞ」

 歯切れの悪い独特の話し方でチュリアは答える。

「鬼紗羅、お前はここで待ってろ」

 そう言って虹二は部屋に入る。

「おじゃまするね。どう、はかどって――おおっ!」

 虹二は途中で言葉を切ってしまった。

 理由は目の前の光景にある。その光景は思わず言葉を切ってしまうほどの衝撃があったのだ。

「これは凄い、俺並みか俺以上か……」

 部屋は驚くことに整っていた。

 恐らくフロウトの魔法で整えたのだろう。

 ベッドを始め、机やクッション。インテリヤが綺麗に配置されていた。

 だが何より目を引くのは本の量だ。

 本棚が三つもある。一つ一つが虹二の身長を優に越える本格的な本棚だ。

 それでも収まりきらない本が床やそこら中に溢れかえっていた。

 そこは完全に本の世界だった。

「こ、これ全部魔法関係の本かい?」

「そう、です。……本、が、好きなので」

「どれだけ既読分なの?」

「本、棚のはお気に入りのなので、既読です。他は全部、未読、です。読書に困らない程度、に持ってきました」

「そりゃ、困りはしないだろうね」

 思わず苦笑してしまう。

「本当に本が好きなんだなぁ、俺も結構読む方だけど、これは勝てないわ」

「四條さん、はどういうの、読みますか?」

「俺? 最近は乱読してるけど、一番読んでいた頃は治療系の魔導書を集中的に読んでたかな?」

 距離が近い。

 瞳を輝かせたチュリアが非常に接近していた。

「ラフゴイル、はご存知で?」

「ああ、有名な著者だね。『治療魔法が戦争で停滞する訳』新しい切り口の解釈に驚いたよ」

「ロウブルドンは?」

「お、マイナーな研究者だね。『医療魔法が与える経済効果とその背景』あそこまで経済の裏事情に突っ込んで平気なのか、読みながらヒヤヒヤしたよ」

「シュリアは? ラジウムは? アストロスは?」

「ちょっ、まっ……、近い、近い、近い」

 ほんの少し虹二が顔を前に動かせば唇が触れ合うほどにチュリアは接近していた。

 余程夢中になっていたらしい。

「す、すみません」

 顔を真っ赤にしながら彼女はゆっくりと離れていく。

「あ、まり魔導書の話を出来る人が、いないもので……。それも、ラフゴイル、を有名のカテゴリに入れている、ような、読書家なんてそうそう会えない、ですし」

「あー、これだけのレベルの魔導書を読む魔法学校生なんていないだろうね。理解出来ないだろうし」

 チュリアはそれを褒め言葉と受け取ったのか、恥ずかしそうに顔を背けた。

「好きな作家とかいる?」

「レンベロ、が特に」

「あー、幻想魔法理論の先達者だ。成程ね、ああいう未開拓の魔法理論を開拓していく人が好きなのね?」

 こくり。と、チュリアは静かに頷いた。

 そこには強い憧れが隠れ潜んでいるように感じ取れた。

 誰も気づいていない。誰も見向きもしない。そんな未開拓の場所にいち早く気づき、己の知識と実験の積み重ねで開拓していく。

 新たな理論の先達者。

 それに憧れているのだろう。

「最近、では、この人が至高」

 そう言ってチュリアは一冊の本を本棚から取り出した。

「アリウス。『領域魔法における可能性』この人も開拓者、です。それも歴代に、名を連ねる程の」

 嫌な名前を聞いてしまった。

「俺は好きじゃないな、その人」

「どう、して?」

 酷く衝撃を受けたような顔でチュリアは聞く。あまり、虹二はこの話題を続けたくはない。

「確かに誰も気付かなかった未開拓の魔法理論を開拓した一人だ。その人の影響で、魔法理論の発達は僅かに加速したかもしれない」

「そう、ですよ、ね? 凄い、人、です」

「いいや、違う。彼は自分本意で他者を顧みず、さらに何も達成できないまま逃げたクズ野郎だ」

「どう、して、そんな酷い、ことを言うの?」

「君も知っているだろ。絶大な才能を持って魔導司書に成りながら、歴代の魔道士に勝るとも劣らないと賛美されながら、強大な力を持っていながら、魔道士書をやめて逃げた男だ」

「……でも、彼の、成したことが全て、否定される訳じゃない。訂正してください、彼は、彼は偉大、ですっ」

「ごめん。認められない。認めたくない。……俺の家族は彼に殺されたんだ」

「え?」

「この話は終わりだ。君もそんな最低な男に憧れるのはやめておいた方がいいよ、悪いことは言わない」

「いや、です」

「そう……、か」

 険悪な雰囲気のまま虹二は黙って彼女の部屋を出る。

 出た瞬間軽く頭を小突かれる。

「なんだよ」

「八つ当たりはカッコ悪いよ」

「ああ、成程。俺は八つ当たりしてたのか。道理で胸糞悪い訳だよ」

「スッキリする?」

「頼む」

 激しい音と共に体が宙に舞う。

 気絶するかと思った。が、今はこの位が丁度良い。

 頭を振って自分の居場所を確認する。

 先程まで立っていた場所は三mほど遠くだった。

 殴ってもらったのだ。鬼紗羅に。

「手加減してくれよ」

「してなきゃ体なんて残ってないよ」

「そりゃそうだね」

 苦笑して虹二は何事もなかったかのように立ち上がる。

「次はリズの部屋に行くの?」

「……ちょっと考えさせてくれ」

 あんな場面を見られた相手の部屋に何食わぬ顔で入っていく度胸は流石になかった。

 しかしあんな自己紹介をするような少女を放っておくのも忍びない。

 だからといって何食わぬ顔でいられるほど虹二の顔の皮は厚くはない。

 ゆっくりと考えた結果、虹二は諦めた。

「リズは諦めよう、なんかこれ以上彼女らに接触しても嫌われるだけな気がする」

「わー、ヘタレぇー」

「何とでも言ってくれていいよ」

 リズの部屋を通り過ぎて虹二は階段を下る。

 もう一度彼女の部屋を見るが、どう頑張ってもノックする勇気は湧いてきそうにない。

「気になるなら、行けばいいのに」

「俺はお前ほど強くはないんだよ」

「それは違うよ、弱いから。耐えられないから、動くしかないんだよ。思うままに」

「そうか……、そうかもな」

 それでも足はリビングに向く。

 もしかしたら、情けないのかもしれない。


   3


 リズはゆっくりとしかし確実に自らの手で荷解きを行なっていた。

 家具の配置は宅配の人が置いた場所に固定だろう。微妙に動かしたい気持ちもあるが、リズにはどうしようもない。

 チュリアもアーリアも忙しいだろうし、虹二は先ほどのこともあって声をかけ難い。

 自分の荷物をひたすら整理しながら、リズは自分の自己紹介を思い出す。

「魔法学校は末席で卒業しました」

 チェリーやアーリアは知っているから驚きはしない。当然だ。

 しかし、資料を読んで知っていたはずの虹二が驚いているのは何故だろうか。

 理由が分からず首をひねる。が、考えていても答えは出ないので、そのままの勢いで自己紹介を続けることにする。

「使える属性変換はありません。私にはまだ、属性変換の資質がありません」

 唖然とする虹二に畳み掛けるように、あくまでも前向きにリズは堂々と自分の無能を語る。

「だから得意属性なんてありません。というか、基礎魔法もろくに使えません。成功率いいとこ二割です」

「よ、よく卒業出来たね」

「気合です。試験当日、試験勉強を頑張りすぎて風邪引いて熱出してそれでも気合で乗り切りました」

 そして呆然と口を開いた虹二にとどめを刺すかのように、リズは決定的な一言を伝えた。

「それでも、魔導大図書館の魔導司書を目指します」

 強い意思を込めて、はっきりとそう言う。

「落ちこぼれだろうと、才能なかろうと、努力が報われなくても、私は目指すことを諦めません。魔導司書を諦めません」

 空いた口が塞がらないとはまさに今の虹二のためにある言葉だった。

 まさか自分の担当する弟子が三人全員魔導大図書館を目指しているとは。

 手紙の送り主である上司の顔が思い浮かぶ。

「あの人、知ってて三人を俺に送りつけたな……」

 託されたと見るべきか、押し付けられたと見るべきか。どちらにしても厄介なことに変わりはない。

 アーリアとチュリアには可能性はあるだろう。しかし優秀なこの二人でも可能性があるだけだ。

 確実とは程遠い。

 それだけの過酷な道なのだ。

 天才の中でさらに優秀な部類が血反吐を吐くような努力をして、ようやくたどり着けるような境地なのだ。

「はっきり言おう、話を聞く限りでは君には無理だ」

「そうですか。……学校でも何度も先生に諭されました。友達にも止められました。それでも、私はこの夢を諦められません」

「理由を聞いてもいいかい?」

「会いたい人がいるんです。いえ、どうしても会わなくてはいけない人がいるんです。とある人が教えてくれました。魔導大図書館に行けば、魔導司書になればその人に会えるって」

 強い意思を感じる。感じるが。

 意志だけではどうにもならない。努力だけではたどり着けない場所なのだ、彼女が目指すその頂きは。

「君が優秀かそうでないかは関係ない。普通の人は目指してはいけないんだ。目指すことさえ許されない、正直アーリアやチュリアでさえ俺は諦めろと諭したいくらいだよ」

「それでも、諦められないんです」

 どれだけ残酷な言葉を投げかけても諦めないのだろう。

 彼女の瞳は口以上に諦めないことを雄弁に語っていた。

「他の方法で会うことは出来ないの? その人には」

「はい。ですから、どれだけ過酷でも、どれだけ不可能でも、目指さなければいけないんです」

「やらせてあげれば?」

 今まで黙して語らなかった鬼紗羅が突然そんなことを言った。

 思わず虹二は彼女を二度見してしまう。

「お前、正気か?」

「そこまで意志が強ければ仕方ないじゃん。期限でも設けてさ、その期間内に可能性が見えればやらせる。駄目なら諦める。それくらいのチャンスはあっていいんじゃない?」

 確かにこのまま無理やり諦めさせれば禍根が残る。それは彼女に良くはない。

 師としての権限で諦めさせるよりも、本人が納得した形で諦めさせたいところだ。

「……鬼紗羅の言い分ももっともだ。およそ二ヶ月後、『中級魔法α4種許可資格』の試験がある。それに合格出来れば、リズの進路を魔導大図書館の魔導司書にすることを認める」

「なんですって?」

「……そ、それは」

「へ?」

 三人とも違う反応を見せるが、共通しているのは驚愕しているという点だった。

「ちょっと待ってください。それはいくらなんでも厳しすぎますわ、その資格は本来弟子入りして一年後か二年後に挑むべき難易度では?」

「そうで、す。リズはともかく、私たちでも、合格、するかどうか……」

「待たない。リズだけではなく、君たち二人にも言えることだけど。一年目にこれを合格出来ないと、魔導司書の夢は大きく遠のく」

「どうしてそうなりますの?」

「理由は明日説明する。とにかく、これに合格出来なければ君たちの進路は俺の権限で認めない」

「納得出来ませんわ。私たちの夢を諦めさせるために、無理難題をふっかけているとしか思えませんわっ!」

「じゃあ一つ教えてあげよう。魔導大図書館で働いている人間の約六割以上が、弟子入りして一年目にこの資格を取っている。そして、その中の八割が二年目頭に魔導司書として認められている」

「!」

「う、そ?」

 アーリアとチュリアは言葉にならない驚愕に襲われている。

 それこそ、茫然自失になる程に。

「やります」

 そんな中、強い意思を秘めた揺るがない声が部屋に響いた。

「もともと可能性がない道に、可能性を照らしてくれると言うのならば、こんなに嬉しいことはありません。私、やります」

 リズだ。

 意志力は、そして魔導司書になるという思いの強さは頭一つ飛び抜けているらしい。

 緊張した空気の中、インターホンの音が静かに響き渡った。

「……どうやら荷物が届いたらしいね。早速荷解きをしようか」

 ここまでの一連の流れを思い出して、リズは自分の手が止まっていることに気付いた。

 全然進んでいない。アーリアやチュリアとは違いリズにはフロウト等の魔法は使えないのだ。

 自分の手で地道に進めるしかない。

 そんな時、控えめなノックがバルコニーの方から聞こえた。

 視線を向けるとそこには親友の姿があった。

「チェリー?」

 名前を呼ぶと彼女は優しく嬉しそうに微笑んだ。

 立ち上がって窓を開けて部屋に招き入れる。

「手伝い、に、来たよ?」

「え? でも、チェリーの部屋は?」

「もう終わった、から。リズは家具とか、運べないでしょ?」

「うん、そうだけど悪いよ」

 彼女の優しさに甘えたくはない。そう思ったのだが、その言葉を聞いたチュリアは酷く怒っていた。

「悪くない。親友の、手助けをし、て、何が悪いのか、私には分からない」

 本気で怒っていた。

「ごめん……」

「違う」

「そう、だよね。ごめんじゃないね、――ありがとう」

「分かれば、よろ、しい」

 一転してチュリアは優しく微笑む。本当に優しい親友だった。

「それにしても、あの、人は手伝いに、来なかったの?」

「あの人?」

「私たち、の、師匠」

「四條さん?」

「そう」

 アーリアは覗かれたと言っていた。チュリアの部屋にも来た。

 なので、自然な流れでてっきりリズの部屋にも来ているのだと思っていたのだが。どうやら違うらしい。

「来て、ないの?」

「うん、多分顔を合わせづらかったんだと思うな」

「どうい、う、こと?」

 リズは廊下での出来事を言おうか悩んだが、秘密にしますからと言った手前、流石に口にするのは躊躇われた。

「あはは……、ちょっとね」

「酷い、人」

「どうして?」

「私、たち、の夢を諦めさせようと、無理難題を言ったり、アーリア、の、着替えを覗いたり、私の、好きな本を、憧れの人、を馬鹿に、したり」

「え? 四條さんそんな酷いことしたの?」

「う、ん。覗きは事故みたい、だけど。私の時、は酷い悪意を、感じた」

「そ、そんな人には見えないけど……」

「アリウス様を、馬鹿に、したっ」

 珍しくチュリアが大きい声で怒りをあらわにする。

「アリウスって、結構前からチェリーが憧れている魔法使い。だよね?」

「うん。私たちの、卒業、した魔法学校の卒業生で、入学から卒業まで、の速さ、成績、実績、どれをとっても歴代一位。卒業後も僅か、半、年で師匠に認められて、史上最年少で、魔導司書に就職。就職後も、あらゆる分野で活躍、あの内乱でも、絶大な功績を残して、英雄賞を受賞。恐らく、現存、している魔法使いで最も偉大な人」

 最も偉大。は、チュリアの過大評価だろうが、何れ教科書に名前が乗ることは確実視されている程の魔法使いであることは確かだ。それくらいはリズも知っている。

「でも確かに酷いね、自分の憧れている人を馬鹿にされたら悔しいもんね」

 実はリズが会いたがっている人もアリウスその人であった。

 偉大な魔法使い。

 だがそれをチュリアは知らない。リズがアリウスを探していると、チュリアは知らない。

 言える訳がないからだ。

 彼女の憧れの人を恨んでいるなど。

 そう、リズは恨んでいた。

 アリウスを心の底から憎んでいた。

 何故ならば、家族同然の人を不幸にしたその人だからだ。

「と、とにかく荷解きを進めようよ。チェリーが手伝ってくれるなら、百人力だよっ」

「任、せて」

 魔法世界の見習い魔法使いは、六つの歳を迎える年度に魔法学校に入学する。

 そこで六年間みっちりと魔法の勉強に励み、卒業した魔法使いの見習いたちは己の成績と進路に見合った師匠のもとに弟子入りする。

 そこで修行を重ねて一人前になり、やがて就職していくのだ。

 リズとアーリアとチュリアは同じ進路ということで、同じ師のもとに弟子入りすることに決まった。

 日本という国に住んでいる魔法使い。境界を守り、規律を維持する管理員の職をしている人らしい。

 本来師匠には弟子の経歴や成績が、弟子には師匠の経歴や実力が教えられるのだが。

 リズらには師匠の情報はほぼ与えられなかった。

 謎に包まれた魔法使い。四條虹二。

 悪い人ではなさそうだが、良き師かと問われれば答えに困る。

 信頼するに値するか。

 不安が胸を締め付ける。

 リズはチュリアの愚痴を聞きつつ、自分の部屋の整理を進めた。


   4


「お夕飯はどうするの?」

「カップ麺にしようかと」

「わーい。カップ麺好き」

 店屋物を取ることや外食も考えたのだが、疲れているだろうことも考慮して虹二はお手軽なカップ麺を選択したのだ。

 基本的に四條家の食事は固定している。

 朝食は栄養補助食品やサプリメントと牛乳。

 昼食はスーパーのお惣菜かカップ麺。

 夕食は昼食の選択肢に外食が加わる程度だった。

 食にこだわらない虹二とカップ麺が好きな鬼紗羅からしてみればそれが最も効率が良い食生活なのだ。

 故に二人は気付いていない。それが異常であることに。

「それにしても印象最悪だね」

「言わないで、凹む」

「だいじょーぶ。明日から取り戻せば、ね?」

「取り戻せるかな?」

「…………」

「おい、そこで目を逸らすなよ」

 あからさまに鬼紗羅はそっぽを向いて口笛を吹いていた。

「でもさ、虹二の良いところ。いっぱいあるから、ゆっくり分かって貰えればいいんじゃない?」

 良いところ。そんなもの、本当にあるのだろうか。

 虹二には分からない。

「ちょっと風呂入ってくる」

「ローションいる?」

「何しようとしてんの? お前っ!」

「強いて言えば、……愛の営み?」

「普通についていこうとするなよっ」

「……ベッドで待ってろってこと?」

「お前俺が風呂入るって行為だけでどれだけ意味深な受け取り方してんのっ?」

「子供の名前一緒に考えるとこまで考えたわ」

「妄想の域じゃないよねっ、その発想の飛躍っ!」

 恐ろしい女だった。

「男の子なら虹羅かな? 女の子なら虹紗?」

「女の子なら海紗にしてよ」

「今なんて?」

「なんでもない」

 そう言って虹二はリビングを離れる。

 それを見送る鬼紗羅。見送って十数秒。してから気付いた。

 というか、思い出した。

「ま、不味っ」

 飛び出して走り出すがどう考えてももう遅い。リビングから玄関の方に歩いて行き、すぐそこに風呂場がある。

 真っ直ぐ歩いていれば既に虹二は到着している筈だった。

「虹二っ!」

 鬼紗羅の切迫した声を聞いた時、虹二は既にその扉を開けていた。

「え?」

 口から出るのは間抜けな声。

「へ?」

 そして相手からも可愛く呆けた声が溢れた。

 扉を開けた先には下着姿でまさに着替え途中のアーリアがいた。

「ひゃっ……」

「落ち着こう、これは事故だ。二度あることは三度ある。ね?」

 アーリアは風呂上がりなのだろう。蒸気した肌をさらに恥ずかしさから真っ赤に染めて。

 先程見た下着とは違う、今度は淡い緑色のこれまた可愛い下着を身に付けていた。

 成長中の可愛らしいこぶりな乳房も、張りがあって柔らかそうな太腿も、きゅっと引き締まったお腹も、女性らしい丸みを帯びつつあるお尻も。全てを見られた彼女の羞恥は極限まで高まっており。

 そして予想通りの爆発が起きた。

「変態、変態、変態、紛れもなく確実に確信犯で、否定しようもなく、おぞましい女の敵、この世の敵っ」

 一息おいて大きく息を吸い込み、

「変態よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 絶叫した。

 同時に魔法陣が展開して再び氷系の魔法が殺到する。

 それが成すすべもなく全て直撃し、数秒でまたもや虹二は満身創痍に追い込まれる。

 そして氷瀑により凍傷しながら虹二は吹っ飛ばされた。

「ごめん。あたし、聞いてたんだ。アーリアがお風呂入るって、伝えるの忘れてたね」

「お、お前のせいか……」

「ごめぇーんちゃいっ♪」

「アーリアに言っといて、『ごめん、でも入浴中は鍵を掛けようね』って」

「承知しましたぁーっ」

 そして虹二は意識を失った。


   5


 空気が重い。

 麺を啜る音だけが虚しく部屋に響く。

 そして視線が痛い。主にアーリアとチュリアのものだ。

「こ、これ美味しいだろ? 鬼紗羅と俺のお気に入りのカップ麺なんだ、け……ど、……。」

 アーリアとチュリアの視線が恐ろしくて最後まで言い切れなかった。

「そ、そうですね。お湯入れて三分とは思えないクオリティです」

 十二歳の少女の気遣いが、痛い。

 リズの優しさが胸に突き刺さる。

「あ、あ、あ、ああ……っ、ありえませんわっ!」

「な、なんでしょうアーリアさん?」

 あまりの迫力に腰が低くなってしまう。

「何も何がどれもそれも全部ですっ! なんなんですか、魔法学校を主席で卒業して、新しい生活に胸弾ませて、上手く出来るかどうか不安に苛まれつつもいざ来てみればっ……」

「みれば?」

「無理難題で私たちの夢を諦めさせようと働きかけたり、いきなり覗きで私の下着や肌を見たり、聞けばチュリアの憧れの人も侮辱して、リズさんにも不快な思いをさせたそうですわね? おまけにお風呂にまで突入して、いったいどれほどの変態だというのですかっ!」

「か、返す言葉もない」

「挙句の果てにはこれですわ。なんですの、この形容し難い食品は?」

「え? カップ麺だけど、知らない?」

「知りません。このような粗末な食べ物……、ぶ、侮辱ですわっ!」

 アーリアは泣いている。

 余程傷つけたのだろう。

 それが虹二にとって瑣末なことでも、彼女にとっては大切なことなのだろう。

 今日という一日は、それこそ彼女にとっては人生の分岐点。重要な日なのかもしれない。

 それを虹二は見事に狂わせた。

 それが今の彼女の涙に繋がっている。

「えっと、ごめん……」

「謝って済む問題ではありませんわっ」

 怒鳴りながらアーリアは怒りをぶつけるようにカップ麺を勢い良く啜る。

「あひゃっ」

 猫舌なのだろうか。カップ麺の暑さに舌を火傷したらしいアーリアが可愛らしい声をあげた。

 大丈夫。そう言おうとしたのだが、彼女にひと睨みされて言葉に詰まる。

「何か? 慌てて食べて舌を火傷した私を笑いたければどうぞ。笑えばいいのですわ。あ、今笑おうとしましたわね? 酷い人、酷い人、酷い……。うわぁぁぁぁぁん」

「な、泣くなっ、そんなベタな感じで逆ギレしながら泣かないでくれよ……」

「最低、ですね」

 チュリアの呟きが、そんな大きい声ではないのに部屋中に響いた。

「ちょっ、これ俺のせい?」

「虹二さいてー」

「鬼紗羅、お前寝返ったなっ?」

「四條さん、いくらなんでも酷いです」

 追い詰められた虹二は俯いて、素早く思考し。

 素早く答えを出した。

 席を立ってこの場から逃げ出す。

 最低の選択であった。

「な、情けない」

 自分の口から溢れる紛れもない事実。

 この先やっていけるのか、実に先行き不安であった。


   6


 魔法史に名を残すアリウスという男の生い立ちは過酷という言葉に尽きた。

 アリウスは地球の日本という国で生を受けた。

 姉が一人、両親が二人の四人家族である。

 母親が魔法の世界の人間で、父親も地球に生まれながら魔法に縁のある人生だった。

 そんな二人が相談して決めたことが、子供が出来たら地球に移り住んで魔法とは縁のない生活を送ろうというものだった。

 そこには様々な理由があるが、一番の理由はその当時魔法世界では大規模な戦争が続いており、それ故の疎開という意味合いが大きい。

 地球の日本は絵に書いた様に平和な国であった。

 戦争は程遠く、魔獣に襲われる危険もない。魔法世界に比べれば信じられないほどに治安の良い場所だった。

 そこで四人は平和に暮らしていた。

 とある日、母親の実家に遊びに行くことが決まった。

 祖母の家は魔法世界でもかなりの田舎ということもあり、また戦争も徐々に沈静化を見せていることもあって、孫の顔を見せに行くことになったのだ。

 魔法世界に移動するゲートで、それは起こった。

 ゲートをくぐり抜けたその先、魔法世界でゲートの襲撃があったのだ。

 突発的なゲリラ戦。ゲートを標的に行われた戦闘。それは歴史にその名を刻むほどに熾烈で非道であった。

 四人の家族がゲートをくぐった先で見たのは、燃え盛る街並み。聞こえるのは悲鳴。そして感じたのは絶望であった。

 そこでアリウスの両親は命を落とした。

 偶然にも、奇跡的にも、アリウスとその姉は生き延びたのである。

 二人は遊びに行くはずだった祖母の家に預けられた。

 アリウスの心に残ったのは戦争への憎悪。

 そして心から奪い去ったのは両親との繋がりだった。

 唯一、姉だけがアリウスを支える繋がりであった。言うまでもなく、姉も同じように思っていたことだろう。


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