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 家族がいないと知ったのはいつだったろうか。

生まれてきたということは、母親と父親がいるはずだ。だが、物心ついたときには既に両親というものは存在していなかった。

 現在は、孤児院で育てられている。小さい頃に聞いた話だと、俺はどうやら、子供を育てるのに無責任な大人が、赤ちゃんをそこにおいていく赤ちゃんポストと呼ばれる所に、俺は捨てられていたらしい。「ポスト」という言葉より、「ゴミ箱」の方が完全に正しいのにと、考えるたびに思う。そして俺は育児放棄をしたクズ両親から、(たくみ)という名前をもらっていた。つけたくもない両親の名字、「河内」で河内巧らしい。なぜ名字名前が分かるかというと、ポストの中に名前が書かれていた名札が置かれていたらしい。

 それから俺は、病院内の養育施設に入り、零歳から三歳までの四年間を過ごした。基本的に小さい頃から、人と話す事は苦手だった。

 その後俺は、現在の「浅沼孤児院」にやってきた。四歳から現在の高校三年まで、ずっとここで暮らしている。ここでは七人くらいの孤児がいて、それを院長である浅沼さんと、その他二人の人が面倒をみている。俺は孤児の中でも、一番年上だった。そのため介護士のように、子供の面倒を見させられていた。しかし、俺は人が苦手であるため、接することはもちろんのこと、子供が泣くのをあやしたりするのは大嫌いであった。義務教育でない十七歳の今は、自ら学校を行くのを断念していた。だからといって仕事も別にする気はなかった。そんな中で、俺は外界に興味を持ち始めた。生まれてきてからあまり外に出たことがない。病院内の施設でも、外にあこがれはなかったはずだし、小学校、中学校でも、基本的には外など関係なかった。しかし今頃になって憧れを持ち始めた。 


 そして俺は今日も、外の世界であることをするために、部屋で準備をしていた。紺色のバンダナを一枚と、赤、青、黄色、緑、白、黒のインクが入った、スプレー缶。そしてそれを収納・持ち運ぶための、紺色の肩掛けバッグ。服装は基本的に、中学の時の制服のズボンと黒地に白の文字で、「KING」とプリントされた半袖Tシャツ。その装備一式で夜の街へと繰り出した。

 この年にもなると、浅沼館長の目も盗みやすい。自分の部屋、といっても物置小屋のような、小汚くてほこり臭い部屋の窓からいとも簡単に部屋を出た。夏場の夜は暑く、じめじめとしている。外に出た時にいつも感じることだ。

 孤児院外の花壇を越えて、柵を上って街路時に出た。途端に行き交う車の光を浴びる。虹彩が知らないうちに、光を調節している。右手に持っていたバンダナを、後ろの首元で巻き、口と鼻を隠す。これが、スプレーキングの基本的スタイルだ。あたりを見渡しながら、本日のアートを描く場所を探す。向こうにあるポストには描いた。煉瓦造りの家の裏の壁にも描いた。これまでの作品が、目に入ってきた。

 数分歩くと、人気のないところに、白い大きな壁がそびえ立っていた。

「今日はここに描くか……」

肩にかけていたバッグをおろして、白と緑のスプレーを取り出した。本日のモチーフは、有名な日本の芸術作品でもある、「風神雷神図屏風」だ。

 

まずは大きく白のスプレーを振り回して、雷神の土台を塗っていく。勢いよく発射されるスプレー缶から、白の霧が心地よく発射される。続いて緑のスプレー缶を手に取る。一気に発射される緑のスプレー。それは次第に風神の輪郭を描き始めていた。

 緑の風神に対して、白スプレーを吹きかけ、今度は「風袋」という、風神が両手に持っている物を描き始める。今度は赤・青・黄色・黒を取り出し、カラフルな雷神の天鼓を描いていく。様々な色を重ねていっても、その色たちは自分の色味を持っていた。

 作業もいよいよ大詰めとなったところだろうか。自転車をこいでいる音が、少しずつ近づいてきた。いつものことだろうと思い、俺は気にしなかった。しかし、どうやらいつもとは違ったみたいだった。明らかにその自転車が俺に向かってくるのがわかった。キコキコと錆びた耳障りな音をたてながら、その自転車のライトは、俺を照らしていた。また、知らないうちに俺の虹彩が調節を始める。

「なにやってんだ!」

その自転車から聞こえてきた。嫌な予感がし、ライトの光を受けながらも、自転車に乗っている人を見た。自転車に乗っていたのは、近くの交番の警官だった。

「やべえっ!」

急いで6色のスプレー缶をバッグに詰め、俺は走り出した。警察は立ちこぎを始め、必死に追いかけてくる。警官の顔は、獲物を追いかけるライオンのようだった。外に出ることがあまりなかった俺は、運動も苦手だった。たちまち息が上がりバテていた。しかし、ここでバテたら外の世界にいる意味がなくなる。と思い、死力を尽くして走り出す。スピードを上げてきた自転車は俺の横をつける。

「止まれ! 止まれって言ってるだろ!」

「止まれっていわれて止まる奴なんかいねえよ」

どうやらこういう状態では人と普通に会話できるらしい。この言葉を言ったとき、いかにスプレーアートが自分にとってかけがえのない物なのかがわかった。すると俺の、普段ひらめきもしない、腐敗した脳みそがひらめいた。

 走りながら少し先をみると、壁が一瞬途切れていた。どうやら曲がり角らしい。そこに逃げ込むしかない。がんばった俺の脳がそう判断した。最後の死力を尽くして、タッチダウンを決めるアメフト選手のように飛び込んだ。

 警察は不意を突かれて、曲がることができずに、曲がり角を通り過ぎた。

 通り過ぎたのをみて、俺は大の字に倒れ込んだ。こんなに走ったのは、中学三年の運動会以来だ。しかしここに来たからといって逃げ切れたわけではない。休む暇もなく立ち上がり、後ろを見ながら駆け足で前方に走って行った。そのせいで俺は体ごと何かに当たった。

「お前か、これを落としていったのは」

ぶつかった自分の目の前には、少々小太りの作業着を着た中年男性が立っていた。そして彼の右手をみると、先ほどまで雷神を書くために使用していた、白のスプレー缶が握られていた。


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