10わ フィネア の きもち
私の家は貧乏だ。
物心が付いたときにはすでに貧乏だった。
戦争?
なにそれ?
ある日、両親が戦争に行くと言った。
お父さんはちょこちょこ家に帰ってこないときがあったし、いつものお仕事だと思っていた。
でも今回だけは違った。お母さんも一緒に出て行ったのは初めてだった。
2人して私を心配そうに見て、何度も何度も約束した。
知らない人が来ても扉を開けない。
怖くなったらついこの前に買ったお人形のウララとクララと一緒にいるように。
トイレはちゃんとお尻を拭いて。
洗濯は洗濯機で。
干すときは二階のベランダで。
お店は掃除しなくてもいいから、自分の部屋だけはちゃんと毎日掃除をしてお片づけをすること。
ご飯はもともと作りおきしてるのがあるけど、もし足りなかったら、もしすぐに自分達が帰れなかったら外で食べてくるようにと。
いつも家族で行っていたレストランのおじさんのお店でご飯を貰いなさいと言われた。
お金は多めに残しておくけど、おやつは買ってはダメ。どうしても欲しいときだけ300リーフまで。
他にもいろいろな約束事をした。
そして両親が出て行って一年。
たまに手紙が来てはいたけれど、寂しかったけれど、一緒にいたかったけれど。
手紙を見るだけで頑張れた。
くじけそうになるたびにお父さんとお母さんが一緒に選んで買ってくれたお人形をーーーウララとクララを抱きしめて。
手紙を何度も読み返して。
ただただひたすら耐えた。
おじさんが良くしてくれたし、この頃からブヒブヒという変な人が私に話しかけてくるようになった。
豚さん?と言ったら顔を真っ赤にして怒っていた。
なんだったんだろう?
父さんの友人と言うことだったが、うさんくさくて信用できなかった。
それからは見なくなり、いつの間にか記憶のかなたへ消えていく。
おじさんとも仲良くなっていき、さらに一年が過ぎた頃。
戦争の終結という話を聞いた。
詳しいことはよく分からない。
でも、おじさんはこれでお父さんとお母さんが帰ってくるという。
私は喜んだ。
大いに喜んだ。
久しぶりに会える。
お父さん、お母さんに会える。
今まで会えてなかった分、狂喜乱舞という言葉が相応しいほどに取り乱して喜んだ。
さらに数日が経った。
お父さんとお母さんはまだか?
と聞いてもおじさんは呻くばかり。
何かを悩んでいるようである。
「これを言うべきかは迷った。が、どうせじきに分かることだ。
言っておく。
フィネアちゃん。
お父さんとお母さん・・・アルゴとプレセアはーーー」
「あ、もうこんな時間。
おじさん、今日は私、帰るね。」
「・・・ああ。
分かった。
明日も来るんだろう。」
「うん。」
「・・・そうか。
じゃあな。気をつけて帰るんだぞ。」
「分かってるよ。
お父さんとお母さんの約束だもん。」
「ああ・・・約束・・・だ。」
おじさんの目は少し潤んでいた。
心なしか声も震えていた。
どうしてか分からなかったっけ。あの時は。
家に帰ると黒塗りの馬車が家に止まっていた。
周りには大きな箱?と数人の黒服の人。
誰だろうか?
もしかして、お父さんとお母さんが?
私はスキップをしながら駆け寄った。
「ねぇねぇ、おじさんたち誰?」
「ん?
あん?
どこのクソガキだ?
俺はおじさんって歳じゃ・・・っ!?」
黒服の中でも柄の悪そうなすきんへっど?のおじさんが私を見て驚いた顔をする。
「ピーター。もしかして・・・」
「ああ。この顔・・・
・・・おい、クソガーーーじゃなくて、お嬢ちゃんはここの家の子か?
フィネアちゃん、だよな?」
「うん、そうだよ?
おじさんたちはだぁれ?
どうして私の名前を知ってるの?」
「・・・そうか。」
ピーターと呼ばれた男の人は凄く泣きそうな顔で言った。
「アルゴさんとプレセアさんが・・・あ、えと。
お嬢ちゃんのお父さんとお母さんが戦死した。
戦死・・・ってもわからねぇか。」
「ピーター・・・もう少し言い方が・・・」
「取り繕ったってしょうがねぇだろ。
こういうのはハッキリ言ったほうが良い。
嬢ちゃん。いや、言葉よりも見せたほうが早いな。」
「ピーターっ!!」
「・・・こっちの方がいいに決まってる。
もう会えねぇんだから・・・見納めるくらいのことはしないと・・・後悔するかもしれない。
例え、物言わぬ骸でも・・・な。棺を開けてくれ。」
「・・・分かった。」
なにやら黒服のおじさん達が動き始めた。
そして箱を目の前に持ってくる。
「お父さんと・・・お母さんの・・・墓だよ。これは。」
誰かが言った。
墓?
お墓?
死んだ人が入るところ?
どうしてお父さんとお母さんが入ってるのだろう?
「どうだ。見えるか?」
「うん、大丈夫。
ありがとう、おじさん。」
「だから俺はおじさんじゃねぇ・・・まぁいいか。」
中には青白い顔をしたお父さんとお母さんが眠っていた。
お昼ね?
「お父さん?
お母さん?
おきて。」
頬を軽くはたく。
起きない。
そして、酷く冷たい。
「寒いの?
毛布もってこようか?」
返事は無い。
当然だ。死んでいるのだから。
「お父さん?
寝坊はダメだってお母さんにいつも言われてるのに・・・しょうがないな。」
まずはお父さんから家へいれよう。
担いで持っていくことにする。
凄く重いけど大丈夫。
頑張って運んだら起きてからきっと誉めてくれる。
よく運んでくれたなぁって。
運ぼうとして背負うとするがうまくいかない。
私は歳のわりには身長が低くて辛いけど、頑張る。
久しぶりのお父さんだもの。
大きくなって立派になったところを見てもらわないと。
もって行こうとするとだらりと垂れた腕と足が、だらりと落ち込んだ頭が。
いよいよ普通でないことを幼い私にも気づかせた。
どうしたんだろう?
病気かな?
「お、お母さん!?
お父さんが、お父さんが大変なのっ!
おきて、ねぇ、起きてよっ!!」
慌ててお母さんを起こそうとするがお母さんも同じ状態であることに気づく私。
反応は無い。
「お、おじさんっ!!
お父さんとお母さんがっ!!」
私は慌てて黒服の人たちに助けを求めた。
おじさんたちは泣きながら俯くだけ。
泣いてる場合じゃないのに。
「・・・フィネアちゃん。
お父さんとお母さんは・・・死んじまったんだ。」
「何言ってるのっ!?
それよりも早く・・・お父さん達をっ!?」
「聞いてくれ。
嘘じゃない。信じられないかもしれない。でも事実だ。本当だ。現実だ。俺たちの小隊長で・・・そして俺たちにとっては何よりも恩義のある・・・大切な人たちだった。
プレセアさんとの恋が実ってようやく・・・幸せになれるって時に・・・アカシア帝国の野郎・・・許せねぇ。」
「死ぬって・・・?」
「薄々は気づいてるだろう?
・・・もう会えない。喋れない。二度と目を覚ますことはないってことさ。」
「・・・うそ。」
「嘘じゃない。」
「嘘だもん!!
嘘に決まってるっ!!
お父さんもお母さんも怪しい格好してる人は悪者だって言ってたっ!!
危ない人だって言ってたっ!!
お前達は悪者だっ!!
もういいっ!
お前達に助けてもらわなくてもいいっ!
あっちいけっ!
私が連れて行くからっ!!」
「おい・・・よせ。」
「うるさいっ!!」
私はお父さんとお母さんを抱きかかえる。
小さな私にとっては大変だ。
でも、早く病院に行かないともっと大変なことになるかもしれない。
早く、早く。早く早く早くっ!!
「待っててね。今、連れて行くから。
死んでなんか無い。
死んでるわけが無い。」
そうだ、お父さんとお母さんが死んでるはずが無い。
「わだしが・・・助けるからね。」
今まで待っていた。
良い子にして。
洗濯も掃除も。
全てかんばって。
おやつも我慢して。
お父さんとお母さんと一緒に過ごすことを夢見て。
「いま・・・たすけるから・・・だから・・・しなないでよう・・・お父さん・・・お母さん・・・
しんじゃ・・・だめだから・・・ぐず。」
ウララとクララに新しく作って上げた服もある。
お裁縫は苦手だったけどなんとか頑張って作った。
お母さんに見せびらかすんだ。
お母さんはいいなぁと指をくわえて見るしかない。
ふふふ、二年前のアイスの恨みだから、見せてあげるだけなんだから。
謝ればお母さんの服も作ってあげるけどね。
「約束まもったじゃん・・・お父さんとお母さんの約束・・・守ったのに・・・」
すぐ帰ってくるから。
もうすぐ帰ってくるから。
きっと帰るから。
そう聞いて。
手紙で約束して。
今まで破り続けて。でも、私はお父さんが言うところの“おとななれでぃ”だから、我慢して、頑張って約束を守ってたのに。
「なのに・・・っ。」
躓いてこける。
お父さんとお母さんが地面に投げ出される。
その体に力が入ることはない。
ごろりと転がるお父さんもお母さんも人形のように動かない。
「どうして・・・しんじゃってるの?」
もう会えない。
会えるために頑張ってきたのに。
会うために1人でも、寂しくても頑張ってきたのに。
お父さんとお母さんは死んでるという。
なんのために私は頑張ってきたのか。
このとき、私は壊れてしまったのだろう。
私は気づいたら腰のポーチに入れていたウララとクララを持って、話しかけていた。
「お父さん、お母さん!
お帰り。」
周りの黒服たちは驚いていた。
当然だろう、いまだ泣きながら。
それでも人形をお父さんとお母さんと呼び。
なおかつ父親であった“肉の塊”を踏みつけながらーーーまるでそこには何も無いように、そして今までのことを無かったことのように振舞っているのだから。
☆ ☆ ☆
それ以来、私は変わった。
人形を父と母と呼んだために近所の人には気味悪がられ、近くにあった魔技学校では苛められる毎日。その親もまた私を好意的な視線で見てはいなかった。
そのまま学校は中退。
いや、書類上は休学。ということになっているのだろうか?
分からない。
復学したとしても私がいたのは20年近く前。知っている人間はもう誰もいない。
家事は約束を守ってくれなかった父親と母親にあてつけるように、そっちが守らないなら私も守らない。と言うがごとくしなくなった。
いや、何もしたくなかったというのが正しい。
その後、10年ほどが経って来ると精神の成熟とともに今の“異常”さにイヤでも気づくようになる。
その頃になるともはや人形を父と母と思い込み、そして“昔の”父と母を忘れ。
唯一いた少ない近所の知人も皆々人形を両親とする私を気味悪がって影も残らなくなった。
頭の片隅では違うとは分かっていた。しかし、目を背け続けた。
そこで始めて“今”に目を向けることが出来るようになる。
いや、背けた先に"今"があった。
そして思いついた。
昔の両親は顔も声も何もかも思い出せなくなった。
これでは最初からいないのと同じではないか。
そんなことを思いついてからと言うもの。
ちょっとした夢を抱くようになる。いや、そんな高尚なものではないか。
このお店を残すことで両親が生きていた証になるのではと考え始めたのだ。
そして今は見るも無残になった店内をかつての賑わいある店として再興すれば両親の顔も思い出せる。そんな気もした。
本当の両親に会うために。
本当の両親を思い出すために。
小さな頃の幸せだったときのこと。
それを掘り起こすために。
私の商売は始まった。
最初は掃除をすることにした。
幸い、お金は国からの保証金。
産みの親の功労によって残された一人娘の私には目もくらむほどの莫大な財産が手に入った。
それを元手に頑張ろうと思えた。
しかし。現実はそう甘くなかった。
どこから聞きつけたのか。
それとも掃除をして店に見える体を作れたのが良かったのか。
沢山の冒険者が来るようになった。
なにか繁盛したような気がして。
お宝だと売ってくる物を片っ端から買い、それに言われたままの値段そのままに買い取った金額に少しの利益を乗せて、もう一度売り出した。
ご機嫌な状態で一年が過ぎた。
買い取る物で溢れ、店は溢れていく。
売れるものは一つたりともない。
いや、最初の頃はちょこちょこ買ってくれる冒険者達がいた。
ところがお宝だと売り出す人が来てからそうした冒険者達の客足が次第に遠のいていった。
きっと物で沢山で見えにくいんじゃないか?と、素人ながらにこれはというものをショーウィンドウに飾ってみた。
これで外からでも見えるはずで、買ってくれる人が出てきてくれるかもしれない。
そんなある日のこと。
いつものように売りに来た人がいて、買い取ろうとしたが、このままだと日々の生活費も危ないことに気づく。
そこで私は少しの値引きをした。といっても一割ほどだ。
そうすると男は怒り狂い、やれ恋人の結婚指輪だ、やれ持っていると辛いだのと語りだす。
しかし私には生活費の分を含めてもこれしか出せないと言うとそれでいいから売ってくれと言い出す。
さすがに困る私。
でも、挙句には恋人がどうのと泣きながらに語る男の涙にほだされた私は買い取ってしまった。
その夜。
ご飯はどうしようかと迷ったときに“昔の”お母さんに食べられる草と言う物を教えてもらった。
それを食べよう。
そうしよう。
そう、思いついた。
その雑草を探すべく街の公園へ行くと、件の男がいてその隣には女。
話してる内容はよく聞こえない。
「あそこ、バカな店員がやってるって言う金稼ぎの名所だろ!?
全く、いまや搾り取られまくって、はした金しか残っちゃいやしねぇ。
話がちげぇっつーの!どうせなら体も一緒に売りやがれって話だ!
まぁ、安モンのガラス玉にしちゃ良い値だったけどよ。」
「まぁまぁ、いいじゃないの。
それより、このお金でどこかで遊びましょうよ!」
「・・・ふん、それもそうだな。」
「ん?
大丈夫。大丈夫だよ。
お父さん。
私は何も聞いてない、見てない。
うん、そう。
あれは宝石。綺麗な宝石なの。」
ガラス玉?
なんだろうね。それは。
「さ、草を取りに行こうか。
うん、そう。顔も思い出せない昔のお母さんが・・・勝手に死んで言った人が言ってた草。
ここに生えてるのを見かけたことがあるんだ。」
苦そうな草だったから。
味は苦味しか感じなかった。
☆ ☆ ☆
そんな日々が過ぎ、とある日のこと。
店に1人の女の子と見まごうほどの可愛い女の子がやってきた。
と思ったら男の子だという。
白い髪と紅い目からすると妖精族だということが分かる外見だ。
この辺で見かけるのは珍しい。
何よりも久しぶりのお客さんだ。
一年ぶり・・・いや2年ぶり以上かもしれない。
前の客は確か私を手籠めにしようとして強盗をしに来た盗賊だった。
幸い、私には魔族としての力が強いらしく簡単に返り討ちに。
それを衛兵に突き出したお礼金でなんとか過ごしてきたが、国からの補償金もなくなった今、ここは失敗できない。
カモにするみたいで申し訳ないけど、精一杯アピールして何か買ってもらって・・・それで久しぶりにお肉を買おう。
美味しいお肉、お肉、お肉!
その念が溢れたのか。
彼女、いや、彼は一歩後ずさる。
後々聞くと女性は苦手なのだとか。
見た目といい、その病気といい、変な子だと思った。
あまり買おうとはしてなかったので、前々から考えていた作戦を決行しようと思う。
昔のお母さんが言っていた下着を売る行為である。
すごく恥ずかしいけど、いまや土地代の借金でこの店がつぶれる寸前。
娼館や内臓売りの元へ行くことも考え始めた私にとってはそれで首が繋がるなら安い物だ。
だが、彼はお金を持って無いという。
嘘を言っているだけだろうか?
いっそのことブラジャーもあげることに決めよう。
ブラジャーもパンツも一枚しかないのを大切に着ていたものなので無くなったら常に下着無しで動かなくちゃいけないが、それもまた仕方が無い。
死ぬほど恥ずかしいけど我慢する。
それでも要らないと言う。
男の子はそういうのが好きだと聞いていたのは嘘だったのだろうか?
それとも男色?
はたまたやはり女の子?
性欲をも押しのけるほどに苦手なのか?
だが、ちらちらと胸を見ていたのは分かっている。
結局、彼女、じゃなかった。
彼が無一文らしいことを知ると私は大いに落胆し、娼館か内臓売りへの道を覚悟しただけでその日は終わった。
次の日。
私が土地代で困っていたところを彼に助けてもらった。
さらに次の日。
彼は私に色々な物を買い与えてくれた。
彼が分からない。
私が欲しいわけでもお金が欲しいわけでも無い。
なぜ私を助けてくれるのか。
不思議でたまらなかった。
そして気づかされたくないことに気づかされる。
今までの私の頑張りが無駄だと言うこと。
今まではただ騙されていただけだと言うこと。
薄々は気づいていた。
気づいてはいたけれど。
目を背けていた。
いつかの日と同じように。
“今の”お父さんとお母さんがいるときのように。
一人ぼっちという現実から逃げたくて、現実をゆがめて。
自分に都合の良い様に歪めていって。
私はこればっかりだ。
自己嫌悪に陥り、お父さんとお母さんと話していると。
響君が私の部屋にいた。
いつから?
見られていた?
何を?
人形を?
気持ち悪い私を?
今の私を?
い・・・いやだ。
もうひとりぼっちはいやだ。
置いていかれるのはイヤだ。
目をそむけた“フリ”をするのもイヤだ。
なにもかもイヤだ。
今の場所を失うのもイヤだ。
彼に軽蔑した目で、他の人が私を見るような目で見られるのがイヤだ。
イヤだ。
イヤだイヤだ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
私を置いて、またどこかへ言ってしまう。
そんなのもういやだ。
一緒にいて。
お願い。
一緒にいてくれなきゃいやだ。
もう1人はいやなの。
もう1人は耐えられない。
だから一緒に、一緒にいて。
置いていかないで。
あなたにまで捨てられたら、見捨てられたら、お父さんとお母さんがいなくなったように。
目の前から消えられたら私はっ!?
すがりつくように。
気づいたら私は、彼にみっともなく擦り寄って逃がさない様に、逃げられないように彼を抱きしめていた。
1人になるくらいなら殺していって。
そう願いながら。