求婚を断った王様に竜の生贄とされてしまったので、逆に王宮の宝物庫を食事処として紹介しました
約6千字。竜の一人称って、なんとなく「我」のイメージ。
ある日、王国の守護竜が暴れ始めた。
山が揺れ、岩が砕け、麓の村では地響きが続いているという。
国王は大慌てで学者たちを集め、竜の怒りを鎮める方法を尋ねた。
そして出された結論が、人間の生贄だった。
竜は人を好んで食べる。古くからそう伝えられているらしい。ならば人間を一人差し出せば、満足しておとなしくなるのではないか。
なんとも恐ろしい話である。
そして、その生贄に選ばれたのが私だった。
「国のため、そなたには尊い犠牲となってもらう」
玉座からそう告げる国王は、どこか嬉しそうだった。
理由はわかっている。
私は以前、国王から求婚されたことがある。そして断った。
別に王妃になりたいわけではなかったし、何よりあの方の性格が好きになれなかったからだ。
どうやら、まだ根に持っていたらしい。
「謹んでお受けいたします」
断ったところで聞き入れてもらえるはずがない。
こうして私は、伯爵令嬢から竜の生贄になった。
人生、何があるかわからないものである。
◇
竜の住む山は、想像以上に荒れていた。
地面には巨大な爪痕が残り、岩山のあちこちに大きな穴が開いている。
なるほど、これを見れば竜が怒り狂っていると思うのも無理はない。
案内してきた兵士たちは、山の中腹で私を置いて逃げるように帰ってしまった。
なんて薄情なことか。
仕方なく一人で進むと、ほどなくして大きな洞窟が見えてきた。
その奥に、竜はいた。
見上げるほど巨大な体。鋭い爪。硬そうな鱗。
私など一口で食べられてしまいそうだ。
『……人間?』
竜がこちらを見た。
『なぜこんなところにいる?』
「あの、私、生贄として参りました」
『生贄?』
「はい。どうぞお召し上がりください、とのことで」
『……誰が?』
「国王陛下が」
竜はしばらく黙っていた。
そして、心底困惑したように首を傾げた。
『いや、食わんが』
「……はい?」
『人間など食わん。なぜそんなものを持ってきた?』
どうやら話が違うらしい。
「竜は人間が好物だと、王宮の学者たちが申しておりましたが」
『そういう竜もいる。だが、我は違う』
「では、何を召し上がるのですか?」
『黄金だ』
「黄金?」
『うむ。金だ。金貨でも金塊でも構わん』
私は思わず竜の顔を見つめた。
竜が財宝を好むという話は聞いたことがある。しかし、まさか食べるとは。
「飾るのではなく?」
『食うのだ』
「噛んで?」
『当然だろう』
当然なのだろうか。
少なくとも私には初耳だった。
『そもそも、昔から人間には伝えておる。契約を結んだときにも説明したはずだが』
「契約、ですか?」
『この国を守る代わりに、毎年決まった量の黄金を受け取るという約束だ』
それなら知っている。
王国では毎年、守護竜への供物を用意するための税が徴収されている。
竜が国を守ってくれているのだから、対価を支払うのは当然だ。
『だが、近頃は届く量が少なくてな』
「少ない?」
『人間の国は財政難らしい。数年前から少しずつ減らされておる』
「……財政難、ですか」
『うむ。大変なのだろうと思い、我も我慢していたのだが』
竜は深々とため息をついた。
『さすがに腹が減って仕方がない。近頃は山を掘り返して金を探しておるが、なかなか見つからん』
「では、山が荒れていたのは……」
『飯を探しておったからだ。こうも空腹が続くと、さすがに死にそうでな』
「…………」
なんということだろう。
守護竜は怒っていたのではない。
お腹を空かせていただけだった。
そして生贄として差し出された私は、なんと彼にとって食べ物でもなんでもなかった。
しかし、財政難とは妙な話である。
王国では今年も例年どおり供物税が徴収されている。減税どころか、国王は最近、黄金の寝台を新調したばかりだ。
ほかにも金の杯や彫像など、王宮には豪華な調度品が増えていた。
あの欲深い国王のことである。まさかとは思うが、竜への供物にまで手をつけているのではないだろうか。
『まったく、人間は妙なことをする。黄金を持ってこずに、人間を寄越すとは』
「学者たちは、竜の好物は人間だと申しておりましたので」
『我は違うと、昔から伝えてあるはずなのだがな』
長い歴史の中で、肝心なことが忘れられてしまったらしい。
竜は財宝を好む。人間を食べる竜もいる。
その程度の知識で、生贄を差し出そうという結論に至ったのだから恐ろしい。
『しかし、困ったな。次の供物が届くまで、とても腹がもたん』
竜は力なく頭を垂れた。
巨大な体なのに、なんだかかわいそうになってくる。
それに、私を食べないとわかった以上、このまま放っておく理由もない。
「そういうことでしたら、私がお食事の場所をご案内しましょうか?」
『食事の場所?』
「はい。黄金がたくさんあるところを存じております」
『まことか!』
途端に竜の目が輝いた。
「ただし、少々騒ぎになるかもしれませんが」
『構わん。腹が満たせるなら、何でもよい』
「では、参りましょう」
こうして私は竜の背に乗り、王都へ戻ることになった。
生贄として山に入ったはずなのに、帰りは守護竜に乗っている。
人生、本当に何があるかわからない。
もっとも、私たちが王都の上空に姿を現すと、そんな呑気なことも言っていられなくなった。
「竜だ! 守護竜が来たぞ!」
「逃げろおおお!」
街は大騒ぎである。
私は竜に頼み、建物を傷つけないよう王宮の庭へ降りてもらった。
それでも地面が大きく揺れ、近衛兵たちが慌てて駆けつけてくる。
「何事だ!」
騒ぎを聞きつけた国王も姿を現した。
そして、竜の背から降りる私を見て目を丸くした。
「なっ……なぜ、そなたが生きている!」
「ごきげんよう、陛下。ただいま戻りました」
「戻っただと!? そ、その竜は!」
「守護竜様でございます。お腹が空いていらっしゃるそうなので、お連れしました」
「は、腹が……?」
「はい。実はこちらの守護竜様、黄金を召し上がるそうなのです」
「ば、馬鹿な! 黄金を食べるだと!?」
『うむ。だから毎年、黄金を届けてもらっておる』
「し、しかし、黄金なら毎年届けているではないか!」
『足りんのだ。財政難だというから我慢しておったが、もう限界でな』
竜は腹をさすった。
『山を掘っても金が見つからん。すっかり腹を空かせてしまった』
「山を……? では、暴れていたというのは……」
『暴れてなどおらんぞ。飯を探しておっただけだ』
国王は口をぱくぱくさせた。
周囲の廷臣たちも、何とも言えない顔をしている。
王国を騒がせていた守護竜が、ただ空腹だったとは。
「ところで陛下。財政難というのは本当でございますか?」
「な、何を言う! 当然であろう!」
「ですが、竜への供物税は例年どおり徴収されておりますよね?」
「そ、それは国の事情というものが……」
「そういえば、最近は王宮の宝物庫を増築なさったとか」
周囲に集まっていた廷臣たちが、顔を見合わせた。
金の寝台を購入したことは、宮廷でも有名な話である。
「陛下。まさかとは思いますが、竜への供物を減らして、そのお金でお買い物をなさったのでは?」
「なっ! 何を証拠に!」
「では、宝物庫を確認させていただけますか?」
「なぜそうなる!」
「だって、黄金がたくさんあるのでしょう?」
私は竜を振り返った。
「守護竜様。そちらに陛下がお持ちの宝物庫がございます」
『ほう!』
「財政難にもかかわらず、黄金の品々がたくさんあるそうですよ」
『それは素晴らしい!』
竜が嬉しそうに尻尾を振った。
庭の石畳が砕けた。
「ひいっ!」
国王が飛び上がる。
「へ、兵を呼べ! 竜を追い払え!」
しかし、兵士たちは動かなかった。
当然である。
目の前にいるのは、長年この国を守ってきた守護竜なのだ。
しかも、竜はただ食事を求めているだけ。約束の黄金を届けていなかったのが王家なら、追い払う理由もない。
「陛下。供物の不足分をお支払いくださいませ」
「そ、そんな黄金があるものか!」
「でしたら、宝物庫の品々でお支払いいただきましょう。もし本当に財政難なのでしたら、不要な贅沢品を手放すよい機会かと」
国王は何か言い返そうとした。
だが、そのとき。
『……腹が減った』
竜のお腹が、ぐうううう、と大きな音を立てた。
地面まで震えた気がした。
国王は真っ青になった。
「わ、わかった! 宝物庫を開けろ!」
国王の命令で宝物庫の扉が開かれ、黄金の品々が次々と運び出された。
金の杯。
金の彫像。
金の燭台。
金の寝台。
どれもこれも、国王が富を誇るために買い集めた品々である。
それを見た竜は、たいそう喜んだ。
『おお! ご馳走ではないか!』
「お気に召したようで何よりです」
『これを食べてもよいのか?』
「ええ。陛下がお支払いくださるそうですから」
「ま、待て! それは余が大金を払って……!」
『では、いただこう』
ばりっ。
金の杯が、一口で消えた。
「ぎゃあああ!」
国王の悲鳴が響く。
『うむ。なかなかうまい』
ばりばり。
今度は金の彫像。
「そ、それは隣国の名工が作った……!」
『ほう。よい歯ごたえだ』
がりがり。
金の燭台も消えた。
「や、やめろおおお!」
竜は実に幸せそうだった。
黄金の調度品を次々と平らげ、そのたびに国王が悲鳴を上げる。
実に賑やかな食事である。
やがて竜は、金の寝台に目を留めた。
『おお、これは大きいな』
「お、おい! それは――」
『いただくぞ』
ばきんっ。
国王自慢の寝台が、真っ二つになった。
「あああああ!」
国王は絶叫しながら、まるで女子のように内股でその場に崩れ落ちた。
う~む、情けないことこの上ない。
廷臣たちも、もはや国王をかばおうとはしない。呆れたように顔を背ける者までいる。
さて、そろそろ仕上げといこうか。
「守護竜様。そろそろお腹も満たされてきた頃かと存じますが、最後にデザートなどいかがでしょう?」
『デザート?』
「はい。あちらをご覧くださいませ」
私は国王の頭を指し示した。
そこには、立派な黄金の王冠が輝いている。
『おお! あれはひと際うまそうだ!』
竜が嬉しそうに目を輝かせた。
途端に国王が頭を押さえる。
「なっ、何を言う! これは余が王である証だぞ! これだけは勘弁してくれ!」
「あら、ご安心くださいませ」
私はにっこりと微笑んだ。
「すでに誰も、あなたを王とは認めておりませんから」
「なっ……!」
国王が助けを求めるように周囲を見回した。
しかし、廷臣たちは誰一人として目を合わせようとしなかった。
「では、失礼いたします」
「ま、待て! やめろ!」
私は国王の頭から王冠を外し、竜の前へ差し出した。
「どうぞ」
『おお、ありがたい! では、いただこう』
ばりっ。
「ひぃいい!」
王冠が、あっけなく竜の口の中に消えた。
「な、なんてことを……この不届き者! 鬼!」
「陛下、鬼ではなく竜です」
「今のはお前に言ったのだ!」
国王はそう叫ぶと、その場に突っ伏しておいおいと泣き始めた。
『ふぅ。ごちそうさま』
「もうよろしいのですか?」
『うむ。十分に満たされた。実によい食事であった』
それはなにより。
満足そうに頷いた竜に、私も微笑み返す。
「それでは陛下。今後は約束どおりの黄金をお届けくださいませ」
「う、うぅ……」
「皆様も、よろしいでしょうか?」
私は集まっていた廷臣たちに目を向けた。
彼らも今回の騒動には思うところがあったらしく、供物の管理を改め、国王一人の判断では減らせないようにすると約束してくれた。
そして、王冠を失った国王についても、もはやこのまま国を任せておくわけにはいかないという話になった。
当の国王は何やら抗議していたが、誰も耳を貸さない。
結局、その日のうちに王位を退くことが決まった。
供物税の使い道も調べ直すことになり、後日、その一部が宝物庫の調度品の購入に使われていたことが明らかになった。
やはり財政難など嘘だったのだ。
これで竜が空腹に苦しむこともなくなるだろう。
あとは、もう一つ。
「守護竜様。改めてお尋ねしますが、人間は召し上がらないのですよね?」
『うむ。人間は食わん』
「だそうです、皆様」
廷臣たちは揃って頷いた。
「今後は生贄など、必要ございませんね?」
「もちろんです。二度とこのようなことはいたしません」
これで私のような生贄が出ることもなくなった。
ちなみに、今回の生贄を提案した学者たちは、大いに恥をかいたそうだ。
当然だと思う。
本人に聞けば済む話だったのだから。
そうして騒動が一段落したところで、竜が私に顔を近づけてきた。
『世話になったな。何か礼をしたいのだが、望みはあるか?』
「お礼、ですか?」
『うむ。おかげで久しぶりに腹いっぱい食べられた』
竜は上機嫌だった。
とはいえせっかくの申し出だが、今の私にはこれといって欲しいものはなかった。
はて、どうしたものだろうか。
……あ、そうだわ。
「あの、でしたら一つお願いがございます」
『なんだ?』
「私を、あなたのお住まいに置いていただけませんか?」
『我の住処に?』
「はい。王都へ戻るより、あなたと暮らすほうが楽しそうですから」
何しろ、一度求婚を断っただけで、その相手を生贄に選んでしまうような王を生んだ国である。
今回の一件で多少はよい方向に進んだとしても、この先またどんな面倒に巻き込まれるかわかったものではない。そういうのはもう飽き飽きだ。
『人間が、竜と暮らしたいと?』
竜は目を丸くした。
「ご迷惑でしょうか?」
『いや、構わんが……我の住処には、宝物も何もないぞ』
「寝る場所さえあれば十分です」
『人間の食い物もないぞ』
「それは自分で用意します」
『……変わった人間だな』
竜はそう言って、愉快そうに笑った。
『よかろう。好きなだけいるがよい』
「ありがとうございます!」
こうして私の新しい生活が決まった。
はじめは生贄として送り出されたはずなのに、まさか竜と一緒に暮らすことになるとは。
これもまた、人生の不思議である。
◇
翌朝。
私は山の上で朝食を取っていた。
竜の住処は思っていたよりも快適だった。
眺めはよいし、空気は澄んでいる。少し寒いけれど、竜の体のそばは暖かい。
何より、誰にも気を遣わなくていい。
『今日は何を食うのだ?』
「私はパンをいただきます。あなたはこちらをどうぞ」
私は竜の前に金貨を一枚置いた。
『おお、ありがたい』
竜は嬉しそうに金貨を口に放り込んだ。
私は焼きたてのパンをかじる。
遠くには王都が見えた。
今頃、あの元国王はどうしているだろう。
王冠も黄金の調度品も、ついには王位まで失ってしまったのだ。さぞ不機嫌に朝食を取っているに違いない。
まあ、私には関係のないことである。
『そうだ。今日は少し遠くまで飛んでみるか?』
「よろしいのですか?」
『うむ。せっかくなら、よい景色を見せてやろう』
「まあ、それは楽しみです!」
竜は満足そうに喉を鳴らした。
私は最後のパンを口に運び、立ち上がる。
生贄として送り出された私は、今では竜と一緒に好きなところへ行けるようになった。
思ってもみなかった、自由な暮らしである。
「それでは、参りましょうか」
『うむ!』
私は竜の背に乗った。
大きな翼が広がり、風が吹き抜ける。
地面が遠ざかり、朝日に照らされた王国の景色が広がっていく。
あの元国王には申し訳ないが、今の暮らしのほうがずっと幸せである。
もっとも、あの方に申し訳なく思う必要など、少しもないのだけれど。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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