「愛を知らぬ女は不要だ」と婚約破棄されましたが、王家の国家予算を肩代わりしていたのは私です。~本日付で全保証を解除しますので、来月の借金返済はお忘れなく~
華やかな夜会は一変、物々しい沈黙に包まれた。
「お前のような根暗で陰湿な女は王妃としてふさわしくない!恥を知れ!」
固唾を飲む貴族達をしり目に、レオポルト・アルベルト王子はクラウディア・フォン・ローゼンフェルトを指刺しながら言った。
「皆の者、聞いてくれ。この女は、ここにいるミレーユに嫌がらせを繰り返していたのだ。そうであろう?」
レオポルト王子は傍らに控えた鮮やかな桃色の男爵令嬢ミレーユ・フォン・リュシエンに微笑みかける。男爵令嬢は目じりに涙を浮かべてよよよと王子にしなだれながら言った。
「……はい。わたくし、辛くて食事も喉を通りませんでした
涙ぐむ瞳はまるで雨に濡れた子犬のようだが、口元はニヤニヤ捻じ曲がっている。クラウディアは微動だにせず目を細めて顎を突き出した。
「ほう? 私が、何か?」
「ひっ」
「やめよ! そういう態度が気に食わんのだ。思い上がるなよ」
レオポルト王子はクラウディアを睥睨する。「お前など侯爵家の名が無ければなければ何者でもない。わきまえよ」
「いいのです。レオポルト殿下」
男爵令嬢ミレーユは王子を制止する。
「それもこれも、わたくしが平民との娘であることが悪いのです」
曰く、挨拶を公衆の面前で無視をした。使用人を使い宝飾品を盗み出した。娼婦の娘だと噂を流した。果ては呪いをかけて死に至らしめようとしたとのこと。クラウディアは小首をかしげた。
「そんなことをして私になんの得が?」
「聞いたか、皆の者。 これが侯爵令嬢の本性だ!この女に反省の色が全くない!」
レオポルド王子は不敵な笑み浮かべながら、高らかに宣言するように言った。
「理由はお前が一番知っているだろう。クラウディア。皆の者、この女は自分が侯爵の娘に生まれたと思い上がり、彼女の出自を見下したのだ。それなのに俺が彼女に気を遣うのを嫉妬したのだろう。あろうことか呪いに手を出すなどと、信じられない」
レオポルト王子は芝居がかった所作で怒りに身を震わせながら拳を握りしめた。
「彼女は涙を流している。お前が流した涙だ。血も涙もない卑しい女め。黙っていないで、なんとか言ったらどうなんだ」
貴族達がクラウディアの顔を見た。だが、クラウディアの顔に表情はない。怒りに打ち震えるでもなく、絶滅に打ちひしがれるでもなく。ただ白面の如き顔をしていた。
「では聞き方を変えようか。私にかような仕打ちをして、ただで済むと思っているのかい?」
はんっと王子は鼻で笑った。
「飾りものにすらなれない王大使妃がいったい何だというのか。それに、お前に力などない。力を持っているのはあくまでお前の家だ。勘違いするな」
侯爵令嬢に対するその物言いに、貴族達からはどよめきが上がった。だが、先ほどの涙はどこへやら。男爵令嬢ミレーユは口に手を当ててニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。
「レオポルト殿下、流石です……! それにあなた。日がな帳簿ばかり見ているそうじゃないですか。いったい何をされていたのです?」
“あなた”と来たか、とクラウディアはこめかみを掻いた。
「重要なことだよ。もっとも、貴女に言っても仕方がないけどね」
「威張るな、クラウディア。どうせ、己の懐を潤すために金の流れを見定めていたに違いない。来る日も来る日も机に噛り付き、金のことばかりに終始していた。俺がやめるように命じても、聞く耳を持たないばかりか口答えする始末。笑わせるな。金、金、金。お前はいつもそれだ」
レオポルト王子は唾を飛ばしながら続ける。
「お前は自分が愛されない理由を考えたことがあるか。俺が教えてやる。お前は愛を知らん。だから、愛されないのだ。家の名だけで、さしたる誇りもなく、ただ置かれただけのさもしい女だ」
「……そう」
「かような汚らわしい心根の持ち主が王家に名を連ねるなどと言語道断。侯爵家の資金など不要だ!俺は、このミレーユ・フォン・リュシエンと新しい未来を歩む。これこそが、愛だ」
レオポルト・アルベルト王子は一口息を吸うと、再びクラウディアに指をさしていった。
「お前との婚約はこれをもって破棄させてもらう。疾く失せろ」
「それだけでは、わたくしの気が済みません。レオポルト殿下。あなた、今この場で、わたくし達に謝っていただけます?自分の罪を告白しながら、頭を下げてくださいまし。最後に貴族としてふさわしい振る舞いを、皆様に見せていただけませんか?」
静けさが満ちる。見ものだ、許せない、どうなるんだ。観衆達には様々な感情が入り乱れていた。
「はぁ……」
だが、クラウディアは違った。
「王家は侯爵家の支援は不要と?」
「二度は言わん」
「その言葉には責任が伴いますよ」
「くどい!王家は侯爵家の支援など不要だ!」
堂々たる肯定であった。しかし、クラウディアは不思議に思った。何がこれほどまで彼を駆り立てるのだろうかと。
「さいですか。それにしても、先ほどから聞いていれば、そこのお嬢さんの言うことに私は全く身に覚えがないんだけど。証拠はあるのかい?」
「ミレーユの言を疑うというのか。どこまで非情な女なんだ」
「そうですよ。往生際が悪い。とっとと謝ってください!」
「謝るものなにも、私は君のことをあまりよく知らないんだけどね。ミレーユ嬢」
「黙れ、クラウディア。これ以上の無礼は許さんぞ」
「わかったわかった。もうなにも言わないよ。殿下」
クラウディアは両手を広げて、やれやれと頭を左右に振った。そして、咳ばらいを一つ。踵を揃えて、毅然とした態度で言い放った。
「では、その“自立”を祝して、本日付で侯爵家が結んでいた全保証を解除いたします」
「は?」
ざわめきが起こった。王子は風船に穴が開いたように圧が抜けていく。それでも、クラウディアはやめない。
「公債保証も併せて解除いたします。滞り無く返してください」
「脅しのつもりか。くだらん」
「これからの手続きについてお話しているだけだよ。
察するにそこのお嬢さんにかようなことを言われたのではないかい?
『殿下なら侯爵家に頼らずともやっていける。これからは男爵家が援助する』とかなんとか」
「な……!? そ、そんなことは」
王子は図星を刺されてモゴモゴと口が回らない。クラウディアはふっと一息をついて四半期前の収支報告を思い出していた。
「たしかリュシエン男爵家は桃色染料の輸出で財を成した家。そうだよね?」
「え、ええ。そうですが。それがなにか?」
「隣国が人工染料の量産成功を発表したよ。近々値崩れするだろうね」
「い、言いがかりはやめてください!男爵家が没落するとでも言いたいのですか!?」
「うん」
男爵令嬢は顔を真っ赤にして口をパクパクしていた。
「お、おい。それは本当か……?」
王子は額に汗を流しながら男爵令嬢の震える肩に手を置いた。男爵令嬢は何か言おうとするも言葉が出てこない。クラウディアは代わりとばかりに真実を突き付けた。
「ホントホント。帳簿見てたらわかることなんだけど。うちのローゼンフェルト侯爵家も保証を外したから、商人たちも手を引いていくだろうね。男爵家に王家の資金援助が出来る余裕なんてないよ」
「ま、待て! 俺はそんなこと聞いていないぞ!」
「まぁ、それは言わないでしょ。そこのお嬢さんは侯爵家に恨みを抱いたんだろうね。だから、私に対して根も葉もないことを言って回って、こんな馬鹿げたことをしでかしたんだろうさ。そして、あわよくばリュシエン男爵家の来る財政難を立て直そうとした」
クラウディアはひらひらと掌を仰ぎながら、こともなげに言い放った。
「ま、王家の財政状況じゃあ、そんなことは出来っこなかっただろうけど」
王子はみるみると血の気が引いて行った。そして、唇を震わせながら呟いた。
「……彼女は最初から金目当てだったのか?」
「で、殿下! 騙されてはいけません! この女は、わたくしを……!」
男爵令嬢ミレーユは叫ぶように罵詈雑言を並べ、レオポルト王子に縋りついた。
だが――
パシッ。
乾いた音。王子が伸ばされた手を払いのけた。
「連れていけ」
王子は冷たい目でミレーユを見下ろす。先ほどまでの怒りは冷水をかけられたように消え失せていた。
男爵令嬢ミレーユは半狂乱になりながら目に涙を浮かべた。
「待って! レオポルト! 話を聞いて!」
レオポルト王子はギリっと歯を食いしばり、もう一度語気を強めて言った。
「連れていけ!」
「そ、そんな!殿下!殿下!」
異常事態に固まっていた衛兵がようやく動いだし、男爵令嬢の腕を取る。男爵令嬢ミレーユは衛兵に連れられながら、すれ違い様に親の仇の如くクラウディアを睨みつけた。そして、聴衆に軽蔑の目を送られながら、扉の奥へと消えていった。
王子は力なく歪な笑顔をたたえながら、クラウディアに歩みよった。
「クラウディア。俺はどうかしていたみたいだ」
「どうかしていた」
クラウディアの眉がわずかに歪んだ。そして、ふーっと息を吐くと笑顔を作り言った。
「レオポルト殿下。支援継続をご希望なら、先ほどの婚約破棄を撤回なさいますか?」
レオポルト王子は逡巡する。クラクラと周りを見た。誰も彼もが攻めるような眼差しを王子に送っていた。王子は乾いた喉を震わして、ねばつく唾を呑み込んだ。背中に汗が伝う。それでも、最後にはミレーユ男爵令嬢が連れていかれた扉をじっと見つめていた。そして――
「撤回する! 婚約は続行だ!」
高らかに宣言した。
クラウディアは答えない。針で刺すような空気が漂った。
王子の額に脂汗がにじみ出る。早く何とか言え。そう顔に書いてあるようであった。
そして、クラウディアは口を開いた。
「お断りいたします」
クラウディアは王子を見下しながら「だって、自分の言葉には責任を持つものでしょう?」と、はっきり、一言一句噛みしめながら言った。
王子は腹を刺されたように固まった。
「……嘘だろう?」レオポルドは言葉を切った。
「クラウディア、頼む。助けてくれ」
「殿下は“愛”で国を支えるんだろう?応援しているよ」
一礼して踵を返した。囲っていた貴族達が道を開ける。その真ん中をクラウディアは胸を張って歩いていた。
「ま、待て! 俺は王子だぞ!?」
背中から声が追いかけてきたが、クラウディアは振り返らない。
「父上に言いつけるぞ!」
「お前は俺を愛していたはずだ!」
痛ましいほど静まり返った夜会に王子の言葉が響き渡る。皆が汚らしいモノを見る目で王子を見ていた。「さすがローゼンフェルト侯爵令嬢…」「あんな無能な王子、こちらから願い下げだ」そんな声が聞こえてきたが、クラウディアは扉を開けて振り返りながら言った。
「来月の返済、お忘れなく」
レオポルドはその場に膝をついてガクガクと身を震わせていた。扉を閉めると、天を裂くような叫び声が聞こえて来た。侯爵令嬢はチラリと衛兵を一瞥すると、敬礼が返ってきた。
(完)
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佐倉美羽




