【第7話:無言】
ー翌日ー
今日は昨日よりも静かだった。
マルボはひとり机に肘をつき、文庫本を広げている。
話しかけてくる生徒もおらず、その“距離感”に安堵していた。
(やっと静かになったな……)
斜め後ろでは、キャスが女子たちに囲まれていた。
昨日よりもわずかに表情が和らぎ、ときどき相槌を打っている。
「あの顔……めちゃめちゃ頑張ってるな……」
マルボは、ページをめくりながら小さく呟いた。
チャイムが鳴る。
教室のドアがガラリと乱暴に開き、男性教師がズカズカと入ってきた。
「おら〜〜!授業始めるぞ〜〜〜!日直〜!」
「きりーつ!」
キャス以外の生徒が立ち上がる。
「れーい!」
キャス以外の生徒が礼をする。
「ちゃくせーき!」
キャス以外の生徒も席に座る………
…
…
…
教室に怒号が響き渡る!
「おい……お前!!……なめてんのかァァァ!!!」
重い足音とともに、教師がキャスの机の前に立つ。
机に拳を叩きつける。
「立てっ!!俺の目ぇを見ろッ!!」
キャスは反射的にその目を鋭く睨み返した。
一瞬、空気が止まった。
「なんだ、その目はぁ!?なぁ!ああぁん?
てめぇ、誰に向かって睨んでんだ?!」
斜め前から、静止するようにマルボの声が聞こえる。
「キャーーース……」
しかし、教師は止まらない。
マルボの声もこの教師には聞こえていない…
それ程までに逆上している…
「なんだその爪の色は!?マニキュアだぁあ!?」
スカートも短けぇし!それが可愛いとでも思ってんのか!?」
キャスの顔が曇った…。
「……可愛いのに……」
ぼそりと呟いた声だったが
教師の耳にはハッキリと聞こえていた…
教師がキャスの腕をつかみ
力ずくで引き上げ、そのまま力任せに引き
教室を出て行く。
クラスは、完全に凍りついていた。
その教室でマルボだけが別の心配をしていた。
ー指導室 ー
キャスは、膝の上で震える指をぎゅっと
握り締めていた。
心臓の音が大きくなり、心拍数が上がる…
(マルボとロゼがくれた生活……壊しちゃダメ……)
教師の口元が歪んでいく。
「キャス〜って名前だったな。
爪は色ついてる、礼もできねぇ
スカートは短けぇ……
なんだ?男でも誘ってんのか???」
キャスは黙ってうつむいている…。
教師が小さく笑いー
「……緊張してんのか?キャスたん♡」
と鼻息を荒くしスカートの裾に手を伸ばすー
「なにも言わねぇってことは〜
いいんだよなぁ???」
その手を、じわじわと上に上げ
キャスの太ももが露わになっていく…
「まっしろでうまそうだなぁおい…」
キャスが搾り出す声で呟く…
「……おにいちゃん……」
その一言が、すべてを切り裂いた。
ガラガラガラガラ…
ドアが開き、教師がドアの方を見た時には
グシャッッ!!!!
マルボの拳が、教師の顔面を正面から潰していた。
「お前……誰のもんに、手ぇ出してんだよ……」
そのまま教師の首をつかみ、後ろへ後ろへと歩かせる
…気がつくと教師は掃除用具の入っているロッカーに入っていた…
気付いた教師はマルボを見て声をあげる
「や、やめ――ッッ!!」
マルボは教師の口を手で塞ぎ
もう片方の手でポケットからカッターを取り出し
教師の肩口に躊躇なく突き刺した
悲痛な叫び声が手のひらで押し返される
「緊張してんのか?」
マルボが問う
教師は全身が震え…出した声も口が塞がれ籠るばかり
「聞こえないな…“なにも言わない”ってことは……
“いい”ってことなんだよな?」
不敵な笑みを浮かべマルボは
教師の首を、声も出せないほどの力で締め上げる。
教師はただ、無言で首を横に振り続けた。
目は完全に戦意を失い、涙ながらに懇願している。
「次、妹に手ぇ出したら……マジで“やる”からな。」
マルボが手を離すと、教師は崩れ落ちた。
「礼をされるくらいの価値になってから
“指導”しろよ……
クソ教師。」
キャスの肩に、そっと手を置く。
「……よく、我慢したな」
キャスは、涙を流しながら、小さくうなずいた。
「戻るぞ、教室。学生の本分は、“勉強”だからな。」
教室のドアを開けると
生徒たちの視線が二人に集まった。
「大丈夫だった?キャスちゃん!」
「キャスちゃん、泣いちゃったの?
なんかされたの?」
「あのゴリラ……
変態教師だって姉ちゃんが言ってた!」
「キャスちゃんの爪、可愛いのに!」
「震えてる?……大丈夫だよ?」
初めて浴びる、見知らぬ優しさの渦に、
キャスの胸は熱くなり、涙がじわりと滲んだ。
キャスは戸惑いが混ざった声でぽつりと――
「可愛い私に触れるとか、マジありえねぇし……」
「あっ」
口を隠しー慌てるキャス。
「嘘!嘘だから!今のは嘘!」と
必死に言い訳を重ねる。
だが、周囲は大爆笑。
「なにそれ、ウケる〜!」
「ブラックキャスちゃん、超可愛い!」
「もう一回言って!もう一回!」
きょどるキャスの様子に、マルボは思わずニヤリ。
後ろから声がかかる。
「マルボ、手ぇ大丈夫?血出てるけど?」
「あれ?さっきドアに挟んだやつかも……
ちょっと洗ってくるわ」
と自然に嘘をつき手洗いばへ向かうマルボーーー
血を洗い流すマルボの元へ、
ニヤニヤしながら近づいてくるロゼ。
「ねぇねぇ、役に立ったでしょ?その盗聴器♡」
マルボはふぅっと息を吐き、ひと言だけ。
「ありがと」
それを聞いたロゼの目は輝き―
「え?ええええ?
あのマルボくんが素直にお
礼言ったぁぁああ!!!
きゃーーーーー!ツンデレショタ発見♡」
マルボは恥ずかしそうに目をそらし、呟く。
「もぉ……お前だけには死んでも言わねぇ……」
夕暮れの石畳。
夕日が差し込み、影がふたつ
ゆらゆらと伸びていた。
無言で歩く、マルボとキャス。
「ねぇ、マルボ……今日はありがとうね」
「あぁ……」
「マルボがいなかったら、たぶん……やってた」
「あぁ……」
「少し、自分が怖かった……」
「うん……」
「ひさしぶりに言っちゃったな〜」
「ん?」
「“おにいちゃん”って」
「……」
「おにいちゃんなんだよなぁ……」
ズキン。
頭に鈍い痛みが走る。
マルボの足が、ほんの少し止まる。
「マルボ? 大丈夫?」
「あ……あぁ」
キャスは、いつものように
無邪気な笑顔を浮かべていた。
「今日もロゼ、部屋にいるかなぁ?」
「いるだろうな」
「タイミング良すぎw 今日は着ぐるみだったってさ〜!」
風船を持った子どもが横を走り去るー
キャスの顔が、夕日に照らされてキラキラと輝く。
「今日は、静かに過ごせそうだな」
「だね〜」
ガチャ… 玄関の鍵が回る音。
「……やっぱり、いないね」
「静かだな」
「ちょっと寂しいかも」
「だな……」
ガチャッ!
突如、シャワールームのドアが開き――
湯気の向こうから、バスタオル姿のロゼが登場する。
「そんなこと言われると〜〜〜
マジちょーーーうれし〜んですけどぉぉ♡♡♡」
「バ、バカッ!!何考えてんだお前っ!!」
マルボは、顔を真っ赤にしながら後ずさる。
「あれ〜? マルボくん?
もしかして〜〜〜
おねぇさんの美ボディに
ドッキドキしちゃった〜?♡」
近づいてくるロゼに、たじろぐマルボ。
「マルボにも弱点あったんだ〜〜〜」
ニヤつくキャス。
「い、いいからっ!
服を着ろぉぉおぉぉおおぉお!!!」
普段は絶対に出さない、最大音量のマルボの声が
部屋中に響き渡る。
「照れちゃってカワイイ〜〜〜♡♡」
「ちょっ……マジでやめろってばっ!!」
マルボが、思わずロゼの肩を押す。
その拍子に――
ひゅるん。
バスタオルがー
ストン
数秒の沈黙―
マルボ、顔を真っ赤にして
視線を逸らしー震える声で。
「……ごめ……ん……」




