【第12話:大人】
今日は休校日で
朝から退屈で時間を持て余しているキャスは
イスに座り足をぶらつかせ
棒付きの飴を口に含み
「ロゼまだかな〜」とつぶやく
マルボはソファに横になり
本をめくりながら返す
「静かでいいだろ〜」
…ギイッ。
玄関のドアがゆっくりと開く…
タバコの匂いのする空気を連れて
ひとりの見知らぬ男が入り込んでくる。
左手には壊れてボロボロのクマの着ぐるみの頭部。
右手にはタバコ。
「おじさん、ここ禁煙なんですけど〜…」
飴をくわえたキャスが眉をひそめる。
「タバコよりも、こっちの方が良くない? 甘いよ?」
男はニヤリと笑った。
「へぇ……それ、なめさせてくれるの?」
チッ
キャスの口元から舌打ちが漏れる
「この変態ッ!!」
「そのクマの持ち主は?ロゼをどうしたの?」
──そして、猪突猛進。
キャスが感情のままに飛び出し
男の腹部に右脚を突きつける。
が——
「お〜っとっと♪」
男はその脚を掴み、ニヤリと笑う。
だが次の瞬間、キャスのもう片方の脚が顎を狙う!
──空振り。
勢いのままにキャスは宙返りし、華麗に着地。
「水色♡」
男がふと呟く。
キャスはスカートを押さえ
「この変態!!!」と叫ぶ
その声と共に
ボールペンが男の眉間に向かって飛ぶ。
男がヒョイと避けた瞬間、彼の横から現れたのは——マルボ。
目に鋭い殺気を宿しながら、拳を振り抜く。
「おや、結構早いね君」
拳をガッと掴まれたが、マルボは動じない。
「おじさん、ちょっと楽しくなってきたけどー……
う〜ん…期待はずれかも?」
「なら期待には応えなきゃね♡」
飴を舐めながら、キャスが男を見つめる。
その姿がふっと消えた。
低く低く身体をすくめ——男の足を薙ぎ払うように蹴りにかかる!
男はその場で軽く飛び避ける。
「あっ……」
空中で目が合った男とマルボ。
マルボが男の脇腹に掴まれていないもう片方の拳を叩き込む!
「ゴッ……!」
寸前でガードした男の腕がしなり、掴んでいた拳を離す。
「なるほど……今のは、なかなか……」
男の腕に衝撃が残るなか、容赦なくキャスの脚が襲いかかる。
連撃、連撃、連撃——
男は一歩ずつ後退しながらすべてを受け流す。
「う〜ん…軽いなぁ軽い軽い♫」
「こんの〜!!!!!」
怒りで振り下ろされたキャスの大振りの脚。
それを男は両手で掴み、勢いのままに投げ飛ばす!
直後——
「乗れっ!」とマルボが椅子を思いきり蹴る!
勢いよく走るキャスター付きの椅子にキャスがトンっと着地し男の前でもう一度飛ぶ!
「あら?」
男が椅子を避けた瞬間、キャスの蹴りが襲う!
片手でガードする男……
そのまま体を捻りもう一方のキャスの脚の踵が男のこめかみを捉える!
「ぐッ……!」
同時にマルボの拳が男の腹にめり込むッ!!!
ドシン、と音を立てて男が床に倒れる。
「まったまったまったまーーーーーったッ!!!
この子たち、マジで強すぎ!合格!合格!!」
──その背後
スッと現れたロゼが、ため息混じりに声をかける。
「ごめんね〜、キャス〜、マルボ〜」
「やっぱりな……」とマルボが呟く。
「この人、うちの組織のボス……ラーク」
マルボが眉をひそめる。
「俺の試験だったんだろ?」
キャスは状況が呑み込めずキョロキョロしている。
「あ〜まぁ、そんなとこ」
「で? さっき合格って言ってたけどいいのね? ラーク」
ラークは起き上がりながら、ふっと笑った。
「2人ならな……」
マルボが戸惑い聞き返すー
「2人なら?」
ラークは大きく息を吐き
「1人ならハッキリ言ってザコ。もぉ弱すぎ。
話にならん、即死してもおかしくない」
「ザコ……?」キャスが睨む。
ラークは無邪気に飴をなめながら続ける。
「ん? しっかし……可愛いこちゃんの舐めた飴ってさ、最高に甘くて美味いんだよな〜♡」
「……わたしの……飴ちゃん……っっ
いつの間に!?!?」
顔を真っ赤にして口元を押さえるキャス。
スパーーーーん!!
「このド変態!!!」
ロゼの平手がラークの頭を叩く!
「可憐な乙女の間接キスを奪ってんじゃないわよ!!
あとここマジで禁煙だから!私はー子供の前では吸わない主義なの!
床の吸い殻、全部拾っときなさい!」
「わかったよぉ〜……はぁ、おじさん、ちょっと泣きそ」
そしてマルボが睨む。
「納得いかねぇ……俺一人でもやれる」
ラークはマルボの頭にポンと手を置いて笑う。
「じゃあ、男同士で話そっか」
「ロゼェェエ、この少年、借りるな〜」
ガラガラガラガラ——
引き戸が静かに開き、夕暮れの柔らかな光が目の前に広がる。
小さなリビングのベランダ。
肌を撫でる涼しい風ー
街の喧騒とカラスの鳴き声ー
「外の空気はうまいねぇ」
ラークは伸びをしながら、オレンジに染まる空を仰ぐ。
「話ってなんだよ、おっさん」
マルボは少しうんざりした顔で、彼を避け奥に移動し向き直る。
「おっさんて…傷つくなぁ。でもまぁいいけど…」
ラークの声は軽く、けれどどこか含みを持っていた。
手すりに肘をつき、灰色の煙をゆらゆらと吐き出す。
「大人は嫌いか?」
「別に…」
マルボは小さくしゃがみこむ。
ラークはタバコを深く吸い込み、そして続ける。
「嫌いだろ?力も知識もたいしてないくせに
偉そうに口を叩く
命令して、制御できなけりゃ怒鳴り散らす。
殴ることもいとわねえ。
この世界はな、殺したい大人で溢れてんだよ」
マルボが警察手帳を見せる。
「そんなこと言っていいのかよ?」
「手癖の悪いガキだな」
「お前がやったキャスの飴と一緒だろ?」
ラークはくすりと笑う。
「子供の成長は早いな…」
マルボは立ち上がり、言葉を吐き捨てるように。
「嫌いだよ、大人…」
その瞬間、ラークの手が素早くマルボの喉を掴んだ。
そして軽々と宙に浮かされた。
足は必死にバタつくが、届くはずもない。
「大人はな〜いろいろ背負わされてるんだよ…」
室内のキャスとロゼからは完全に死角になって、二人のやりとりは見ていないー
マルボの力は徐々に抜けていく。
ラークは低く小さな声で耳元で囁く
「生意気に絶望してんじゃねえよ…ガキがよぉ…」
そして喉元の手が離され、床に落ち
マルボは荒い呼吸を必死に繰り返す。
「弱すぎるんだよ…」
マルボは怯まず睨み返した。
「力もねえくせに…守る?ひとりで戦う?
笑わせんな…」
「お前は今一度死んだ。
俺はお前が死んだ後、家の中のかわい子ちゃんを
殺す。ロゼもだ」
「そうだ…お前には守れねぇ…」
ラークの言葉は、冷酷な現実を突きつけた。
「勝負はここに来て、俺が立ち止まった段階で決まってた。
お前を部屋から見えない場所に移動させた時点でな……
まず逃げ道を作る。これが戦いの基本だ」
マルボの腕が柵に強く当たり、ガシャンと大きな音がベランダに響く。
「自虐は褒められたもんじゃねえ。
まずは自分を大切にしろ。
お前が壊れたら、誰も救えねえんだ」
…
…
「強くなれ、マルボ
自分の手で、守りたいんだろ?
今までよく頑張った。ちいせ〜体で
ほんとによく耐えたよ」
ラークはマルボの頭を優しく撫で
もう一度煙を吐いた。
「クソみてぇな格好悪い大人になるなよ」
マルボは唇を噛み締め、小刻みに震えていた。
ラークはタバコを携帯灰皿に押し込むと、静かに引き戸を開け、部屋へと戻っていった。
夜の闇に染まる前の微かな夕焼けが、彼の孤独をほんの少しだけ照らしていた。
膝を抱えて丸くなるマルボは、まだ小さかった。
ラークが部屋に戻ると——
ロゼがキャスの髪を、丁寧にブラシでといていた。
照れくさそうに頬を赤らめるキャスと、
その様子に優しく微笑みかけるロゼ。
そこには、誰にも入り込めない静かで柔らかな空気が流れていた。
そんな光景に、ラークがぼそりと呟く。
「……くすぐったいねぇ〜」
視線を逸らすように、マルボが読んでいた小説に手を伸ばす。
「うげ……なんだよこの難しそうなタイトル……
あいつ、あの歳でこんなの読んでんのかよ……」
するとロゼがラークに気づき、軽い口調で話しかける。
「ん?マルボとふたりで、なに話してたの〜?」
「ん〜……男同士のヒミツ♡」
「あ〜そゆこと?
はいはい、可憐な乙女たちの前じゃ言えない
下世話な性癖の話っしょ〜?」
思いっきりむせるラーク。
「……おいおい……」
そんなやりとりの中、キャスがふとラークの前に歩み寄り、覗き込むように見上げて問う。
「ねぇ、おじさん。キャス……可愛い?」
その場に、少しだけ緊張が走る。
ロゼの目がぴくりと動き、空気が一瞬、固まった。
ーだがラークは、キャスをじっと見つめたあと
ふっと優しく笑って。
「……きゃわいい♡」
そして、そのままぽつりと語り出す。
「俺さ〜……ロゼにも言ったことないんだけど……
あれ、やりたいのよ。“魔女の〜”……」
ガラッ。
引き戸が開き、マルボが呟く。
「魔女の宅急便か?」
「そう、それ! 魔女の宅急便のさ〜……
お父さんがキキを“たかいたか〜い”するシーンあるじゃん?
…あれをやるのが夢なんだよ〜
…そのために鍛えてるって言っても過言じゃない」
即座に、マルボが鋭く突っ込む。
「一緒に洗濯しないでって言われる側だろ」
ロゼも反応する。
「えぇ〜〜!?マジで〜!お父さんのと一緒に洗ったの?
……終わった〜〜腐った〜〜〜
マジでもぉ〜〜ダルぅ……」
「……俺、泣いちゃう」
小さく呟くラーク。
その会話に、キャスが笑い転げる。
その笑顔を見て、ラークも思わず笑みをこぼす。
——フワッ。
窓際のカーテンが、涼しい風に揺れる。
一瞬、夕焼けが部屋の中に差し込んだ。
「……俺、ここ住もうかなぁ〜」
「調子に乗らないでよね、おっさん」
キャスが冷たく突き放す。
「……ダメに決まってるだろ」
マルボがため息混じりに言う。
「はい、定員オーバーで〜す」
大きなカバンを両手で持ち上げながら、ロゼがニッと笑う。
そのカバンを見たキャスが、パッと駆け寄って、ぎゅっとロゼに抱きつく。
「ロゼなら、大歓迎っ!」
「……ってワケだから〜」
ロゼは笑いながら、抱きしめ返す。
その様子を見て、マルボが無言でコーラを取りに立ち上がる。取り出したのは3本。
「おじさん、泣いちゃう」
ポツリと、また呟くラーク。
それにマルボが、肩を揺らして笑った。




