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オタク友達と一夜を共にしてしまった話

掲載日:2026/01/30

 女は頭を抱えていた。

 寝て、起きて、ぼんやりして、ベッドから這い出して、朝ご飯は何か買い置きがあっただろうかと考えていると、トイレから出てくる男とばったり鉢合わせになってしまった。

 友人だった。

 つまりは、憶えていないが、昨晩は女の部屋に泊まったということなのだろう。

 それはいい。

 これまでも何度かある。

 徹夜で桃鉄百年やろうと言って十年経たずに飽きて寝たり、ガンダム映画マラソンやろうと言って初代三部作で早々に限界が来て寝たり、特に何の理由もなく横光三国志を寝落ちするまで読み続けたりもした仲だ。

 だがしかし今回は違う。

 部屋のゴミ箱には明らかに()()()()がする丸めたティッシュが入っているのだ。


「やってるぅッ!」

「いや、本当申し訳ない」


 小さなテーブルを挟んで対面に座った男は頭を下げながら、ぱちんと両手をあわせて女を拝んだ。

 女は女であり、男は男である。

 こういうことになるかもしれないと妄想したことはあるが、いざ本当になると頭を抱えるしか出来ない。


「なんも憶えてないけど、確実にやってるう!」

「あ、やっぱ憶えてないんだ」

「なになに私そんなに酔ってたの? それ狙ってやった? 準強制わいせつが成立するやつ?」

「準強制わいせつは不同意わいせつに統合されてもうないぞ」

「じゃあ、もっとダメじゃん。これ訴えたら勝てるやつかぁ?」

「いや、訴えられたらっていうか、ほら――」



「――忍法・ドスケベ性奴隷化の術を使ったじゃん?」



「忍法・ドスケベ性奴隷化の術⁉」


 思わず脳を使わず脊髄反射だけでオウム返しに繰り返す。

 自分の喉から発声された言葉らしき物でありながら、自分の脳が理解を拒絶する。


「なんなんだそれは? いやマジでなんなん? 一言一句わからんぞ!」

「え~と、忍法って言うのは忍者の『忍』に、法律の『法』って書いて……」

「それは知っとるわ。妊娠の『妊』に、子宝の『宝』って言われた方がわかんねえわ」

「だったら抱擁の『抱』とか、逢瀬の『逢』もありだな」

「えっ? 逢瀬の『()う』って『ホウ』って読むの?」

「曲意逢迎とか」

「それはマジで知らん」


 空中に指をすべらし字を書いて見ようとするが本当にわからない、女の知識にはない。

 スマホを使って変換なり、検索なりして調べみようか?

 女があたりを見渡してスマホを探していると、あっさりと男が充電コードに繋がったままのスマホを見つけて差し出してくる。


「あ、あんがと。ドスケベ性奴隷化の術ってぐぐる検索したら出てくる?」

「出ねえよ。おまえが昨日命名した出来たてホヤホヤの新忍法だぞ」

「おお。てかマジでその忍法って設定のまま話続けんの? 寝込み襲ったとか、酔った勢いとかじゃなく」

「ドスケベ性奴隷化の術って名前は悪ふざけだけど、忍法の部分は本当だからなぁ」


 男は手を伸ばして女からスマホを取り上げると、とんとんと操作してインカメラにしてから再び画面を女に向ける。

 その画面には磨いていないだけで磨けば光る、具体的に言うと上位3割の下の方、75点くらいと自負してる顔面が写っていた。

 もちろん女自身の顔である。

 見覚えのある顔であり、おかしなところはない。

 せいぜい額に「アホ」と書いてあることくらいだろう。


「待てやオイ!」

「こういうのを書かれても抵抗しなかったくらい、ドスケベ性奴隷化の術は絶対の支配力を持っており……」

「いや、なんで『アホ』なんだよ! ドスケベ性奴隷化なら普通は淫紋とか、『正』の字とか、『性奴隷』って書くとかだろ!」

「『隷』の字を間違えたら格好悪いじゃん」

「ボケておデコに書くなら『肉』か『骨』だろ!」

「うらみの『怨』でナイスデザインもありかなーって」

「ないわ! てかてかてか、ただのボケじゃねーか! 寝顔へのイタズラじゃねーか! なんかもっと私を支配したって言うなら、もっと()()()に落書きしたとか、秘密の暴露させたとかねえのかよ」

「そういうプライバシーの侵害はちょっと……」

「されてんだよ! ドスケベ性奴隷化の術を食らってんだよ、こっちは!」


 女がばんばんばんと机を叩いて抗議するが男の反応はニブい。

 はたして加害者の自覚があるのだろうか、コヤツ。

 ボケ倒して誤魔化す気ではなかろうか?

 女の中に疑念が芽生える。


「あんさぁ……」

「ケツの虫刺されの位置とか、それを引っ掻いた(あと)とかなら見たから知ってるけど、ダメ? それじゃ証明にならん?」

「やめてよ、そういうの! 私のケツが汚えみたいじゃん!」

「素人なら大なり小なりそんなもんだから大丈夫だよ」

「大丈夫じゃねえよ! 嫁入り前のケツだぞ!」


 芽生えた疑念がそれどころではない話題によって雲散霧消した。

 女は必死にTシャツの裾をひっぱりケツを隠す。

 まさか自分がこんな乙女の様な反応をするとは思ってもいなかったが、女も女だったようだ。

 綺麗なケツならともかく、汚えケツを見られるのは乙女心が傷付く。


「ド直球のセクハラかましてきやがって、こいつ……!」

「ドスケベ性奴隷化の方がもっと強度のセクハラだろ」

「それはそう。ていうかよく考えたらケツも寝てる時に見れるから、他なんかないの?」

「えっ、あ~、そうだなぁ。…………あっ! 冒頭だけなら動画撮ってるわ」


 男は今度は自分のスマホを取り出し、すいすいすいと操作する。

 すぐに男のスマホの画面上で動画アプリが起動し、75点の顔面の女が語りはじまる。


『ねえねえ、ちゃんと撮ってる? 撮ってる?」

「人生ではじめて見る『寝取られビデオレター』の主演自分かぁ」

「貴重な体験やね」

『じゃあじゃあじゃあさ、おまえのさ、その忍法が失敗したらさ、すちむ~で3000円分で決まりな。言質取ったかんな。記録残しとけよ』

「なんだ、こいつ? バカみてえだな。酔ってんのか?」

「まあまあ酔ってるけど、まだ上機嫌な程度だったと思う」

『んでさ、あれよ。どうせなら手が離れないとかそんなショボいのやめてもっと派手にやろうぜ。催眠アプリみたいなもんなんだろ、そんなつまんないことしてどうすんだよ。もっとエロいことしようぜ。名付けて忍法・ドスケベ性奴隷化の術』


 女はスマホに手を伸ばし、画面を操作して動画を止める。

 もはや必要な箇所は見た。

 これ以上は不要であろう。


「忍法・ドスケベ性奴隷化の術で好きな淫語を言わせることができる以上、この動画も証拠能力は弱いかも知れないけど……」

「ねえ、私の発言であることは認めるからクーリングオフ制度ってないの? ほら契約の内容をよくわかってなかったとかで、ダメ? 法は弱者の味方ではないの?」

「法の下には弱者も強者もなく平等ですなあ」

「明らかに酔ってるじゃん。正常な判断できてないよ、こいつ。見ろよぉ、このアホ面をよお」

「あー、だからおデコに『アホ』って書いてあるんだ」

「うるさいだまれ。ていうか、なんでおまえ催眠術なんか使えるんだよお」

「催眠術じゃなく忍法な」

「なんでおまえ忍法なんか使えるんだよ、伊賀忍者の末裔か?」


 臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前。

 女はしゅばばばと九字を切って対抗してみるが、よく考えるとこれは忍者ではなく修験者だったかもしれない。

 女の九字に対抗して指でカエルの顔を作って遊びながら男が「なんで?」の答えを返した。


「いや、伊賀じゃなく甲賀な。この前信楽に旅行行ったときに観光で忍法習ってきて、それで」

「おまえボーナス60キャラだったの⁉ いますぐリルガミン行って護符拾って来い!」

「それだと俺の属性が悪みたいじゃん」

「人にドスケベ性奴隷化の術なんか掛けといて、自分が悪ではないつもりでいんのかキサマ」

「実行犯であることは言い訳の余地なく認めるところでありますが、犯行内容と対象を指示した主犯は別にいるんですわ」

「罪を憎んで人を憎まず。過ぎたことをグチグチ言うより、これからを考えていこうぜ」


 女はうんと一つ頷き前向きに未来を見据える。

 人間かく生きたいものである。

 反省すべきものと向き合う場合を除き、過去なんざ見詰めてもいいことはない。

 女はそれを経験則で知っているのだ。


「あ、でも、ごめん。本当に『寝取られビデオレター』撮ってるなら流石に消して。お願い」

「ケツに『ケツ』って書いたところまでしかカメラ回してないから、まあ大丈夫じゃないかな」

「なんンッでそんなん書いてんだよ! おまえ、さっき書いてないって言っただろ?」

「だから淫紋は書いてないだろ」

「ヘタクソな叙述トリック気取りか! 明らかに『本当のことを言っていないだけ』をはみ出しとるわ!」


 女は再びTシャツの裾を掴んで引っ張りケツを隠して叫ぶ。

 うら若き乙女の生ケツに落書きするなんて許されることではない、という感覚がこの男にはない様だ。

 いや、それ以前にパンツをひん剥いてケツを撮影するのは普通に許されない。

 思いっきり罵ってやろうと男を睨みつけ今まで以上にパンツの露出を気にしながら立ち上がったところで、女は重大な事実に気付く。

 いま女はパンツ(下着)は履いているが、パンツ(ズボン)を履いていない。

 頭を振って探すとベッドの脇に脱皮したヘビの抜け殻のごとく脱ぎ捨てられたジーパンが無惨な姿を晒している。


「おまえ、ドスケベ性奴隷化の術をまた……ッ!」

「念の為に言うが、起きた時からおまえその格好だからな」

「せやったな」

「さらに言うと、昨日俺がここに来たときからおまえ下履いてなかったからな。マジでビビったからな」

「いや、それは、あの、このシャツ長いからぎりワンピで通用するかなって」

「マジでありえんて。せめてコンビニにジャンプ立ち読みに行く時の格好しろよ」

「それはほら、余所行きの格好じゃん。部屋着じゃないじゃん?」

「一応男を家に招くんだからさあ、いつか痛い目見るぞ」

「過去形な? 時制は気にしよう」


 女はすでに忍法・ドスケベ性奴隷化の術で痛い目を()()あとである。

 厳密に言うとどんな痛い目を見たか憶えてはいないが、記憶がなくなってることも忍法の効果のうちのようなのでこれも痛い目の一つであろう。

 というか、思い出したくもない。

 エロネタを品なく語り合ったオタク友達とナニをしたかなんて想像もしたくない。


「つーか、『オタク友達とセックスしてしまった話』とか言って事後じゃん!」

「急なメタギャグはやめてください。読者の人がびっくりしてしまいます。あと婉曲表現を使え」

「うるせー、ここまで読んできた読者が気にするのは2人がいつセックスするかだろ!」

「だからちゃんと過去形だろ。時制の一致」

「違うよねえ。それだと『セックスしてしまった後の話』だよねえ」

「日本語ムズカシイね」


 女は頭を掻き毟る。

 自分で言っておいてなんだが、どうしてもすでにセックスしたという部分が心に引っかかるのだ。

 お気に入りの催眠物のシチュエーションを語り合っても、お互い生身でどうこうとはならなかった関係の友人と、()()()()()()をしてしまったのが辛い。

 やってしまったことが嫌なのではない。

 男のことを嫌いになったわけでもない。

 ただ、これからは()()()()()()と思わないといけないのがだるい。

 こうやって男のこと、2人の関係のことをぐちゃぐちゃ考えてるのがもう嫌だ。

 女は机の上に上体をあずけ、男をうらめしそうに睨む。


「ヤったもんはヤったもんでしょうがないとしてさ、なんでそれを私に言ったんだよ」

「いや、言うだろ、それは」

「おまえちゃんと催眠物読んでんのかよお。記憶消せるんだからそれで隠蔽して何もなかったことにしてめでたしめでたしの場面だろ」

「ああ、それか。でも現実的になかったことにするのは良くないし」

「てめえ、そんな倫理を説けるようなご身分かあ?」

「それにそもそも術が本当にあって本当に効くかの賭けしてたし」

「賭けの記憶がないので不成立ってことで」

「逃げられない様に記録残しとけって自分で言ってたし」

「時空を越えて何度我々の前に立ちはだかるつもりだ、昨日の私!」


 希望が見出だせない。

 何をどう考えても自分がバカだったせいでこんな目にあっている、が結論になってしまう。

 女は半泣きで男を睨む。


「救いは……、救いはないんですか……?」

「ん~、じゃあ今からでも記憶消してなかったことにする?」

「おい、もう一回私に忍法掛ける気か」

「もう一回っていうか、術が完全には解けてないから継続中っていうか」

「おォん⁉ どういこったよ! 私まだ催眠中なの?」

「仔細を省略して結論だけを言うと、ザッツライッ」

「明るく言ってもなんも誤魔化せてねえかんな! おまえ今トンでもないこと言ってっかんな!」

「いや~、申し訳ない。クライアントに急な仕様変更を言われたせいで術に失敗しててさぁ、いまいち解除が上手くいってないんだよねぇ」

「いや、もう私が言い出したとか関係ねえよ! 私の人格いまどうなってんの⁉」

「こうやって騒げるってことはちゃんと正気に戻ってる、――はず」

「はず、じゃねえわ」

「あ~、え~、特定のパスを入力されなかったら、ドスケベ性奴隷化状態にはならない、――はず」

「だから『はず』じゃねえって! 私の脳大丈夫……? 人間の尊厳残ってる?」


 男は座り直す振りをして少しだけ距離を取りながら、女から視線を逸らして「たぶん」と小声で返事した。

 もうボケでやっているのか、ガチなのか女には判別がつかない。

 女は男に逃げられた倍の距離を詰め寄って頭突きまで食らわせる。


「あ~、だめだめ。今のこの流れで肉体的接触があったら、読者の人がが『お、ついにエロ展開か?』と期待してしまいます」

「メタネタはもうええて。そんなんで誤魔化せると思ってるのか」

「いやあ、その、まことに申し訳なく……」

「これ、あれだろ? 私が催眠状態になるキーワードを知られてチャラ男とかオークみたいなデブオタとかゴブリンガキとか脂ぎった小太りハゲのおっさんとかムキムキ体育教師とかにヤられる展開なんだろ?」

「竿役の種類豊富っすね」

「多様なニーズにお答えしてるんだよ。おまえこれマジどうすんだよ?」

「いや、パス自体は言葉だけじゃないし複雑にしてるから、不正アクセスの可能性は極めて低いと思われますが……」

「それで済むかバカタレ。だいたい複雑な行動ってなんだ? 肩の後ろの2本のゴボウの真ん中にあるスネ毛の下のロココ調の右を押すとかか?」

「まあまあそんな感じ。でもそれだとパンを尻にはさんで右手の指を鼻の穴に入れながら左手でボクシングをしつつ『いのちをだいじに』の方がそれっぽいかも」

「そっか。……いや、どうでもいいわ」


 そんなことを言っている場合ではないのだが、男も女も普段のクセで脳を使わずボケ倒してしまう。

 自分が被害にあっているという状況すらネタフリとして消化してまうのが現代人の、オタクの、ネット民の、性質(さが)なのかもしれない。

 ……いや関係ないな、と女は首を振る。

 まるで現実のことと思わずふざけてるバカなだけだ。


「……ってかそもそもマジで忍法とか催眠とか洗脳とかなのか?」

「おん?」

「よくよく考えたら私の一大事におまえがふざけっぱなしって流石に人としてどうかと思うし」

「…………おお」

「思い返せば、さっきから話してる中で本当に私が催眠状態で肉便器化してたって証拠もないし」

「うん?」

「そもそもシークバー見たらもう残りがねえ。ここからオチをつけるために一波乱とか無理だろ」

「困ったらメタネタに逃げるのやめようや」

「いや、これもう絶対に忍法・ドスケベ性奴隷化の術なんか現実にあるわけねーだろオチが見えたわ」

「いや、さっきの寝取られビデオレターの続き見たら、忍法・ドスケベ性奴隷化の術にかかってる様子見れるけど?」

「証拠物件を出すのが早い!」

「おまえの確認が雑なだけだぞ」

「ンじゃあ、これもうどうすんだよ⁉ 残り2行? 3行? それくらいしかないのにどうやってオチつけるんだよ」



「このあと寝取られビデオレターの検証するから、続きはノクターンなんだよ」



「メタオチかよ!」

 ウソです。

 続きません。

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