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差し伸べられた救いの手1




 肥料問屋から戻ったことを聞き付けた院長が、玄関先に顔を出した。


「遅くなり、申し訳ありませんでした」


 私は開口一番で謝罪を告げる。


「たかだか肥料の買い出しに何時間かけているの」


 目の前で院長の手が振り上げられる。直後、バチンッという音がした。


「っ!」


 頭がぐわんと揺れて、体が傾ぎそうになるのを寸でのところで堪える。頬にジンッと熱が広がるのを感じながら、平手で頬を張られたのだと理解する。


「本当にお前という子は。夕食の支度もほっぽり出して、いったいどこで油を売っていたのか」


 打たれた左頬に手を当てると、ピリッと痛みが走る。不思議に思って手を見たら、微かに血がついていた。

 どうやら院長の爪が掠め、擦り傷ができたらしかった。


「す、すみません。ですが、けっしてサボっていたのでは」

「見苦しい言い訳をするんじゃありません」


 なんとか分かってもらおうとしたら、それが余計に院長の怒りを買い、再びひどく怒鳴られた。


「申し訳ありません。すぐに食事の準備を──」


 身を縮めながら再び謝罪を告げ、慌てて館内に入ろうとする私を、院長が制した。


「結構! すでに他の者にやらせています」

「で、では、厨房の後片付けだけでも」

「結構よ。お前は入ってこなくてよろしい」


 胸のあたりをドンッと押され、うしろにたたらを踏む。


「今晩ひと晩、頭を冷やしなさい。ついでに、今夜中に農具をすべて磨いておくように」


 目の前でピシャリと玄関の扉が閉まる。


「……そんな、嘘でしょう。どうしたらいいの」


 閉ざされた扉の前で、呆然と立ち尽くす。

 まさか、建物の中に入ることを許されないなんて……。


 季節は一日、また一日と冬に向かっている。今も日が暮れて一気に冷え込んできており、冷気が肌身に染みる。しかも、これから夜が更けていけば、ますます気温は下がるのだ。


「とりあえず、農具小屋に行こう」


 屋根があるとはいえ、傾きかけた農具小屋の戸は立て付けが悪い。完全に閉まり切らず、壁に隙間も多かった。それでも寒空の下、屋外で一夜を越すよりは幾分いいだろう。なにより、言いつけられた仕事もある。


 玄関に背を向けて、重たい足を引き摺るように来た道を戻りだす。

 畑の隅に建てられた農具小屋に着くと、月明かりを頼りに積み上がる鎌や鍬の手入れをし始めた。





 黙々と作業を熟し、数時間が経った。

 油を引き、手入れを終えた鎌を置く。次の鎌を手に取り、麻布の端切れで汚れを拭って刃に砥石を──。


 ──ガタンッ。


 突然の物音に肩を揺らしながら、戸口を振り返る。


「誰っ!?」


 ゆらりと浮かび上がるシルエットに息をのむ。


「よう。俺だよ」


 ……サンク!? 開け放った戸に手を掛けて立つ人物を認識した瞬間、体に緊張が走る。


「どうしてここにいるの!?」


 私は座った体勢のまま、無意識に尻で後ずさっていた。それを見て、サンクは面白くなさそうに眉間に皺を寄せる。


「なんだよ、そんなツレない態度を取るなよ。お前が締め出されたって聞いて、わざわざ来てやったんだぜ。……なぁ、お前さ。俺とここを出ないか」


 サンクは小屋の中を大股で進み、あっという間に私の前にやって来る。私は戸口と反対側の壁に背を預けるようにして、兢々とサンクを見上げた。


「っ、気にしてくれてありがとう。でも、私は大丈夫だから、あなたは部屋に戻って」

「そう言うなって。これからますます冷え込むし、ひとりじゃ心細いだろう?」


 にやにやと厭らしい笑みを浮かべる彼を前にして、脳内に警鐘が鳴り響く。ひどく嫌な予感がした。

 私には夜の寒さより、この場にサンクとふたりでいることの方がよほど恐ろしく思えた。


「平気だから……きゃっ!?」


 突然、伸びてきた手に手首を掴まれ、そのまま床に引き倒される。仰向けに倒れた私の上に、すかさずサンクが覆い被さる。


「いやっ! やめて!」


 掴まれているのと反対の手で必死にサンクの体を押し退けようとするが、男女の力の差はいかんともし難くビクともしない。

 じきに、その手も先に掴まれていた手と一緒に頭上にひと纏めにされてしまう。

 体重をかけて抑え込まれ、身動きが取れない。


「俺さ、前からずっとお前のこといいなって思ってたんだ。ははっ、お前ってやっぱいい匂いがするよな」


 サンクは乱暴に巻いていたストールを剥ぎ取り、荒々しく私の首に顔を埋めて吸い付く。


「っ!?」


 ハァハァと荒い息づかい。ギラギラと血走った目。その姿はまるで野生の獣のようだった。


「なぁ、ふたりで温かくなろうぜ? 俺が慰めてやるって」


 不快感でぞわりと肌が泡立ち、恐怖で全身が震えだす。


「やっ、いやぁっ!」


 サンクはそのまま何度も舐めたり吸ったりしながら、首筋から鎖骨の方へと位置を下げていく。私を拘束するのと逆の手で、ブラウスの襟ぐりを開こうとする。しかし、片手ではうまくボタンを外すことができずにまごついていた。


「お願い、サンク! こんなことはやめて……っ!」


 私の必死の懇願に、サンクは舌打ちした。そして苛立ったように、肌着の胸当てごとブラウスを引き千切る。


「きゃああっ!!」


 隠すものなく、ふたつの膨らみが晒される。

 サンクはゴクリと喉を鳴らし、ますます息を荒くして片方の膨らみに手を伸ばす。


 乱暴に乳房を鷲掴まれて、痛みと恐怖で頭が真っ赤に染まる。

 気づけば、我を忘れて叫んでいた。


「いやっ! 誰かっ、……誰か助けてぇえっ!!」


 今までになく大きな声を上げて抵抗する私に、サンクは焦った様子を見せた。


「おい!! 少し黙れよ!」


 手首を掴んでいる手にグッと力を込められて、軋むような痛みが走る。恐怖が増幅された私は、さらに声を高くする。


「いやぁああああああ――っっ!」

「うるさい! 黙れって言ってんだろうっ!!」

「ぅ、あっ」


 お腹に膝を突き入れられて息がつまる。


 さらに激昂したサンクはブンッと拳を振り上げる。苦しさに涙を散らしながら、私は顔面に向かって振り下ろされるそれをスローモーションに見つめた。





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