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踏みにじられた百合2


***


 早朝に先触れもなくやって来た俺に、モンテローザ侯爵邸の家令が目を丸くした。


「早くにすまない。フィーアはいるか!?」


 騒ぎを聞きつけた当主のブライアンが、すぐに奥から出てくる。彼は俺の突然の来訪に当惑した様子だった。


「これはローランド様、いかがなされました?」

「リーリエとフィーアはいるか?」


 今は事情を説明している間が惜しく、無作法を承知で用件だけ問う。


「この時間でしたら、ふたりとも部屋にいるかと思いますが」

「呼んでくれ!」

「お、お待ちください。これ、ふたりをここへ」


 ブライアンが指示し、使用人が速足で屋敷の奥に消える。


「ローランド様、よかったら応接間でお待ちになりませんか」

「いや、ここでいい」


 ブライアンの誘いを断って、そのまま玄関ホールでふたりを待つ。焦れる思いで二、三分過ごしたところで。


「旦那様! ふたりとも部屋にはおりません」

「なんだって? もうじき授業も始まる時間だというのに、どこにいったのか」


 思案するブライアンに、後ろから年若い侍女が声をあげる。


「……あ、あの。リーリエお嬢様については分かりませんが、フィーアなら一時間ほど前に東の庭の方に歩いていくのを見ました」

「本当か!?」


 勢い込んで尋ねる俺に、侍女は迷いのない口ぶりで語る。


「はい。フィーアは一日おきに、リーリエお嬢様のお部屋に飾るバラを摘みに行くんです。それで今日も……ただ、これまでなら指導の開始に余裕を持って戻ってきていたのですが」

「モンテローザ侯爵、すぐに屋敷内を隈なく捜してくれ! 俺は庭を捜しにいく!」


 耳にした瞬間、ブライアンに言い残して駆けだした。フリップも俺に続いた。





 幾何学模様を描くように配置された花壇。整然とした形式美を極める前庭を素通りし、俺は素朴な様相の東の庭に向かう。

 それなりに広さがあるのでフリップと二手に別れ、フィーアを捜すことにした。


「フィーア! フィーアはいるか!?」


 彼女の名前を呼びながら庭を奥へと進んでいくと、カサッと物音がした。


「フィーアか!?」

「いいや。あたしだよ、ローランド」


 バラのトンネルから現れたのは、フィーアではなくリーリエ……いや、シスだった。


「どうしたんだよ、そんなに慌てて?」


 俺を前にしてもシスに怯む素振りはなく、これまで通り飄々とした物言いをする。まるで、やましいことなどなにもないと言わんばかりだ。


「そういえば、聞いたよ。王太子なんだってな。黙ってるなんて水臭いじゃないか。しかも誘拐される前は、あたしがローランドの許嫁だったっていうじゃないか。事情が事情だから自然消滅したみたいだけど、なんで新しい婚約者を据えてないんだ?」

「……ここでなにをしていた? フィーアはどこだ?」


 シスの無駄話には答えず、唸るように問えば、シスは怪訝そうに眉を寄せた。


「はぁ? なにをしてたって、そんなのバラを摘んでたに決まってるじゃないか」


 シスは腕に抱えたバラと花鋏を俺に突き出すようにしながら、なぜそんな分かり切ったことを聞くのかと首を捻った。


「それとフィーアなら部屋にいるんじゃない? あたし付きの侍女とはいえ、四六時中一緒にいるわけじゃないよ。とりあえず、ここにはいないよ」


 普段となんら変わらぬ態度。なんら変わらぬ受け答え。そんな彼女を見ていると、俺の考えが間違っていたのではないかと思えてくる。

 ……しかし。


「おい!? なんなんだよ?」


 俺はシスを押し退けるようにして、彼女がやって来たバラのトンネルの方へと向かう。

 なにかフィーアに繋がるヒントがないかと注意深く視線を巡らせる。五メートルほどのトンネルの途中、石畳の上にバラの花弁が一枚落ちている。

 綺麗に掃き清められているとはいえ、自然に花弁が落ちることくらいあるだろう。だから、それ自体はなんらおかしいことではないのだが、なぜが気になった。落ちていた花弁を拾う。


 ……これは!


 見るからに大ぶりで肉厚のそれ。手の中の花弁が、トンネルを作っているバラとは別の種類のものだと気づく。これは入口に近い一角に植えられていた種類だ!


 さらに辺りに目を凝らす。すると、石畳の一部にごく小さな傷が付いているのを見つけた。

 しゃがみ込んで傷の表層にそっと指を這わせる。指の腹を見ると土汚れは付いておらず、石が削れて出た白い粉が僅かに付着していた。


 ……間違いない、この傷はできたばかり。傷ができた後、人の足で踏みしめられていないのだ。


「なに見てんのさ? あ~、その傷ならさっきあたしが鋏を落としちゃってさ。ちょっと手が滑っちゃったんだよ」


 花弁が散り、鋏を取り落とす状況……。もしや、ここでふたりが争うような出来事があったのではないか!?


 鋏は凶器にもなる!!


「鋏を寄越せ!」

「ちょっ!? 乱暴にしないでよ!」


 嫌な予感がして、奪うように鋏を取り上げた。

 手の中の鋏は、持ち手の部分が石材に当たったのだろう、少し擦れたようになっていた。だが、心配したように刃先に血痕などはない。

 杞憂だったか。ホッと安堵の息をつく。


「なんなんだよ、もう」


 シスがヤレヤレと肩をそびやかす。

 花弁も傷も単なる偶然か……?


「なぁローランド、この先に行ったってなにもないよ。屋敷に戻ってお茶でも飲まない?」


 シスの誘いを無視し、フィーアの気配を捜してさらに奥へと進んでいく。徐々にバラも数を減らし、ついに白く塗られたフェンスに突き当たった。ここまでか。


 一度フリップと合流し……ん? あれは!


 庭の奥の木陰にひっそりと建つ物置小屋を見つけ、大股でそちらに向かう。


「お、おい!」


 気のせいだろうか。背中にかけられたシスの声に、ほんの僅かに動揺の色を感じた。


 ──ガタンッ!


 小屋の周囲をザッと確認してから、逸る思いでドアノブを掴み、木製の扉を引き開ける。

 四メートル四方の簡素な小屋の中には、園芸用具などが多く収納され雑多としていた。そしてなにより目を引いたのは、ところ狭しと並べられた大ぶりの樽。


「樽!? 腐葉土を作っているのか」


 樽詰め生成をしているのだろう、落ち葉を入れていると思しき木製樽が二十個近く置かれている。樽は人がゆうに入れるサイズだ。きっと、あの中のどれかにフィーアがいるに違いない!


 発酵熱を逃がさないようかけてあったシートを剥ぎ取り、端から樽を確認していく。ところが最後の樽を覗いても、中には半分ほど熟成が進んだ落ち葉が入っているだけ。……ここにはいないのか? 

 園芸用具が収納された棚の奥なども隈なく覗き込むが、フィーアの姿はない。


 なぜだ? 十中八九、樽の中に隠されているのだと思ったが。俺の勘違いだったのか。


「なにやってんのさ? あたしもここは初めてきたけど、園芸道具や肥料があるだけで、別に面白いものもなさそうだ」


 唇を真一文字に引き結んで立ち尽くす俺を、シスが呆れたように見上げる。


「なぁ。まさかとは思うけど、こんな樽の中にフィーアが隠れてると思ったのか? ちょっとおかしいぞ、ローランド。なにをそんなに目の色を変えてるのか知らないけど、真面目なフィーアのことだ。今頃、普通に屋敷でソレイユ伯爵夫人の指導を受けてると思うけど? そもそも、散歩にしたってバラもないこっちにまでは来ないよ」


 そうなのだろうか。しかし、事実ここにフィーアの姿はない……一度屋敷に戻って様子を確認してくるか。


 小屋を出て屋敷の方に向かって歩き出すと、シスが足取り軽く俺に続いた。


 小屋を背に数メートル進んだところで突風が吹いた。咄嗟に目を閉じたくなるくらいの強い風で、砂が舞い、周囲のバラが大きく揺れた。

 風が収まった時、ふいに視界の端を白いものが掠める。見れば、俺の足先に白色の布切れが落ちていた。


「なんだ?」


 さっきまで落ちていなかったから、風が運んできたのは間違いない。風向きを考えると、小屋の裏手から飛んできたようだ。

 腕を伸ばし、地面から拾い上げる。


 これは! 俺のハンカチ!? しかもこの柄は、喫茶室でシスに渡したものか……!


「そ、それっ! さっきあたしが落としたんだよ!」


 焦ったように告げられた台詞に、ピクンと脈が跳ねた。


「さっき『初めてきた』と言っていなかったか? それなのに、小屋の裏手で落としたのか?」

「……え?」


 シスの顔色が青褪め、不自然に目が泳ぐ。


「お前、フィーアになにをした!?」







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