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新しい暮らしの始まり3


***


 王都に戻って五日目。政務に忙殺される俺のもとを、近衛の隊服に身を包んだフリップが訪ねてきた。

 城を開けていた間に溜まった膨大な政務書類を捌く手を止めぬまま、フリップから近衛関連の報告を聞く。


「──と、真面目な話はここまでだ。今日の午後、所用があってモンテローザ侯爵邸に寄ってきた」


 近衛隊長としてひと通り報告を終えたフリップは、一転して軽い調子で切り出す。


「どんな様子だった?」


 俺は政務の手を止めて、食い気味に問う。


「リーリエ嬢は下にも置かない扱いを受けて、まるでお姫様だ。ただ、お姫様本人は相当にご機嫌斜めさ。俺が尋ねた時、ちょうどおふくろから言葉遣いや所作といったマナーの指導を受けていたんだが、突然『馬鹿にするな』と喚きだした」


 フリップはリーリエの様子を思い出しているのだろう、苦笑いで語る。

 俺がリーリエの十四年の空白を埋めるべく手配した講師は、フリップの母で俺の乳母を務めたソレイユ伯爵夫人マリッサ。彼女なら忍耐と愛情をもって指導してくれると思えばこそ、若干の無理を押して依頼した経緯があった。


「リーリエ嬢は、育ちを馬鹿にされたと激昂していた。だが、俺に言わせればおふくろの指摘に市井育ちを貶める意図はなかったし、貴族としてかくあるべくというのを説いていただけだ。終始そんな感じで、侯爵夫妻や屋敷の者は、癇癪持ちのリーリエ嬢を正直扱いかねていた」


 見ずとも、目に浮かぶようだった。モンテローザ侯爵夫妻も愛娘との再会は嬉しい反面、その教育は頭痛の種になりそうだ。


「フィーアの様子はどうだ。彼女は問題なく過ごせているか?」


 ため息交じりにひとつ頷き、もうひとりの少女に話題を移した。

 俺がリーリエの発見者であり、かつての婚約者でもある。その様子を知っておくべきだとは思うが、俺が望んで知りたいのはリーリエではなくフィーアの状況だった。

 褒められた感情ではないかもしれない。しかし、思う心に柵は立てられない。


「我儘三昧のお姫様に、よく尽くしていたぜ。彼女は自分の立場をよく心得て、リーリエ嬢を扱いかねる家人との間に入ってうまく立ち回っている」

「そうか」

「それに彼女は実に優秀なようだ。リーリエ嬢と一緒に指導を受けているそうだが、恐ろしく覚えがいいとおふくろが舌を巻いていた。俺も彼女から挨拶されて驚いた。もともと品のいい娘だったが、所作や立ち姿がたった四日のおふくろの指導で完璧な淑女のそれだった」

「それはぜひ、俺も見てみたいものだ」


 フィーアに会いたい。

 だが、王太子という俺の立場では、なかなか自由に動くことが難しい。特に今は、一週間城を空けてしまった穴埋めで満足に寝る間もない状態だ。もちろん、無理を押したからこそリーリエを発見できたのだから後悔は一切ないが。


「そういえば、おふくろに説教されたぞ」

「なにをだ?」

「お前が王太子だと知って、ふたりともたいそう驚いていたそうだ。特にフィーア嬢の動揺は大きかったようで、どうして教えておいてやらないんだって憤ってた。俺はてっきり、とうに打ち明けてるものだとばかり思ってた。お前、教えてなかったのか?」


 ……そうか。マリッサから聞かされたか。

 フリップに胡乱な目を向けられて、俺は気まずく言い淀む。


「何度か伝えようとはしたんだが……」


 王都までの道中、決して明かす気がなかったわけじゃない。実際、王都に誘った時や、船のデッキで一緒になった時、告げるタイミングは幾度もあった。

 だが、いざ打ち明けようとすると怯む心が湧いた。


 最初からフィーアは俺に対して一歩引いた姿勢を崩さなかった。俺が王太子と知り、さらに壁を作られてしまうのが嫌だった。それでつい口を噤み、後回しにしてしまったのだ。


「いや、言い訳だな。俺が悪い。今度会った時に謝ろう」


 フィーアは動揺していたという。

 純真な彼女のことだから、いろいろ考え過ぎているかもしれない。きちんと謝罪して、フィーアを信用していないから打ち明けなかったわけではないと、きちんと伝えなければ。


 そうして願わくば、彼女の態度が大きく変わらないといい。

 早く彼女のところに駆け付けたいところだが……。積み上がる書類を一瞥し、ため息をついた。


「高貴な身の上も、いろいろままならないもんだな」


 フリップは俺の心の内を読んだかのように、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 さらにフリップは続ける。


「侯爵邸の近くに俺が贔屓にしてる老舗の酒蔵があってな。そこにはちょいちょい行ってるんだ。ついでだからな。侯爵家に寄ってフィーア嬢の様子も見てくるさ」


 本当に、痒い所に手が届く男だ。

 その気遣いをありがたいと思いつつ、改まって礼を言うのもむず痒いから特に反応はせずに流す。フリップもそれについて特に何を言うでもない。

 気心が知れたこの気安さが楽でよかった。


「ところで娼館の火災について、その後調査に進展はあったか?」


 ふいに思い至り、フリップに尋ねた。


 いつもフリップは情報を精査し、必要なものだけを選りすぐって俺に伝えてくる。だから、この件についても、大きく状況が動けばフリップの方から報告してくるはず。だが、この件については些細なことでも把握しておきたかった。


「昨日、報告を受けている。やはり放火で間違いなかった。犯人は灯油を撒いて火をつけたようだ。それがまた避難経路を塞ぐような巧妙な位置だったらしく、館内にいた客や従業者は逃げ惑っているうちに全員が煙に巻かれた」

「全員? 以前、唯一の生き残りから聞き取りをしていると、そう言っていなかったか?」

「ああ。その生き残りだが、用心棒の男だったんだ。奴は館内にいたんじゃなく、見張りで外を回ってたらしい」

「なんだと?」


 フリップが重い口ぶりで語る。


「用心棒の男は放火があったその時間、ちょうど切れた煙草を買いに通りを挟んだ煙草屋に行っていたそうだ。店主と少しばかり話し込んで戻ってきたら、娼館は既に火に巻かれててどうしようもなかったとさ」

「……出来過ぎている」


 そんなうまい話があるものか。直接放火に関与していないにしても、用心棒の男がその時間帯にわざと娼館を不在にした可能性は高い。金か、その他の見返りがあったのかは分からないが。


「だな。だが、放火に関わった証拠はあがってない。一応、当局が行動監視を続けてるそうだ。ちなみにそのロダンって用心棒、俺も前に一度見たことがあるが、年は四十がらみ、金髪碧眼の一見では温和な雰囲気の男なんだ。だが、どうにも食えない印象だった」


 フリップがそんなふうに評するからには、癖のある人物なのだろう。


「当局の担当官とは別に、お前のところから人は?」

「この報せを受けた昨日のうちに、ノアとハリーを行かせた」

「そうか」


 ノアとハリーは諜報に長けたフリップの秘蔵っ子だ。彼らに任せておけば間違いない。こんなふうに俺がみなまで言わずとも、フリップが先回りで動いてくれるのはありがたかった。

 それにしてもリーリエを発見してからの短い期間に、彼女の周辺で不可解な事件が多すぎる。


「……フリップ、火事のあった日の晩。リーリエはずっと客室から出ていないと言っていたな。それは確かか?」

「メイドとフロントに確認してる。ただ、確かか?と聞かれると正直なんとも言えん」


 目線で問うと、さらにフリップが詳細を話しだす。


「メイドが部屋にルームサービスを届け、身支度の手伝いを申し出たら、リーリエ嬢から『疲れていて食欲がないから下げてくれ。身支度の手伝いも不要、疲れているからすぐに寝る』と言われて退室してる。フロントのスタッフはリーリエ嬢の出入りを見ていない。と、状況的には部屋で寝ていたのだろうという推測が成り立つが、実際に誰かが部屋にいるところを見たわけじゃない」


 メイドはリーリエの部屋にまともに入ることもなく、早々に追い返されている。フロントを通らなくとも、従業者の通用口からの出入りも不可能ではないだろう。

 俺たちが出かけてからフィーアを連れて戻ってくるまで、リーリエには時間があった。それこそ、娼館に行って帰ってくるに十分な時間だ。


 ……まさか、リーリエが?


 いや、それはない。緩く首を振って過ぎった想像を否定する。

 普通に考えれば、成人にも達しない少女にそんな大それたことができるとは思えない。金づるとして自分を引き取った娼館の女への恨みはあっただろうが、即座に放火に結び付けるのは安直すぎる。なにより、彼女は出自が明らかになり、これから親元での満ち足りた生活が待っている状態なのだ。それを失うリスクを冒すなどあり得ないだろう。


「この件については新しい情報が入り次第、俺に報せてくれ」

「了解。それじゃ、俺も詰所の方に戻る。なにかあれば声をかけてくれ」


 フリップはそれ以上は無駄話を振ることもなく、扉へと歩きだす。フリップもまた、不在の間の仕事が溜まっているのだ。


「恩に着る」


 背中に向かって声をかければ、フリップは後ろ手にヒラリと手を振って政務室を出ていった。





 その僅か三日後。早朝に慌てた様子のフリップが、俺の政務室に飛び込んできた。


「さっき一報が入った。ふたりがいた孤児院の院長が一昨日刺殺されたそうだ」

「なんだと!?」


 入室するや挨拶もなしに告げられた第一声に、ガタンと椅子を蹴って立ち上がる。その衝撃で、堆く積み上がった政務書類の山が崩れた。


 城を空けていた間に溜まった仕事を夜通しで熟していた。そんな中でフリップからもたらされた予想だにしない報告に、徹夜明けの頭が痛んだ。


 リーリエたちが養育されていた孤児院には、俺の指示で担当官を派遣していた。その者から院長による不適切な資金運用の可能性と、これから帳簿等の精査に入るとの報告を受けており、院長の逮捕も時間の問題だと思っていたのだが。


 ……なぜ、このタイミングでこんな事件が起こる?


「犯人は?」


 低く問う俺に、フリップは首を横に振った。


「まだ捕まっていない」


 胸の奥がざわつく。言いようのない焦燥を覚えた。


「殺害時の状況は?」

「院長の私室の金庫がこじ開けられていたそうだ。それで当局は、物取りの犯行で調べてる。犯人が盗みに入ったところで院長に鉢合わせ、口封じに殺された。……まぁ、よくある筋書きだが」

「院長が貯め込んでいた金を狙った物取りか。たしかに子供らにかけるべき養育費用を不当に貯め込んでいたとすれば、孤児院の職員や子供らがそれを知っていた可能性は高いが……」


 だが、どうにも釈然としない。


「当局は職員や子供たち、既に孤児院を出て自立した者などから当たっているようだ。……だが、犯人の目的は金じゃないかもしれないぜ」

「根拠は?」

「金の他にもうひとつ、孤児のリストがなくなってる。そのリストには、子供を引き取るに至った状況から、身体の特徴まで詳細に記されていたそうだ」

「……リスト」


 普通に考えて、金目になるような類ではない。たまたまなのか。

 それとも、なにか意図があって持ち去ったのか。たとえばそう、金を盗っていったのはただの偽装工作で、己の身上に関する情報を隠匿するのが本当の目的だとしたら……。

 ここまで考えて、ヒュッと心臓が縮み上がる。


 まさか!? ぞわりと肌が泡立った。


 俺はその意図で動きそうな人物に心当たりがあった。これまで騙し騙しにして、あえて直視するのを避けていた疑念や不信。この瞬間に、それらが噴出した。


「っ、モンテローザ侯爵家に向かう!」


 外套を肩に引っかけると、政務机の脇に立てかけていたレイピアを掴んで部屋を飛び出した。


「おい!? ローランド!?」


 俺の勘が告げている。娼館の放火も、院長殺害も、リーリエが……いやリーリエを騙る娘──シスが関わっている。


「嫌な予感がするんだ!」


 火に巻かれて死んだ娼館主が、引き取るための嘘などではなく、本当にシスの母親だったとしたら? そう仮定してみると、すべての点が線になって繋がる。


 娼館主は、シスがモンテローザ侯爵令嬢ではあり得ないと知る生きた証人だった。同様に院長も、シスが孤児院に来た当時の状況を知る唯一現存する職員だ。

 殺されたふたりは、シスの出自を知る者たち。そしてどちらも、シスがリーリエを騙る上で邪魔な存在だった。だからふたりは殺されたのではないのか!?


「フィーアが危ない!」

「なんだって!?」


 ただの思いつきとは一蹴できないなにかを、第六感で感じていた。喉元に込み上げる吐き気を堪え、廊下を駆け抜けて厩舎に向かう。

 愛馬に飛び乗ると、なりふり構わずモンテローザ侯爵邸へ続く早朝の大通りを駆る。フリップも後れを取らず、俺に追従した。





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