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新天地への誘い2



 ──カタンッ、キィイイ。


 振り返ると、ローランド様たちがいる部屋に繋がる扉と反対側の扉が開き──。


「リーリエ!」


 開け放たれた扉の前で腕組みして立つ友の姿に、私は驚きの声をあげた。すぐにソファから立ち上がって駆け寄る私に、リーリエは冷ややかな目を向ける。


「ずいぶんとうまいことやったじゃないか、フィーア」

「え? ……うまいこと?」


 リーリエの口から発せられた侮蔑交じりの第一声に、私は中途半端に足を踏み出した体勢のまま、凍り付いたように固まる。


「だってそうだろう? どんな手を使ったのか知らないけど、ローランドに取り入ってこんなところにまで入り込んでくるなんて。ドブネズミより質が悪い」

「っ! 違っ、私は取り入ってなんて──」

「まぁいいよ。ちょっとあたしの部屋で話そう」


 大股で歩み寄ってきたリーリエに腕を取られ、私はなされるがまま彼女の部屋に入った。


 さっきまで私が横にならせてもらい、今はローランド様たちがいるメインベッドルームよりは少し狭いが、それでも十分な広さがある。意匠は同じで、白を基調にした家具で居心地よく整えられている。


 大きなベッドを通り越し、引きずられるように窓際のソファスペースに座らされた。

 昨日の昼に会った時もリーリエは私を邪険にし、お世辞にも好意的な態度とは言い難かった。だけど今、かつての友を前にして、まるで別人と対峙しているかのような底知れぬ怖さを感じるのはなぜなのか。


 ひと晩で纏う空気を一変させたリーリエに、心が怯んだ。


「それで、どうしてここにいるんだよ」


 まるで尋問のようだと思いつつ、私はここに至るまでの出来事を語ってきかせた。


「はぁっ!? ローランドに一緒に来ないか誘われただって!?」


 ぼかしつつではあったが、サンクとの一件も伝えた。それには一切反応しなかったリーリエ。その彼女がローランド様に誘われた件でギョッと目を剥いた。


 やはり、私が共に行くことをリーリエはよしとしないのだ。


「安心して、リーリエ。私は断るつもりよ。どこか他の施設を紹介してもらって、そちらに行くわ」


 リーリエはすぐには答えず、しばし考え込む様子を見せた。


「……なんでこんなことに……いや、待てよ。むしろ、近くに置いておいた方が……」


 鬼気迫る様相でブツブツと漏らす彼女に首を捻る。


「リーリエ?」

「いや、一緒に来たらいいじゃないか」

「えっ!?」


 反対するとばかり思っていたリーリエから示された肯定に、驚きが隠せない。


「王都に行った後のことは、ローランドからまだなにも言われてないんだろう?」

「え、ええ。まだ『一緒に王都に行かないか?』とそれだけしか……」

「ならさ、あたしが侍女にしてやる。これから向かうあたしの実家で面倒を見てやるよ!」


 目を瞠る私に、リーリエは言葉を選ぶようにしてさらに続ける。


「貴族令嬢なら専属の侍女が付くだろう? それをフィーアがやったらいいじゃないか。もちろん、両親にはあたしから話をつける。別の孤児院に行ったって、安全に過ごせる保証なんてないんだ。そんなところにわずわざ行かなくても、今ならあたしがフィーアひとりくらい世話してやれる。あたしも気心が知れたフィーアが侍女として一緒にいてくれたら安心だしな」


 ……私が一緒にいると安心できる? 昨日と言っていることが百八十度も違うことに、リーリエは気づいているのだろうか。


 リーリエの言動に、私は言いようのない不安を覚えた。

 なかなか反応できずにいる私に、リーリエは畳みかける。


「なにより、そうすればローランドにだって迷惑をかけなくて済むじゃないか! これ以上の解決策なんてないぞ」

「あ。ローランド様の、迷惑……」

「なんだよ? まさか初対面のローランドにおんぶに抱っこで全部世話になるつもりだったのか? いくらなんでも、それはさずがに図々しすぎるだろ」


 鼻で嗤うように言われ、冷や水を浴びせかけられたように、キュッと心臓が縮む。


 そんなつもりは毛頭なかったけれど、伝手もなにもない私が自分で衣食住を整えられるわけもない。一緒に王都に行くと頷くだけならば、結果的にはそういうことなのだ。

 さっき潤したはずの喉がカラカラに渇いていた。


「リーリエは本当に私が一緒に行ってもいいの?」

「そう言ってるじゃないか。あたしとフィーアの仲だろ。遠慮なんて水臭いぞ!」


 ゴクリと空唾をのみ込んで問えば、リーリエは満面の笑みで頷く。なぜか一瞬、背筋がゾクリとした。けれど、リーリエにかつての気安さで背中を叩かれて、気のせいだったかと思い直す。


 こんなふうに好意的に誘ってもらったら、私に断る理由はない。


「私、あなたが快適に過ごせるように、精いっぱい頑張るわ。どうかあなたの侍女として連れて行って」

「ああ、もちろん! 今からフィーアはあたし専属の侍女だ」

「ありがとう、リーリエ」


 心からの感謝を伝える私に、リーリエが眉を寄せる。


「……違うだろ」

「え?」

「おいおい。あたしはフィーアが仕える主人になったんだぞ。あたしのことを、まさか今まで通りに呼んでいいわけないだろう?」


 頭を鈍器で殴られたみたいな衝撃が走る。しかしひと呼吸置けば、それももっともなことで。


「申し訳ありませんでした。リーリエお嬢様」

「うん、いいな! これからもそれで頼むよ」

「かしこまりました」


 謙った私の態度が気に入ったようで、リーリエは満足げに頷いた。


「それとフィーア、昨日の昼にあたしが言ったことはくれぐれも守ってくれよな」

「ええっと……」

「とぼけるなよ。スカーフの代わりにハンカチをやったろう? あのスカーフはあたしの物だ。そのこと、絶対忘れるなよ!」


 またあのスカーフのこと? あれはもう、彼女にあげたものだというのに。


「はい、もちろん承知しております」


 リーリエがスカーフに示す並々ならぬ執着に慄きつつ、私は従順に答えた。


 ──コンコン。


 その時、居間と繋がる扉がノックされた。


「はーい」

「ローランドだ。そちらにフィーアがいないか?」


 リーリエが返事をしたら、ローランド様が扉越しに少し焦った様子で尋ねた。


「フィーアなら、ここにいるよ」

「そうか!」


 リーリエの答えに、ローランド様はホッとしたようだった。


「着替えが済んだらそっちに行くよ。フィーアについて話したいこともあるし、待っててくれよ」

「ああ、分かった」


 ローランド様の気配が遠ざかると、リーリエはソファから腰を上げて備え付けのクローゼットに向かう。


「あーあ。昨日買ってもらったばっかで、どれもまだ一回も袖を通してないのになぁ」


 リーリエはぶつぶつ言いながら、ドレスを物色しだす。

 そうして何枚か下がっているうち、比較的装飾の少ないドレスを引っ張り出した。


「ほら」

「え?」


 目の前に突き出されたドレスに首を捻る。


「どうせ着替えの一枚だって持ってないんだろう? 仕方ないから今日だけは、特別にあたしのを貸してやるよ」

「ありがとうございます!」

「さっさと着替えて、あたしの支度を手伝ってくれよな」

「はい、すぐに……!」


 リーリエから差し出されたドレスを受け取り、私は急いで着替え始めた。





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