2ー14 「赤い結晶」
目を開けると見たことのある天井。
宿屋にいるのか。
助けてくれたみんなに感謝しないとね。
にしても、体が重い。それだけ。
決闘で血を使いすぎたのが原因かな?
卑怯な戦法だった。
わざと斬られて、もう終わりと油断させる。
隙ができて、股間を強く蹴り、血でナイフを作り、アランさんに向けて試合終了。
そのあとは、魔法の槍で胴体を貫かれて、死にそうになったんだっけ?
薬を飲まされて寝たんだ。
そこまでしか覚えてないな。
とにかく、起きて帰る準備しないとね。
起き上がろうとしたとき、誰かに腕を掴まれてる気がする。
ここでホラー展開?勘弁してくれよ。
灯が光ってるってことは夜?
恐る恐る毛布をめくってみる。
「……えー?」
ヤミネスさんが、俺の腕を掴みながら寝てる!
うわー!柔らかいのが腕に当たってる!
煩悩消えろ!煩悩消えろ!
これぐらいで興奮すんな俺!
頬をペチペチ叩いていると、甘い匂いがする。
柑橘系に近い。
「この匂い……どこから……?」
自分の腕を嗅ぐけど、俺じゃない。
そうだ!嗅覚を鋭くしよう!
魔物の血の影響か、五感覚が鋭くなっている。
それを一つの感覚に集中させる。
甘すぎ!吐きそうになったよ。
調整が難しいな。
どこだ?ヤミネスさんからも甘い匂いするけど、それ以外に、この部屋にあるはずだ。
周囲を見渡すと、テーブルの上に瓶があった。
中身は何も入ってない。
あれが原因か?
同じ匂いがヤミネスさんからするけど、俺からは、その匂いはしない。
空になってるから芳香剤じゃない。
飲み物なのか?
そんなことを考えてたら、腕が重くなってきた。
ヤミネスさんを見ると、顔が赤く染まっている。
目はうるうるしていて、息が荒い。
「……起きたのですね。……ふふ……」
なんだろう。
ヤミネスさんから、色気がやばいぐらい発生してる。
耐えろ!耐えるんだ俺!
「えい」
「おわっ!」
胸を押されて、見下ろされるような状態になった。
顔近い!かわいい!
じゃなくて!かわいいのは事実だけど!
「う〜ん……?怖いですか……?」
誘惑されるな!
純粋を汚したくないんだ!
「全然!むしろ、かわいい!」
そう言うと、ヤミネスさんは首を傾げる。
かわいすぎだって!
「かわいい……?えへへ〜」
俺の胸に顔を埋めて、かわいらしく唸る。
懐いた猫みたい。
ドキドキする!
絶対あれ媚薬じゃん!確定でそうでしょ!
飲んでこの状態になるのか。恐ろしいな。
「はあ……」
色っぽく息を吐いている。興奮しそう。
いや、してるか。
前に積極的だったのも、あの媚薬のせいか?
らしくなかったもんね。
「……熱い」
服脱ごうとしてる!
止めないと、マジで理性が壊れる!
頭を優しく撫でると、うとうとしてきている。
よし、いい感じに眠くなってきてる。
「我慢してね……」
「……はい……分かり、ました……」
寝息を立てている。
はあ〜、危なかった。
疲れて眠くなってきた。
「おやすみ……」
◇
帰る準備はできた。
またダル絡みされないといいんだけど。
ヤミネスさんは、まだ寝ている。
かわいい寝顔だな〜。
突いたら怒られるかな?
「……う〜ん」
かわいらしい唸り声をあげて起き上がった。
「おはよう」
「……おはよう、ございます……」
朝の挨拶をすると、返事をしながら服を脱ごうとしている。
早いな!扉を開けて廊下に出る。
起きてすぐ脱ぐなんて、マジで心臓に悪い。
この宿屋を選んだカイラムさんを問い詰めよう。
ただの宿屋じゃない。何か企んでる。
ガチャ、と扉が開く。
着替え終わったかな?いや、終わっていてくれ!
不安を抱いて後ろを振り向く。
「ここで何を……?」
着替え終えていた。よし!
「誰かいないかなって思ってさ」
これでいけるか?
雑な誤魔化し方だけど。
「なぜ、そのようなことを?」
「まあまあ。とりあえず、今日はここでカイラムさんたちが来るまで待ってよう」
ヤミネスさんの体を押して、部屋の中に入る。
ごり押しでなんとかなった。
テーブルにある瓶を持ってベッドに座っているヤミネスさんの隣に座る。
「これ、誰かに貰った?」
「この宿屋の主さんです。泊まるときは必ず飲むように言われました」
「なるほど」
ここはそういう宿屋だったか。
理性よ、よく耐えたくれた。
「昨日のことは覚えてる?」
「特に何も……何かあったんですか?」
「さあ?俺も覚えてないから……そうか」
適当に答える。
よくこんな言葉で乗り切れるな。
ヤミネスさんだからか?
誰かが扉を叩いてくる。鼓動音は一つ。
一応、警戒しておこう。
「クロス君、ヤミネスちゃん、起きてる〜?迎えに来たよ」
カイラムさんの声だ。
扉に向かって歩き開けると、笑顔で待っていた。
朝でも明るい人だな。
「おはようございます。あなたの思うようなことは起きてませんよ」
「君たちのことを思って、ここにしたんだ。悪く思わないでほしいな〜」
本当かな?
責任取るかもしれなかったんだ。
「帰りましょう。疲れました」
「あーっと、その前に冒険者協会に行こう。フィン君が君と話したいと思ってるから」
「はあ……」
深いため息をする。
なんで?また来るときにすればいいのに。
「これで最後だから!あともう少し頑張ろう」
「分かりました。ヤミネスさんはどうする?」
「ワタシもついて行きます」
「よし!じゃあ、冒険者協会に突撃〜」
本当に明るい人だな〜。少しだけ尊敬するよ。
◇
あの決闘を見ても懲りてないのか、ヤミネスさんへの視線が減る様子がない。
欲というものを少しでもいいから抑えてほしいよ。
「人間って怖いね」
「え?まあ……どうしたんですか?」
呆れたように言ってくる。
視線のことで?それとも別の何か?
「自分よりも強い存在には大人しくしてるけど、弱い存在には容赦しない……僕たちにも言えることだけど」
魔族とバレないように「僕たち」って言ってるのか。
すれ違いで聞かれたら、大変だもんね。賢い。
「悪夢でも見たんですか?」
「根拠はないんだけど、嫌な予感がする。気をつけて」
よくあるよね。
根拠はないけど、なんか警戒すること。
分かる。すごい分かる。
じゃあ、今すぐ帰ろうよ。
と言ってもダメだろうな。
カイラムさんのことだもん。
「チェイさんは?」
「馬車のところで待ってる。暗くなる前までは、自由にしていいって言ってた」
早く話を終わらせないとね。
あの人もジェノさんみたいに苦労してる気がする。
「着いた。えーっと、ヤミネスちゃんも……」
冒険者協会の前に着いたカイラムさんは、俺の後ろを見ている。
まさか、変態が!
右腕に力を入れて振り向く。
「ヤミネスさん……あれ?」
ヤミネスさんは3人の女性に囲まれていた。
理解が追いつかない。
「あなた綺麗ね!」
「かわいいわ!」
「素敵よ!」
どれも称賛の言葉だ。
ヤミネスさんは戸惑っている。
助けたほうがいいのか?
そんなことを思っていると、視線に気づいたのか、3人のうちの1人が来た。
女性だ!怖い!
「ねえ、あの子借りていいかしら?」
「え……?」
「何を着ても似合うと思うの。だから、いいかしら?もちろん、お金は私が出すわ。安心して」
勢いが強い。
それに変だ。
いきなりヤミネスさんに声をかけるなんて。
何か裏がある気がする。
「だ、大丈夫ですよ!ワタシのことはお気になさらず」
なんか無理してない?心配しすぎかな?
「……分かりました」
「ありがとう!」
女性はヤミネスさんたちがいるところに走って行って、4人で歩いていく。
ヤミネスさんが何を着ても似合うのは、分かるけど。
「怪しいね。話はやめておく?」
女性3人を訝しげに見る。
同じこと思ってたか。
「……女性だから大丈夫だと思います。早く終わらせましょう」
「そうだね」
不安を抱えながら冒険者協会に入る。
鼓動音は一つ。誰かいる。
二階から扉が開く音が聞こえる。
「クロスとカイラム?どうした?」
フィンさんがやつれた状態で出てきた。
仕事中だったかな?
「クロス君に聞きたいことがあるんじゃないかなって思ってさ。違うなら帰るよ」
フィンさんは頷く。
カイラムさんと顔を見合わせて肩をすくめる。
話したいのか?
「……少しだけ聞きたいことがある。こっちで話そう。……ヤミネスはどうしたんだ?1人だと危険ではないか?」
「大丈夫だよ。3人の女性と服屋で買い物?してるから」
階段を上り、協会長室に入り、ソファに座る。
「聞きたいことはなんでしょうか?」
「お前の体質についてだ」
気になるか〜。
聞きたくなるのも無理はないよね。
「血でナイフを作成。尋常じゃない速度の傷の治り。どう考えても普通ではない」
真剣な眼差し。
正直に言おう。嘘をつく理由がない。
「魔物の血が流れてるんですよ。それのおかげです」
「なんだと!なぜ魔物の血が……?」
「亡くなった父さんが俺を被験体にしていたらしいんです。実は俺、産まれてから10年も寝てましたからね」
フィンさんとカイラムさんは唖然としている。
転生前にダーウィンさんに教えてもらったときは、やばくね?ぐらいしか思ってなかった。
「……そうか。これは長くなりそうだな。また別の日に話してくれるか?急いでいるのだろう?」
早く終わらせてくれた!
助かる!
「はい。じゃあ、別の日に。カイラムさん」
「そ、そうだね。じゃあね!」
扉を開けて、階段を降りて冒険者協会から出る。
女性とはいえ、完全に安心しているというわけじゃない。
急いで探さないと。
「手分けして探そう」
「分かりました」
街の中を走る。
朝だからあまり人はいない。
大丈夫だ。大丈夫なはず。
両脚に力を入れて、聴覚を鋭くする。
「どこだ?」
服を貰ったあの建物か?
こんな朝に開店してるのか?
焦りがどんどん募っていく。
服屋の前に着くと開店していなかった。
悪寒が走る。
最悪なことを考えるな!
集中するんだ。
鼓動音が四つ聞こえてくる。
建物の後ろ!
そこに行くと3人の女性がいた。
それと倒れてる人が1人。
「これでおしまいよ!じゃあね!あはは!」
3人の女性は笑っている。
おしまい?何を言ってるんだ?
「あの……」
「はやっ!逃げるわよ!」
俺の存在に気づいて横を走り抜ける。
倒れてる人に近づく。
体のあちこちに赤い結晶が出現している。
「……クロス、さん……?」
掠れた声で俺の名前を呼ぶ。
聞き慣れた声。
「ヤミネスさん……なの?」
両膝をつく。
首元を見ると十字架をぶら下げている。
その十字架を取り、俺に渡す。
「これ、を……」
全身は結晶に侵食されていっている。
「ヤミネスさん!なんで!なんでこんな……」
上半身を支える。
結晶は全身を包み込み、ひびが入る。
「ま――」
そして、粉々に砕け散った。
残ったのは十字架だけ。
「そんな……はあ……違う……嘘だ」
理解したくない。
だけど、無理だった。
「嘘だこんなことー!」
両手を強く地面に当てて蹲る。
ヤミネスさんが死んだ。
その事実を理解してしまった。




