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恐竜原人の創造  作者: SHIRATORI TOSHIHIDE


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ーー現象ーー

もちろん、青年の胸に渦巻く考えを誰かに打ち明けるなど、あり得ない話だった。

結果はもう見えている。どうなるかなど、嫌というほど知っている。


「また始まった!その話が始まったら2時間はかかるぞ!」

「2時間じゃ終わらないって、朝までだって!」


かつての飲み会での記憶がよみがえる。

友人たちの笑い混じりの声。からかうようで、けれどどこか楽しんでいる響き。


最初はほんの冗談だった。

くだらない話題の延長で、ビール片手に口にしたのだ。

「お前らさ、恐竜ってほんとに絶滅したと思ってる?」


その瞬間、場が一気に色づいた。

誰もが「こいつ何を言い出したんだ」という顔で笑いながら、次第に耳を傾けていく。

気づけば青年は語り部になり、夜が更けるにつれて仲間たちは一人、また一人と脱落していった。

テーブルに突っ伏して寝息を立てる者。床に転がっていびきをかく者。

それでも、最後まで律儀に付き合ってくれた後輩がいた。眠い目をこすりながら、相槌を打ち続けてくれた姿は、今も妙に鮮明に覚えている。


以来、「恐竜」の文字が青年の口から出た瞬間、その場の空気は決まって同じ反応を示した。

苦笑、溜息、そして「またか」という諦め。

それでも友人たちだからよかった。

幼少期から思春期までを共に過ごした仲間だからこそ、笑い話として済ませることができた。

酒の肴の一つとして、面白おかしく受け入れてもらえた。


だが――。

これが会社の同僚となれば、話はまったく別だ。


会社は友人関係とは違う。

1日の大半を共に過ごし、家族よりも長い時間を共有する。

だからこそ、そこでの「見られ方」は何よりも重要になる。

互いの素顔を知ることも大切だが、何よりも優先されるのは会社の利益。

責任を分かち合い、互いに役割を果たすこと。


青年はそのルールを理解していた。

だからこそ、会社では一歩引いた距離感を保つ。

堅苦しさを避けつつ、軽口を交わせる程度にフランクに。

深くもなく、浅すぎもせず――その均衡を崩さないように努めてきた。


けれど。

休憩室のテレビから流れる、不気味な黒い穴の映像を眺めるたび、心は揺さぶられた。

今こそマイクを片手に立ち上がり、あの夜のように熱弁を振るえたら――どれほど楽だろう。

この不可解な現象に、自分の仮説をぶつけてやれたら。


喉元までこみ上げる言葉を、青年はただ飲み込んだ。

笑われる未来が鮮明に見えているからこそ。

それは甘美な誘惑であり、同時に越えてはならない一線でもあった。


それでも――久しぶりに、こんな気分を味わえたのだ。


胸の奥に蘇ったのは、まだ無邪気に図書館へ通っていた少年の日々。

児童書の棚から手に取った、恐竜の発掘調査を題材にした古びた絵本。

ページをめくるごとに現れる化石の挿絵に、少年の心は震えた。

自分の足元に広がる大地の下から、太古の覇者の亡骸が――

数千万年の時を越えて、再び姿を現す。

その想像に取り憑かれた瞬間から、彼の胸の奥には「恐竜はまだ生きている」という確信めいた灯火が宿ったのだった。


やがて、中学生のころ。

社会科資料集の片隅に載っていたエジプトの壁画。

その異形の姿を見つめた時、彼の心に走ったのは戦慄ではなく直感だった。

「これは偶然の落書きじゃない。彼らは知っていたんだ――恐竜が、まだ地上にいたことを」

その瞬間、点と点がつながり、ばらばらの知識や思いつきは一本の線となった。

幼い妄想が「自論」と呼べるまでに形を持った、決定的な瞬間だった。


そして今。

大人になる過程でいつの間にか失われていたはずの昂ぶりを、あの悍ましい漆黒の穴が一瞬にして呼び戻した。

ニュース画面に映る異形の光景を前に、青年の心臓は少年のころと同じリズムで跳ねていた。


あの黒は恐怖の象徴ではない。

自分の理屈を証明する、何よりも眩しい「証拠」だ。


それだけでよかった。

それだけで、十分すぎるほど感動できる体験だった。


まるで映画の中、最新のCGで描かれたような光景。

誰もがあの穴を「現実」として受け入れられないのも無理はなかった。

ましてや――その奥から「恐竜原人」が現れるなどと口にすれば、笑われるに決まっている。


青年は一人、自らの空想が周囲に漏れた時の気まずさを思い浮かべ、何食わぬ顔で日々を過ごしていた。

胸の奥底で熱を燻らせながらも、表面上は平凡な社会人として。


だが――その時は、唐突に訪れる。


ーー2025年9月某日。


世界は一斉に、闇へと沈んだ。


原因不明の停電。

当初は都市の一角で起きた小規模なトラブルと思われた。

だがすぐに判明することになる――それは送電網の事故などではなく、地球全土を覆い尽くす「全世界規模の停電」であったと。


穴を監視するために集結していた国防のヘリ部隊。

周囲を取り囲む報道陣の中継カメラ。

その全てが、まるで何かに妨害されるかのように次々と沈黙した。

電源は生きている。レンズも壊れていない。

だが、録画ボタンを押しても赤いランプは点滅せず、モニターには砂嵐すら映らない。

ただ、黒い虚無が張り付いたように動かなくなっていた。


「バッテリー切れじゃない……?いや、そんなはずは……」

「何台も同時に?おかしいだろ……」


カメラマンたちが狼狽する中、世界が待ち望んでいた“決定的瞬間”は、皮肉にも誰一人として記録に残せなかったのである。


9月の夕刻――まだ陽の残る時間帯だった。

街の人々は突然の停電に驚き、ざわめきながらも楽観的だった。

「ブレーカーが落ちたんだろう」

「発電所のトラブルかもしれない」

誰もがそう言い合い、日常の延長線に異変を押し込めようとした。

このとき、地球の大半はまだ“それ”を現実と認めていなかった。


しかし――穴の上空を旋回していた数機のヘリだけは、逃げ場のない現実を突きつけられることとなる。


漆黒の裂け目から、突如として溢れ出したのは直視不能なほどの閃光だった。

操縦士たちは慌てて機体を旋回させる。

光を背にして距離を取ろうとするが、その白さは視界を丸ごと塗り潰し、スティックを握る手を震わせる。


「前が……!何も見えない!」

「後ろを向け!光を避けろ!」


交信記録に残された叫びは、ただのパニックではなかった。

それは人間が初めて未知の現象に触れた時の、剥き出しの恐怖そのものだった。


後に生還したクルーたちはこう証言している。


「あんな光は生まれて初めてだった。白に呑まれて、世界そのものが消えたと思った」

「奇妙だったのは……眩しさに比べて、熱も衝撃もなかったことだ。焼き尽くされるはずなのに、ただ光だけがあった」

「終わりが訪れたと思った。でも、違った。恐れる必要はなかったんだ」


最高潮に達した輝きは、約五分。

永遠にも感じられる時間の後、やがて光は潮が引くように静まり、世界に色が戻り始める。


操縦士は互いの無事を確認し合い、震える呼吸を整えながら再び操縦桿を握った。

慎重に旋回し、ゆっくりと穴の方角へ機体を向ける。

今度は安全距離を保ちながら、恐る恐る近づいていった。

そこにあったのは、先ほどまでとはまるで異なる相貌を見せる――漆黒の大地の裂け目だった。


だがそれは、彼らが想像したような「未知の扉」でも「異世界の口」でもなかった。

眩い光が収束した後に残されていたのは、赤黒く煮えたぎる溶岩が脈動する、ごくありふれた噴火口の光景。

まるで、先ほどまで存在していた“漆黒の穴”など初めからなかったかのように。


熱気を孕んだ大気が揺らぎ、硫黄の匂いがヘリの中にまで漂ってくる。

カメラも計器も沈黙したまま、ただ人間の眼だけがその変化を目撃していた。


「……戻ってる……?」

操縦士の誰かが、震える声でそう呟いた。


人類が待ち望んだ決定的瞬間は、やはり何ひとつ記録に残らなかった。

そしてそこに残されたのは、ただの噴火口――そう見える光景だけだった。


光が消え去るのとほぼ同時に、

沈黙していた報道ヘリのカメラが一斉に復旧した。

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