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恐竜原人の創造  作者: SHIRATORI TOSHIHIDE


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ーー不可解な平穏ーー


 最初の異変から数日後――。

あれほど騒がれた世界規模の天変地異は、まるで何事もなかったかのように徐々に収まりを見せていた。


火山の噴煙は日に日に薄れていき、数日前まで黒雲に覆われていた空は、今では眩しいほどの青を取り戻していた。

海もまた、気まぐれな潮位変化をやめ、波はいつものように穏やかに砂浜を撫でていた。

豪雨も嵐も影を潜め、都市を揺らした地震の震源も沈黙した。

専門家たちがいくら資料を積み上げても、そこに「次の危険」を示す兆候は見つからなかった。


世界は、まるで巨大な舞台が唐突に幕を下ろしたかのように、静けさを取り戻していた。


そして人々の心もまた、驚くほど早く平穏に慣れ始めていた。

ニュース番組で流れるのは、未だ復旧が進まぬ地域の水害の惨状ばかりだった。

瓦礫に覆われた家屋、茶色く濁った川、橋のたもとに積み重なった流木。

キャスターは悲痛な面持ちで語り、ボランティアの姿を追い、被災した住民の声を拾う。


だが、それ以外の「世界を揺るがしたはずの現象」は、まるで初めから存在しなかったかのように話題から消えていった。


街の居酒屋でも、通勤電車の中でも、耳に入るのは水害の話ばかりだった。

「親戚の家も床下浸水したらしい」

「保険がおりるかどうかで揉めてるんだって」

「いやぁ、あの川が氾濫するなんて誰も思わなかったよな」


誰も、数日前まで世界のどこかで火山が噴煙を上げ、大地が軋み、海が荒れ狂っていたことを口にしなかった。

あの連鎖は夢だったのか――。

人々はまるで自らの記憶に蓋をするように、ただ目の前の「水害」という現実だけを語り続けていた。


青年はその様子を奇妙に思いながらも、気づけば自分も同じように相槌を打っていた。

「ああ、大変だよな」と。

自分の胸の奥に残るかすかなざらつきは、口にした瞬間に薄れ、次の言葉で簡単に消えていく。


世界は平静を取り戻した――そう言えば聞こえはいい。

だが実際は、人々が「忘れる」ことで、あの異常をなかったことにしてしまっただけだった。



ーーあれは何だったのか?


一時は誰もがそう口にしていた。

だが、その問いは日が経つごとに影を薄め、やがて会話の端にも上らなくなった。


世界を揺るがした天変地異が確かにあったことを、誰も否定はしない。

だがそれは、もう遠い記憶の片隅に押し込められていた。


(ああ、そんなこともあったな。)

思い返しても、その程度。

過ぎてしまえば、結局は「話題のひとつ」に過ぎなかったのだ。


命を落とした人が一人もいなかった――それが決定的だった。

犠牲がなければ、惨事もまた「出来事」として消費される。

まるで季節の話題や、過去の大事件を振り返るかのように。


思えば、過去の火山噴火や地震の記録もそうだった。

直接の被害を受けた者にとっては人生を揺るがす大事であっても、遠く離れた者にとってはただのテレビ映像、数字、見知らぬ誰かの物語に過ぎない。

人は結局、自らの暮らしに関わらないものを深く抱え続けることはできないのだ。


だからこそ、全世界が同じ結論へと落ち着いていった。

――あれは確かに起きた。だがもう終わった。

そう信じ込み、安堵とともに「当たり前の日常」を再び回し始めた。


だが。


人類が忘却に身を委ねていたその時も、地球の奥底では異変がなお息づいていた。

収まったと信じられていた揺らぎは、実際には形を変え、さらに深く進行していたのだ。

人の目に映らぬところで、不気味な歯車が静かに回り続けながら――。



 人里離れた孤島群のさらに奥――。

航路も記録もなく、地図にすら載らぬその一帯に、ぽつりと一つ、緑に覆われた島があった。

外界から隔絶されたその島は、熱帯特有の蒸気を帯びた風に包まれ、鬱蒼と茂る森林が海岸線から奥地へと際限なく続いている。

人類の足跡は一度も触れたことがない。

その存在を知る者すらほとんどいない。


だが島の中心部だけは異質だった。

無限に広がる樹海が、あたかも何かを囲み、崇めるように高台を形作っている。

緑に覆われた大地のただ一角、そこだけは岩肌がむき出しとなり、太陽を受けて鋭く輝いていた。

まるで島そのものが、この場所を聖域として守り抜いてきたかのように。


その孤立した岩場は、今、静かに、しかし確実に姿を変えつつあった。

中心に走った一本の亀裂は、やがて枝を伸ばすように八方へと広がり、乾いた音を立てながら少しずつ口を開いていく。

ひび割れの隙間からは、地の底から吹き上がるような熱気が微かに漏れ出し、草木も鳥も寄せつけぬ空気を纏い始めていた。


その変化は誰にも気づかれることはない。

人々がいつもの生活を送り、都市が眠りに沈む暗闇の中でも。

世界が安堵と忘却に身を委ね、青年がまた懲りもせずパチンコに敗北している最中でさえも――。

島の奥深くでは、ひたひたと確実に「何か」が進行していた。



だが、それは孤島に限った話ではなかった。

世界のあちこちで、誰一人として気づかぬまま、不穏な兆しが芽吹き始めていた。


人知れず山奥の火山。

長らく活動を見せなかったその地は、ある夜、深い森の奥で静かに唸り声をあげた。

細かな地響きに苔むした岩が崩れ、やがて小さな噴火口がぽっかりと開く。

だがそこから溢れ出したのは赤々としたマグマではなかった。

逆に――大地の熱そのものを吸い込み、飲み干すかのように、暗く底知れぬ空洞が広がっていく。

まるで大地に穿たれた黒い虚無。

覗き込む者があれば、二度と戻れぬ未来を幻視しただろう。


また、遥か遠い海域でも異変は密かに進行していた。

海底火山がわずかに隆起し、静かな波間に新たな岩肌を露出させる。

誕生したばかりの小島は、まだ誰の地図にも記されてはいない。

しかしその中心部には、すでに深く大きな穴が開いていた。

海を呑み込み、光さえ拒むその黒い淵は、まるで海そのものに口を開けたブラックホールのようだった。


けれど、その異様な光景を目にする者は誰もいなかった。

人間の目を避けるように、それはただ進行していたのだ。

報道もなく、記録もなく、ただ大地と海とが密かに変貌を始めていた。


静かに、しかし確実に。

それは人類の歴史を、誰も知らぬ時へと導く胎動だった。

誰一人として気づかぬまま――世界はすでに、元には戻れぬ道を歩み始めていた。


 人々が地球に起きている異変に気づくまで、そう時間はかからなかった。

人類はすでに高度な文明を手に入れている。大気を突き抜け、地球の裏側さえ一瞬で覗き見ることのできる「宇宙の目」――衛星があった。


そのレンズが最初に捉えたのは、あまりにも悍ましい映像だった。

大地に穿たれた、漆黒の穴。

光を呑み込み、影だけを増幅させるような黒。無機質な写真の上に浮かぶそれは、あまりに鮮明で、逆に現実味を欠いていた。まるでCGか、悪趣味な合成写真のように。


だが、それは一枚きりの偶然では終わらなかった。

やがて同じような穴が、世界各国のあちこちで次々と発見される。

アジアの山岳地帯、アフリカの砂漠、極北の氷原、そして太平洋の孤島。

大地も海も、選ぶことなく等しくその黒い淵を宿していた。


正体不明の現象。政府は内密に処理しようと奔走したが、時代はそれを許さない。

一枚の画像は数秒でコピーされ、SNSに、動画共有サイトに、そしてテレビへと――。

情報は爆発的に拡散し、人類は否応なくその「黒」を目にすることになる。


「地球の終わりだ」

「いや、ただの自然現象だ」

「宇宙人の仕業に決まってる」


解説者は真顔でありながら視聴率を意識した芝居がかった口調で仮説を並べ立て、陰謀論者は熱狂的に叫んだ。

だが街は思いのほか平穏を保ち、暴動も起きなかった。

むしろ人々は、現実感を失ったまま、SF映画の中に迷い込んだような奇妙な浮遊感を覚えつつ日常を続けていた。


昼休みの食堂。

社員たちはトレーを抱え、味噌汁をすすり、テレビに映るニュースを横目に談笑している。

そのざわめきの中で一人、青年は箸を動かしながら、画面から目を離さなかった。


世界が終わるのなら、それも仕方がない。

そう考える彼の胸の奥にあるのは、諦めでも投げやりでもなかった。

恐怖でもなく、戸惑いでもなく――むしろ期待に近い感情。


どこか子どもの頃から胸に抱き続けてきた小さな好奇心。

教科書の端に落書きしていた空想。

授業中に頭の中だけで繰り返した仮説。


――もしや、これはあの「恐竜原人」の仕業ではないのか。


単純で、笑われるような考えだ。

小学生のころから思い描いてきた「恐竜原人説」。

誰に語ってもまともに取り合ってはもらえず、ただの妄想として胸の奥にしまい込んでいたはずのもの。

だが今、世界の異変を前にして、その妄想がふと現実と重なって見えた。


もし、自分の考えが当たっていたら?

世界が揺らぐその瞬間を、ただ一人、正解として見抜いていたとしたら?


思えばそれは、子どもが初めて秘密基地を完成させたときの感覚に似ていた。

誇らしく、胸が高鳴り、誰にも知られぬ喜びを分かち合いたくなる。


青年の唇に、知らず小さな笑みが浮かぶ。

それは狂気ではなかった。

ただの、子どもの頃から続く“夢の延長”にすぎない。


そして彼にとっては、どんな終末の予兆よりも――心を躍らせる楽しみだった。

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