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恐竜原人の創造  作者: SHIRATORI TOSHIHIDE


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ーー不可解ーー

 青年は靴の先で水溜まりを避けながら、濡れたアスファルトを歩いた。

先ほど胸に差し込んだ違和感は、不思議なほどに霧散している。

ただの帰路、ただの通り雨のあとの景色。

そう思い込もうとするかのように、意識は現実的な足元に縛りつけられていた。


しかし――数日後。


我が国は未曾有の局面に立たされていた。

世界中が日本を憂いている――そのとき、誰もがそう思っていた。


富士山の噴火の兆候は、国中の関心を一身に集めた。

連日の特別番組、緊急記者会見、街頭インタビュー。

そして追い打ちをかけるように、各地を襲った凄まじい水害。

日本列島はあたかも歴史的災厄の只中にあり、世界から孤立して試練に立たされているかのように見えた。


だが、その認識はやがて崩れ去る。


遠く離れた大陸からも届く報せ。

火山の噴煙が空を覆い、昼なお暗い町。

大地を裂く地震、海の潮位が突如として変動し、予告もなく押し寄せる津波。

空からはかつてない豪雨が落ち、巨大なハリケーンが人々の暮らしを根こそぎ奪っていく。


それは決して日本だけの問題ではなかった。

世界規模の異変――誰も経験したことのない「地球の異常」そのものだった。


各国のメディアは連日、画面を黒く塗りつぶすような惨状を伝える。

首脳陣は慌ただしく電話会談を重ね、「協力体制の確認」という言葉を繰り返す。

だが、実際には誰も未来を描けない。

ただ押し寄せる事態に押し流されるばかりだった。


もはや日本だけが試練の渦中にあるのではない。

世界そのものが、同じ運命へと巻き込まれていた。



いつ起こるとも知れぬ天変地異に、人々は怯え、ただニュース画面にかじりついていた。

薄暗い居間、蛍光灯の下でも青白く浮かぶ液晶の光に照らされながら、誰もが口を噤み、息をひそめる。

大雨や土砂崩れといった自然災害は、確かに彼らから恐怖を奪いはしなかった。

水が押し寄せ、家を呑み込み、人々をのみ込む映像を前にすれば、誰だって胸を締めつけられる。

その反応は、これまでの人類の姿となんら変わらなかった。


だが――富士山の噴火。


そして海の異変や、大陸を揺るがす地震、空を覆う火山灰や巨大ハリケーン。

そうした映像を目にした時だけは、なぜか人々の表情から恐怖の色が抜け落ちていった。

世界の終末を思わせる事象の数々に直面してなお、彼らは妙に落ち着き、軽口さえ交わしてしまうのだ。


もちろん、青年もその一人である。

本来なら全身を凍らせるはずの光景を前に、なぜか心臓は静かなまま。

胸の奥にざらつくような違和感を覚えても、それはすぐに霧のように消え去ってしまう。


「どうせ人の一生なんて、せいぜい八十年。世界が終わるなら終わればいい」

そんな半ば投げやりな思考が、彼に妙な余裕を与えていた。

恐怖を感じられないことを恐ろしいと思う余裕すら、掻き消されてしまう。


だからこそ、災厄の只中でさえ、彼はバカげた妄想を楽しめた。

火山の噴火も、海の異変も、大地の軋みも。

すべては「恐竜原人が地表に戻るための環境整備」なのだ――そう思えば、恐怖は一転して物語のように胸を高鳴らせる。


人々が無表情で画面を見つめる片隅で、青年だけが奇妙な興奮に身を委ねていた。

世界の終わりを前にしてさえ、自分の妄想に拍車をかけ、幼子のような輝きを瞳に宿しながら。


ーーXデーはいつ訪れるのか――。

世界中の誰もがその問いを胸に抱いていた。だが答えはどこにもなく、疑念と不安の狭間で、人々は宙ぶらりんのまま日常を続けていた。


確かに災害は起きている。

空を覆う火山の噴煙、潮位の急激な変化、警告もなく地を揺らす地震、そして突如として襲いかかる豪雨や嵐。

ニュース番組は連日、そうした光景を映し出し、キャスターの声は切迫感を帯びていた。

だがその映像は、まるで現実感を欠いた映画の一場面のように受け止められていた。


大きな暴動もなく、街には日常のリズムが流れていた。

朝になれば通勤電車は人で溢れ、子どもたちは鞄を揺らして学校へ向かい、恋人たちは喫茶店で向かい合う。

ただその合間にテレビをつければ、コメンテーターが「人類史的な終末」を笑いを交えて語り、陰謀論者がSNSで「人為的な気候兵器の実験」などと騒ぎ立てる。

それを信じる者たちがスーパーで水や乾麺を買い込み、店先に列を作る光景すら、もはや娯楽の一部のように映った。

切迫感ではなく、奇妙な見世物として消費されていく。


なぜだろう。

なぜこれほど異常が連続して起きながら、人々は「どこか他人事」のように受け止めてしまうのか。


答えはただひとつだった。


――誰も死んでいないのだ。


世界のあらゆる惨状、その映像の末尾には、決まって同じ言葉が添えられる。

「死者なし」。

津波が押し寄せても、噴煙が都市を覆っても、地震が高層ビルを揺さぶっても、最後に示されるのは被害の大きさではなく「無傷の結末」。


それは安堵を与えると同時に、不可解な違和感を植えつけていた。

なぜだ? どうしてあれほどの被害がありながら、命だけは必ず守られているのか。

人々はうっすらと気づきながらも、その疑問を深く追いかけようとはしなかった。

気づいたとしても、すぐに霧のように消え去ってしまうからだ。


青年もまた、ニュース画面を見ながらその違和感を抱いた一人だった。

「こんな馬鹿な話があるか」

思わずそう呟きかけた舌は、しかし丼の湯気に紛れて止まる。


確かに不自然だ。誰も死なないなんておかしい。

そう頭では分かっているのに、その思考はすぐに指先から零れ落ちる砂のように崩れていく。

気づけば彼もまた、他の誰かと同じように「まぁ大丈夫だろう」と結論づけてしまうのだ。


――それが一番の異常ではないのか。


胸の奥でかすかに灯るその疑問は、牛丼の熱気やスマートフォンの光に飲み込まれ、再び深く沈んでいった。


奇妙な安堵と、言葉にならぬざらつき。

人類は今、その中途半端な均衡の上に立たされていた。

世界が崩れゆく映像を眺めながらも、誰も悲鳴を上げず、ただ次のニュースを待つしかない。

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