ーー約束ーー
静寂が訪れる。
「……これはどうなんでしょう。」
未来人の思念が、ゆっくりと空間を震わせた。
「その鉱物は、地表のどの鉱物からも採取できないものでした。成分構造も結晶の配列も、地球上のいかなる分類にも属さない。」
「おそらく、それは地殻の深部――つまり、意図的に“エネルギーを遮る位置”に置かれていたのです。しかも、恐竜原人の手によって。」
恐竜原人は、わずかに表情を緩めた。
その仕草には、懐かしさといたずら心が滲んでいる。
「そして、その鉱物を手に取ったのが――“開発者の意向”を持つ人物でした。」
「彼は恐竜原人に導かれ、偶然ではなく“選ばれるようにして”その石を見つけた。」
「おそらく、あなた方は最初から分かっていたのでしょう。その人物が、その鉱物を手放すことはないと。」
(……つまり、それこそが我々の“遊び心”というわけですか。)
原人の声は穏やかで、どこか満足げだった。
「私たち人間の感覚で言うなら、そう考えます。」
「人間の“遊び心”とは、予測不能な偶然と意図を重ね、そこに未来を託すこと。私たちは、恐竜原人の思考を基に作られたプログラムを持つ存在ですから。」
(当時の担当者が、そのようなやりとりまで行っていたとは……)
原人は小さく笑みを浮かべる。
(実に我々らしい発想ですね。)
沈黙が訪れる。
だがその静けさは、過去と未来のあいだに生まれる“理解の間”のようでもあった。
とてつもなく長い年月を経て――
必然とも、偶然とも呼べぬ奇跡の連鎖が、二つの種を再び結びつけた。
それぞれが滅びを越え、創造の形を変えてなお、生き続けていたのだ。
「そして、その鉱物から得られた膨大なエネルギーをもとに、人間はついに惑星を離れました。」
「新たな大地、新たな空のもとで、人類は“第二の進化”を始めたのです。」
「やがて、移り住んだ惑星の鉱物にも、同様のエネルギーが豊富に存在することが確認されました。」
「そこから、時間軸を超える移動技術――“時空跳躍”の運用が現実となったのです。」
原人はゆっくりと目を閉じた。
その姿は、遠い昔に失われた大地の夢を見ているかのようだった。
(……見事です。あなた方は、我々の遊び心を継ぎ、想像を現実に変えた。)
未来人の思念が静かに応じる。
「ええ。あなた方が残してくださった“遊び”こそ、私たちの進化の原動力でした。」
白い空間が、ほんの一瞬、柔らかな金色に染まる。
それは、創造主と被造物が初めて“対等”となった瞬間の光だった。
(……本当に厳しい状況を乗り越え、新しい未来への一歩を進めたのですね。)
恐竜原人の声は穏やかで、長い時を超えてなお、どこか親のような慈しみを帯びていた。
「はい。私たち人間は、地球を離れ、新たな道を歩むことにためらいはありません。」
「それは逃避ではなく――あなた方と共に生きた時間の延長線上にある“選択”です。」
「恐竜原人と人間、互いの進化が重なり合うことで、私たちはより良い未来を築けると信じています。」
(そうですか……。頼もしい言葉ですね。)
原人は目を細め、静かに頷いた。
彼の瞳には、遠い時代に見送った地球の青がわずかに映っているようだった。
(では、この先はどうされるのですか?)
「今の私たちは、新たに見つけた環境の安定した惑星へ移住する計画を進めています。」
「大気や重力のバランスも地球に近く、生命が根付く可能性が高い星です。」
「そこを第二の故郷とし、再び生命の循環を育てていこうとしているのです。」
(さらに新しい星を目指すのですね。)
「ええ。それが、私たち人間に刻まれた“性”なのだと思います。」
「探求し、創り出し、未知を恐れず歩むこと。それがあなた方の遊び心を受け継いだ、私たちの進化の証なのです。」
未来人の思念は柔らかく広がり、白い空間の中で波紋のように拡散した。
「私の生きる時代では、恐竜原人の皆さんもすでに地球から移住を終えています。」
「私たちはお互いの技術や記録、遺伝情報までも共有しながら、新たな惑星間社会として共に繁栄を目指しています。」
(……そうですか。)
原人の声に、感慨と誇りが入り混じる。
長きにわたり守り続けた種の願いが、ようやく形を得た瞬間だった。
「あなた方が私たちに託した“創造の意思”は、今も確かに息づいています。」
恐竜原人は静かに目を閉じた。
まるで、遠い未来の星々にその言葉を送り届けるかのように――。
(それでいいのです。我々の願いは、命が続くこと。そして、その命が“想像”を止めないこと。)
白い空間の中で、時が止まったような静寂が満ちていた。
未来人と恐竜原人は向かい合い、長い時間を越えた邂逅の終わりを感じていた。
「……そろそろ戻らなければなりません。」
未来人の声が思念として空間に響き、足元から淡い光がゆらめく。
(もう行ってしまうのですか。)
恐竜原人の低く響く声には、名残と誇りが入り混じっていた。
「はい。私たちの時間軸では、すでに次の星への移住計画が始まっています。長くここに留まれば、時の流れが乱れてしまいます。」
原人は静かに頷いた。
(あなた方がここまで進化を遂げ、再びこの地へ戻ってきた――それだけで、我々の創造は無駄ではなかったようですね。)
「ありがとうございます。ですが、私たちはあなた方の後を継いだのではありません。」
「私が生きる"未来"では、恐竜原人も私たちも、それぞれの星で生きる“仲間”として共に歩んでいます。」
未来人の思念が柔らかく広がる。
「実際に交流があるわけではありませんが、互いの技術や記録を共有し、星と星をつなぐようにして生きています。争いも支配もなく、ただ“理解”という名の絆で結ばれているのです。」
(……それは、何より嬉しい報せです。)
原人の声が少し震えた。
(あなた方が独りではなく、共に歩む道を選んでくれた。それこそが、我々が願った未来でした。)
(あなた方が、創造主の影を越え、対等な生命として歩んでくれたこと。それが我々の創造の完成形なのかもしれません。)
「私たちはあなた方の創造に感謝しています。けれど、それ以上に――
"いま”を共に生きていること、それ自体が奇跡だと感じているのです。」
光が強くなり、未来人の姿がゆっくりと溶けていく。
白の空間が、まるで朝を迎えるように金色の輝きを帯び始めた。
「あなた方の星にも、また訪れます。その時は、改めて共に語りましょう。創造でも、進化でもなく、“いま”という時間の中で。」
(……ええ。あなたが帰るその先にも、きっと我々の言葉が届くでしょう。)
「次にお会いする時は――きっと、同じ空の下で。」
(その時は、もう創造主と被造物という関係ではなく、同じ“生命”として語り合いたいものです。)
未来人は微笑んだ。
「ありがとう。これが、私たちの新しい始まりです。」
光が一瞬、柔らかく弾け――
未来人の姿は静かに消えた。
恐竜原人はしばらくその場に立ち尽くし、何かを感じ取るように胸に手を当てる。
(……行きましたか。)
誰に向けるでもない独り言が、白の空間に響いた。
だがその声の中には、寂しさではなく確かな安堵があった。
恐竜原人はそっと右手の親指をこめかみに添え、静かに言葉を放つ。
ーー応答、終了。ーー
その瞬間、空間は眩い光に包まれた。
光は一瞬にしてすべてを飲み込み、やがて穏やかに収束していく。
光が消えたあとには、音も形も残らず――ただ“無”だけが静かに広がっていた。
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