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恐竜原人の創造  作者: SHIRATORI TOSHIHIDE


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41/43

ーー希望ーー


ーーそこは、壁も天井も地平も存在しない。

ただ、どこまでも続く“白”だけが支配する空間だった。


「ようやく、会うことができましたね。」


その声は音ではなかった。

脳の深層に直接触れるような思念の波。

語りかけたのは、小柄で、全身を薄いグレーの滑らかな膜に包まれた生命体。


あの日、青年が語った「未来の人間」の姿——

それが、今まさに恐竜原人の目の前に立っていた。


(こちらこそ、楽しみにしていました。)

原人の声は落ち着いていた。

(その姿で来られているということは……すでに時間軸を超える移動技術を運用しておられるのですね。)


二人は向かい合い、互いを観察する。

形の違いを超えて、そこには確かな“理解”があった。



「その通りです。」

灰色の存在は静かに光を帯び、その光が脈動するたびに、周囲の白が微かに震えた。

「今回は約三千年先の未来から、あなた方の地表調査のタイミングに合わせて地球に戻りました。」

「この技術を、互いに対等に運用できるようになるのは……おそらく、今から数百年後のことになるでしょう。」


原人はしばらく黙っていた。

その瞳には、かすかな驚きと、懐かしさが入り混じっていた。

(やはり……人間の進化の速度は、我々を遥かに超えているのですね。)

感嘆とも諦観ともつかぬ声で、静かに言葉を落とす。


「いいえ。」

未来の存在はやわらかく否定した。

「全てはあなた方、恐竜原人のおかげです。私たちを生み出し、進化を導き、支えてくれたのは、いつの時代もあなた方でした。」


未来の人間は、思念の波を少しだけ柔らかく変えながら、静かに語り始めた。


「我々が急速な進化の道を辿り始めたのは、一冊の書記に記された、“私たち自身の真実”によるものでした。」

「その書記は、古代文字で書かれた非常に古い記録で、深い海底から偶然発掘されたのです。」

「しかし、文字の解析には長い時間を要しました。なにせ、私たちの文明が使う言語体系は、その頃にはすでに音や形の概念を超越していたのですから。」


原人は、目を細めるように相手の思念を受け取る。

興味と、わずかな懐かしさが混じった反応だった。


「進化の過程で、言葉や文字というものは常に変化し続けてきました。」

「思考を共有する技術が発達するにつれ、音声や文字による表現は次第に不要となり、やがて共通言語を除いてほとんど衰退しました。」

「それでも――人類は最後まで、“記す”という行為に何かを託そうとしていたようです。」


一瞬、空間に微かな波紋が走る。

それはまるで、遠い過去の海の記憶が呼吸したかのようだった。


「私が生まれた時点で、人間はすでに地球を離れ、他の星々で暮らしていました。」

「私たちの先祖にあたる“人間”は、私が生まれるおよそ千年前――つまり、地球暦で二十八世紀の終わり頃に、惑星を離れたと記録されています。」


「当時の地球は、温暖化と活火山の連鎖的な活動によって大陸が再び動き、海面上昇が進みました。

長い間安定していた大地は割れ、いくつもの島々が海に沈み、文明の痕跡は潮の底へと消えていきました。」


「海底で書記が発見されたのも、失われた“日本文明”と呼ばれる古代の海底遺跡でした。」

「人々はその文明の記憶を「静かに沈んだ祈り」と呼び、そこに残された記号を解読することで、自らの起源を見出したのです。」


未来人の思念は、どこか哀しげで、それでいて温かかった。

その語りは、文明の滅びと再生を見届けてきた者の静かな祈りのように響いていた。


「当時の人間は、温暖化の進行により、あらゆる生態系の均衡を失いつつありました。」

「森林は枯れ、生命を繋ぐ水脈は途絶え、海面上昇によって大地は日に日に減っていったのです。」

「それは、地球そのものが静かに息絶えていくかのような、長く緩やかな終焉の始まりでした。」


「その時点での最高の知識と技術をもってしても、地球から離れるための手段はなく――」

「人間自身もまた、急変する環境に適応できる進化を遂げることができませんでした。」

「文明は飽和し、科学は限界を見せ、希望という言葉さえ形を失いかけていたのです。」


その言葉が伝わるたび、恐竜原人の胸の奥に小さな波が立つ。

彼の眼孔の奥がわずかに揺れ、吐息のような音が虚空に広がった。

それは、絶滅という言葉の重さを、種として知る者の静かな共感だった。

未来人は、ひと呼吸おいて、思念の色をやわらげる。


「……人間の限界、そして絶滅という言葉が、現実のものとして目の前に現れたその時でした。」


白い空間に、わずかな光の粒が生まれる。

人間の思念がそれを導くように、穏やかに続けた。


「日本文明で発見された“書記”の解読に、ついに成功したのです。」

「そこには、私たち人類がどのように誕生し、何を目的として存在しているのかが記されていました。」

「あなた方――恐竜原人の存在。あなた方が私たちに託した使命。そして……」

「あなた方の“遊び心”が、私たちの未来を切り拓くきっかけとなっていたのです。」


沈黙が、ほんの一瞬、二人のあいだを満たした。

恐竜原人は顔をわずかに傾け、その言葉を咀嚼するようにして呟いた。


(……我々の“遊び心”が?)


その声には驚きよりも、懐かしさが滲んでいた。

それは、かつて創造の喜びに身を委ねていた種の、深い記憶の奥底を呼び起こす響きだった。



人間は静かに頷き、わずかに間を置いてから言葉を続けた。


「はい。その“書記”を書き、後世へ残した者こそ――開発者の意向を、直接プログラムされた存在だったのです。」

「その者の記録は、単なる歴史の断片ではなく、人類そのものの「設計図」に等しいものでした。」


原人の顔に、どこか懐かしむような笑みが浮かぶ。

長い時を経て、自らがまいた種の芽吹きを見届けたような表情だった。


(……2000年代初頭の地表調査で、我々は同時に“人間の自己学習機能”についての観測を行っていました。)

原人の声には、記録を語る者の落ち着きがあった。

(その際に、開発者の意向をプログラムされた人物との接触が確認されています。

当時の我々の担当者は、その人物と、隠すことなくあらゆる会話を交わしたと報告しています。)


人間は目を閉じるように思念を深め、静かに語り返す。


「その人物こそが、私たちの未来に繋がる“知恵”と“産物”を遺してくれたのです。」

「その対話の中には、恐竜原人が氷河期を迎え、絶滅の危機に瀕していた時の記録がありました。」

「その時、あなた方は“鉱物からエネルギーを採取する”という、私たちには想像もできない技術を研究し、完成させたと書かれていました。」


その言葉に、空間の白がわずかに揺れる。

まるで、はるか昔の地殻の震動が記憶の底で蘇ったかのようだった。


「その技術によって、恐竜原人は寒冷と飢餓の時代を乗り越えた。」

「その記述が、私たち人類に新たな視点を与えたのです。」

「私たちも同じように、鉱物からエネルギーを採取する研究を始めました。長い試行錯誤の果てに、ついにその抽出に成功したのです。」


「鉱物エネルギー――それは私たちにとって、宇宙の構造そのものに触れるかのような“未知の可能性”を秘めた力でした。」

「私たちは書記に記された手順をなぞりながら、その力を採取し、利用し、そして次の段階へと進みました。」


「次に私たちが試みたのは――そのエネルギーを、外ではなく“内”に取り込むことでした。」

「恐竜原人がかつてそうしたように、鉱物の力を自身の肉体に宿す。進化を促す触媒として。」


未来人の思念が淡く光に変わり、白の空間に揺らめきが走る。

それはまるで、遠い過去に絶えた種の呼吸が、再び生命のリズムを取り戻したようだった。



「その後、人間の進化速度は、信じられないほどの速さで加速しました。」

「もともと恐竜原人から与えられていた“成長プログラム”――それは知能と肉体の発展を促す設計でしたが、鉱物エネルギーの摂取によって、その進化は臨界点を超えたのです。」


「結果として、人間は知能的にも肉体的にも、かつての地球環境に適応できる段階に達しました。」

「そして、人間が再び地上に生息できるようにと、荒廃した地表を再生させる試みが始まったのです。」


しかし、その先で――思いどおりにはいかなかった。


恐竜原人が静かに頷き、わずかに目を閉じる。

(……原因は我々のプログラムですね?)

(人間を創造した本来の目的は、地表を我々が再び住める環境に整えること。その意図に反する行動を取れば、制御プログラムが作動する。――つまり、そういうことです。)


「その通りです。」

未来人は穏やかに肯定した。

「私たち人間がどれほど進化し、どれほど優れた存在になったとしても……その根幹の設計は、恐竜原人から与えられたもの。」

「“創造された者”としての宿命は、根の部分で変えることができないようです。」


白の空間に一瞬、かすかな沈黙が訪れる。

それは、創造主と被造物が同じ痛みを共有する、静かな時間だった。


「そこで人間は、考え方を改めました。」

「地球を変えるのではなく――外へ出る。」

「私たちは恐竜原人から授かった叡智をもとに、近隣の惑星への移住を試みました。」


「しかし、地表で採取できる鉱物エネルギーでは、宇宙空間を移動するには膨大すぎる時間がかかり、また、未知の環境へ適応するためにも同じエネルギーを必要としました。」

「結果として、人間は再び限界に直面したのです。」


原人が静かに問う。

(……その限界を超えたのは、どうやって?)


「――それを解決に導いてくれたのも、恐竜原人と“開発者の意向”を持つ人物との出会いでした。」


(それはいったい……?)


未来人は微かに光を放ち、その思念が白の空間をゆっくりと染めていく。


「書記を書いた人物が、最後に“遺したもの”がありました。ひとつの鉱物です。」

「それは、恐竜原人が“宝探し”という遊び心の提案で行動していた際に見つかったものだと記されていました。」

「実際には、地殻との“扉”を開く鍵であり、長い間そのエネルギーの流れを遮断していた存在――つまり、未知の障害物でもあったのです。」


「書記の中にはこう書かれていました。」

「子供のいたずらで灯籠の中に置かれた“ただの石”。だが、それは地殻の門を閉ざし、エネルギーの循環を止めていたと。」


「人間たちはその“ただの石”を調べました。そして気づいたのです。――その鉱物こそが、とてつもないエネルギーを秘めた“起源の石”だったのだと。」


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