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恐竜原人の創造  作者: SHIRATORI TOSHIHIDE


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ーー託すーー


 その間、彼はステンレスのペール缶を準備した。

手にしたタッパーと同じサイズの型を確認しながら、

缶の底に発泡ウレタンスプレーを吹き込む。

すぐにモコモコと膨らみ始める白い泡――まるで大地の呼吸のようだ。


タイミングを見計らい、固まりかけたウレタンの中心にタッパーを押し込む。

熱と圧力が缶の内部にこもり、ウレタンが形を記憶する。

「未来への心臓」を包み込むようにして、静かに密封されていく。


30分ほど経つと、ウレタンはしっかりと硬化していた。

タッパーを一度取り出し、次にレジンが完全に固まったものをその“型”へ戻す。

最後に、再びウレタンを吹き付け、慎重に蓋を閉める。


「これで……完成だ。」


青年はペール缶を見つめながら、深く息をついた。

光沢を放つステンレスの表面には、部屋の灯りと自分の顔が重なって映る。

それは“今の自分”を未来へ封じ込めたような、不思議な感覚だった。


(これが、オレにできる最善の方法だ。あとは……託すだけだな。)


ペール缶の中で眠るノートは、

もうすぐ“時間”という長い旅に出ようとしている。



ーー年末年始。


実家に帰ると、家の中はしんと静まり返っていた。

リビングの時計の秒針の音だけが響き、暮れの午後の日差しが障子の隙間から淡く差し込む。

両親は毎年恒例の年末旅行に出かけており、家には青年ひとり。

人気のない家の空気は、懐かしくもあり、どこか張りつめたようにも感じた。


(ちょうどいいタイミングだ。今日の夕方がタイムリミットだな。)


彼がこの計画を急いだ理由のひとつは、まさにこの“空白の時間”だった。

いくら家族でも、いきなり庭にスコップを突き立てて穴を掘り出したら、心配されてしまう。

説明のしようがない、誰にも見せられない作業。

だからこそ、今しかなかった。


青年は玄関で靴ひもを結び、裏口から庭へと出た。

冬の空は雲ひとつなく、張りつめたような青。

吐く息は白く、風もなく、音のない世界に自分の動作だけが響く。


(さぁ、掘るか。)


スコップを地面に突き立てる。

凍った表土が硬く抵抗した。

何度も足で踏み込み、重い土を剥がしていく。

一度掘り返せば、冷たい土の匂いが立ち上り、遠い昔の記憶を呼び覚ますようだった。


掘る場所は家の裏手、林のはじまりにある小さな空き地。

幸い、根を張る大木が少なく、土は比較的柔らかい。

それでも冬の地面は冷たく締まっていて、スコップを握る手はすぐにかじかむ。


時間の感覚が少しずつ薄れていく中、青年は黙々と掘り進めた。

登山の疲れ、長距離運転の疲労――それらが体の節々から滲み出してくる。


(とんでもない年末だな。)

思わず苦笑する。

(まぁ、これでパチンコに行かなくて済むから、健全っちゃ健全か。)


そんな冗談を呟いてみるが、声は冷えた空気に溶けていった。


ーーどれくらい掘っただろう。


目標を3メートルに決め掘り始めた。

体の芯まで冷えきった頃、ようやく青年はスコップを立てた。

息を整えながら、掘り返した穴の中にゆっくりと降りてみる。目標には届かないが、冷静に考えれば、これ以上の手掘りは現実的ではない。


肩のあたりまで地面の高さ。

2メートルある……ような気がした。


いや、実際はそこまでいっていない。

おそらく1.5メートルほどだろう。

だが、もう少しでも掘れば体が動かなくなりそうだった。


(……もう無理…2メートルあるってことにしておこう。)


そう心の中でつぶやく。

スコップを土に突き立てたまま、空を仰いだ。

穴の上に見える冬の青空は、細く切り取られていて、まるで別世界のようだった。


(ここでいい。これがオレの“限界”だ。)


そう言い聞かせるように頷くと、胸の奥に少しだけ温かいものが灯った。

その温もりは、寒風の中で凍えながらも確かに燃えている小さな火。

誰にも見えない努力の証のように、青年の胸の奥で静かに揺れていた。



掘り終えた穴の底に、青年はそっとペール缶を下ろした。

金属がわずかに土を擦る音が、静まり返った冬の林に響く。


昨晩、缶のフタや持ち手の付け根、水が入り込みそうな隙間という隙間には、念入りにコーキングを施しておいた。

完璧ではないかもしれない。

だが、今の自分にできる限りの工夫と誠意は、すべてそこに込められている。


青年は深く息を吸い、凍てつく空気を胸に満たした。

白い息がゆっくりと立ち上り、冬の光の中で淡く揺れる。


(何年もつかわからないけど……数百年じゃなくてもいい。自分がいなくなったあとに、誰かがこれを見つけてくれたら、それで御の字だ。)


そう思うと、胸の奥に静かな満足感が広がっていく。

それでも、心のどこかで自嘲気味に笑いが漏れた。


(一番恥ずかしいのは、生きてるうちに掘り返されることだな……。)


苦笑しながら、スコップを手に土をかけ始めた。

乾いた土が缶の上に当たるたび、低く鈍い音を立てる。

その音が、まるで何かを封じる儀式の太鼓のように響いた。


土の重みが少しずつ缶を覆い隠し、やがて地面の色と一体になっていく。

未来への願いも、後悔も、全てこの中に閉じ込めてしまおう。

青年はそう心の中で呟いた。


スコップの先で表面を均し、避けておいた草を丁寧に戻す。

どこを掘ったのかわからないほどに整えると、仕上げに掌ですくった雪を上から被せた。

雪は音も立てずに舞い落ち、白い薄膜となって穴を覆っていく。


(……よし、これで完了。)


立ち上がった青年の吐く息が白く溶け、冬の静寂の中に消えた。

辺りには風の音もなく、ただ木々が凍てつく音だけが微かに響いていた。

その瞬間、彼の胸にあった熱も、ゆっくりと冷えていくようだった。


だがその冷たさは、不思議と心地よかった。

何かを終えた人間だけが感じる、静かな満足と安堵がそこにあった。


一仕事を終え、土の匂いをまだわずかに纏ったまま実家へ戻る。

玄関を開けると、長い旅の果てにようやく辿り着いたような安堵が全身を包んだ。

暖房の効いた部屋は柔らかく、冷え切った指先がじんわりと温もりを取り戻していく。


キッチンに立ち、ゆっくりとコーヒーを淹れる。

湯気が立ちのぼるカップを手にしたその時、外から車のエンジン音が近づいてきた。

どうやら両親が旅行から帰ってきたらしい。


窓の外を見やると、雪明かりの中でヘッドライトがゆらゆらと揺れている。

その光景を眺めながら、青年は深く息を吐いた。

(間に合ったな……。)


ほんの数時間前まで、土の中に埋めたペール缶の感触がまだ掌に残っている。

幼い頃から抱いてきた不思議な憧れ、そしてあの恐竜原人たちとの記憶――

すべてをあのカプセルに託し、静かに封じたのだ。


胸の奥にぽっかりと空いたような感覚があった。

けれどそれは喪失ではなく、何かをやり遂げた後に訪れる穏やかな空虚だった。

(これで、よかったんだ。)


窓の外には、両親の笑い声と雪を踏む音。

その響きがどこか懐かしく、現実の世界へと青年を引き戻す。


カップの縁に唇をつけると、香ばしい苦味が静かに広がった。

それはまるで、長い夢から醒めたあとのような味だった。


恐竜原人との旅は、これで終わりだ。

もう、あの声も、あの青空も、彼のもとには戻らない。


けれど、不思議と寂しさはなかった。

あの存在たちは、もう自分の中で確かに生きている――そう思えたからだ。


(これからは、俺の時間を生きよう。)


青年はゆっくりとカップを置き、湯気の向こうで静かに微笑んだ。

開発者の意向も、宿された使命も、もう意味を成さない。


ただ、自分自身の意思で、次の年を迎えるだけだった。


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