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恐竜原人の創造  作者: SHIRATORI TOSHIHIDE


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36/43

ーー別れーー


その言葉は、別れの鐘の音のようだった。


青年はうつむく。胸の奥から込み上げる、説明のつかない寂しさ。

握りしめた小石は、たしかに存在する“つながり”の象徴だった。

彼はそっとそれをポケットにしまいこむ。温もりが、まだ指先に残っている。


ーー「これで帰ってしまったら……次に来る時には、オレはもう生きていないですよね?」


(そうですね。次の調査は、おそらく数百年後になるでしょう。)


ーー「……もっとあなた達のことを知りたかった。人間のことも知ってほしかった。話したいこと、いっぱいありますよ。」


青年の言葉は空へ溶けるように薄く響く。

すると原人は、少し微笑むような調子で続けた。


(あなたは開発者の意向を受け継ぐ者。あなたが我々について思考するたび、プログラムを通じて必要な情報が開示されるでしょう。)


(逆に言えば――我々は“あなたが想う通りの生命体”であるのかもしれません。)


その言葉は哲学のようで、祈りのようでもあった。

青年の心には、小さく火がともる。消えないまま残るであろう火だ。


冬の山頂の空は、やけに青く、どこまでも澄み渡っていた。

別れの予感を抱えながら、青年はその空をただまっすぐに見上げた。


(――では、これで最後になります。本当にありがとうございました。)


ーー「……はい。こちらこそ、ありがとうございました。」


そのやりとりは、たった一言の応酬だった。

しかし青年にとって、その言葉は何百行にも匹敵するほどの想いを抱いていた。


芽生えた不思議な友情は、これからも確かに自分の中で生き続ける――

そう感じられるほど、原人との時間は深く刻まれていた。

孤独とは別の世界で生きていたはずの存在と、たしかに心を通わせたという実感。

それは“記憶”ではなく、これからの“糧”になるものだ。


最後の応答が途切れると、耳に入ってくるのは冬の山頂特有の静けさだけ。

風も息を潜め、雪面の光だけが澄んだ青へ反射している。


青年は鳥居の方へ視線を向け、ゆっくりと一礼した。


ーー(また来よう。何度でもここに来よう。)


皆神神社を、ただの目的地ではなく「帰ってこられる場所」にしたい――

自然と、そんな想いが生まれていた。


ポケットの中の小石の感触を確かめると、青年は振り返らずに歩き出した。

青空はどこまでも澄み渡り、別れの後の世界とは思えないほど明るい。


原人との別れはあっけなかった。

だがその余韻は、静かで、深く、そして美しかった。


冬の陽光を背に受けながら、青年は来た道を一歩ずつ戻り始めた。


ーー車のドアを開け、エンジンをかける頃には、太陽はすでに山の端へと沈みかけていた。

雪面はかすかなオレンジをまとい、冬特有の短い夕暮れが終わりを告げようとしている。


帰り道の記憶は曖昧だった。

ハンドルを握り、アクセルを踏み、ただ景色が流れていくのを眺めていたはずなのに、頭の中はひとつの光景で満ちていた。

――あの声。あの対話。あの時間。

何度も何度も、同じ場所を再生するように。


けれど不思議と、胸の中は空っぽではなかった。

寂しさは確かにある。失った感覚もある。

だがそれ以上に、前へ押し出されるような力が湧いていた。

落ち込んでいるわけでも、浮かれているわけでもない。

ただ、何かを確かにやり遂げたという感覚――

いろんな感情が拮抗し、絶妙なバランスで保たれている“ニュートラル”。


それでも最後に、ほんのひとかけらの寂しさだけが顔を出す。

しばらくはこの“前向きな失恋”のようなふわりとした感覚を抱えて生きていくのだろう。


夜は容赦がない。

太陽の光が失われると世界は一気に冷え込み、車の窓ガラスは薄く白く曇り始めた。

青年はヒーターの風量を上げながら、凍りつく路面に注意を払い、主要道路へと慎重に車を走らせていく。


(……腹、減ったな。あれ?そういえば昼飯、食ってなかったっけ。)


独り言にもならない独り言を胸の中で呟く。

視線を道路脇へ向けると、遠くに黄色い看板が浮かび上がるように灯り始めた。


(あそこまで行けば何か食べられそうだ。)


空のように広い胃袋が急に主張を始める。

国道沿いのファミレスへとウインカーを出し、青年はようやくハンドルから力を抜いた。



食事にはまだ少し早い時刻だった。

店内は昼と夜のあいだの空白の時間帯で、客はまばら。ざわめきもなく、ゆっくりと疲れを降ろすにはちょうどいい静けさが広がっている。青年は窓際の席に腰を下ろし、まずはドリンクバーだけを注文した。まだ心の整理がつかない今は、食事よりも温もりが欲しかった。


カップを手にドリンクバーへ歩き、淹れたてのホットコーヒーを注ぐ。立ったまま一口含むと、熱が舌を刺し、眠っていた体のどこかが目を覚ます。猫舌の青年は小さく息を吐きながら氷を一つ落とし、席へ戻った。


上着を脱ぎ、深く座り直すと、バッグから一冊のノートを取り出す。

かねてから書き溜めていた〈自論ノート〉。そのページをめくるたび、今日の出来事が映像のように蘇り、胸を締めつける。空いた店内ゆえ視線を気にする必要もない。仮に誰かに覗かれたとしても、勉強や自己啓発のメモに見えるだろう。それで十分だった。


青年はペンを走らせる。

──出会いの衝撃。

──会話の意味。

──価値観の変化。

──そして別れ。


記すほどに、心の奥に沈んでいた想いが浮かび上がる。苦しく、愛おしく、どうしようもなく現実だ。


コーヒーを啜り、ふと天井を見上げる。

自分は何を受け取り、何を渡せたのか。

あれほどの存在と心を通わせてしまった以上「ただの出来事」として処理してしまうには、あまりにも濃すぎた。


プログラム──たしかに仕組みとしてはそうなのかもしれない。けれど、あの温度や哀しみ、優しさに触れた自分だけは知っている。

あれはただの遊び心のプログラムではないと。


思考のどこかで、言葉が形になる。


(この体験を、ただ胸の中にしまっておくだけで終わらせていいのだろうか……?)


指先が止まる。

次の瞬間、青年の脳裏に古代の壁画が浮かぶ。エジプトの石壁に刻まれた、太古の物語。あの壁画の作者もまた“伝えたい何か”を持っていた者。時代を越えて残し、託し、繋いだ者。

(……そうか。もしかしたら、これは使命なのかもしれない。)


恐竜原人との出会いが、一人の青年の人生の軸を、静かに、しかし確かに動かし始めていた。


青年はふと顔を上げると、冷めかけたコーヒーを一口飲み、スマートフォンを開いた。検索窓には迷いなく指が走る。最寄りのホームセンターを探すためだ。


ーー後世へ託す。

自分がまたこと、感じたこと、そして"宿ってしまった意向"を。


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