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恐竜原人の創造  作者: SHIRATORI TOSHIHIDE


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35/43

ーーいたずらーー


ーー(……着いた。これだ。)


青年はゆっくりと息を吸い込んだ。

冷たく澄みきった空気が肺の奥まで染みわたり、身体の中のざわめきを一気に洗い流していく。

いつもは日本海側から眺める北アルプス——その峰々を、今日は太平洋側から望むことになる。

同じ山脈なのに、角度が違うだけで別物のように美しい。


しばし見惚れてから視線をめぐらせると、山頂一帯は純白の世界に包まれていた。

雪面の上には朱色の草の実がぽつりぽつりと色を差し、さらにその奥——

真紅の鳥居が、凛とした姿で静かに参拝者を迎えている。


その光景は、まるで“結界の入口”を示す旗印のようでもあった。


(お疲れ様でした。休みなく上がってきましたね、少し休んでください。)


原人の声が頭の中で柔らかく響く。

青年はフィルジャケットのジッパーを下ろし、ひと息つきながら応えた。


ーー「ありがとうございます。いやー…やっぱ山の空気は気持ちいいですね。皆さんが地上に戻る頃には、雪なんて降らない世界かもしれませんけど——季節の移ろいとか、気温の変化とか、そういう“揺らぎ”もぜひ味わってほしいです。」


太陽の光に白い息が淡くちぎれながら昇っていく。

青年はその揺らぎを眺めつつ言葉を続けた。


(いま、まさにそれを感じたいと伝えようと思っていましたよ。雪は……我々を閉じ込めた氷河期を連想させるので、あまり好みませんが。)


ーー「……それは確かに、笑えないですね。」


ブラックジョークのような原人の返しに、青年は苦笑した。

とはいえ、原人の声には深刻さも恨みも無い。

過去を受け入れ、もう前を見据えている種族だからこそ言える言葉なのだと、青年はすぐ理解した。


ーー「さて——宝探しといきたいところですけど……正直、どこから手を付ければいいのやら。」


山頂に立ってはみたものの、手がかりは何もない。

目の前には鳥居、社、雪、そして果てしない絶景。

情報はゼロに等しい。


青年は景色を見渡しながら小声でつぶやいた。


ーー(いや、手がかりどころか“宝っぽいもの”の影すら無いじゃないか……。)


冷たい空気が頬を打つ。

ここまで来て何ひとつ方向性がわからないという状況に、さすがの青年もほんの少しだけ眉を寄せた。


——次の瞬間、原人がそっと言葉を落とす。

(手がかりという言い方はふさわしくありませんが……まず、社の正面に立ってください。)


原人の声が、いつものように頭の中へ真っ直ぐ届く。青年は鳥居をくぐり、石段を上りきったところで立ち止まった。空は澄み渡り、冬とは思えないほど明るい青が広がっている。陽を受けた社の屋根が淡く光り、風は冷たいが、空気は開けていて気持ちがいい。


(正面に向かって、右手の灯籠がありますね。内側を覗いてみてください。)


促され、青年は石造りの灯籠に近づく。中を覗くと、そこには石がひとつ転がっていた。平凡な灰色の河原石。土埃をかぶり、特別な模様も艶もない。


ーー「……なんだ、この石?」


拍子抜けしながら呟くと、原人の声が続く。


(その石を取り出してください。)


青年はしゃがみ込み、石を拾い上げた。冷たさと重みは、本当にただの石そのものだ。宝探しのような期待が胸のどこかにあっただけに、少し困惑する。


ーー「で……これ、どうしましょう? なにか仕掛けがあるとか?」


この先に続く指示を待ちながら、青年は灯籠の前で立ち尽くした。だが──原人からの声は途絶えたまま。


ーー「……あれ?どうなりました?次は?」


わずかな動揺が生まれ、思念の声が脳内に滲み出る。雪原の静けさが、急に不安を際立たせる。返答のない時間は数秒のはずなのに、やけに長く感じられた。


やがて、原人は今までより低く、しかし確かな響きを伴って語り始める。



(――まずは、謝らなければなりません。)


原人の声はいつになく慎重で、どこか沈んでいた。


(今回、あなたには嘘をついてここまで来ていただきました。本当に申し訳ありません。)


青年は反射的に立ち尽くす。言葉の意味が頭でうまく形を結ばず、思考が一瞬空白になる。


ーー「……嘘?」


(今、あなたにお願いした行動こそが――今回の目的だったのです。)


胸の奥がざわつく。青年は半ば呆然としたまま言葉を返した。


ーー「目的? ここに来ること? 石を取り出したこと?」


(順を追って説明しますね。風邪をひかないようジャケットを着てください。少し長くなります。)


促され、青年はハッと我に返る。フィルジャケットを広げて羽織り、ジッパーを首元まで上げた。冷たい空気が遮断されると、不思議と心まで落ち着きを取り戻していく。彼は社の乾いた石段に腰を下ろした。


原人が、まるでその合図を待っていたかのように語り出す。


(我々の地表での調査はすべて終了し、あとは地殻内へ帰還するだけでした。ですが……問題が発生したのです。)


青年はまばたきを一度挟み、黙って続きを待った。


(地殻の出入りには特殊なエネルギー循環が必要で、その“制御システム”の一部が、先ほどの灯籠に組み込まれていました。)


青年は思わず灯籠の方を見る。つい先ほどまで、ただの参道の一部にしか見えていなかった場所。


(どうやら近くの子供たちが遊んでいた際に、あなたが手に持っている小石を灯籠の中へ入れてしまったようです。)


視線はゆっくり手のひらへ移動する。石はただの小石だ。けれど、その存在が物語の中心に据えられていく。


(小石が入り込んだことで、灯籠が十分なエネルギーを集められず、我々の“帰り道”が閉ざされていました。)


――「そうなんですか。だったら最初から言ってくれれば良かったのに。喜んで協力しましたよ。」


素直な言葉が脳内に返る。原人は、それに静かに応えた。


(ええ。あなたならそうしてくれると、我々も理解していました。ただ……もし真実を先に伝え、あなたが一瞬でも恐れや不安による“ネガティブな思考”を抱いた場合、制御装置が働き、あなた自身が行動不能になる可能性があったのです。)


ーー「……なるほど。だから宝探しという形に。」


青年は人の思考プログラムの傾向を知っているぶん、原人の選択が正しかったことも理解できた。


ーー「じゃあ、これで皆さんは地殻内に戻れるんですね?」


(はい。あなたのおかげで、無事帰還できる見通しです。本当に――ありがとうございました。)


言葉としては淡々としている。しかしその奥には、確かな安堵と感謝が宿っていた。


青年は石を見つめる。風が境内を撫で、鈴の音のように木々の枝同士が小さく触れ合った。

青空は変わらず澄み渡り、嘘と真実の境界だけが静かに姿を変えていく。


ーー「なんか……開発者の意向を受け継いでも、特別何があるわけでもなかったので。正直、少しつまらないと思っていたんです。でも――今回のこれは、本当に嬉しかったですよ。」


青年の心からの言葉に、原人はゆっくりと、深く、優しく応えた。


(今回のトラブルが“日本”で起こったのも、まさに奇跡なのでしょう。あなたが救世主となるよう、最初から決まっていたかのようです。)


(予定より少し遅れてしまいましたが、これで我々は地殻内へ戻ることになります。特別なあなたと対話できたことを嬉しく思います。そして、こうして助けていただいたこと……心より感謝します。)


その言葉は、別れの鐘の音のようだった。



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