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恐竜原人の創造  作者: SHIRATORI TOSHIHIDE


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32/43

ーーお互いのことーー


ーー「人間はそんなこと、何も知らずにこの地表を我が物顔で生きています。」

ーー「オレは、あなた方に造られたロボットにすぎないのかもしれません。」

ーー「でも――あなた達が地表に戻れる日を、共に夢見てもいいのかなと思います。」


その言葉を思念として投げかけながら、胸の奥がじんと熱くなった。

敬意というより、祈りに近い。

人間がどれだけ文明を積み重ねても、

自分たちを“最初の系譜”として存在させた者たちの歩みには到底及ばない。


彼らは絶望ではなく、進化を選んだ。

滅びではなく、生存を。

そして孤独ではなく、観察を。


青年は、彼らが地表を目指して積み重ねてきた時間の重さを想像した。

それは人間の歴史の“何倍”という単位ではなく、もはや“地球の記憶”そのもの。

そこに抵抗や反発などという感情を差し挟む余地など、毛頭なかった。


むしろ――感謝の念しか湧いてこない。

彼らがいなければ、人間という種も、自分という存在も、この思考すらもなかった。

ーー「あなた達がいなければ、オレたちは生まれなかった。ありがとうございます。」

心の中で呟くその言葉は、どこか懺悔にも似ていた。


すると、穏やかな波紋のように、あの声が再び響いた。

(そこまで気負わなくても大丈夫ですよ。)


優しく、しかし機械的な抑揚のない声。

だが、確かに“慈しみ”のような温度があった。


(我々を写した人間の行動が、地表での生き方を示してくれます。)

(あなた方の“選択”が、我々の過去を映し出し、未来を作るのです。)


ーー「……選択。」

青年はハンドルを握りながら、胸の奥でその言葉を反芻した。


(同じ時間を、同じ空間で過ごせないのは残念ですが――)

(人間の未来にも、我々は大きな期待を抱いています。)


その言葉はまるで、父が遠くから息子を見守るような響きを持っていた。

地殻の奥底から届く声が、静かに青年の心の奥に沈みこんでいく。


ーー(期待……か。)

目の前の雪景色が少し滲んで見えた。

反射する白い光が、まるでその声の残響を視覚化しているかのように。


青年は、言葉にならない感情を胸の奥で嚙みしめながら、

アクセルをゆっくりと踏み込んだ。

地球の表皮を滑る車の音が、どこか遠くの地殻の鼓動と重なって聞こえた。



ーーその後も、青年はありとあらゆる些細な疑問を恐竜原人に問いかけ続けた。

地球の記憶を宿す存在。その言葉の一つひとつが、自分の中の何かを震わせる。

とにかく、もっと知りたかった。もっと近づきたかった。

この奇跡のような対話が、いつか終わりを迎えたとしても――心の奥底で繋がっていられる証が欲しかった。


だから青年は、休む間も惜しんで「自論ノート」を書き続けた。

ページの端に震える手で文字を刻みながら、確信していた。

これは自分にしかできないことだ。

この対話を、確かな形で残すこと。それが、自分がこの時代に生きる意味だと。


恐竜原人も、その執念を否定することはなかった。

むしろ穏やかに、静かに、青年の熱意を見守るように応えてくれる。

質問には常に真摯に、そしてどこか慈しむような響きをもって答えを返す。

二人の間には、姿こそ見えずとも確かな信頼の糸が紡がれていった。


ーーやがて、空の色が少しずつ変わり始める。

冬の冷気で澄み渡る青空だったが、進むにつれて空の青は次第に淡く薄れ、雲がゆっくりと重なり合っていく。

トンネルを抜けるたびに、フロントガラスに小さな雪片が当たり始めた。

それはやがて静かな舞いへと変わり、新潟県に入る頃には、窓の外一面が白い靄に沈んでいた。


慣れた雪道とはいえ、青年は慎重にシートのリクライニングを起こす。

両手をハンドルに添え、肩を少し前へ。

エンジン音の奥に、風が雪を巻き上げる音が混ざる。


長野方面へと進路を変えると、山あいの空気は一段と冷たくなった。

車のワイパーがリズムを刻み、舞い散る雪を絶え間なく掃いていく。

路肩には除雪車が待機し、時折、オレンジの回転灯が遠くの雪煙の中でぼんやりと滲んでいた。


高速道路を走る車の数は、いつの間にか少しずつ増えている。

年末の帰省ラッシュが始まり、スキー板を積んだ車が連なっていた。

前方のテールランプが赤い帯となってゆっくりと続き、わずかな渋滞ができ始めている。


ーー(これは計算外だったな。ただ、そこまで酷い渋滞じゃなさそうだ。)

ーー(雪の降りがどうなるか…これ以上酷くなると交通規制もあり得るな。)


青年が小さく息を吐いた瞬間、頭の奥にあの声が響く。


(地表の自然というのは、本当に壮大ですね。

時に穏やかで、時に生命にとって脅威となる。あなた方人間は、その変化の中で生き抜こうとしている。)


少し間を置いて、原人の声が柔らかく続く。


(今年の大雪も、あなた方の文明では完全には予測できなかったようですね。)


同情というより、静かな興味を帯びた声音だった。


(地球の営みは、我々にも予測不能な活動を見せる時があります。

なぜあの氷河期が訪れたのか、なぜ地殻の動きが変わったのか——その真実は未だに解き明かされてはいません。)


青年はハンドルを握りながら耳を傾ける。

遠くの山が白く煙り、空は灰色の層を重ねていく。


(それでも不思議なものですね。

その“予測不能”こそが、我々の存在を形づくり、あなた方を地表に導いた。

地球という星は、まるで意思を持つ生命体のようです。)


青年は頷き、視線を前に戻す。

雪が降りしきる中で、確かに感じる——この星の鼓動を。


ーー「地殻内の気候はどんな感じなんですか?」

青年はハンドルを軽く握り直し、サイドミラー越しに後方を確認した。

連なるヘッドライトの列が、雪煙を透かしてぼんやりと光の帯をつくっている。

年末の高速道路は、どこか非日常の静けさをまとっていた。


(地殻内には、地表のような四季の移ろいも、天候の変化もありません。)

(もちろん、台風や津波、地震のような自然災害も存在しません。)


原人の声は、まるで深く静かな洞窟の中から響くようだった。


(常に一定の温度と湿度を保った、静止した空間です。

日の出も日没もなく、光と闇の境界も存在しない。

昼と夜という概念すら、我々にはないのです。)


青年は思わず息をのむ。

ーー「その空間は結構辛そうですね…」

想像の中で、終わりのない夜のような世界を思い浮かべる。

時間の流れが止まったような環境——そこに生きるということが、どれほどの孤独を伴うのか。


(人間にとっては、そうでしょうね。)

(あなた方は風や雨、太陽のぬくもりに支えられて生きています。

しかし我々にとっては、あの静寂こそが“日常”なのです。)


青年は静かに頷いた。

ーー「そうか、皆さんにとっては地殻内の状態が当たり前ですもんね。」


(ええ。だからこそ、地表に戻る際には、あなた方の世界に適応する準備が必要です。

我々の進化は内へ向かうものでしたが、これからは外へ向けた進化を目指さねばなりません。

その時は、人間の営みを見習いたいと思っています。)


ーー「お役に立てるかわかりませんが。」

青年は苦笑いしながら呟いた。

サイドウィンドウの外では、粉雪がヘッドライトに照らされて銀の粒となって舞う。


ーー「トイレ休憩にしますね。」

彼はウインカーを出し、ゆっくりと車線を外側へ。

視界の先に、ぼんやりと光るサービスエリアの看板が見えてきた。

遠くの山並みは白く霞み、夜と朝の境界を見失いそうな薄明の色が、雪の世界を静かに包み込んでいた。


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