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恐竜原人の創造  作者: SHIRATORI TOSHIHIDE


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26/43

ーー現実的な日常ーー

青年は図面を大きく広げ、ペン先で寸法線を示しながら後輩と打ち合わせを続けていた。


「………cmは上げても大丈夫じゃないかな?」

「なるほど、じゃあそれでいってみます。」


短いやり取りだが、そこには現場を預かる責任の重みが滲んでいる。

後輩の真剣な眼差しに応えるように、青年もまたいつも通りの責任感を胸に抱いていた。


その朝も、彼は決まったルーティンをこなしていた。

朝食はお気に入りの納豆とアボカドのライスボウル。栄養もボリュームもあり、これで一日を戦い抜ける気がする。

出勤時間の1時間前には愛車のエンジンをかけ、低く響くディーゼル音を確かめた。秋が深まるにつれて、ぬるめの朝シャワーは肌を刺す冷気とせめぎ合い、エンジンの始動性も寒さに試されている。

通勤途中で腰を下ろすテトラポットも、昨夜の冷たい潮風に冷やされ、今朝は座ることをためらうほど冷えきっていた。


(これがコピーの記憶…なるほど、たしかにオレらしい過ごし方だ。)

(そういえば同僚とパチンコに寄って、そのあと牛丼を食べて帰ったんだっけ。)

(そして家に戻って応答して…恐竜原人と対話した時間も、確かにある。どちらも自分の記憶。妙な感覚だな……。)


現実と非現実が継ぎ目なくつながっていることに、青年は軽い眩暈にも似た不思議さを覚えた。

けれど、職場で上司や同僚と交わす日常的な会話は、やはり確かに「いつもの自分」がここにいることを実感させてくれる。


ふと時計を見やると、針は10時に差しかかろうとしていた。

休憩時間を告げるチャイムが鳴り響き、現場の空気が一気に和らぐ。

それぞれが工具を置き、資料をまとめ、自然と足は休憩室の方向へ向かっていく。


青年もまた図面を畳み、廊下を歩き出した。

ちょうどその時、後ろから別部署の同僚が声をかけてきた。


「お疲れー、なんで昨日来なかったのよ?昨日も結構いい台あったよ。」


廊下で声をかけてきた同僚は、笑いながらもどこか残念そうな顔をしていた。

青年は一瞬、言葉が出てこなかった。二重の記憶が交差し、返答のレスポンスが遅れる。


(ん?昨日はオレがかなり勝って、そのあと牛丼を食べに行ったはず……。ん、まてよ。)


胸の奥で不協和音のような違和感が広がっていく。

慌ててポケットからスマートフォンを取り出し、画面に表示された日付を確認した瞬間、思わず声が漏れた。


「あ!」


丸一日が過ぎていた。

恐竜原人とのあの対話空間は、わずか数時間にも満たないように感じていた。だが、この現実世界ではしっかりと一日が経過していたのだ。


(じゃあ、オレの記憶は……?)

眉を寄せながら意識を探ると、断片的な映像が浮かび上がってきた。

(あぁ、そうだ……ネットオークションで買い物するからって、パチンコの誘いを断ったんだった。)

そのシーンは鮮明に蘇り、二つの記憶が矛盾しながらも一本の筋道として結びついていく。


「それで、お目当てのものは買えたん?」

同僚が軽く肩を叩きながら尋ねてきた。


青年は平静を装い、少し間をおいて答える。

「あぁ……最後にスナイプ入札されてさ。結局、萎えてやめちゃったよ。」


「えーっ、もったいない! 一昨日あれだけ出したんだから、もっと強気に値をつければ良かったのにー。」

同僚は自分のことのように残念がりながら首を振る。


その何気ない言葉に、青年は胸の奥にじんわりと温かい感情を覚えた。


 恐竜原人との不思議な対話は確かに特別な体験だった。だが、こうして同僚が日常の延長で語りかけ、気遣いのように声をかけてくれる――その当たり前の現実が、妙に尊く思えてならなかった。

青年は同僚や友人との何気ない会話に笑いながらも、心の奥底では別のことを考えていた。

あの異質な空間――恐竜原人との対話の余韻が、ふとした瞬間に思考を支配してしまうのだ。


(たった数時間の感覚が、現実世界では丸一日分だったのか……。あの空間の時間の流れと、この地表の時間の流れは根本的に違っているということなのか?)

(もしかすると、人間の身体は小さい分だけ時間を速く感じるのかもしれない……それとも、彼らの世界、地球の核内が異なる次元のような存在になっているのか……。)


思えば考えるほどに謎は深まる。青年は気がつくと、会話の合間に遠くを見るような目つきになり、心はすでにあの場所へと戻っていた。

胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚――まるで“恐竜原人ロス”とも呼べる心境に、ふと落胆のため息が漏れそうになる。


(何度思い返しても……オレはとんでもない経験をしたんだな。)

自分以外に選ばれた“対象者”たちがいることも思い出す。

(彼らはいま、どこの国で、どんな暮らしを送っているんだろう。オレと同じように恐竜原人と対話をしたのか? 恐怖を抱かずに彼らと向き合えた人間は、果たして存在したんだろうか……。もし恐怖を感じてしまったら、その瞬間に“制御”が働いて、すべてを忘れてしまうんだろうか。)


恐怖心を抱かなかった青年にとって、“制御”の存在はまるで他人事のように思えた。

むしろ彼の胸を占めていたのは、恐竜原人への恐れではなく、憧れにも似た感情だった。

それは幼い頃に図鑑を開いて恐竜に胸を躍らせた少年時代の気持ちを遥かに超え、尊敬と親しみを帯びた、熱のこもった想いへと変わっていた。


その感情は、彼自身もまだ言葉にできずにいたが――確かに、日常と非日常の境界を越えて心に刻まれていた。


ーーそれからの日々は、あの出会いが起こる前と変わらず、呼吸をするように過ぎていった。

世界は何事もなかったかのように巡り、人々は仕事や家庭に追われ、笑い、愚痴をこぼし、明日の予定を立てる。まるで、青年だけが別の現実を知っていることなど最初から存在しなかったかのように。


季節は移ろい、空気に冬の匂いが混じり始める。

今年は暖冬だと気象庁は言っているが、空を見上げるたびに「結局はどうなるのだろう」と考えてしまう。厳冬だろうが暖冬だろうが、結局のところ人々の生活は続いていく――それが日常というものだ。


青年の暮らしもまた、表面的には以前と変わらない。

ただ、季節は確実に進んでいる。

冷え込む朝、テトラポットに腰を下ろす気にはもうなれなかった。石の冷たさに負けたのではない。そこに座って思索していた日々が、自然に「過去の自分」となっただけだ。


朝のぬるめのシャワーも、今では温度を2℃上げて浴びている。わずかな変化だが、その小さな実感が「今を生きている」という確かさにつながる。


そして夜。酒を片手に机に向かい、恐竜原人との対話で語った自論を、今の視点で書き直すようになった。

毎日書き詰めるわけでもなく、締め切りがあるわけでもない。

ただ、長い夜を過ごすための贅沢なお供として――まるで異世界から持ち帰った宝物を磨くかのように。


あの時の経験を忘れることは決してない。だが、時間が経つにつれて生活は再び青年を包み込み、四六時中その出来事に囚われることはなくなっていった。

それでも彼の心の奥には、恐竜原人に言われた言葉が確かな灯火として残っている。


(あなたのまま生きていけばいい。)


その言葉を信じ、青年は今日もまた、他の誰とも変わらない日常を生きていく。

ただひとつ違うのは、彼の視線の奥に、かつて対話した存在と、それを知っている自分自身への静かな誇りが潜んでいることだった。

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