ーー対話の終わりーー
――「でも、恐竜原人説を唱えているのは、俺だけじゃないですよね。あちこちで似た話を聞くし、レプティリアンとか、爬虫類型の“異星人”を持ち出す連中もいる。あれと同じような話なんじゃないですか?」
青年の声は小さく、しかし問いは真っ直ぐだった。白い空間にひびく自分の声を、青年はわずかに恥ずかしく思いながらも、眼前の存在に向けて投げかける。
(それは人間が娯楽として作り出した物語です)
返答は穏やかで、余計な感情を含まずに届いた。だが、その一語一語には、長年の観察と分析が滲んでいた。
(“レプティリアン”――つまり爬虫類型の異星人という発想は、人間文化が生んだ寓話の一つです。爬虫類的なイメージが恐怖と結びつくからこそ、物語として流布したのでしょう。われわれと直接の関係はありません。)
青年は肩の力を抜き、口元に苦笑を浮かべた。自分の理論が、ときに陰謀論と同列に扱われることは何も不思議ではない。外野の嘲笑、ネットの軽口、バラエティ番組のネタ。現実の前では、そんなものはあっという間に“作り話”として片づけられてしまう。
(ですが――)
原人の声は続く。そこには、ほんの少しだけ優しさのようなものが混じっていた。青年だけに向けられた言葉であることが分かる。
(あなたの“自論”は違います。あなたが組み立ててきた仮説は、偶然ではない。開発者の意図、あるいは我々の側からの小出しの情報が、あなたの思考を導いてきた。それが紛れもない“根拠”を与えているのです。)
青年は胸の奥があたたかくなるのを感じた。誰にも明かしてこなかったノート、子どもの頃の研究、夜中に書き綴った妄想――それらが単なる空想ではなく、何らかの“仕掛け”と繋がっていたことを示唆されると、不思議な誇りが湧いた。
(あなたがどれほど熱心に恐竜原人説を語ったとしても、周囲の人々は笑い飛ばすばかりでしょう。そうなるのも当然です。なぜなら、その話に少しでも恐怖心が芽生えた瞬間、制御が作動し、深く考えることを放棄してしまうからです。つまり、人々の思考は無意識のうちに鈍らされ、真実にたどり着くことは決してありません。)
(あなたは違う。あなたには“その手の話”と同じ土俵に立たない特権が与えられている。すべてを知る必要はない。だが、知ってしまった者として、あなたはひとつの選択肢を持つ――それを抱えて日常を生きるか、あるいは他者へ伝播させるか。)
青年は目を閉じた。胸の中で何かが静かに震えるのを感じる。誇りと不安、希望と諦念が混じり合った複雑な感覚だ。外の世界では誰もが普段通りに笑い、働き、身を任せている。だが自分だけは、いま確かに“違う”情報を握っている。その重みは、決して簡単に手放せるものではなかった。
(楽しんでもらって構いません。我々も、人間の好奇心を嫌うつもりはありません。ただし、真実を扱うならば、その重さを理解してください。)
短い静寂のあと、原人の言葉はふっと消えていった。青年の頬に、かすかな汗が伝う。外界で囁かれる軽薄な噂と、自分が抱える“特別”との間に横たわる距離は、今も変わらず隔たりを保っている。青年はその隔たりを抱え込みながら、ゆっくりと息を吐いた。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
時計を見たわけでもない。ただ、決して膨大な言葉を交わしたわけではないのに、青年の胸にはいくつもの重たい思考が積み重なっていた。
「恐竜原人と話すとは、どういうことなのか。」
「自分は何を語るべきだったのか。」
途方もないスケールに圧倒され、現実離れした事実に驚愕し、そして長年の自論が認められた喜びに、胸を震わせた――そんな時間だった。
(今回、あなたのような特別なプログラムを持つ人間と対話できたことを、調査団の全員が喜んでいます。我々の会話は全員に共有されていましたので、皆が楽しませてもらいましたよ。)
ーー「えっ……二人だけの会話じゃなかったのか?」
青年は愕然とした。
人類の進化について真剣に語ったことも、くだらない異星人談義も、全部「団体視聴」されていたらしい。思い返すほどに、耳がじんじんと赤くなっていく。
(これで対話は終了です。我々の地表調査は今後も続きますが、人間が目撃することはありません。次に訪れるのは数百年後。ですので、これが最後の直接の対面となるでしょう。)
(まもなく、あなたには強制的に睡眠が訪れます。目覚めた時には“コピー”との同期が完了しているはずです。“コピー”が地表で過ごした行動の記憶が、自然にあなた自身の体験として流れ込むでしょう。何も失われず、安心して日常に戻れます。)
恐竜原人の声は淡々としていたが、その響きには不思議と温かさが宿っていた。
(有意義な時間でした。開発者は実に巧妙で、そして楽しい悪戯を仕込んでくれたものですね。人間の自己学習機能、その精度は十分に適正だと確認できました。)
ーー「オレの方こそ……本当に、ありがとうございました。」
大それた言葉など見つからない。感謝と、名残惜しさと、奇妙な幸福感が入り混じる。
ーー「なんて言えばいいかわからないけど……自分なりに楽しんで、生きていきたいと思います。」
青年は先ほど目覚めたばかりのベッドに、静かに腰を下ろした。
その動作ひとつにも、胸の奥に去来するさまざまな感情――驚きや安堵、名残惜しさや感謝――が入り混じっていた。
恐竜原人が黙って見守る視線を背に受けながら、青年は布団へと身を預ける。
シーツの柔らかな感触が体を包み込むと、張り詰めていた緊張がゆっくりと解けていくのを感じた。
まぶたを閉じた瞬間、来訪のときと同じ、温かな光に抱かれるような感覚が広がっていく。
それは不思議と懐かしさを覚える抱擁のようで、孤独や恐れを一切寄せつけない。
――不安はない。
ただ、深い安らぎだけが心を満たしていた。
青年は穏やかな気持ちのまま、静かに意識を手放していった。




