ーー人間の真実ーー
(ただし注意して下さい。)
改めて締めくくるように続けた。
(我々が行うのはあくまで補助と監視です。あなた方の自己学習と選択の余地は残されています。今回の修正は短期的措置に過ぎません。あなた自身の選択が、いつか大きな分岐を作ることを忘れないでください。)
青年は小さく頷いたような気がした。胸の中で濁った何かが静まる。その一方で、胸の奥には新たな問いが静かに芽生えた――自分の選択とは、本当に自分のものなのか。だとすれば、そこに何を託すべきか。
白い空間の静けさが、彼の考えをそっと受け止める。外側の世界では、コピーがいつものルーティンを淡々と演じている。だが青年の身体は静かに、しかし確かにここに存在している。
「分かりました。お願いします。」
その声は、ふだんの自分よりも少しだけ真剣で、どこか幼い誠実さを帯びていた。
青年は姿勢を正し、ふと真剣な問いを口にした。
――「地球温暖化対策は、人間が生き延びるために自己学習機能で導き出した結果なんですね。」
――「でも、自分たちが生きるために選んだその道の途中で、なぜ戦争が起きるのでしょうか?」
しばしの沈黙の後、恐竜原人が静かに答えを返す。
(人間が行う戦争という行為には、いくつかのプログラムが影響しています。)
(元々、人間が地球上に広がる目的は「地表の温暖化」を加速させることでした。そのためには、地球の至るところに人間が住み着き、環境を整備する必要があります。)
青年は眉を寄せた。――環境整備のための「開拓」。それは人間の歴史を振り返れば、確かに世界各地で繰り返されてきた営みだった。
(最初は「開拓」という行為でした。しかし、人間の生殖機能によって個体数は急速に増え、やがて未開の土地は減っていきました。そこにすでに他の人間が住んでいる状況が生まれたのです。)
――つまり、領地争い……。青年はつぶやく。
(そうです。特に人間の学習機能がまだ未発達だった時代では、防衛本能が強く作用し、衝突が避けられませんでした。奪い合い、支配し合うことこそが生き残るための最適解だと信じられていたのです。)
淡々としていたが、その裏に冷静な観察が滲んでいる。
(もし今の人間同士が同じ状況に置かれたなら、かつてのように戦争を選ばず、交渉や協力といった別の手段を見出すかもしれません。逆に言えば、過去に起きた悲惨な戦争の積み重ねこそが、自己学習機能を進歩させ、今の人間を形づくったとも言えます。)
青年は息を呑んだ。戦争という絶望的な行為さえも、学習の糧とされるのか。人間の歴史が巨大な実験の連鎖に見えてくる。
(我々にとっても、戦争は極めて無駄な行為です。)
その言葉はわずかに強調するように響いた。
(人間には生殖機能があり、それを通じて数を増やし、より速く環境整備を進めてもらうことが我々の望みです。ところが、戦争はその数を大きく減らし、進行を遅らせるばかりです。)
青年は無意識に手を握りしめていた。自分たちの歴史の影――争いで失われた命や文化、破壊された街。それらが「無駄」と切り捨てられる冷酷さに反発しながらも、否定できない一面があった。
(加えて、人間が取り組む温暖化対策も、我々の計画からすれば遅れを生じさせる要因となっています。もちろん、それは人間にとっての「正解」であり、自己学習の結果ではありますが……。)
言葉が余韻を残すように途切れる。
青年は深く息をついた。
――自分たちの歴史は、目的に沿った最短経路を歩んでいるわけではない。戦争や対策、無数の遠回りや失敗。その積み重ねこそが人間を人間たらしめている。
その気づきは皮肉でありながらも、どこかで誇らしくもあった。
(つまりは、あなた方人間は「生きている」のです。確かに我々が設計した側面はありますが、それは生かされているということとは違う。あなた方は自ら考え、選び、行動し、人生を全うする。そうして我々と同じ「生きもの」であるのです。)
その言葉は、白い空間の静寂の中で思いのほか重く落ちてきた。青年は喉を鳴らしたが、口を開くべき言葉は無かった。理解の輪郭が心にゆっくりと浮かび上がり、同時に小さな不安が胸の内でざわつく。
――「同じ、か。だが、ではもし人間の環境整備が遅れたら?」
青年は率直に尋ねた。目の前の存在たちが、教科書や伝承で思い描いてきた「恐竜原人」とは違う姿だと知りながらも、その根源的な問いは消えなかった。
(ごく単純に申し上げましょう。)
(現状では、人間の政策や行動により我々の計画が遅延しているのは、概ね二百年から三百年に相当します。極端に見積もっても三千年程度の遅れとなる可能性がありますが、我々の時間感覚から見れば誤差の範囲内です。)
その答えに青年は息を吐く。三千年。人間の一代、二代の時間を遥かに超えた数字だ。だがそれが「重大な差」なのかどうかは、言葉だけでは掴めない。
(仮に人間がそのまま地表改変を続け、別の方法で環境を変える道を選べば、状況は変わるでしょう。例えば、人類が宇宙への移住を優先して環境改変を放棄すれば、地球上での我々の計画に影響が出ます。しかし、人間は自己学習により驚くべき速度で進化します。)
(我々はおよそ三億年という途方もない時間をかけ、環境に適応しながら知能を進化させてきました。その成果が、現在の我々の思考体系と文明です。その膨大な過程を圧縮し、人間の形成プログラムに組み込んだのです。)
(そのため、あなた方人間はほんの一千年足らずという短い期間で、ここまで高度な社会や技術を築くに至りました。自然の進化だけでは到底あり得ない速度です。言い換えれば、人間の知能の急成長は“奇跡”ではなく、我々の知的進化の歴史を写し込んだ結果なのです。)
(あなた方が哲学を生み、科学を進め、宇宙にすら手を伸ばそうとしているのは偶然ではありません。我々の知能の軌跡をなぞりながら、圧縮された進化を歩んでいるのです。)
青年は頭の中で計算を試みる。誰かの命が短いと嘆くには、あまりに大きなスケールだ。だが同時に、そこに冷徹な合理性が滲んでいることも否めなかった。
(ただし。)
頭に響く言葉の調子が少しだけ変わった。温度のない断定が青年の心を引き締める。
(我々は常に安全装置を備えています。あなた方が我々の生息に致命的な脅威となる可能性を示した時、制御措置は自動的に動作します。これは人間の世界でいうところの“防衛システム”に相当します。ですから、完全に我々の計画が破綻することはないと考えてください。)
青年は反射的に口を開いた。――それなら、直接的な会談を――私でなく、アメリカの大統領や国際的なリーダーに伝えた方がいいのではないか、と。
(あなたの考えは理解できます。ですが、我々自身が首脳に直談判しても、望む効果はほとんど得られないでしょう。)
(理由は、人間に備わった制御プログラムにあります。我々の姿や存在を、いきなり受け止められる人間は少ない。恐怖と混乱が先に広がり、話の中身が正しく届く前に「脅威」として処理されかねません。我々を目にした瞬間、人は本能的な恐怖を覚えます。しかしその恐怖はすぐに消去され、代わりに“考えることをやめる”状態に陥ってしまうのです。)
(つまり、恐竜原人から直接真実を聞いたとしても、その衝撃を深く掘り下げようとせず、ただ表面的に受け流してしまう。大統領であろうと、一般市民であろうと同じです。結果的に、我々の言葉は行動へと結びつかず、記録や議論すら成立しないでしょう。)
(だからこそ、我々は定めたプロトコルに従い、段階的に情報を開示し、社会実験を行うことを選びました。まず人類自身が思考し、反応を示す。その過程を観察し、必要なときにだけ最小限の介入をする。これが最も安定した方法なのです。)
青年の胸に、安堵と苛立ちが混ざった。人間として「伝えるべきだ」と思う本能と、異星(いや、異種)の論理が既に計算を終えているという事実がぶつかる。




