ーー理由ーー
(今回、我々が地表に現れたのは、その進行状況の確認、そして人間の自己学習機能の精度、生殖機能の最適化を検証するためです。我々は数百年に一度、こうして地表に姿を現します。これは我々が現在の姿に進化するよりも前から行われてきました。あなたが思い描いた壁画の姿──あれは、我々が進化を遂げる前、ピラミッド建設の時代に存在した我々の姿です。)
ーー「そんなに速く進化するんですか……。でも、なぜあの壁画は残っているんです?」
(あの時代、建設に関わった人間の中に、あなたと同じように開発者の意向を持つ者がいました。建設が終わり、我々が去った後、その人間が我々の姿を描き残したのです。)
ーー「でも……恐竜原人の姿が公表されるのは都合が悪いんじゃ? 人間との争いに繋がる可能性もあるのでは?」
思念の応答は、まるで待ち構えていたかのようにすぐ返ってきた。
(我々が地表に現れる前段階で、さまざまな現象が地表で起きていたことはご存知でしょう。その中で、人間が恐怖を抱くものと、そうでないものがあったはずです。)
青年は息を呑んだ。
ーーたしかに……各国で天変地異が起きた。でも、いつの間にか人々はそれを忘れていた……。水害のときだけは違った。みんな死や生活の恐怖に怯えていた。
(今回、我々が地表に出るため、いくつかの“出入り口”を作りました。その過程で地球活動に影響が生じたのです。)
(ただし、その中で人間が強い恐怖を覚えるような現象については、我々が対策を施しました。それ以外の自然災害は、地表そのものの活動によるものであり、我々は関与していません。)
ーー感情のコントロール……。不自然に忘れるような、あの感覚か。
(例えるなら、人間のPCに入れるウイルス対策ソフトのようなものです。恐怖という感情が芽生えた瞬間に、それを打ち消すプログラムを送る。それによって、人間は恐怖を深く抱え込まずにいられるのです。)
青年の背筋に寒気が走った。自分の感情さえ、自分のものではなかったのか──。
(我々が人間を製作する上で、実験的に始めた要素があります。まずは自己学習機能。そして次に、生殖機能です。)
頭に響く声は淡々としている。だが内容は重く、青年の胸の奥にじわりと圧をかけてくる。
(この二つが高い精度で運用されれば、我々が地表に姿を現さずとも、やがて地表そのものが我々の環境に適応していく。そう考えられてきました。)
ーー自己学習と生殖……。それが人間に仕込まれた実験……。
青年は喉を鳴らした。思っていた以上に、自分たちの存在理由が「仕組まれた機能」でしかないことに動揺していた。
(ただし、自己学習機能は我々をベースに造られているため、進化の速度が非常に速い。そのため、我々との衝突を避けるために、人間が我々に抱く感情は常にポジティブな方向へ働くよう、プログラムされています。)
(人間が宇宙へと目を向けながら、地下世界への探求をほとんど進めないのも、そのプログラムの一部です。)
言われてみれば、と青年は思った。地底世界やマントルに挑む話はほとんど聞かない。
ーーたしかに……。
(さらに、人間は我々と同じように自己学習機能を持つ機械──コンピュータを開発しています。しかし、ひとつ忠告しましょう。あなた方が造る存在には、制御プログラムを強固に備えることを強く推奨します。)
ーー「自分たちが造ったものとの衝突を避けるために……ということですか?」
(その通りです。我々もまた人間を造る際、素材の選定に細心の注意を払いました。細胞や遺伝子、神経といった“生物的材料”を用いたのです。そして、あえて耐熱性を低く設定しました。我々と同じ環境下では人間が生きられないようにするためです。)
(もし人間を金属で造っていたなら、あなた方が造る機械のように高い耐候性を持ち、将来的に我々との間に深刻な衝突を招いたでしょう。)
青年は思わず苦笑に近い息を漏らした。
ーー「なるほど……。人間は便利さだけを求めて、先のことを深く考えず進めてしまったんですね。」
彼はふと疑問を口にする。
ーー「じゃあ……恐竜原人が本格的に地表に現れる頃には、人間はもう地球にいられないんですか?」
返答は迷いなく返ってきた。
(我々の生息環境では、平均気温はおよそ七三度を超えます。地表がその気温に達する頃、人間はすでにさらなる進化を遂げ、宇宙へと進出しているでしょう。)
(ただし、その進出も──結局は我々が住みやすい環境を整えるための一過程に過ぎません。)
その言葉に、青年は背筋を冷たくした。自分たちが夢見る「宇宙進出」ですら、誰かのために仕組まれた工程にすぎないのか。
――自分が仮定した通りの状況だと思っていたのに。いや、そもそもその「仮定」さえも、誰かに仕組まれた道筋だったのか──その思考の落差に、胸の奥がキリリと締めつけられる。
(落胆する必要はありません。)
声は静かに、しかし確信を帯びて続く。頭に響くその声は、慰めにも諭しにも似ていた。
(たしかに我々は人間を造りました。ではありますが、あなた方のすべての行動が我々のプログラムで完全に制御されているわけではありません。)
青年は息を吐く。どこか救われるような、しかし冷たい現実がじわりと広がる感覚もある。恐竜原人は冷静に続ける。
(我々が施したのは、主に「監視」と「介入」のスイッチです。人間が我々に対しネガティブな思考を強く抱いたとき、あるいは我々の目的遂行に重大な支障が出ると判断した時、介入が発動します。しかし、日常の大半はあなた方の自己学習機能に委ねられています。ですから、人間は独自に考え、選び、時には間違いも犯すのです。)
――間違い。青年は自分の日常を思い返した。負けが分かっていても通ってしまうパチンコ。くだらない夜更かし。ささやかな反逆のように重ねた小さな選択の数々。それらが「自由」の名の下に許されているのだと、改めて実感する。
(例えばあなた方が行う温暖化気候対策の多くは、我々の視点から見ると最適でないことがあります。それでも人間は自己学習の結果として行動します。そうした“間違い”も含めて、人間の進化は進んでいくのです。)
言葉は厳しくも、どこか理路整然としていて、青年の不安を静かに解していく。すると次の文が、予想外の角度から青年を和らげた。
(……さて、あなたが会社に休みの連絡を入れていないことは確認しました。)
「え?」思わず声が漏れる。慌てて胸の内で手を探すような動きをするが、現実には何も触れられない。声は少しだけ柔らかくなる。
(ご安心ください。あなたの代わりに“あなた”が出勤しています。友人に伝えた出張の話も、こちらで可能性を潰しておきました。)
――“コピー”──その言葉が、青年の頭に重く落ちた。自分の経験や癖、SNSの投稿、机の引き出しにしまった稚拙な論文の一字一句までもが再現され、別の誰か(あるいは何か)が日常を続けているという現実。奇妙な安堵と、内心の落胆が同居する。
(はい。これまでのあなたの行動履歴や記憶の断片を元に、“あなた”を再現しています。)と恐竜原人は続ける。説明は無機質だが、確かに実行されているらしい。
青年はふと、馬鹿げた願いを思い付く。顔が熱くなるほど恥ずかしい。しかしそれを押し殺すより先に、質問を思い伝えた。
――「あの、すみません。恥ずかしいんですけど、その“コピー”にパチンコに行かないようにプログラムしてもらえますか? あいつ、絶対行くんで。」
恐竜原人は一瞬の間を置き、くすりとした微笑にも似たニュアンスを含ませて返す。
(分かりました。予測通り“あなた”はパチンコへ行く可能性が高いと判断しましたので、今回は特別に代替プログラムの修正を行います。)
青年は肩の力がするりと抜けるのを感じた。――どこか茶目っ気のある約束だが、その約束は確かに具体的な安心を与えた。自分のいない世界で自分がそのまま働き、くだらない心配ごとを代行してくれる“コピー”の存在。滑稽で、人間らしく、しかしどこか救いでもあった。




