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恐竜原人の創造  作者: SHIRATORI TOSHIHIDE


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20/43

ーー出会いーー

ーー身体中が温かい。湯船に深く身を沈めたときのように、全身をやわらかな液体に抱かれているような心地がする。

ーーこの部屋って、こんなに静かだったか?

耳に届くのは自分の鼓動すら溶けてしまったかのような静寂。余計な思考を切り落とすように、ただ穏やかで、ただ幸福だ。


体は動かない。金縛りに遭っていると気づくまでに、少し時間がかかった。

だが抗おうという気持ちは不思議と湧いてこない。むしろ動けないことが当然のように受け入れられ、心地よさの中に溶けていく。瞼は閉じられたまま、開ける必要すら感じられない。


ーー夢なのか? それとも、これは……。


満たされている、という表現が最も近いのだろう。青年の心も体も、抵抗や疑念を捨て去り、ただすべてを預けきっていた。


(……ラムをスタートします。睡眠状態から変化があったため、プログラムをスタートします。)


唐突に、頭の奥で機械的な音声が響く。

ーーあぁ、やっぱりか。起きたらどこかへ連れて行かれてるパターン。

薄ぼんやりとした意識の中で、青年は以前から想定していた展開に自分を納得させた。

ーーここが、彼らのところなんだな……。


プログラムのスタート。次に何が起きるのだろう。身体は依然として動かないが、不思議と恐怖はない。


やがて、瞼が自然に開いた。拘束がほどけるように体が自由を取り戻し、青年は横たわる感覚を確かめる。柔らかな寝具――ベッドに似たものの上にいた。温もりに包まれたまま、ゆっくりと身を起こす。


視界に広がったのは、終わりのない白。

壁も天井も地平も存在せず、全方位が同じ色に染め抜かれている。

360度、何もない。果ての見えない虚無の空間なのに、不安も恐怖も湧いてこない。ただ、穏やかな時間が無限に続いている。


ーーしまった。会社に連絡してない。


その瞬間、胸をざわつかせたのは、この異様な空間への恐怖ではなかった。

ーーまずいな……これじゃ同僚に話した“出張”の話も辻褄が合わなくなる。


この現実離れした場所にいることよりも、会社への言い訳が崩れることの方が気がかりで仕方がない。

青年は思わず苦笑する。なんとも奇妙な感情だ。


床の存在を確かめるために、慎重に足を下ろした。

感触は木材のように硬いが、無機質な冷たさはなく、ほんのりとした温もりを感じさせる。冷たいコンクリートでもなく、ふかふかしたカーペットでもない。素足で触れても不快さはなく、むしろ心地よい質感だった。


立ち上がって周囲を見渡すと、空間は相変わらず白一色で、壁や天井といった境界は見当たらない。どこまで行っても同じ風景が続いているように思えるため、動き出すことに強い抵抗感があった。方向感覚がまるで働かず、下手に歩き出せば際限なく彷徨ってしまうのではないか、という不安が足を止める。結局、青年はその場から動かず、様子をうかがうしかなかった。


頭に浮かんだのは「彼ら」の姿だった。もしこの場所に現れるとしたら、どんな形でやって来るのか。子供の頃に思い描いていた「恐竜原人」は、エジプトの壁画に描かれたアヌビス神のような姿をしていた。そのイメージは今でも鮮明に残っており、「実は古代の神々の姿は、彼らが現れた記録だったのではないか」と考えることすらあった。

しかし、あの中継映像に映った影は、恐竜の顔に似ていたわけでも、神話的な存在に近かったわけでもない。人型であるような気もするが、断定できるものは何ひとつなかった。となれば、また別の存在なのだろうか――そんな疑問が浮かぶ。


ただ、不思議なことにその思考は長く続かない。考えを深めようとすると、ふっと肩の力が抜けるように思考が途切れ、「まぁいいか」と無理やり打ち切られてしまう。まるでこの空間そのものが、人間の感情や思考を落ち着かせる仕組みを持っているかのようだった。普通なら、果てのない無機質な空間に閉じ込められれば強い恐怖や不安が生まれるはずだ。それが全く湧いてこないどころか、穏やかで落ち着いた心境でいられる。


青年はふと「これがプログラムなのではないか」と考えた。もし人間の感情や思考がプログラムによって成り立っているとしたら、今のように恐怖を消し去り、安心感だけを与えることも容易にできるだろう。そう仮定すれば、この状況に説明がつく気がした。

そんな思索のさなか、突然、頭の中に新しい言葉が流れ込んできた。

「(ただいまより、対話を開始します。)」


言葉が終わると同時に、部屋の一点からとてつもなく眩い光が放たれた。

青年は反射的に顔を背けるが、それだけでは到底防ぎきれない。瞼を強く閉じ、さらにその上から腕で覆い隠すように構えた。だが、それでもなお光は皮膚の奥にまで染み込むように感じられ、光源がただの照明や物理的な光とは異なることを直感させる。


やがて、その輝きはほんのわずかずつ弱まっていく。腕越しに光の圧が薄れていくのを確かめながら、青年は呼吸を整え、慎重に腕を下ろした。

ゆっくりと瞼を開ける。視界はまだ白く滲んでいたが、時間とともに輪郭が戻り、やがて正常に像を結んでいく。


光が放たれていた方へ恐る恐る視線を送った瞬間、青年の体は硬直した。


――いる。


床の白い表面に立つ存在。まず目に入ったのは足元だった。人間のように甲があり、くるぶしがあり、脛があり、膝がある。だが、それが確かに「人間」ではないことは、次の瞬間にははっきりと理解できた。


心臓が一気に煽られる。喉が詰まり、視界がかすむ。めまいは貧血に似ており、息苦しさは酸欠に近い。体は震え、逃げるでも叫ぶでもなく、ただその場に縫いつけられたように動けなかった。

だが奇妙なことに、そのパニックは徐々に、確実に、頭の中から取り除かれていく。外部から無理やり落ち着かされるような感覚。恐怖や拒絶は削ぎ落とされ、代わりに不思議な静けさが心を満たしていった。


気づけば、丸めていた背は自然と伸び、青年はその存在と正面から対峙していた。


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