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恐竜原人の創造  作者: SHIRATORI TOSHIHIDE


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19/43

ーー受け取りーー


 シャワーを浴びるために脱衣所へ入っても、青年の頭からは“応答のその後”が離れなかった。

バスタオルを腰に巻きながら、空想は勝手に広がっていく。


(もしシャワーの最中に呼ばれたら……裸のまま、どこかに連れて行かれるのかな?)


想像した途端、思わず口が勝手に動いた。

「えっ、じゃあやめとく?」

浴室に自分の声がむなしく反響する。


苦笑しながら肩をすくめ、観念したように呟いた。

(……まぁ、さっと済ませれば大丈夫だろ。いつもなら、こんな時間には鳴ってなかったはずだし。)


自分を納得させるようにしてシャワーの蛇口をひねる。

頭から降りそそぐぬるい湯が、ほてった体を流れ落ちていく。

だが気持ちが緩むどころか、むしろ頭の中は騒がしさを増した。


青年は湯に打たれながら、いくつもの“その後のパターン”を思い描いた。


一つ目は、応答してすぐに迎えが来る場合。

(そのときは会社に連絡もできないな……。せめて上司に「休む」とだけメールを残すか。まぁ、緊急なら仕方ないだろう。)


二つ目は、次の指令を待つだけのパターン。

(連れて行かれるとは限らないし、実際に会わない可能性もある。指令だけがくだされる、そんな展開もありえる。)


三つ目は、朝目覚めたら別の場所にいるパターン。

(そうなると、今のうちに上司に休みのメールをしておいた方がいいか……。)


考えがさらに転がる。

(いや、もし相手が会話できる存在なら、朝になったら会社に電話をさせてもらえばいい。うん、それで大丈夫だ。)


楽天的とも言える楽観が、次々と「想定」を作り上げていく。

だがその刹那――。


頭の奥に、あの声が突然流れ込んできた。


全身が硬直し、心臓が跳ねる。

(うわ、まずい……! 早くあがって服を着なきゃ!)


青年は慌てて蛇口を閉め、バスタオルを乱暴に引き寄せて体を拭いた。

だが時間がない。普段から音声が流れる“長さ”は把握している。逆算すれば到底間に合わない。


焦りで呼吸が荒くなる中、濡れた肌にパンツだけを無理やりねじ込み、手当たり次第にTシャツへ腕を通す。

しかし肘が生地に引っかかり、もがいても袖口から腕が出てこない。


(なんで、こんな時にっ……! クソっ、もういい!)


青年は片腕だけ通した不格好な情けない姿のまま、半裸に近い格好でこめかみに親指を当てた。


そして、息を呑むように宣言する。


ーー受け取り完了。



 浴室出口のバスマットの上で、青年は立ち尽くしていた。

片腕だけ通したTシャツがまだ濡れ肌に張りついている。

一旦やれるだけのことはやった――そう言い聞かせながらも、なんとも悪いタイミングに苦笑が漏れる。まるで、どこかで見張られていて、わざと狙って仕掛けられているかのようだ。


それでも構わない。合っているかは別として、あの音声の指示どおり、右手の親指をこめかみに当て、頭の中で告げる。


ーー受け取り完了。


たったそれだけの動作。

難しいはずもない単純さなのに、未知の世界との接点にしては、あまりに幼稚で、小っ恥ずかしさすら伴う。

そう思えば、少なくとも日中、人前でやらされなかったことを幸いに感じる。これも彼らなりの“配慮”なのだろうか、と。


青年は、まだ濡れた頭髪から滴り落ちる水滴を、呆然としながらタオルで拭き取った。

最低限の着衣に手間取ったせいで、髪は後回しにされていた。頬を伝う雫の冷たさだけが、現実に自分がここにいることを思い出させる。


(……応答した。本当にやったんだな。)

(大丈夫なのか? いや、本当に大丈夫だったのか?)


胸の奥で、じわじわと遅れて不安が芽吹く。

――世界各地で同時多発した天変地異から、すでに一か月以上。

あの出来事は確かに現実だったはずなのに、人々はまるで「最初からなかったこと」のように無関心で過ごしている。テレビも新聞も、次第に取り上げなくなった。


その中で、自分だけが「声」を聞き続けている。

そう思えば、最初から自分はみんなと違っていたのではないかという感覚が背筋をなぞる。

普段の生活の中で、こんなにも“?”が立ち並ぶ日々を送ることなどなかった。


気づけば視線はバスマットの一点に釘づけになっていた。

床に染み込む雫を追ううちに、思考は深い霧のようにぼやけていく。疑問、不安、想定、予感――そのどれもが境界を失い、頭の中で入り乱れながら漂う。

身体は確かにここにあるのに、意識はどこか遠くへ持っていかれてしまう。


ーー(……た。音声での通知は以上となります。接続が完了しました。音声での通知は以上となります。接続が完了しま……)


淡々とした声が、霧を掻き分けるように頭の奥へ届く。

現実と夢想の境を曖昧にしていた想いを、一本の細い糸で縫いとめるように。


(あぁ……成功したんだ。)


青年はようやくそう理解した。

その瞬間、胸の奥で再び小さく、現実の鼓動が打ち始めた。


これから何が起こるのか――。

その期待よりも、今はただ「応答に応えることが出来た」という事実が胸を支配していた。

そして、次の瞬間に何も起こらなかったこと。その「空白」に、言いようのない安堵を感じていた。


もしこれがSF映画や小説の世界ならば、ここで爆発的な出来事が待っているはずだ。部屋の照明が一斉に落ち、見知らぬ声が再び脳内を満たす。あるいは、空間が歪み異界の扉が開く。――そうした展開こそを人は望み、娯楽はそこに拍車をかける。


だが、ここは現実だ。

何も起こらないことこそが最上の救いだった。


ただでさえ、頭の中に不可解な音声が流れ、それに従わされるような体験をしている。これ以上の「非日常」を求める余裕など、青年にはなかった。


ゆっくりと深呼吸を一つ。

慌てふためいた心がようやく鎮まり、青年はいい加減だった身支度をゆっくりと整えた。冷たい水をコップに注ぎ、スマートフォンを手元に置き、ベッド下に腰を下ろす。そこは一時的な避難所のように思えた。


胸の奥にあるのは、興奮と安心がせめぎ合う奇妙な感覚。両者が拮抗して、結局どちらにも偏らない、ニュートラルな状態。


「とにかく、明日は休もう」

そう心に決める。


この先、何が起こるのか予測できない以上、仕事どころではない。突然いなくなる可能性だって――荒唐無稽な想像ではあったが、頭から完全には振り払えなかった。だからこそ、上司には早めにメールを送っておく必要がある。


青年は画面を開き、指先で文字を打ち始めた。


――「お疲れ様です。夜分遅くに申し訳ありません。」


そこまではすぐに入力できた。

しかし、その後の言葉が浮かばない。急遽の理由を考えるのも億劫だった。病気というのも使い古された言い訳に思える。ならば、あまり気は進まないが「身内に何かあった」という理由で濁すか。


だが、文章を組み立てようとする思考は、次第に霞んでいった。

強烈な眠気が襲いかかってきたのだ。応答に臨むまでの極度の緊張と、その後に訪れた安堵が、心身を一気に弛緩させたのだろう。じわじわと沈み込むような眠気に抗おうとしても、思考そのものがふっと途切れる。


「…起きたら連絡するでいいか」

ぼんやりとした頭の中でそう呟く。


もう一文字も打つ気力は残っていなかった。

指を止め、スマートフォンを枕元へ放り出すと、青年は最後の力を振り絞りベッドへと身を滑り込ませた。


目を閉じた瞬間、意識は水面下へと沈んでいった。

音も光も遠ざかり、ただ眠りだけが彼を包み込んでいく。


明日、自分を待ち受けているものが何であれ――今はもう、どうでもよかった。

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